トランプ大統領よ、ありがとう…あなたのおかげで「コメの値段が下がらない」本当の理由が明らかになりました
2025年4月23日(水)11時15分 プレジデント社
現地時間2025年4月16日午後4時半から約50分間、米国・ワシントンD.C.を訪問中の赤澤亮正経済再生担当大臣は、ドナルド・トランプ米国大統領を表敬訪問(写真=内閣府/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)
現地時間2025年4月16日午後4時半から約50分間、米国・ワシントンD.C.を訪問中の赤澤亮正経済再生担当大臣は、ドナルド・トランプ米国大統領を表敬訪問(写真=内閣府/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)
■主業農家はコメ関税撤廃を恐れていない
10年ほど前、TPP交渉への参加反対にJA農協が1200万の署名を集めていたころ、私は秋田県の米どころの市に招かれて講演し、TPP参加が必要だと訴えた。質疑応答に移ったとき、ある農家が「我々のコメはどこにも負けない。さっき農協の組合長はTPP反対と言ったが、我々はコメの関税なんか要らないので撤廃してもらいたい」と発言した。これには驚いた。この人は村八分にされかねないと心配した。しかし、さらに驚いたことに、その発言の直後に場内から一斉に拍手が起こったのだ。
規模の大きな主業農家は輸入米との競争を恐れていない。
コメ貿易の自由化を恐れているのは、コメの価格低下で零細な兼業農家が組合員でなくなり預金が減少するJA農協とそれにすがる農水省・農林族議員だ。
※「だから「コメの値段」は下がらない…「転売ヤーのせい」にしたい農水省と、「利権」を守りたいJA農協の歪んだ関係」参照
江藤農水相は22日の閣議後記者会見で、「主食であるコメを海外に頼る体制を築くことが国益なのかは、国民全体として考えてもらいたい」と発言した。
しかし、“主食であるコメ”と言うなら、その価格を高騰させ国民に多大な負担をかけているのは誰なのか? 主食であるコメに補助金を出して1967年の生産量の半分以下に減産(減反)してきたのは、誰なのか? 農水省は輸出を35万トンに拡大する目標を掲げながら輸入を拒否するのは身勝手すぎないか? 今回のコメ騒動で農水省は国民への食料の安定供給を果たせないことが明らかになった。戦後の食糧難はアメリカの食料援助が助けてくれた。国民に困窮を強いる農水省に代わり、アメリカに日本の窮状を救ってもらって何が悪いのか?
参議院選挙前にアメリカに大きな譲歩はできないと言うが、今回のコメ価格高騰で彼らが行ってきた農政への国民の怒りは沸点に達している。地方で農林族議員が落選しても都市部でコメ貿易の自由化を推進する政党への支持は高まる。「農政(ノー政)にNO」を突き付けるのだ。参議院選挙は、農業の発展や食料安全保障を損なってきた農政トライアングルを弱体化させる絶好のチャンスだ。
関税撤廃でコメ農業は発展する。
■「関税」のメリットを受けるのは既得権者のみ
TPP交渉で「国益を賭けた戦い」という言葉が盛んに使われた。この場合の国益とは農産物関税を守ることだった。今回の日米交渉でも国益という言葉をよく聞く。
しかし、関税とは輸入価格よりも関税分だけ高く国民に農産物を買わせることである。国内の価格が高ければ、国産農産物が輸入品に負けないために高い関税が必要となる。これで消費者が負担している額は消費税の2%以上にあたる。これ逆進性そのものだ。日本政府は「トランプの関税が悪いから止めろ」と言う交渉を行うのではないか? どの国にとっても関税は良くない。それで得をするのは不当に保護されている一部の既得権者だけだ。
次の小麦の例のように消費者は国産だけでなく輸入品についても関税で高い価格を払わされている。しかし、この関税で高い国産の価格を守ることが農水省、JA農協、農林族議員の農政トライアングルにとっては国益にすり替わる。
だから今回国民に高いコメを買わせても痛痒を感じないのである。
これだけの騒動になっても農水省の幹部は誰一人として責任を取ろうとしない。彼らの目が向いているのはJA農協と農林族議員であって国民ではないからだ。JA農協と農林族議員にとって、米価を下げようとしない今の農水省幹部は「よい仕事をしている」のだ。
図版=筆者提供
しかし、関税で維持している高い国産農産物価格に代えて、政府から輸入価格との差を農家に直接支払いして価格を下げたらどうだろうか? 農家の所得は変わらない。関税は要らない。消費者は国産だけでなく輸入品の価格も下がるというメリットを受ける。こども食堂やフードバンクの人は助かる。
この欧米が採用している政策が、どうして日本では採用されないのだろうか? 高い価格によって利益を得る組織があるからだ。
■MA米の「主食用輸入枠拡大」は一石三鳥
コメ価格が高騰する中で、4月15日、財務大臣の諮問機関、財政制度等審議会は、「関税をかけないで輸入している77万トンのミニマムアクセス米のうち10万トンの主食用のコメの輸入枠を拡大して市場に安いコメを供給すべきだ」と提案した。
主食用以外の67万トンは、あられ・せんべい用や飼料用などに処理しているが、安く売らざるをえないので毎年多額の財政負担がかかる。23年度だけでミニマムアクセス米全体の赤字は684億円に上っている(累計では7000億円のムダ金である)ので、主食用を増やせば財政負担も軽減できる。
ミニマムアクセス米の枠外で輸入しようとすると、1キロ当たり341円という異常に高い関税を払わなければならない。通常コメの卸売価格は250円程度なので、341円の関税を払えば輸入価格がゼロでも輸入できない。これまではバスマティライスなど特殊なものが輸入されてきた。今回コメの卸売価格が430円超に騰貴したために、関税を払って民間が輸入したコメは、24年度(2月末時点)に1497トンと近年の約4倍の水準に急増している。関税がかからないミニマムアクセスの主食用を増やせば、関税を払わないでもっと安く輸入できる。
私は、プレジデントオンラインの記事(備蓄米が消えていく…「コメの値段は下がらない」備蓄米の9割を"国内屈指の利益団体"に流す農水省の愚策、4月10日配信)で、「石破総理が本気でコメの値段を下げようとするなら、無税で輸入しているミニマムアクセスのうちの10万トンの主食用輸入枠(SBS米)の輸入量を拡大するか、キログラム当たり341円という枠外輸入の関税を引き下げるかして、ジャポニカ米の輸入量を増やすしかない」と述べた。
財務省は、この記事を読んだのだろう。備蓄米の放出が効果を上げない中で財務省はこれを急騰しているコメの値段を下げつつ財政負担を軽減する一石二鳥の政策だと考えたのだ。アメリカへの農産物市場開放の玉として使うなら一石三鳥だ。
コメ価格を高騰させたことから自業自得だと思うが、農水省は反発している。
■筆者が交渉したコメの輸入制度
341円という関税をトランプは「700%という不当に高い関税だ」と言い、農水省をはじめ日本側は事実誤認だと反発している。この高関税を含め今のコメの制度がどうやってできたのか、実際に交渉に関わった私が説明しよう。今の農水省やコメの専門家と言われる人たちもあまり理解していないようだ。
コメの輸入制度は、1993年に妥結したガット・ウルグアイ・ラウンド交渉で合意された。当時、輸入数量制限などの関税以外の輸入制限措置(非関税障壁と言った)を関税に置き換えること(“関税化”と言う)が交渉のルールとされ、これには一切例外は認めない(包括的関税化“comprehensive tariffication”)とされた。
1986年9月16日、ガット・ウルグアイ・ラウンド交渉で発言するウィルフレッド・ナイモール(写真=Need4justyce/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)
日本は多くの農産物について輸入数量制限や国家貿易などの非関税障壁を持っていたので、これに脅威を感じた。小麦、乳製品やでんぷんなども関税化の例外を主張したが、アメリカやオーストラリアなどの輸出国だけでなく、頼みとしたEUも例外なき関税化に同調したので、最終的にはコメだけに限って例外措置を勝ち取った。
■輸入しない代償としての「MA輸入枠」
関税化にはルールがあった。
関税の設定は1986〜88年(交渉の基準年とされた)の内外価格差を採用してよいとされた。1986〜88年とは、アメリカやEUなどの主要国の農業保護(国内価格支持)が高く、これによる過剰農産物の補助金付きダンピング輸出により国際的な農産物価格が大きく低下し、内外価格差が増大していた時期だった。これで関税を設定すると輸入禁止的な高関税となる。6年間で15%削減するとされたものの、この関税を払って輸入されることは考えられなかった。これは当時“汚い関税化”(dirty tariffication)と言われた。
関税を払った輸入が行われない代償として、実施初年度(1996年度)に1986〜88年当時の国内消費量の3%を設定し、6年度目(2000年度)に5%に拡大する無税又は低税率のミニマムアクセス輸入枠を設けることが要求された。小麦や乳製品などは1986〜88年当時の輸入量が消費量の5%を超えていたので、その数量を輸入枠とすればよい(カレントアクセスと言った)とされた。
■MA米の受け入れが難航したワケ
コメについては関税化の例外とする代償として、ミニマムアクセスを加重して初年度4%、6年度目8%とすることに合意した。
しかし、コメについては関税化を拒否するだけではなく一粒たりとも入れないという趣旨の国会決議があったため、国内の受け入れは難航した。当時の細川内閣で連立与党だった日本社会党は特に強く反発した。最終的には、ミニマムアクセス米を輸入するのだが、あられ・せんべい用や飼料用に処理するほか、主食用に処分しても同量を政府が市場から買い入れて飼料や援助等に処分することで、国内の需給に影響を与えない(減反を強化しない)としたので、日本社会党も受け入れた。これが現在も膨大な財政負担が必要となる原因となった。
写真=iStock.com/nakornkhai
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/nakornkhai
なお、昨年末、ガット・ウルグアイ・ラウンド交渉から30年が経過したため、関連の外交文書が公開された。私はスイス・ジュネーブの国際会議場でサザーランド・ガット事務局長が交渉終結を宣言する場に立ち会っていた。その時の映像がNHKニュースで流れ、図らずも30年前の自分を見ることになった。ただし、全ての情報は公開されていない。
■関税化への移行
ミニマムアクセスの輸入負担が増えるのを避けるため、日本は1999年度コメについても関税化に移行した。これによってミニマムアクセスを基準年の7.2%、77万トンに抑えることになった。
そもそも輸入禁止的な関税を設定できるのだから、関税化してミニマムアクセスの数量を抑制する方が有利だった。交渉終了後数年経ってから日本の農業界は、やっとこれに気付いたのだ。
しかし、交渉当時は国内では関税化反対の声が全てだった。
関税化すると日本農業は壊滅的な打撃を受けると考えられた。誰も“汚い関税化”を理解しなかった。農水省内で私が「内外価格差があれば、いくらでも高い関税を設定できます」と説明すると、「馬鹿なことを言うな! 100%を超える関税なんてないのだ」と幹部から罵倒された。しかし、コンニャクは2000%を超える関税を設定した。
コメについても最大となる内外価格差を使い、“汚い関税化”に沿った関税を設定した。輸入価格は、当時沖縄県の泡盛用にタイから破砕精米(屑米である)という最も安いコメを輸入していたので、その価格を採用した。国内価格は上米と言われる高い国内の精米価格を採用した。数字で示すと、この関税がどの程度なのかがわかる。
86〜88年のタイからの輸入価格は、1キロ当たり各年29円、31円、37円で、国内の価格は、438円、435円、429円なので、3年間の内外価格差の平均をとって402円とした。これを15%削減することとされたので、現在は341円という関税(従量税)となっている。
■輸入米に対する関税は「700%どころじゃない」
ウルグァイ・ラウンド交渉の関税化では、輸入価格に対してx%という従価税でも、輸入価格にかかわらず1キロ当たり定額(y円)の従量税でも、どちらでも設定することが認められた。輸入価格が低下するときは、従価税では保護水準が低下するので、わが国だけでなくアメリカ等も関税化した品目については、従量税を採用した。
現在日本はトランプ政権の関税700%を言いがかりだと主張している。しかし、関税化したときの輸入価格の平均値は32円なので、341円の関税は従価税に換算すると1066%であり、700%どころではない。また、WTO・ドーハ・ラウンド交渉では、従量税をいったん従価税に換算して、一定の率で削減することとされた。大きな数字を出した方(100%よりも500%)が、一定率で削減した際の歩留まりが高くなるので、日本はコメの関税を778%だと提示した。
2008年5月2日、エド・シェーファー農務長官と自由民主党の中川昭一国会議員が、米国産牛肉の市場アクセスとドーハ・ラウンドについて協議。(写真=米国農務省/PD USDA/Wikimedia Commons)
そもそも従量税を何と比較するかで従価税相当率は異なる。今でもタイやインドの標準的なコメ(長粒種)と比較すると600%の関税率相当になる。カリフォルニアの中粒種と比較すると170%程度、これが22年に高騰したときの価格と比べると80%にしかならない。
むきになってアメリカに反論する意味はないと思うし、過去の経緯からすれば、トランプ政権の方に理があるように思う。通常のコメ価格であれば、輸入禁止的な高関税であることに間違いない。アメリカが問題視するのも当然だろう。“汚い関税化”なのだ。
■MA米拡大でコメ価格が下がる
ミニマムアクセスの総量は77万トンだが、アメリカは、そのうちの一定量は農水省が勝手に処分するのではなく、消費者に届くようにしてほしいと要求した。
これを受け入れて、10万トンについては、過去に牛肉の輸入制限で行われていたSBS(同時売買)方式で主食用米が輸入されている。
SBSとは、輸入業者と卸売業者があらかじめペアとなり、輸入業者の政府への売渡し価格と卸売業者の政府からの買入れ価格をセットで入札し、その差(政府としては収入)が多いペアから落札する仕組みである。落札した場合、最初から買い入れる卸売業者は決まっている。その他のミニマムアクセス米はあられ・せんべいなどの加工用米が中心である。
今回農水省は備蓄米の放出をほぼJA農協に限定した。備蓄米を放出してもJA農協が以前から売っていた量を売り控えれば、市場への供給量は増えず価格は下がらない。しかし、ミニマムアクセスの主食用枠は直接卸売業者が購入するので、市場への供給が増え、コメの値段は低下する。農水省が備蓄米の放出方法を変えないなら、ミニマムアクセスの主食用枠を拡大すべきだ。
しかも、4月以降放出する備蓄米は23年産米(古米)、22年産米(古古米)となる。消費者が品質が劣化したコメを食べるより、カリフォルニアの新米を食べたほうがよい。
■農水官僚時代の私の後悔
ミニマムアクセスなどの輸入枠を使って輸入しているのは、米麦では農水省(乳製品についてはALICという独立行政法人)で、これらは、WTOで言う「国家貿易企業(state trade enterprises)」である。
WTO農業協定第4条第2項の注で、関税化すべき非関税措置には、「輸入数量制限、可変輸入課徴金、最低輸入価格、裁量的輸入許可、国家貿易企業を通じ維持される非関税措置、輸出自主規制その他これらに類する通常の関税以外の国境措置が含まれる」と規定されているので、国家貿易企業による独占的な輸入は、認められないはずだった。
しかし、農水省にとっては、権限や組織のため国家貿易企業を維持することが重要だった。
当時コメや麦は「輸入割当」“import quota”という数量制限の下で農水省(当時は食糧庁)という国家貿易企業が輸入していた。しかし私は農水省の意向を受けて「我が国が輸入制限を行ってきたのは『輸入割当』によってであり、国家貿易によってではない。乳製品や小麦(のちにコメ)等については輸入割当を関税化し、関税化した後のミニマムアクセスを含む関税割当て(無・低関税の輸入枠)については国家貿易を継続する」と主張した。最終的には、アメリカもこの主張を認め、国家貿易企業は維持された。
■非関税障壁撤廃は日本の国益になる
1992年までのアメリカ・ブッシュ政権は、国家貿易も非関税障壁なので廃止すべきだと強硬に主張していた。
これに対して、93年に交代したクリントン政権は、抽象的に自由貿易を唱えるのではなく「実益重視」「結果重視」の交渉態度を採った。国家貿易は国による「管理貿易」そのものだった。アメリカ農務省にいた対日農産物貿易の専門家の中には、農水省による国家貿易のおかげで、オーストラリア、カナダ、EUという他の輸出国と競争することなく、日本の小麦市場でのシェア(アメリカは数十年間にわたり6割)を確保できているという評価もあった。
輸入枠(関税割当て)は輸入機会の提供にすぎない(英語名は、minimum-access opportunities)ので、他国では枠の消化率が極めて低いケースも多くある。しかし、国家貿易によるミニマムアクセス等の輸入は、国家が約束したものを国家が輸入することになるので、「購入約束」をしたという扱いになり、コメ、麦、乳製品については100%輸入枠どおり輸入している。実利の面からは、アメリカにとって国家貿易は有利だった。逆に、日本の国益としては国家貿易を維持しない方が良かった。
今回アメリカは小麦についても非関税障壁があると主張している。それは国家貿易しか考えられない。アメリカがその廃止を求めてくるなら、素直に応じることが国益となる。
写真=iStock.com/hopsalka
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/hopsalka
■最善の策はコメ関税撤廃
オバマ政権の際のTPP交渉では、日本はミニマムアクセスとは別にアメリカに7万トンの特別枠を設定した。しかし、第一次トランプ政権で行った日米貿易協定の交渉ではアメリカはコメについて何も要求しなかった。当時の安倍政権は外交的な勝利だと打ち上げていたが、私はコメを輸出しているカリフォルニアは民主党の支持が強く、コメの輸出で頑張ってもトランプの再選につながらないからだと指摘した。
コメについて、今回トランプがどれだけ真剣なのか分からない。しかし、共和党の勝利にはつながらないとしても、アメリカの貿易赤字の縮小には少しは役立つ。また、ミニマムアクセス、国家貿易やSBS方式を指していると思われるが、「日本のコメ輸入制度が複雑だ」と批判している。
それなら、日本にとっても最善の策はコメの関税撤廃である。関税がゼロなので無税の輸入枠(ミニマムアクセス)は存在しえない。加えて国家貿易やSBS方式もなくなる。
(なお、望ましくないが、次善の策として、関税削減をオファーするなら341円を100円に下げても(73%の削減)カリフォルニア米は輸入されないだろう。この時アメリカに不利になるのでミニマムアクセスは廃止できないが、国家貿易やSBS方式の廃止はオファーできる。)
■関税撤廃で食料安全保障を確保できる
減反は生産者が強調して生産を減少することによって実現される価格維持カルテルである。「関税はカルテルの母(The tariff is the Mother of trusts)」という経済学の格言がある。関税によって海外からの競争がなくなるから価格維持カルテルが可能になる。関税がなくなれば減反は維持できなくなり廃止される。3500億円の減反補助金という納税者の負担はなくなり、消費者はコメ価格の大幅な低下というメリットを受ける。
700万トンの生産は1700万トンに拡大し、1000万トンは輸出される。これはいま穀物・大豆輸入に要している1兆5000億円を上回る2兆円の輸出となり、穀物の貿易収支は黒字となる。
シーレーンが破壊され輸入が途絶されるときは輸出していたコメを食べれば飢餓を免れる。平時の輸出は無償の備蓄の役割を果たす。毎年500億円かけている備蓄米の財政負担は消滅する。
写真=iStock.com/bfk92
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■世界に冠たるコメ農業が実現する
減反廃止で米価が下がるので零細な農家はコメ作りをやめて農地を貸しだす。
主業農家に限って直接支払いをすれば、その地代負担能力が上がって農地は主業農家に集積する。規模が拡大してコストが下がり収益が上がるので、農地の出し手に払う地代も上昇する。JA農協を除いて、農業・農村にいる全ての関係者が利益を受ける。明るい農村が生まれる。消費者も減反廃止以上に米価が下がるというメリットを受ける。
今回の異常な米価高騰を除いて、今ではカリフォルニア米との価格差はほとんどなくなり、日本米の方が安くなる時も生じている。国内の消費以上に生産して輸出すれば、その作物の食料自給率は100%を超える。さらに、水田二毛作を復活し麦生産を増やせば、食料自給率は70%以上に上がる。最も効果的な食料安全保障政策は、減反廃止によるコメの増産・輸出である。
減反廃止と規模拡大・コストダウンで競争力が向上したコメ農業の輸出はさらに拡大する。関税ゼロでタイのジャスミン米やパキスタンのバスマティライスの輸入が増えても動じる必要はない。それ以上に輸出すればよいだけだ。農産物の世界でも自動車のように産業内貿易が盛んだ。日本はトヨタ、ホンダを輸出してベンツやフィアットを輸入しているように、アメリカは212万トンのコメ輸出を行いながら、ジャスミン米を中心にタイなどから129万トンの米を輸入している。アメリカではワインや牛肉の貿易も産業内貿易である。
■日本のコメはロールスロイス
ディーラーに行って「車をください」という消費者はいない。特定の車種を念頭に置いて特定のディーラーに行くはずである。車という商品がないように、コメという商品もない。コメには、ジャポニカ米(短粒種)、インディカ米(長粒種)があるほか、同じジャポニカ米でも、品質に大きな差がある。インディカ米でも、パキスタン産のバスマッティライス、タイ産のジャスミン米のような高級米と、アフリカ等へ輸出される低級米とは、3〜4倍の価格差がある。
図版=筆者提供
日本のコメは世界に冠たる品質を持つ。自動車で言えば、ベンツどころかロールスロイスである。農業界が主張するように、軽自動車のようなコメと比較して競争できないというのはナンセンスだ。ジャポニカ米の消費が急速に拡大し1億6000万トンの消費量の4割を占めるようになった中国で、日本産米は中国産ジャポニカ米の10〜20倍の価格でネット取引されている。その高級米が減反廃止と直接支払いで価格競争力を持つようになれば、鬼に金棒だ。
日本のコメの関税を撤廃することでアメリカが日本車にかけている24%の関税を撤廃すさせる。これこそが国益を賭けた戦いではないか?
敵はアメリカではない。農政トライアングルだ。
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山下 一仁(やました・かずひと)
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
1955年岡山県生まれ。77年東京大学法学部卒業後、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、同局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員、2010年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。著書に『バターが買えない不都合な真実』(幻冬舎新書)、『農協の大罪』(宝島社新書)、『農業ビッグバンの経済学』『国民のための「食と農」の授業』(ともに日本経済新聞出版社)、『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書)など多数。近刊に『食料安全保障の研究 襲い来る食料途絶にどう備える』(日本経済新聞出版)がある。
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(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 山下 一仁)