米中関税戦争で「破滅的な未来がやってくる!」と悲観する人が知らないシンプルな事実
2025年4月24日(木)5時30分 ダイヤモンドオンライン
米中関税戦争で「破滅的な未来がやってくる!」と悲観する人が知らないシンプルな事実
『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第178回は、加速する米中関税戦争の行方を展望する。
米中チキンレースのワナ
時価総額争奪ゲームで劣勢に立つ主人公・財前孝史は、捨て身の戦略で先行する慎司を追いかける。100兆円のリミットを超えればアウトという敗北条件によって、ふたりの勝負は必然的にチキンレースに突入する。
引いたら負けだが、引かなければ両者とも破滅する。作中の勝負同様、米国と中国の貿易戦争はチキンレースの様相を強めている。
協調すれば得するのに、双方が大損する選択肢を選んでしまう。そんな状態をゲーム理論では「囚人のジレンマ」と呼ぶ。黙秘すれば刑期が軽くなるのに、裏切りを恐れて共犯者ふたりがそろって自白してしまう。そんなジレンマだ。
もっとも、本来、米中の貿易戦争は囚人のジレンマに陥るような話ではない。トランプ政権の選択は、中国の封じ込めという長期戦略を超えて米国自身に大打撃を与える。
中国側は売られた喧嘩を買っただけだ。報復関税の応酬はふたりの囚人のような「逃げ場無しのジレンマ」ではなく、支離滅裂なカオスでしかない。
そんな不毛な争いも、始まってしまえば厄介な「合理性」が立ち現れる。
トランプ氏にとって弱腰はイメージダウンになりかねず、中国もメンツを重んじるお国柄を考えれば殴り返さないわけにはいかない。かくして、2つの超大国は不条理な囚人のジレンマ的なエスカレーションの罠にはまった。
中国も青息吐息
『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
囚人のジレンマは、ノーベル賞を受けた「ナッシュ均衡」の一種だ。
均衡、つまりある種のバランスが成り立っていて、プレイヤーは自分から選択を変えるメリットがない。トランプ氏が主要国を軒並み敵に回した結果、米中間を取り持つ仲裁者も見当たらないから、なおさら軌道修正は難しい。
出口なしの米中対立の先に、ブロック経済化と軍事的緊張という第2次大戦に至った歴史の再現を懸念する声が高まっている。だが、私は米中とも比較的早期に妥協の道を探るだろうとやや楽観的に見ている。
まず米国。私の目には、トランプ氏の関税戦略は信念に基づくものとは映らない。製造業復活の看板は掲げているが、具体的な移行プロセスや実現可能性を真剣に検討した選択とは思えない。
有り体にいえば関税をディールの材料、ギャンブルのチップのようなものとしか考えていないのではないか。この見立てが正しければ、うまみがないと感じればトランプ氏が翻意する可能性は高い。
中国も苦しい。不動産バブル崩壊で経済は青息吐息だ。若年失業率の上昇という社会不安の火種もある。経済の安定は中国共産党の一党独裁の正当性にかかわる問題であり、景気の発射台の違いを考えれば米国以上に粘る余裕はない。
要するに、グローバル化とネット社会は後戻りできないところまで世界に根を下ろしている。
米中対立による緩やかなデカップリング(切り離し)は続くだろう。それでも、コロナショックが引き起こした混乱を思い起こせば分かる通り、急激なシャットダウンは摩擦とコストが大きすぎて持続不能ではないか。
米中のチキンレースが続く限り、世界経済のダメージは膨らむ。歴史的転換による後遺症も残るだろう。それでも、楽観的すぎるかもしれないが、破滅的な未来が待っていると決めつけるほどの悲観に傾くのはまだ気が早い。
『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク