2つの衆院補選、「野党共闘」は本当にあったのか

4月23日(火)6時0分 JBpress

(筆坂 秀世:元参議院議員、政治評論家)

 2つの衆院補選は、予想通りの結果となった。大阪12区では維新が勝利し、沖縄3区では、玉城デニー知事の後継候補が当選した。

 共産党などは、野党共闘が一段とバージョンアップしたかのように言っている。だが実態は、もともと弱い者同士の野合でしかなかった野党共闘の綻びが一段と進んだように思える。


屋良氏当選は「野党共闘」の成果なのか?

 玉城デニー氏(現沖縄県知事)が知事選挙に出馬し、衆院議員を自動失職したために行われたのが今回の衆院沖縄3区の補欠選挙だった。

 この選挙には、玉城氏の後継としてフリージャーナリストの屋良朝博氏が無所属で立候補した。これに対して自民党は、島尻安伊子元参院議員(元沖縄北方担当相)を擁立した。島尻氏と言えば、「千島歯舞諸島居住者連盟」という名称を読む際に、「千島、はぼ、ええっと、なんだっけ」と言葉に詰まり、傍にいた秘書官に「歯舞諸島(はぼまいしょとう)」と教えてもらったことで有名になった人である。

 仮にも、北方領土問題を担当する大臣がその島の名前も読めないというのだから、恥ずかしい限りである。ちなみに前沖縄・北方担当相の福井照氏も色丹(しこたん)島を「しゃこたんとう」と言い間違えた。他に擁立すべき候補者がいなかったための苦肉の策が島尻氏の擁立だったのだろう。これでは玉城氏の後継に勝てるわけもなかった。


各党代表に頭を下げた小沢一郎

 玉城デニー氏は、小沢一郎氏が率いる自由党の所属議員だった。屋良氏も自由党に所属しているが、「オール沖縄」の支援を受けるために無所属で立候補したと言われている。これを主導したのは小沢氏である。

「野党共闘」に熱心な小沢氏は、野党各党代表に沖縄入りを要請し、4月16日には、立憲民主党の枝野幸男代表、国民民主党の玉木雄一郎代表、共産党の志位和夫委員長、小沢氏が揃って沖縄で揃い踏みを果たした。夏の参院選に向けて「野党共闘」に何としても弾みをつけたい小沢氏の執念だろう。

 屋良氏が当選すれば自由党議員として活動する可能性が高い。だからこそ小沢氏は、「激励、応援に沖縄まで来ていただいた。これほど力強いことはない」と各代表に頭を下げたのである。

 だが事務所には屋良氏本人の姿はなかったそうである。屋良陣営は、政党色を出さない選挙戦術をとっており、どの政党からの推薦も受けていない。

 4月17日付産経新聞は、「そもそも立憲民主、国民民主両党は沖縄県選出の国会議員ばかりではなく、県議もいない。オール沖縄で中心的な役割を果たすのは共産党や社民党だ」と指摘している。同記事を読んで、有田芳生参院議員が立憲民主党の沖縄県連会長に就任していることを初めて知った。有田氏は、京都府出身であり、参院比例区で当選した議員である。いかに立憲民主党が沖縄に足場を持っていないかを示すものだ。

 同記事によれば、枝野氏が「参院選に向けて今後の連携を強化していく上で大きなステップになる」と述べ、志位委員長は、「ここで勝つことが参院選での野党共闘にとっての大変に大きな一歩になる」と応じたそうだが、肝心要の立憲民主党と国民民主党とのいがみ合いは、依然として続いている。

 しかも同紙の分析によれば、立憲民主と国民民主両党がいがみ合って、「沖縄での存在感を示すため、競い合うようにして屋良氏の支援を強化している」というのだ。これが屋良陣営にとっては「好都合」だったというのだ。

 これは、沖縄が普天間基地の辺野古移転という沖縄の象徴的な問題を抱えているからであろう。そうではないところで、このようないがみ合いが野党共闘を実のあるものにするとは、考えにくい。


意味不明だった宮本岳志氏の立候補表明

 衆院大阪12区補選では、日本維新の会新人の藤田文武氏が当選した。

 共産党の現職衆院議員の宮本岳志氏(比例近畿ブロック選出)が議員辞職し、無所属で立候補するという報道には、正直驚いた。こんなことは、これまでの共産党の歴史にはないし、普通に考えてあまりにも無謀な挑戦だからだ。

 宮本氏の記者会見での発言も、意味不明なものであった。「『自ら退路を断ってでも、市民と野党の共闘の実現に挑むべきではないのか』という思いがふつふつと沸き起こっていたとき、穀田恵二選対委員長に思いを問われ、立候補の決意をお伝えいたしました」と言うのだ。

 確かに宮本氏は参院の大阪選挙区で一度当選したことはある。だが6年後の選挙では落選した。その後、衆院に転じ、党名選挙の比例近畿ブロックで当選してきた。大阪全体でも、大阪12区の寝屋川市、大東市、四條畷市で知名度があるわけではない。同氏の地元というべきは、岸和田市である。森友問題で大活躍したかのように宣伝していたが、私が見る限り、さほど鋭い論戦をしたわけでもないし、名を上げたわけでもない。

 そもそも共産党の指導部の一員でもなければ、知名度もない宮本氏が、なぜそれほど野党共闘に心を砕き、議員辞職までして立候補を考えるのか、まったく理屈が通っていないのだ。

「退路を断ってでも」などと言うのは、確かに一見格好良く見えるが、宮本氏の会見での発言は日本語になっていない。宮本氏が胸の中で、勝手に「ふつふつと沸き起こっていた気持ち」が、なぜ穀田氏に分かったのか。穀田氏というのは、人の心を読めるような神のような人なのか。そんなわけがない。ところが穀田氏は、宮本氏の「ふつふつ」とした思いを鋭く察して、「思いを聞いた」と言うのだ。作文だとしても出来が悪すぎる。

 不自然な発言はさらに続く。「大阪12区の選挙は、沖縄3区と並んで『市民と野党の共闘で〔安倍政治さよなら〕の狼煙をあげる』という野党共闘の命運がかかった選挙です」。どうして大阪12区がそういう選挙区なのか。沖縄3区は、玉城デニー現沖縄県知事が選出されていた選挙区である。同氏が知事になったための補選だ。大阪12区は、もともとは自民党が議席を持っていたのだ。事情がまったく違う。

 私がこういう話を聞いたなら、「君、気は確かか? 簡単に野党共闘の命運を賭けるなよ」と諭したことだろう。

 ところが志位和夫委員長は違う。「宮本議員ご本人から、『衆院議員の職を辞して12区から挑戦したい』との申し出がなされた。党中央として、宮本さんの勇気ある決断を正面から受け止め、候補者に擁立することにした」のだと言う。実に分りやすい三文芝居である。


大阪で惨敗した野党共闘

 この背後には、やはり仕掛け人がいた。小沢一郎氏である。沖縄3区は、小沢氏が推す玉城知事の後継が立候補する。野党共闘の空気を醸成するためには大阪12区も、ということなのだ。宮本氏も自認しているように、無所属立候補というのは同氏が考えたことではない。党の戦術である。共産党議員が勝手に無所属立候補することなどあり得ない。

『週刊新潮』(4月25日号)に面白い記事が掲載されていた。共産党関係者の話として、「小沢一郎さんに唆(そそのか)されて“無所属”で出馬した宮本岳志元衆院議員ですが、立憲民主党は共闘に応じず、当選はおぼつかない」と分析されていることが紹介されている。事実、宮本氏を推薦したのは、共産党と自由党、社民党大阪府連合だけである。

 立憲民主の枝野氏や国民民主の玉木氏らは、宮本事務所を表敬訪問しただけである。応援演説にも立たなかった。

 結果は予想通りの惨敗だった。今回も含めて大阪12区では9回の選挙が行われたが、宮本氏の得票数は最低を記録した。供託金没収という惨めさだった。大阪知事選、市長選に続いて維新に叩き潰された。

 4月18日付朝日新聞によれば、穀田恵二氏(共産党選対委員長)が17日の記者会見で、宮本氏を「支援した他の野党議員について、『頭の中には全部入っている』『どういう方々と協力するか、いつでも(名簿を)を懐にいれて走っている』と述べたそうである。支援しなかった野党への“脅し”とも取れる発言である。野党共闘はますます難しくするような発言である。

 こんな結果になることは、選挙前から想定できた。にもかかわらず宮本氏を知っている人間なら、恥ずかしくてとても言えないような褒め言葉を連発して、宮本氏に議員辞職までさせて立候補させた共産党の狙いは何だったのか。よもや宮本氏の放逐ではなかったと信じたいが、結果を見る限り、それが真相かとも思えてきてしまう。

 いずれにしろ野党共闘の命運を断ち切り、みずからの退路まで断ってしまった宮本氏の前途はきわめて厳しい。もはや政界引退しか道は残されていないのではないか。

筆者:筆坂 秀世

JBpress

「野党」をもっと詳しく

「野党」のニュース

トピックス

BIGLOBE
トップへ