「iPS細胞で作った心臓」も必見だが…万博ツウがこれを鑑賞できるなら1日券7500円の価値ありという「名作」

2025年4月18日(金)10時15分 プレジデント社

2025年日本国際博覧会記念千円銀貨幣(第三次発行)(写真=財務省/CC BY-4.0/Wikimedia Commons)

大阪・関西万博の幕が開けた。筆者は開幕に先立って4月9日のメディアデーに参加した。日本での開催は2005年に開催された「愛・地球博」(愛知県)以来、20年ぶり6回目。大阪・関西万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」だ。未完成のパビリオンも多く、課題はあるものの、「生命とは何か」「私たちは何者か」を問いかける個性的なパビリオンが数多く登場した。
2025年日本国際博覧会記念千円銀貨幣(第三次発行)(写真=財務省/CC BY-4.0/Wikimedia Commons

■1990年までの万博は宗教系パビリオンが花盛りだった


筆者と万博との関わりは、これまで2度ある。初めて万博を訪れたのは茨城県で1985年に実施された「科学技術博(つくば博)」。そして、大阪府で1990年に開催された「花と緑の博覧会(花博)」である。


今となって驚くのは、花博では宗教団体によるパビリオンが存在していたことだ。例えば、仏教系新宗教の霊友会による「いんなあとりっぷ館」というパビリオンがあった。展示内容は宗教色をあまり出さないものだったが、日本の新宗教が、国際性・公共性の高い万博に単独出展していたのは驚きである。


記録を辿ると、1970年、日本(アジア)で初めて開催された大阪万博はさらに宗教色が豊かであったようだ。富士通などの企業グループで形成される古河グループはなんと、86メートルの「七重の塔」のパビリオンをつくった。東大寺の大仏殿が建立された奈良時代当時に存在した、七重の塔を再現したものという。


現存する仏塔で最も高いものは東寺(京都)の五重塔で55メートル。また、岡本太郎が制作した大阪万博のシンボル「太陽の塔」は70メートルだから、いかにその規模感が大きかったかがわかる。


大阪万博では世界的な教団も意欲的に参画した。キリスト教系新宗教の末日聖徒イエス・キリスト教会(旧モルモン教)もパビリオンを出展し、「幸福の探求」をスローガンにした。ほぼ布教行為とも言える内容だったが、当時は好意的に受け取られていたようだ。同じ大阪万博では宗教団体ではないものの、バチカンが「キリスト教館」を出していた。こうして振り返れば、花博の頃まで(1995年にオウム真理教事件が起こる前まで)は万博の、宗教にたいするアレルギーがさほどなかったことを示している。


1970年の大阪万博も1990年の花博も、日本の人口増加に比例して宗教人口も増え続けていた時期だ。万博の開催に重なるように1970年代と1990年前後には、精神世界への探究がブーム(第一次・第二次精神世界ブーム)になっていた。


第一次精神世界ブーム時には降霊ゲーム「こっくりさん」やベストセラー本「ノストラダムスの大予言」などが流行り、第二次精神世界ブームにはテレビバラエティで、オカルト番組が編成された時期にあたる。多国籍の人が多数集う万博は、宗教の教線拡大の絶好の機会だったのだろう。


■今回の万博で「一見の価値アリ」なもの


では、今回の万博はどうか。一見すると、宗教色はあまり感じられない。強いていえば、「イタリアパビリオン」の中で展開する「バチカンパビリオン」が、カトリックの世界観を伝えていた。


バチカンパビリオンのテーマは「美は希望をもたらす」。パビリオンのロゴはサン・ピエトロ大聖堂と日本の太陽を融合したもので、キリストを「世界の光」として表現したものという。


出色は、バロック時代の巨匠カラヴァッジョ(1571〜1610)の宗教画の名作「キリストの埋葬」の展示だ。実は筆者は本作品を見るためだけに、7500円(1日券)のチケットを買って万博を訪れる価値はあると思っている。描かれているのは処刑されたイエス・キリストが十字架から下され、墓石の上に置かれようとしているシーン。イエスの生々しい肉体と、嘆き悲しむ聖母マリアらが、光と影を強調した画法で実にリアルに描かれている。信仰心に関係なく、純粋に一級品アートとして鑑賞できる(メディアデーはパビリオンが工事中で、残念ながら「一切、お見せすることはできない」と頑なに拒まれてしまった)。


カラヴァッジョ作「キリストの埋葬」(写真=バチカン市国バチカン絵画館/PD-old-100-expired/Wikimedia Commons

同じようにイタリアパビリオンの目玉展示であるナポリ国立考古学博物館が所蔵する彫刻「ファルネーゼのアトラス」も素晴らしい。西暦150年に制作された世界的な文化遺産で、アトラスは天空を支える役割を担っているとされるギリシャ神話の神である。両手で天球を支えるアトラス神は全長2メートル、重さ2トンの白大理石でできている。制作から2000年近くが経過しても色褪せることはない。


撮影=鵜飼秀徳
イタリアパビリオンは工事中だったが、目玉展示「ファルネーゼのアトラス」は見せてくれた - 撮影=鵜飼秀徳

大阪・関西万博において宗教的な要素のある展示としては、「ブラジルパビリオン」も期待大だ。「期待大」としたのは、やはり工事中で見られなかったから。こちらも残念だったが、事前の広報によると、「死」を通じて生命の循環を表現するテーマ設定だという。


開催国である日本の仏教界や神道界も、アート関連などなんらかの出展があってもよかったかもしれないと、感じた。


■「死」を主題にしたものにも要注目


「いのち」をテーマにした今回の万博において、逆説的に「死」を主題にしたものは多くない。そういう意味においては、生物学者の福岡伸一氏がプロデューサーをつとめる「いのち動的平衡館」は「死」を真正面から取り上げた、画期的なパビリオンと言えた。福岡氏によれば、命を有限である(必ず死が訪れる)と捉え、だからこそ、「いのちは輝く」のであり、生命の連鎖(循環)をもたらすという。


たとえば私たちの肉体は、細胞分裂を繰り返し、多くの細胞が死に、常に変化し続ける存在といえる。ゆえに「今日の自分」と「明日の自分」とは別の存在である。これは、「諸行無常(ありとあらゆるものは変化し続け、同じ状態でとどまるものは何一つ存在しない)」「諸法無我(あらゆるものは関係性の中で生じ、実体となるものは何もない)という仏教の考え方そのものといえる。


撮影=鵜飼秀徳
いのち動的平衡館の光のインスタレーション - 撮影=鵜飼秀徳

いのち動的平衡館は、難解な生命哲学のテーマを、光のインスタレーションを使って分かりやすく表現している。「死」の観点から、万博の全体テーマ「いのち」を描くアプローチは実に斬新で、来訪者に多くの気づきをもたらしてくれるに違いない。


■古代からの偶像と未来のアンドロイドは根底で繋がる


未来のいのちがどうなるか、をリアルに見せてくれる、ロボット工学者・石黒浩氏がプロデュースする「いのち未来館」も興味深い。同館では数多くのアンドロイド(人間のように動き、見せるロボット)が登場する。


館内に入ると、意外な展示物が迎えてくれる。土偶や埴輪、仏像といった、古めかしい偶像である。ここでは、先人が多くの「偶像(古代のアンドロイド)」にたいして、「いのち」を与えてきた歴史を伝えている。


撮影=鵜飼秀徳
石黒浩氏がプロデュースする「いのち未来館」で展示されている仏像など - 撮影=鵜飼秀徳

いずれも宗教的なアイテムであるのがポイントだ。土偶は、諸説あるものの豊穣や繁栄を祈ったり、災厄や傷病の身代わりとしての人形(ひとがた)としたり、あるいは呪詛として使われたりした。埴輪は、死者の依代などとして権力者の墓に祀られた。仏像は、時代を超えて人々の祈りの象徴であり続けた。いずれもただの偶像ではなく「いのち(魂)を宿している」からこそ、「畏れ」「敬い」の対象であり続けた。


実はこうした古代からの偶像と、未来のアンドロイドは根底で繋がっている。いのちを宿さないアンドロイドはただのロボットであり、ただの機能でしかない。だが、そこに「魂」が吹き込まれることで、アンドロイドは人間との境界がなくなっていく。では、その魂とは何か? 人々の「思い」や「願い」が、無機質なマシンを「人間」へと近づけていくのだろう。


撮影=鵜飼秀徳
「いのち未来館」のアンドロイド - 撮影=鵜飼秀徳

■iPS細胞でつくられた心臓


大阪・関西万博では、「iPS細胞でつくられた心臓」の技術も展示される。大阪大学の澤芳樹特任教授などのグループが開発したiPS細胞から作った「ミニ心臓」の大きさは直径約3センチで、心臓の形をしたコラーゲンの膜にiPS細胞から作った心臓の筋肉の細胞をしみ込ませて作った。万博の期間中は、1週間ほどで新しいものに交換し、培養液の中で常に拍動している様子を観察できるという。


一日、万博会場を巡り、それなりに記憶には残る万博になると感じた。科学技術の向こうにある哲学的、宗教学的アプローチも愉しめる絶好の機会だ。ただし、今回の大阪・関西万博のレガシーは何? と尋ねられれば、首を捻ってしまう。万博の中心にある「静けさの森」の植樹エリアは受け継がれるというが、それもいかにも都会にありそうなランドスケープであり、レガシーとまでは言えないだろう。


万博の象徴である大屋根リングは解体される予定という。能登地震の被災地での移設など、地域創生に役立てる方策はあるのではないか。「いのち」を後世に伝えるレガシーこそが、とても大事だ。


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鵜飼 秀徳(うかい・ひでのり)
浄土宗僧侶/ジャーナリスト
1974年生まれ。成城大学卒業。新聞記者、経済誌記者などを経て独立。「現代社会と宗教」をテーマに取材、発信を続ける。著書に『寺院消滅』(日経BP)、『仏教抹殺』(文春新書)近著に『仏教の大東亜戦争』(文春新書)、『お寺の日本地図 名刹古刹でめぐる47都道府県』(文春新書)。浄土宗正覚寺住職、大正大学招聘教授、佛教大学・東京農業大学非常勤講師、(一社)良いお寺研究会代表理事、(公財)全日本仏教会広報委員など。
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(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳)

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