「性加害のために教員になった」性暴力で懲戒処分の教員が過去最多…記者が聞いた信じられない職業選択の動機
2025年4月18日(金)8時15分 プレジデント社
2024年春に保育士資格と幼稚園教諭免許を取得した、元事件記者の緒方健二さん - 写真=岡村隆広
写真=岡村隆広
2024年春に保育士資格と幼稚園教諭免許を取得した、元事件記者の緒方健二さん - 写真=岡村隆広
■子どもを取り巻く環境のひどさを実感
初めまして。66歳の前期高齢者です。元朝日新聞編集委員で、退職後に短期大学保育学科に入学、2024年に卒業して保育士資格と幼稚園教諭免許、こども音楽療育士資格を取りました。
出版社のご依頼でこの経緯を『事件記者、保育士になる』という本に綴ったところ、興味を持ってくださったプレジデントオンライン編集部のインタビューを受けました。辻村洋子さんの筆になる記事は「40年間“事件取材の鬼”だった62歳が新聞社を退職し『短大の保育学科に入りたい』と告げた時の妻の辛口対応」、「地下鉄サリン、警察庁長官銃撃…事件取材にあけくれた64歳の“セカンドライフ”は保育士か、幼稚園教諭か」というタイトルで配信されました。
その縁でこちらに寄稿することになりました。保育者の資格・免許を得たことで、子どもを取り巻く環境のひどさをこれまで以上に実感しています。40年近くの取材経験を生かしつつ、子どもと保護者が幸せに暮らせる社会のあり方をこの欄で考えてまいります。どうぞよろしくお願い申し上げます。
記者時代、1995年の東京・地下鉄サリン事件をはじめ数え切れないほどの殺人事件や経済事件を取材しました。子どもが被害者となる事件にも多数遭遇し、抵抗できないままに命を奪われたり、虐待や性被害を受けたりする実態を目の当たりにしました。
現在は朝日カルチャーセンターの事件講座で話したり、犯罪の取材・執筆をしたりしながら子どもを守るためにできることを模索しています。
■子どもへの性暴力事件は過去最多
今回は子どもへの性暴力を取り上げます。
横行する実態を示す統計類には事欠きません。まずは警察庁の「令和6年版警察白書」です。
13歳未満の子どもが被害者となる刑法犯事件は2023年中に1万1953件ありました。前年より約2300件多い。
罪種別で最多は暴行の1292件で、傷害の1126件が続きます。ともに過去10年で最多です。殺人は43件、略取誘拐は204件でした。
性犯罪も深刻です。不同意性交239件、不同意わいせつ895件です。これに児童買春や児童ポルノなどの事件を加えると、被害に遭っている子どもの数は膨れ上がります。
被害を警察が把握しても加害者を摘発しなければ子どもの安全を守ることができません。
警察庁が2025年3月に公表した統計があります。それによると全国の警察は2024年、18歳未満の子どもが被害者となる性暴力について4850件を摘発しました。過去10年で最多です。不同意わいせつが2137件、不同意性交が1461件でした。ただ事件にできなかった事案も山ほどあります。これらの数字は氷山の一角と考えるべきでしょう。
出典=警察庁「令和6年における少年非行及び子供の性被害の状況について」よりプレジデントオンライン編集部が作成
■加害者の8割は「顔見知り」
性暴力とは何か。さまざまな解釈がありますが、最近になってようやく防止対策に乗り出した政府は「同意のない性的な行為」としています。個人の尊厳を著しく踏みにじる重大な人権侵害であり、犯罪にもなり得る、とも。年齢や性別にかかわらず、被害を受けると指摘しています。
子どもへの性暴力の事例として、着替えやトイレ、入浴をのぞかれた▽抱きつかれた、キスされた▽服を脱がされた▽水着で隠れる部分(プライベートゾーン)を触られた▽痴漢にあった▽下着姿や裸の写真・動画を取られた。それを送るよう要求された、を挙げています。
加害者の8割は顔見知りとされます。この中には学校の教員や保育士も含まれます。
子どもへの性暴力は加害者がだれであろうと許せませんが、とりわけ子どもと接することを仕事にしている人はその立場を悪用しているという点において卑劣さが際立ちます。
■「そのために教員になった」加害者も
連日のように発覚する教員らの加害実態に怒りがつのります。記者時代に女児への性加害で摘発された男性教員に取材したことがあります。「そういう行為をしたいがために教員になった」と聞いた際には、我を忘れて危うくとんでもない行為に及びそうになりました。
その時は何をされたかわからない子どもが数十年たってPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症する事例が少なくありません。
思い起こせば当方が小学生時代、休み時間になるとクラスの女児を膝の上に乗せたり、体を触ったりする男性教員がいました。ある日、嫌がっている女児に打ち明けられ、その教員に抗議しました。にやにや笑っているだけで卑劣な行為はやみませんでした。
今なら校長や教育委員会、警察に訴え出て問題教員を駆逐できたのに。同級生を救えなかった当時の無力非力を激しく悔やみ、恥じます。
■半数以上が勤務先の子どもをターゲットに
教員による子どもへの性暴力実態については文部科学省の調査が参考になります。
2023年度に児童や生徒などへの性暴力で懲戒処分を受けた公立学校の教員は320人(男性316人、女性4人)でした。前年度より79人増え、統計を開始した2011年度以降で最多です。
年齢別では20歳代105人、30歳代86人、40歳代51人、50歳代以上78人です。
教員の所属別では小学校85人、中学校111人、高校100人、特別支援学校22人などです。
半数以上が自分の勤務先の子どもを対象にしていました。
出典=文部科学省「令和5年度公立学校教職員の人事行政状況調査」よりプレジデントオンライン編集部が作成
■2021年にできた“世にも恥ずかしい法律“
学校は本来、子どもにとって安全が保障される場です。そこで働く教員は「崇高な使命を深く自覚し、絶えず研究と修養に励み、その職責の遂行に努めなければならない」(教育基本法第9条)のです。
盗撮カメラの仕掛け方を研究したり、不同意性交の遂行に熱意を持ったりすることは、教育の元締めの法律で想定していません。
世にも恥ずかしい法律が2021年にできました。「教員による性暴力防止法」(2022年施行)です。仕事で子どもと関わる人の性犯罪歴を雇用側に義務付ける「日本版DBS」創設を盛り込んだ「こども性暴力防止法」も2024年にできました。
それでも教員による性暴力は続き、子どもの被害が止まりません。
2023年9月には、東京都練馬区の区立中校長が女子生徒の性的画像を所持した疑いで逮捕され、別の生徒に性的暴行を加えた疑いで再逮捕されました。1審の東京地裁は「圧倒的な上下関係を背景にわいせつ行為をエスカレートさせ、非常に悪質」と懲役9年の判決を言い渡しました。
■元教育長が語る「教員の性暴力」
教育現場はどうなっているのか。40年以上にわたって教員を務め、教育委員会でも教員の不祥事対応に当たった西日本の元教育長に聞きました。
——あなたの経歴は
大学卒業後の1981年に教員となり、主に中学校で教えた。小学校や中学校で校長も経験。学校現場や教員を指導する教育委員会にも長くいて、地域の教育行政の責任者である教育長も務め、2024年に退職した。
——教員の性暴力を見聞きしたことはあるか
残念ながらある。
——どんな内容か。隠さずに説明を
懲戒処分を受けた中学校の男性教員は20歳代半ばだ。授業中に知り合った女子生徒とSNSで連絡を取り合い、自分の車の中でやってはならないことをした。本人に聞くと「生徒の相談に乗ろうとした。互いに好意を持っている」と。私は「あなたは教員だ、そんなことをしてはいけない」と伝えたがどこまで理解したか。
——「余罪」はないのか
大学生時代、教育実習中にも生徒にわいせつな行為をしていた。
——そんな人物を採用するのか
……。教員の確保が難しい時代になり、採用試験が簡単になっている。人格的に大丈夫か、と思えるような人たちが入ってきているのが怖い。
——怖いのは子どもたちの方だ。ほかにもいるか
女性の教員が勤務先の学校のトイレで、女子生徒とキスをした。SNS上の「好き」という頻繁なやり取りを生徒の保護者が見つけ、学校に相談して発覚した。
——女性教員の言い分は
「相思相愛だった。欲望に勝てず、行動がエスカレートした」と。
■「採用段階で見抜くのは不可能」
——ほかには
児童ポルノ事案だ。男性教員の勤める小学校に警察から「逮捕した」との連絡があり、突然発覚した。小学校に家宅捜索が入った。女児や女子生徒の画像を集め、同じ愛好者とネット上で交換していた。懲戒免職の辞令を渡した際、「人間として、今後絶対にこんなことをするな」と言い渡した。「申し訳ありません」と答えたが……。
——ネット上で拡散したその手の画像は永久に出回る。そんなことすら想像できずに児童ポルノにかかわる教員はほかにもいるか
中学校の男性教員も逮捕された。幼女をだまして裸の画像を撮影し、やはり仲間と共有していた。保育士の資格も持っていて、保育所勤務の経験もある。教員免許を持ちながら最初は保育所に就職したことについて「子どもへの愛情がとても深い」と私たちは評価していた。
——被害が発生してからでは遅い。事前に見抜くことはできないのか
問題行動を起こす人に限って、「まともな教員」を装うのがうまい。採用段階で見抜くのは不可能だ。大学では小手先の教育スキルばかり教えている。性暴力が子どもに与える影響の大きさをもっと教えるべきだ。
——教育委員会は何をしている。事案発覚のたびに記者会見を開いて幹部が謝罪し、再発防止を誓ってもまったく意味はない。
教職員への指導はしている。たとえば研修の場で、子どもと1対1で会うな、部活動指導で子どもを服従させていると勘違いするな、とか繰り返し求めている。だが問題行動を起こす人には伝わっていない。教育委員会にも防止のための窓口はあるが、機能しているとは言い難い。
——機能させんかい。被害を受けた子どものフォローは
スクールカウンセラーやソーシャルワーカーらとも相談しながらやっている。ただ学校卒業後まで手厚く支援できているか、よくわからない。
——何をされたかわからない子どもへの指導は
デリケートゾーンを見せたり、触られたりしないようにと低学年から呼び掛けている。性教育の必要性もあると考えているが、内容が難しい。
——保護者への助言は
学校に言いにくかったり、言いたくなかったりした場合は迷わず教育委員会へ相談してほしい。
——教育委員会といっても在籍しているのはあなたのように教員が少なくない。仲間同士でかばい合い、事実調査が手ぬるいケースがある。
私は厳正に対処してきたつもりだ。
——新たな法律や制度は防止に役立つか
性暴力で処分された人を子どもと関わる仕事に就けさせないようにしなければならない。その意味で賛成だ。新たな被害を生じさせないために必要だ。
■教育現場で防止するのは困難
元教育長とのやり取りでわかったのは、採用段階で性暴力をしそうな教員を見抜いて排除するのは困難▽普段の研修で「性暴力だめ」と教員を指導しても効果に疑問、ということです。教育現場に防止策を求めるのは難しいようです。
取材中、元教育長が「性暴力に関与する教員はひと握りだ」と漏らしました。数字の上ではそれは正しい。2023年度に性暴力で懲戒処分を受けた320人は全体の0.03%です。
それがどうした。元教育長は暗に「大半はまとも」と言いたいようでしたが、これが性暴力を正面からとらえようとしない現場の感覚を示しているように思えてなりません。
■警察の「再犯防止」の取り組み
ある警察幹部は「未然防止策の決め手はないが、警察官が学校を回って子どもに防犯指導する際、他人に触れさせてはいけない体の部分を教えることも考えたい」と話します。
教育委員会や学校との連携をもっと深めたいとも言います。
実は警察は、2005年から子どもへの性暴力を防ぐ取り組みを続けています。子どもを対象にした暴力的な性犯罪で服役した者について、出所予定日や出所後の帰住予定地情報を法務省から受け取り、それを基に再犯防止のため所在確認や面談をします。
奈良市の小学1年女児(当時7歳)が2004年11月、男に誘拐され殺された事件がきっかけです。すでに死刑が執行された男は事件前、性犯罪に関与していたのです。
対象者の社会復帰や更生を妨げないよう配慮しながらの取り組みで、効果のほどはよくわかりません。
しかも性犯罪の前歴者が対象なので、前歴のない加害者には役に立ちません。
■異変を感じたら警察の窓口に相談を
お子さんの様子に異変を感じ、ひょっとしたらだれかに性暴力を受けたのかもと不安な保護者のみなさま、まずは警察に電話で相談してみませんか。#8103です。ダイヤルすると発信された地域を管轄する各都道府県警察の性犯罪被害相談電話窓口につながります。
子どもが被害者となる性暴力については近年、その実態に迫り、防止策を模索する本の出版が相次いでいます。いくつか紹介します。
『わいせつ教員の闇 教育現場で何が起きているのか』(読売新聞取材班、中公新書ラクレ)
『ルポ 子どもへの性暴力』(朝日新聞取材班、朝日新聞出版)※この本には相談窓口や情報サイトが掲載されています。
『性暴力を受けたわたしは、今日もその後を生きています。』(池田鮎美さん著、梨の木舎)
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緒方 健二(おがた・けんじ)
元朝日新聞編集委員
1958年大分県生まれ。同志社大学文学部卒業、1982年毎日新聞社入社。1988年朝日新聞社入社。西部本社社会部で福岡県警捜査2課(贈収賄、詐欺)・捜査4課(暴力団)担当、東京本社社会部で警視庁警備・公安(過激派、右翼、外事事件、テロ)担当、捜査1課(殺人、誘拐、ハイジャック、立てこもりなど)担当。捜査1課担当時代に地下鉄サリンなど一連のオウム真理教事件、警察庁長官銃撃事件を取材。国税担当の後、警視庁サブキャップ、キャップ(社会部次長)5年、事件担当デスク、警察・事件担当編集委員10年、前橋総局長、組織暴力専門記者。2021年朝日新聞社退社。2022年4月短期大学保育学科入学、2024年3月卒業。保育士資格、幼稚園教諭免許、こども音楽療育士資格を取得。得意な手遊び歌は「はじまるよ」、好きな童謡は「蛙の夜まわり」、「あめふりくまのこ」。愛唱する子守歌は「浪曲子守唄」。朝日カルチャーセンターで事件・犯罪講座の講師を務めながら、取材と執筆、講演活動を続けている。「子どもの最善の利益」実現のために何ができるかを模索中。
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(元朝日新聞編集委員 緒方 健二)