わずか2分で300キロ超の大物が釣れる…豊漁で大ブームとなった「遊びのマグロ釣り」で起きている"不穏"なこと

2025年4月17日(木)18時15分 プレジデント社

漁業だけでなくレジャーの釣りにも規制が広がるクロマグロ - 筆者提供

4月1日から、レジャーでのマグロ釣りに関するルールが変更された。時事通信社水産部の川本大吾部長は「アワビやナマコの密漁は一発アウトで高額な罰金を科されるが、マグロ釣りでルールを犯して罰則を科された人はいない。現状は釣り人任せの運用になっており、実効性があるのか、疑問が残る」という——。
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漁業だけでなくレジャーの釣りにも規制が広がるクロマグロ - 筆者提供

■300キロ超えのマグロがレジャーで釣れる


4月1日から、レジャーのマグロ釣りに関するルールが変更になった。これまでは年間40トンだった上限を60トンまで引き上げられた一方、釣って持ち帰れるのは1人「毎月1匹まで」と、以前の「1日1匹まで」から大幅に制限。多くの釣り人が長い期間、マグロ釣りを楽しめるようにするための措置だという。


レジャーの釣りは「遊漁」とも呼ばれ、遊漁船やプレジャーボートに乗って海に出て大物を狙う。力を振り絞って大物を釣り上げるのは、釣り人のロマンなのだろう。


なかでも今、「海のダイヤ」とも呼ばれるクロマグロ釣りは空前の大人気だ。新ルールが始まった4月上旬、釣り好きの女性タレントが300キロを大きく超えるマグロを釣り上げたニュースが話題となったが、このところレジャーの釣りでたくさんマグロが捕れるようになっている。ある釣り人は、「日によっては釣り始めて2〜3分でヒットすることもある」と話す。


釣りをしない筆者が言うのもおこがましいが、海釣りではアジやヒラメ、イサキなど、さまざまな魚種が掛かる中で、タイなら3キロもあれば大物。出世魚のブリなら10キロサイズが掛かれば「超大物」ではないか。


その中にあって、青森・大間などの漁師さながら、300キロ超えの大物をわずかな時間で釣り上げられるとなれば、レジャーとしてのマグロ釣りが人気になるのも無理はない。


■資源管理が実を結んで釣れやすくなった


マグロがよく釣れるようになった要因のひとつに、国際的な資源管理が実を結んできたことが挙げられる。日本海を含む太平洋のマグロ管理は、中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)という国際機関が日本などの加盟国の漁獲をコントロールしてきた。


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ヒットしたマグロが釣り上げられる瞬間 - 筆者提供

かつては資源量が心配され、枯渇化の危機に瀕したため大幅に漁獲枠が減らされた時期もあったが、そうした漁業者の我慢がマグロの資源を回復させていることが明らかになり、昨年、太平洋におけるクロマグロの漁獲枠の増枠が決定。日本の漁獲枠も2025年漁期から30キロ以上の大型魚で1.5倍に。小型魚は1.1倍に拡大されている。


漁業管理が奏功し、200〜300キロもある漁師顔負けの巨大クロマグロをいとも簡単にヒットさせ、陸揚げする釣り人が季節を問わず全国各地に存在するようになったことから、今度はにわかに規制強化が叫ばれるようになってきた。


■大物が釣れたら報告が義務化された


かつてはほかの魚同様に、マグロ釣りにも特段のルールはなかったのだが、2021年から新たなルールが設定された。


遊漁の規制策については、国が設置し、漁業関係者や学識経験者によって構成される広域漁業調整委員会で協議することになっている。同委員会ではこの年、漁業と歩調を合わせるため、資源管理の上で重要な30キロ未満の小型魚を釣り禁止とし、「意図せずに採捕した場合は直ちに放流する」ことを義務付けたほか、大型魚については同年6月から1年間の上限を20トンと決定。釣って持ち帰る場合には採捕海域や重量などを記録し、同委員会の事務局である水産庁へ3日以内に報告してもらうこととした。


当時、同庁の担当者は、遊漁によるマグロの年間採捕量について「せいぜい10トンくらいではないか」と話していたが、2021年6月以降で実際に報告があっただけでも3カ月持たずに上限に到達。同年8月21日から翌2022年5月までマグロ釣りは禁止となってしまった。


■細かく刻んで上限を設定してもすぐにオーバー


関係者が想定していたよりもマグロが遊漁でたくさん釣られていることがわかり、それ以降は年間上限を40トンに増設。1〜3カ月の期間ごとに上限を決めていた。たとえば昨年なら4〜5月の2カ月で5トン、6月は7トン、10〜12月の3カ月で5トンなどと設定。ただ、このように細かく割り振っても、どの期間もほぼ1週間以内で上限に達してしまい、そのたびにマグロ釣りは禁じられた。


ちなみに、釣った魚を生かしたまま海で放すキャッチ&リリースはマグロ釣りでも行われる。「持ち帰るのは禁止でも、せめてキャッチ&リリースはやらせてほしい」といった釣り人からの要望もあったが、受け入れられなかった。放したマグロの生存確率が不明であることに加え、漁業者からすれば「禁止期間にマグロを釣っている」としか見られないため、持ち帰りと同様に扱われている。


こうした経緯から同委は、釣り団体代表らも含めた議論を踏まえ、マグロ釣りをもっと長い期間できるよう、冒頭の通りルールを変更した。上限の引き上げと同時に、期間ごとの配分は毎月等量の5トンへ。「毎月1匹まで」という制限に加え、これまでは「3日以内」だった水産庁への報告を「翌日まで」に短縮し、計量方法、陸揚げ地などのほか、「尾さ長」と呼ばれるマグロの体長がわかるような写真を添付することを義務付けた。


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釣り人によって釣り上げられた大型のマグロ - 筆者提供

■釣ったものを販売するのは禁じられているが…


はたしてルールの強化によって、マグロ釣りの秩序は保たれるのか。漁業でもマグロは豊漁となっている上に、釣りは実態が見えづらいことから疑問視する向きが多い。


遊漁の採捕上限は、義務ではあるが、釣り人からの報告を基に積み上げる仕組みだ。失念は容易に考えられる上に、「そもそもペナルティが甘い」(釣り団体幹部)という指摘もある。


レジャーのマグロ釣りは漁業とは異なり、釣って持ち帰ることはOKだが販売は禁止されている。販売したり、釣り禁止期間に釣ったりしたことが通報などによって判明した場合には、1回目であれば、農林水産大臣によって同委の指示に従うよう命令が出される。そして今年3月までは、年度内に再度違反が発覚した場合、1年以下の懲役または50万円以下の罰金が科されることになっていた。


4月からはこの期間が「年度内」から「2年度内」に延長された。つまりこれまではイエローカードが出されても年度が変わればリセットされていたのが、今後は翌年度まで持ち越されることになったわけだ。水産庁は「違反の抑止効果になる」と期待している。


■イエローカードは出ても罰則が科された人はいない


だがそもそも、今年3月まで、イエローカードに当たる命令が出された釣り人はいても、2枚目が出されて罰則が科された釣り人はいないのだという。釣り団体の幹部はこう語る。


「昨年4月の4日までに、1人で4匹、計1.2トンのマグロを釣り上げ、飲食店に販売した釣り人がいたことがわかっている。いくら受け取ったかはわからないが、一度の違反判明なら命令のみ。アワビやナマコは一発アウトで3000万円以下の罰金が課されることと比べると、大違いだ」


■釣り人任せの報告制で資源は守れるのか


水産庁では来年度から釣り人および遊漁船とプレジャーボート運航者に対する事前届け出制を導入する方針で調整を進めている。現状では、国内に遊漁船が約1万6000隻、プレジャーボートは数十万隻あるとされているが、そのうちどれくらいがマグロ釣りをしているのか、いまだ全体像が見えずにいる。「米国のようにマグロ釣りはライセンス制にして厳格に管理すべき」といった指摘もある。


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静岡・下田沖でマグロを狙う遊漁船 - 筆者提供

今は豊漁といっても、将来にわたって「海のダイヤ」を持続的に利用していくのなら、現状の釣り人任せの報告制ではクロマグロ資源に悪影響が出かねない。


4月に入って新ルールが適用されてからも、相変わらずマグロ釣りの人気は旺盛。すでに8日までに上限の5トンに近付き、9日から月末までは禁止となっている。「マグロがヒットした感覚が忘れられない」という太公望たちの楽しみを継続させるなら、漁業・遊漁が共存できる実効性あるルールを、速やかに導き出す必要がある。


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川本 大吾(かわもと・だいご)
時事通信社水産部長
1967年、東京都生まれ。専修大学経済学部を卒業後、1991年に時事通信社に入社。水産部に配属後、東京・築地市場で市況情報などを配信。水産庁や東京都の市場当局、水産関係団体などを担当。2006〜07年には『水産週報』編集長。2010〜11年、水産庁の漁業多角化検討会委員。2014年7月に水産部長に就任した。著書に『ルポ ザ・築地』(時事通信社)、『美味しいサンマはなぜ消えたのか?』(文春新書)など。
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(時事通信社水産部長 川本 大吾)

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