「肩甲骨はがし」はあまりに危険すぎる…整形外科医が「絶対に受けたくない」と断言するマッサージ店の特徴
2025年4月18日(金)10時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/pcess609
※本稿は、歌島大輔『じゃないほうの肩こり』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
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■五十肩は何歳でも起こる厄介な炎症
40〜60代に起こる肩のトラブルとして知識をもっておきたいのは、五十肩。40代で起これば、四十肩と呼び、同じ症状です。
五十肩、四十肩いずれも、実は正式な病名は別にあって、軽症の場合「肩関節周囲炎」、重症の場合は「凍結肩」「癒着性肩関節包炎」とも呼ばれます。
肩関節周囲炎は名前のとおり、肩関節周りに炎症が起き、炎症部位に負担がかかると痛みが出て、可動域の制限が生じる病気です。
凍結肩はまるで凍りついたように肩が動かなくなることを意味し、その原因は本来柔らかい関節包(肩関節を包む膜)が炎症によって厚く、硬くなり、周囲と癒着するためで、その状態を癒着性肩関節包炎とも言うのです。
関節包は、そもそもインナーマッスルとともに肩を安定させるはたらきをするものです。
しかし、40年、50年と肩を使い続けると悲鳴をあげるのかもしれません。「これ以上、肩を動かさないで!」と厚くなり、必要以上に動かないように硬くなる。私は五十肩についてはそのような仮説を立てています。
臨床感として、五十肩は誰にでも起こり得るトラブルと感じていて、肩に特別な負担をかけるスポーツをやってきた人や、力仕事で酷使している人がなりやすい、とも限らないという印象を持っています。誰にでも起こるのが四十肩・五十肩です。
■「たいしたことない」「そのうち治る」は大きな誤解
一般的には病名などより「五十肩」「四十肩」として知られるせいか、経験したことがない人には「症状が軽い」と誤解されていることが少なくありません。
しかし、実際には五十肩のもっとも強い症状が出ると、とてもつらいものです。とくに重症化(凍結化)すると痛みが強くて夜も眠れず、腕も上がらなくなり、生活に大きく影響します。
ある研究では、五十肩の人のうち77%にも気分の落ち込み(抑うつ)が見られたと報告されており(※1)、別の研究では五十肩の発症から2年以上経過した患者さんの60%に、肩の可動域制限が残っていたという報告もあります(※2)。つまり「一過性の軽いトラブル」、「放っておいてもそのうち完全に治る」というものではないのです。
※1:Ebrahimzadeh, M. H., Moradi, A., Bidgoli, H. F. & Zarei, B. The relationship between depression or anxiety symptoms and objective and subjective symptoms of patients with frozen shoulder. Int. J. Prev. Med. 10, 38 (2019)
※2:Shaffer, B., Tibone, J. E. & Kerlan, R. K. Frozen shoulder. A long-term follow-up. J. Bone Joint Surg. Am. 74, 738-746 (1992)
■動かない肩を救うセルフケアとは
転んで肩をぶつけてしまった。そんな思い当たる原因もなく、ある日、肩の痛みや動かしづらさを感じるのが五十肩です。左右片方に出るとは限らず、両肩同時に症状が出ることもあります。我慢せず、整形外科を受診しましょう。
一般的に五十肩は患者さんの状態を3つのステージ「炎症期(急性期)」「拘縮期」「寛解期」に分類し、治療方針が提示されますが、実際はそんなに単純ではありません。
炎症期と拘縮期、拘縮期と寛解期がオーバーラップしていることも多いですし、ときに拘縮期を経ずに寛解期になったりもします。
五十肩は3つのステージで考えるよりも、「炎症」と「拘縮」という2つの問題に対処することを方針にすると、治療がシンプルになります。
炎症の時期に患部を動かすと痛みが強く、炎症が悪化するので、消炎鎮痛剤(服薬や外用薬)を用いて、患部は安静にします。一方、拘縮に対処するにはセルフケアや理学療法(通院でのリハビリ)で肩関節の可動域(動かせる範囲)を拡げていきます。
つまり、安静と活動(可動域を拡げる)という、相反することが必要になるのです。
■痛みと戦う「安静」と「適度な運動」の調和
そこで、日常生活ではできるだけ安静に、痛みが出ないように過ごし、1日のなかで数回、セルフケアとして可動域を拡げるストレッチをすることを推奨しています。
大事なのは「翌日、痛みが増していない」ということを確認しながら行うことです。
翌日に痛みが増していれば、前日のセルフケアは「強すぎた」もしくは「多すぎた」ということになります。そうであればシンプルに減らせば◎です。
翌日に痛みが減っていれば、もう少しセルフケアを「強くする」もしくは「多くする」こともできるかもしれません。このように考えながらコントロールすることを推奨しています。
消炎鎮痛剤などは炎症と痛みに作用するものの、硬くなった肩を改善することはできません。そこで可動域制限が悪化したままなら、物理的に動かし、可動域を取り戻していかなければなりません。
さらに炎症を強めるリスクがすくない基本となるセルフケアとして「肩甲骨を動かす」というエクササイズがあります。肩関節を動かさずとも、その土台の肩甲骨を動かすだけで、実は結構腕は動きます。逆に肩甲骨の動きが悪いと肩関節に負担がかかり五十肩が治りにくくなります。
■繊細な肩関節を「クイーン」と呼ぶ理由
肩関節は特別な進化を遂げ、とても高機能になった反面、安定性は犠牲になり、ひときわ傷つきやすい関節となったと言えます。
そのデリケートさが伝わることを願って、私は「キング」でも「プリンス」でもなく、「クイーン」と称しています。
実際には、幅広い年代の、多くの方が何らかの肩トラブルを抱え、つらい思いをするほど、体験的に肩関節クイーンの繊細さ、大切さを実感されるのを見ていますが、できればトラブルのないうち、軽いうちに、「大事にしよう」と思い、心がけていただきたい。そこで本稿の最後に、すべての肩のトラブルに関係する大切なことをまとめてお伝えしたいと思います。
写真=iStock.com/seb_ra
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/seb_ra
少し前、やたらに「肩甲骨はがし」のPRを見ました。確かに肩甲骨は背骨や肋骨とは筋肉でゆるくつながっているだけで、ほぼ全方向に動くので、自由度が高いという意味で「浮いているようだ」と言われることもあります。
しかし、不良姿勢などが原因で、肩甲骨があたかもどこかに癒着し、「はがさなければ健康を害す」的なセールストークで「肩甲骨はがし」をPRするなどは、医学的には荒唐無稽も甚だしく、問題だと思います。
■「肩甲骨はがし」に潜む医学的な誤り
確かに、肩甲骨の動きをよくすることは肩のセルフケアにおいても大切な視点です。「はがす」は比喩であり、はがれることも、はがす必要がないこともわかっていて、「『肩甲骨はがし』で肩甲骨の動きをよくしましょう」と言うのはまだいい。そのようなマッサージやストレッチの施術を受ければ、「気持ち良くて、リラックス&リフレッシュになりますよ」と言うのもいいと思います。
けれど「はがさなければ健康を害す」と言うからには医学的・科学的根拠を示さなければならないと思うのです。「ある論文では」などと記してあっても、研究内容と出典が明らかでない場合は信用するに値しません。
なかには施術している側が根拠のない「ニセ医学情報」を盲信し、背中から肩甲骨の裏側に手を入れてはがそうとしていることなどもあるようです。滑稽であると同時に、罪深いと感じます。
施術を受けて、「よく動いている」、「動くようになった」と言われることがあるかもしれませんし、自分としてもそのように感じることもあるかもしれませんが、その多くは気のせいです。良いほうに考えて、一時的にこりがほぐれ、快適に感じた、ということでしょう。普段の生活に戻れば、またすぐ不調を覚えるという経験がある人は多いと思います。
■バキバキ音を鳴らす施術は本当に有効か
私は、過去に何度も肩甲骨周りの手術をしていますが、何かはがす必要があるほど癒着しているような状態を見たことはありません。そして、医学的に不良姿勢を正すのに肩甲骨の可動範囲をことさら拡げる必要もない、と考えます。
「胸を張る」ことができるなら、肩甲骨は十分に動いています。人に動かしてもらわなくても、自分で動かせばいいだけです。
「肩甲骨はがし」にかぎらず、骨をずらすと言ったり、小顔に矯正すると言ったり、痛みを感じることが効いている証だとしたり、医学的には根拠のないさまざまなニセ医学宣伝があり、同じように問題だと思っています。みなさんも医療ドラマの手術シーンなどで電気メスやドリルなどの工具を用いているのをご覧になったことがあるでしょう。そんな手術以外の手技で癒着の処理や骨格矯正ができるわけがありません。
そして、痛みを感じるような施術は、基本的にすべて避けたいもの。俗に言う「揉み返し」のような痛みが施術後に出るのも、症状の増悪の可能性があり、そんなリスクを負うのは避けるのが賢明です。
バキバキ音を鳴らして関節や骨を動かすような施術も、私はちょっと怖くて、自分では絶対に受けたくありません。
■サプリや健康食品に期待しすぎはNG
ちなみに、ちょっと肩をまわしたときや、セルフケアをしているときにもゴリゴリ音が鳴ることがあります。なぜ音が出るのか? 気になる人は多いと思いますが、肩の音についてまだよくわかっていません。
指を動かすと音が鳴るメカニズムを研究した結果が論文になっているものの、あらゆる器官で起こる音の説明として十分ではないのでご紹介は控えます。
音については、私の臨床経験上、痛みなくちょっと音がするものは気にしなくていいと思います。明らかに音が大きく、周囲の人にも聞こえてしまうほどの音がする、音が出る以外に痛み、発熱、体重減少などの症状がある場合は、整形外科か内科を受診し、調べてもらってください。
肩だけでなく、ほかの関節などでも、整形外科系のトラブルを感じたとき、まずサプリメントを摂取して、しばらく様子を見ようとする患者さんは少なくないようです。
しかし、サプリメントは医薬品ではなく食品です。成分の治療効果が認められていれば医薬品になっているはずなので、そもそも大きな効果を期待して摂取するものではないとご理解ください。
いくらか健康知識がある方が「ひざの軟骨がすり減ってきたのだろう」などと自己診断をし、サプリメントを利用したとして、その自己診断が間違っていることもあります。
写真=iStock.com/AsiaVision
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AsiaVision
■健康食品を飲むだけでは治らない現実
まず整形外科で、痛みなどの症状の陰にある問題について医師の診断を受け、セルフケアについても相談するのが賢明です。そうしてこそ自分に適した健康知識が深まり、人生に活かせるというものでしょう。
私は以前、私のYouTubeチャンネルに登録し、視聴してくれている医師750人ほどを対象に「『この分野は最もニセ医学・ニセ医療が多い』と感じている分野はどれか?」と問う、アンケート調査を実施しました。
結果は「サプリメント・健康食品業界」が最多で、57%でした。
日々の食習慣はその蓄積によって健康を左右することがあるので、食べるものや食べ方を選び、ある程度の投資をすることは無駄ではないと思います。
しかし、食品は医薬品ではないので「食べただけ、飲んだだけ」で、関節軟骨のすり減りを防いだり、病気を治したりする効果を期待することはできません。
「じゃないほうの肩こり」と「じゃないほうじゃないほうの(一般的な)肩こり」は地続きです。そして中高年に増える肩の問題(五十肩、腱板断裂)も、肩こりと関係しています。
拙著『じゃないほうの肩こり』(サンマーク出版)をお読みいただくと、「じゃないほう」が先の肩こりもあれば、「じゃないほうじゃないほう」が先の肩こりもあって、結局、どちらも入り交じるともご理解いただけると思います。
■肩こりは体からのSOSとして捉えよう
いわゆる「卵が先か、鶏が先か」は肩こりにおいても起こりえます。取り上げた医学論文は、因果関係(原因と結果の順序)がはっきりしている研究と、単に関連がある(原因と結果の順序は不明だが、関連はある)という研究があります。
卵か、鶏か、はっきりはしないほど、肩こりはいろいろな疾患や習慣と関連している——それだけははっきりしていると言えます。ならば、肩こりがある時点で、全身の健康に目を向けていただきたいのです。
歌島大輔『じゃないほうの肩こり』(サンマーク出版)
一般的な肩こりだとしても、それが出現した事実をどう捉えるかで、未来の健康に差が出る。私は医師で、たくさんの患者さんを診察してきた経験から、そんなふうに思ってしまう。深刻に考えすぎでしょうか?
一方、肩こりをきっかけに、疲労や運動不足の解消にめざめ、肩こり改善ばかりか、全身のコンディションや、仕事のパフォーマンスを上げる患者さんも実際にいます。
もう少し重い肩の病気で大変な治療を長期にわたって経験し、あきらめずにリハビリをし、自分の身体とその健常さが何よりの資産だと気づいたと言った患者さんもいました。人生に光が差しましたと言っていただいたときには心の底から喜びました。
確かに、人生100年と言われる時代、人生50年、80年と言われていた頃からさほど進化はしていない私たちの身体の健康は、何よりの資産だろうと私も納得しました。
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歌島 大輔(うたしま・だいすけ)
日本整形外科学会・日本専門医機構認定整形外科専門医/日本整形外科学会認定スポーツ医
1981年生まれ。山形大学医学部卒業。肩関節、肩関節鏡手術、スポーツ医学の専門家として、フリーランスの立場で複数の整形外科でさまざまな肩治療を行う。肩関節鏡手術は年間約400件と全国トップクラス。診療のかたわら、「医学的根拠のあるセルフケアを」との信念からYouTube開設、登録者20万人と人気を呼んでいる。
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(日本整形外科学会・日本専門医機構認定整形外科専門医/日本整形外科学会認定スポーツ医 歌島 大輔)