訪問看護は「9割引きの格安マッサージ」…現役世代が重税に苦しむなかで「福祉の無駄遣い」がなくならないワケ

2025年4月18日(金)18時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/byryo

国民が支払う保険料などを原資とした訪問看護事業で、事業者による不正な診療報酬の請求が相次いでいる。『ルポ 虐待サバイバー』(集英社新書)の著者で公認心理師の植原亮太さんが、かつて訪問看護に携わっていた現役の作業療法士2人に現場の実態を聞いた——。
写真=iStock.com/byryo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/byryo

■相次ぐ訪問看護事業者の不正請求事案


近年、訪問看護事業者による診療報酬の不正請求事案が相次いでいる。


2月には、全国で老人ホームなどを運営する金沢市の会社が、診療報酬約28億円を不正に請求したとする疑惑を朝日新聞が報じている。また3月には東京都足立区の精神科病院が診療報酬483万円を不正請求していたとして、都が返還を求めている。


訪問看護とは、看護師や作業療法士などが自宅などで療養している人を訪ねて医療を施す行為である。彼らは主治医が作成する訪問看護指示書に基づき、介護保険が適用される高齢者には血圧や体温測定などの医療的な処置を行ったり、医療保険が適用となる65歳未満の精神障害者などには、精神状態の確認の意味も込めて話し相手になったりする。


いずれも在宅生活を支えていくのが主な目的で、ひとことに「医療」と言っても、その内容は幅広く、線引きも曖昧なところが多い。


言うまでもなく原資はわれわれが収める保険料であり、すなわち税金だ。3月には高額療養費の上限引き上げが凍結されたが、高齢化や医療の高度化で医療保険の財源は逼迫している。


■なぜ制度を悪用する事業者が後を絶たないのか


ところが、不正請求事案には、こうした幅広い支援内容が仇となっているようなものも見受けられる。


具体的には、訪問した時間を実際よりも長く見せかける、単独で訪問したのにもかかわらず複数人の有資格者で訪問したように見せかける、行っていない処置を行ったことにする——などだ。つまり、実際には行われていない医療行為を、あたかも実施したように装って多くの「単位」を請求し、過大な報酬を受け取るというものである(筆者註:「単位」とは、診療行為ごとに定められた保険点数のことで、1点は10円に定められている)。


たとえば、30分未満の訪問よりも30分以上の訪問のほうが診療報酬として定められた単位は高く、事業者が得る診療報酬も多くなる。


容易に偽装することができる現状の制度や監査体制の甘さにも問題があるのは、本稿を読み進めていけばご理解いただけると思うが、そうまでして事業者が利益を求めようとする理由はどこにあるのか。


今回、ともに作業療法士として20年近くのキャリアを持つ足立佳奈さん(仮名)と佐々木修二さん(仮名)に話を聞くことができた。


■きっかけは政府の「在宅ケア重視」


なぜ、訪問看護の現場で不正請求事案が起きているのか。


この問いに、まず足立さんが口を開いた。


「いまから十数年前に、国が患者さんを病院に入院させ続けるのではなく、地域でケアしていく方針を示しました。それで、入院していた高齢患者さんたちの受け皿が必要になり、訪問看護の必要性が急激に高まりました。株式会社などが訪問看護に参入し出してからは、利用者さんの奪い合いです」


国は高齢者の急増と現役世代の急減による超高齢化社会を見据えて「在宅重視」の姿勢を示した。増え続ける医療費を抑制する思惑だった。担い手を増やそうと、訪問看護事業者の参入要件を医療法人に限定せず、株式会社でも訪問看護事業を行えるように緩和した。


■訪問看護ステーション数はうなぎのぼり


たしかに、訪問看護を担う訪問看護ステーションの数は2012年付近を境に急激に増えている。診療報酬の改定で、報酬が引き上げられた年だ。2024年は約1万7000カ所にのぼり、12年と比べて2.5倍以上になった。


一般社団法人全国訪問看護事業協会 訪問看護ステーション数調査から引用

※筆者註:訪問看護ステーションとは、看護師や保健師が管理者となって、医師の「訪問看護指示書」に基づいて訪問看護を実施する機関である。保険医療機関[病院]ではないが、介護保険・医療保険ともに扱うことができる。


足立さんが続ける。


「いまは一人の患者さんから、どれだけ単位を取って報酬を稼げるのかという頭で現場が回っています。ご高齢の方が退院してきて、身体ケアの目的で訪問看護を導入するのはごく普通の流れなのですが、ここで他のサービスとの兼ね合いで介護保険請求が難しい場合、医療保険請求で訪問看護も参入しようとするんです。精神科医師と連携して、医療保険請求でも通る精神科診断を付けてもらい、単位数稼ぎのようなものも行われていました」


■「瞬間移動しているとしか思えない」移動時間の改ざん


また別の手口もあるという。


訪問看護事業者が高い報酬を得るためにはより多くの訪問をこなす必要があるが、一日で稼働できる時間は限られている。そのため、悪質な事業者は手口の一つとして、実際の訪問時間を(たとえば15分ほどに)短縮して、しかし30分以上の訪問を行ったということに偽装し、余分な診療報酬を得ようとする。こうすることで実働としては、より多くの件数をさばくことができる。


くわえて、次の訪問先への移動時間を架空の短い時間に設定することによって、勤務時間内に多くの訪問を行ったという帳尻も合わすことができる。そうして、表面上はなにも問題のない「訪問看護記録」「勤務実績表」が完成することになるのだ。


「この時間でこれだけの単位を取って、『どうやって移動したの?』っていうのは結構あります。瞬間移動をしたんじゃないかっていう書き方です」


度々こうした訪問看護記録を目にしたことがあると、足立さんは話した。


写真=iStock.com/Ignatiev
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Ignatiev

■厚労省の緩い行政指導


しかし、疑問も浮かぶ。行政からの指導で業務記録の提出を求められたら、改ざんによる非現実的な移動時間が指摘されて不正が発覚してしまうのではないだろうか。


この疑問に、足立さん佐々木さん両者ともに「そこまで見られることはない」と口を揃えた。足立さんは「うまく喋れない利用者さんに、厚生労働省が裏取りしにいくわけではないからバレない」とも付けくわえた。


あくまでも利用者個人のカルテに不正請求の疑いはないかを見られることはあるが、利用者同士の居所を把握した上で、その移動時間の不自然さまで追求されるケースは、これまでに思い当たらないとのことだった。


だからこそ、ここに付け入るように改ざんが慣例化しているのかもしれない。


訪問看護事業者を含む介護保険施設などには、最低でも6年に1度は「運営指導」が実施される。厚生労働省によると「訪問看護報告書」「勤務実績表」などの確認がなされるという(厚生労働省「介護保険施設等運営指導マニュアル」より)。有資格者の配置は適切か、請求通りのサービスは行われているか、などを確認するためだ。


しかし、この指導自体が事前に日時を通知される制度であるため、不正請求の痕跡を隠すための準備期間になっているという見方もできる。


こうした実情は訪問看護に限らず、保険施設が行う不正の温床になっているのかもしれない。


■サービス業化する訪問看護


リスクを冒してまで診療報酬を稼ぐ背景は、どこにあるのか。足立さんは訪問看護が医療ではなく「サービス業化している」と話す。


「一部ですが、訪問看護スタッフはホステスのようになっているように思えます。利用者から『もう来なくていい』と言われたら利益を失うことになるので、利用者の機嫌を損ねないことに注意を払っているんです。利用者から契約を切られたら終わり。訪問看護スタッフの質の低下も感じます。誰にどんな診断がついているのかを知らない人もいます。専門的な知識がある上で話を聞いているのではなくて、単なる話し相手になっている場合もあると感じています」


佐々木さんも続ける。


「私の働いている就労支援施設に『訪問看護が必要そうなご利用者さんはいますか?』『話し相手になることも可能です』と訪問看護事業所の方が営業に来ることは多くあります。民間のカウンセリングは実費ですが、訪問看護であれば保険が使えるので。たしかに、話し相手になることが大切なこともあるんですけど……」


もちろん、対人援助業務を行う上で話を聞くことは最低条件である。しかし、利用者のご機嫌を取ることが医療行為かと問われれば、必ずしもそうではないと筆者は思う。


■9割引きで受けられる「格安マッサージ」


行き過ぎたご機嫌とりが原因なのか、利用者の中には訪問看護を「格安マッサージ」だと認識違いをしている場合もあるようだ。足立さんが話す。


「訪問看護を安価でマッサージを受けられるサービスと思っている人はいます。話を聞いてもらいながらマッサージを受けられて……まるでエステのデリバリーかのように。医療保険なので1割の自己負担で受けられて、しかも生活保護の人であれば負担額は0円です」


介護保険を利用する人の中には身体ケアが必要な場合もあるだろう。利用する保険と目的の違いによって訪問看護(=医療保険)と訪問リハビリテーション(=介護保険)があり、利用者からすると紛らわしい。先に足立さんが述べたように併用する場合もあることから、さらに混乱が生まれていると思われる。しかし話を聞いていると、これも事業者側がサービスを過剰に提供したがゆえに、利用者側が認識違いを起こしている可能性も排除できない。


必要のない人にまで過剰なサービスが提供されており、ここから保険点数を稼ぐ構図が完成されているのだろう。利用者側に保険医療を受けている意識の薄れがあるのかもしれないが、しかしこれを助長させているのは事業者側なのかもしれない。それを裏付ける足立さんの最後の言葉がとても印象的だった。


「(身体ケアなどが必要な)重症患者さんの訪問看護は、どこもやりたがらない。逆に軽く話して終わる人は取り合いになるんです」


■出来高制、歩合制が制度の悪用に拍車をかけている


訪問看護事業者側の質が低下すると、利用者側の意識変化を引き起こす。そうしてサービス業としての色合いが強くなり、関わりやすい人のところにより多くのサービスが入る——。こんな現状が、まざまざと浮かび上がってきた。


関わりやすい利用者のところへ多くのサービスが供給されるのは、雇用される側である訪問看護スタッフの多くが歩合制や出来高制という勤務形態で働いていることも影響している。


医療業界では元来、歩合制や出来高制の報酬体系を採用することは少ない。なぜこの報酬体系が一般的ではないのかというと、言うまでもなく医療の質の低下につながるからだ。訪問看護もれっきとした医療だ。その話を聞いて筆者は「まるで営業職のようだ」との感想を抱いた。


■事業者が乱立して医療の質が下がった


国の政策というのは概して有識者間で行われ、現場からは程遠い場所にある。ある問題が議論され始めた頃には、現場は新たな問題を抱えているということも珍しくない。現場・当事者と政治家との温度差は、こうしたことで起きているのだろう。


今回取材に応えてくれた2人は異口同音に次のように述べた。


「事業者が乱立したことによる顧客獲得競争の激化によって、利益重視になり医療の質が下がっていった」


現場の声が届いていれば、そうはならなかったのではないかと思う行政政策は数多い。3月に見送りとなった高額療養費の負担額増の政策も、その一つである。


増え続けた訪問看護事業者と激しくなる顧客獲得競争の結果生じた不正請求。不正請求は減らすべきで、私たち税金の使い道は適正で然るべきだ。しかし目を向けなければならないのは、なぜこの事態が招かれたのかということではないか。


財政を圧迫する医療費を削減するには、現場・当事者の声に耳を傾けて実態に即した対応をとる必要がある。


----------
植原 亮太(うえはら・りょうた)
公認心理師、精神保健福祉士
1986年生まれ。汐見カウンセリングオフィス(東京都練馬区)所長。大内病院(東京都足立区・精神科)に入職し、うつ病や依存症などの治療に携わった後、教育委員会や福祉事務所などで公的事業に従事。現在は東京都スクールカウンセラーも務めている。専門領域は児童虐待や家族問題など。著書に第18回・開高健ノンフィクション賞の最終候補作になった『ルポ 虐待サバイバー』(集英社新書)がある。
----------


(公認心理師、精神保健福祉士 植原 亮太)

プレジデント社

「訪問看護」をもっと詳しく

「訪問看護」のニュース

「訪問看護」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ