だから「いい会社」にも「いい恋人」にも出会えない…後悔する決断を避けるための「37%の法則」をご存じか
2025年4月19日(土)16時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/alexsl
※本稿は、冨島佑允『人生の選択を外さない数理モデル思考のススメ』(アルク)の一部を再編集したものです。
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■毎日が“選択の連続”である
みなさんは日常生活で選択を迫られる場面に何度も出くわしますよね。友人との昼食で何を食べるか、週末にどこへ行くか、スマホをどの機種にするかなど、些細なことでも常に選んでいます。
また、長いこと生きていくと、人生を左右するような大きな選択もたくさんします。例えば、どの大学を志望するか、どの会社にエントリーシートを出すか、誰と結婚するか、どの家を買うかなど、挙げればキリがありません。
私たちの社会では、選択の自由が保証されていますが、それは裏を返せば、自己責任でいろいろな決定を下さなければならないということでもあります。選択には、悩まずに済むものから、ものすごく悩むものまでありますが、いずれにせよ最善の選択をしたいものです。もし、最善の選択をする方法について、数学者からアドバイスがもらえるとしたら、ちょっと興味がわきませんか?
ここでは、そんな日常生活での選択に関連づけて、数学の世界でも有名な「秘書問題」を紹介します。これからの生活や人生で選択を迫られる場面に出くわしたとき、より賢い選択ができるかもしれませんよ。そもそも秘書問題とは何でしょうか? 言葉だけでは理解しづらいので、身近な例を使って説明します。
■“優秀な1人”を選ぶのは難しい
自分が「ある企業の社長」で、自分の秘書を採用するために求人サイトに広告を出したと想像してみてください。求人に応募してきた候補者から、秘書を1人選ぶことになりました。候補者たちのなかから最適な人材を選びたいですが、応募者全員のスキルや特性を完璧に把握することはできません。そこで、どの候補者が最適かを見極めるために、どのような方法を取るべきでしょうか?
これが「秘書問題」です。この問題では、候補者全員を1人ずつ面接し、その場で採用するかどうかを決めなければなりません。そして、一度採用を見送ったら、その候補者を再び候補者にすることはできません。つまり、最適な秘書を見つけるためには、面接時の一発勝負で見極めなければならないのです。この秘書問題の状況設定は、私たちが人生で経験する選択の機会と2つの点で共通点があります。
第一に、「判断を変えることの難しさ」です。ランチで注文したラーメンが口に合わなくても、食べかけのものをキャンセルしてメニューを変更することはできません。結婚や就職も、一度選んだ対象を変える行為(離婚や転職)には相当なエネルギーが必要です。
第二に、「リサーチの限界」です。すべての選択肢を完全に調べ上げることは現実的ではなく、たいていは取り得るすべての選択肢のうちの一部しか調べることができません。結婚相手を選ぶときも、仮に世界中のすべての男性(約39億人)と付き合ってから決めようとすれば、寿命が尽きてしまうでしょう。ですから、秘書問題の考え方を身につけておけば、賢い決断に役立つのです。
■「すべての選択肢」の比較検討は現実的にできない
さて、秘書問題の社長は、もっとも優秀な秘書を採用するために、どのような基準で候補者を選べばよいのでしょうか? この問いに答えるために、数学的なアプローチを取り入れてみます。まず、人が何かを選ぶときにはどんな方法を取っているでしょうか。
戦略1:すべての選択肢を検討したうえで選ぶ。
戦略2:最初に合格の基準を決めて、その基準を満たす候補が現れた時点で採用する。
戦略3:いくつかの選択肢を見て「目利き力」をつけてから選ぶ。
もっとも理想的なのが戦略1だということは、誰の目にも明らかでしょう。すべての選択肢について十分な情報が与えられていて、比較しながら選べる場合は、戦略1が使えます。例えば、レストランで料理を注文するときは、メニュー表を見れば注文できる料理の種類や内容がわかります。客は、それを見て比較検討しながら選択すればいいわけです。しかし、人生においては、すべての選択肢を十分に検討できる状況は少ないものです。ですので、戦略1は理想的ではあるけれども、実際に使えるケースは限られています。
写真=iStock.com/Wipada Wipawin
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■「目利き力」を養うことが重要
戦略2は、婚活をイメージするとわかりやすいと思います。例えば、相手の男性に対して「年齢35歳以下、年収500万以上、上場企業勤務または公務員」といった“合格基準”を設定し、その基準を満たす相手が現れた時点で結婚を決めます(もちろん、相手も自分を気に入ってくれて初めて結婚が成立するわけですが……)。
この方法はシンプルですが、どうやって適切な合格基準を設定するかという問題が残ります。基準が低すぎたら、もっと優れた候補者を逃してしまうかもしれません。逆に基準が高すぎると、誰も合格しないという状況に陥る可能性があります。
最後の戦略3は、序盤の候補者を敢えて見送りながら「目利き力」を養い、その後の候補者から最良のものを探すという方法です。戦略1のようにすべての候補を把握しておく必要もなければ、戦略2のように合格基準をあらかじめ決める必要もありません。つまり、戦略3は限られた情報しかないなかでも使える、応用性の高い方法です。そして、秘書問題の解答はこの戦略3の考え方に基づいています。
■「4割弱」を見送るのがベスト
秘書問題に戻ると、「候補者を1人ずつ面接し、そのなかから1人だけ自分の秘書を採用する」という課題に対して、注意深く考えれば、「最初の候補者は選ばない」方が賢明だとわかります。というのも、最初の候補者には比較対象がないからです。よりよい戦略とは、最初の何人かの候補者を敢えて見送りながら、残りの候補者のための基準を設定することです。つまり、最初の数人を不採用として、どれくらい優秀な人が応募してきているかのレベル感を確かめるのです。では、最初の何人までを見送ればいいのでしょうか。
【見送る候補者が少なすぎる場合】
見送る人数が少なすぎると、残りの候補者の基準を設定するための十分な情報を得ることができません。
出典=『人生の選択を外さない数理モデル思考のススメ』
【見送る候補者が多すぎる場合】
見送る人数が多すぎると、情報は十分に得られますが、潜在的な候補者の多くを使い果たしてしまいます。これにより選択肢が非常に少なくなり、不利な状況に陥ります。
出典=『人生の選択を外さない数理モデル思考のススメ』
このように考えていくと、「見送る人数は多すぎても少なすぎてもダメ」であることがわかります。では、どれくらい見送るのがいいのでしょうか? 1割なのか、3割なのか、5割なのか……。こればかりは直感的に答えを導き出すことができませんので、数学の出番です。結論をいうと、4割弱(正確には37%)を見送るのがベストです(ひと言では説明が難しいので、より詳しく知りたい方は本書で数学的な証明を紹介しています)。候補が15人いる場合は、最初の6人を見送るということになります。
出典=『人生の選択を外さない数理モデル思考のススメ』
■あえて不採用にしてレベル感を学ぶ
ここで、秘書問題の正確な解答を見てみましょう。
【秘書問題の解答】
①最初の37%の候補者は不採用にする。
②最初の37%の候補者のなかで、いちばん良かった人を覚えておく。
③それ以降の候補者のなかで、「最初の37%のなかでいちばん良かった人」を上回る人が現れたら、採用する。
つまり、序盤の4割弱の候補者を敢えて不採用にすることで、候補者のレベル感を学んで「目利き力」をつけ、その目利き力を頼りに残りの候補者を選別します。この結論は、直感的にも納得感があるのではないでしょうか。
全体の4割弱を見れば、確かに候補者全体のレベル感がわかりそうです。反対に、前半の5割以上の候補者を無条件で落としてしまうと、残された候補者がもとの半分以下となり、選択肢がかなり減ってしまいます。ですので、結果として4割弱がスイートスポットということです。
■「婚活」「住宅購入」「転職活動」にも役立つ
冨島佑允『人生の選択を外さない数理モデル思考のススメ』(アルク)
この考え方のエッセンスは、いろいろなところで応用できます。例えば婚活では、最初にお見合いをした相手を気に入っても、本格的なお付き合いを保留するという選択肢があるかもしれません。他の何人かとも数回のデートをして「目利き力」をつけ、その後の候補から本命を選ぶという戦略がありえそうです。
住宅購入や賃貸物件探しの際にも応用できます。最初に予算内の物件をいくつか見学してみて、予算の範囲でどのレベルの物件が選べるのかを把握することが大切です。そうしたレベル感を身につけておけば、次に出会う物件が予算対比で魅力的かどうかを判断しやすくなります。
また、就職活動や転職活動のときにも役立ちます。まず何社かの面接を受けてみて、その過程で面接官の反応を通じて自分の市場価値を探ってみます。この情報をもとに、自分の適性や市場価値に見合った企業を探していくことができます。
「秘書問題」からわかる人生のヒント
●完璧を追求せず、ベストなタイミングで決断しよう
日常生活やビジネスでの決断においては、限られた情報のなかで最善の選択をする力が求められる。すべての選択肢を検討できていなくても、思い切って決断を下す胆力が大切である。
●目利き力を養おう
最初にいくつかを見てみて、候補全体のレベル感をつかむ戦略が有効。「目利き力」を養うプロセスは、情報が不完全な状況でよい選択肢を見つけるための重要な技術である。
●候補をどれくらい見るか
候補全体の4割程度(正確には37%)を見てから判断するのが数学的には最適といわれる。現実で直面する選択は秘書問題ほどシンプルではないかもしれないが、候補をどれだけ見るべきかと悩むときに、4割は1つの目安になる。
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冨島 佑允(とみしま・ゆうすけ)
データサイエンティスト、多摩大学大学院客員教授
1982年福岡県生まれ。京都大学理学部卒業、東京大学大学院理学系研究科修了(素粒子物理学専攻)。MBA in Finance(一橋大学大学院)、CFA協会認定証券アナリスト。大学院時代は欧州原子核研究機構(CERN)で研究員として世界最大の素粒子実験プロジェクトに参加。修了後はメガバンクでクオンツ(金融に関する数理分析の専門職)として各種デリバティブや日本国債・日本株の運用を担当、ニューヨークのヘッジファンドを経て、2016年より保険会社の運用部門に勤務。2023年より多摩大学大学院客員教授。
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(データサイエンティスト、多摩大学大学院客員教授 冨島 佑允)