だからアメリカでは「大卒より専門学校卒」派が増えている…「トランプ関税」で今後年収が上がる人気職業の名前

2025年4月24日(木)8時15分 プレジデント社

2025年4月2日、米ホワイトハウスで「相互関税」の詳細を発表するトランプ大統領(写真=ホワイトハウス/大統領府のファイル/Wikimedia Commons)

米国のドナルド・トランプ大統領が発表した「相互関税」の導入をめぐり、世界的な混乱が生じている。早稲田大学公共政策研究所の渡瀬裕哉さんは「トランプ政権の関税政策や移民対策によって、米国では専門技能職やエッセンシャルワーカーの需要が高まっている。こうした雇用状況の変化は、日本にも波及しつつある」という——。
2025年4月2日、米ホワイトハウスで「相互関税」の詳細を発表するトランプ大統領(写真=ホワイトハウス/大統領府のファイル/Wikimedia Commons

■米国では「高学歴志向」が見直されつつある


かつて筆者がワシントンD.C.近郊に居宅を構えていた時代、街中で非常に多くの配管工トラックが走っていた。冬になると水道管が凍結してヒビが入りやすくなり、筆者もちょっとした油断で水道管を破裂させ、配管工屋さんに自宅の修理を頼んだ経験がある。配管屋さんは現場状況を診断し、すぐに適切な処置をしてくれて非常に助かった。


米国の学歴競争は激しさを増し、高レベルの学歴コミュニティに加わることは成功への切符であると考えられてきた。そして、ホワイトカラーから専門技能職等への蔑視も徐々に深刻なものとなってきていた。


しかし、当たり前であるが、人間が生きていくためのサービスや商品は、デスクワークのホワイトカラー労働者のみで提供できるものではない。実際には、熟練した技能を持って現場で仕事をする人や汗を流して働く人材が必要だ。


米国ではかつてはMBAなどの高学歴なエグゼクティブが憧れの的であったが、近年の高等教育の学費の著しい高騰もあり、Z世代の高学歴志向はやや見直されつつあるようだ。法外な学費を支払い、人生の船出に際して莫大な借金を背負うことに本当に意味があるのか、というのは妥当な問いであろう。


実際、米国労働統計によると、2024年に仕事を失った米国人労働者の4人に1人がコンサルティング、法務、会計、広告、ITサービスなど「専門的およびビジネスサービス」に属していた。これはホワイトカラーの労働市場が高金利とAIによる代替で厳しさが増しており、米国の労働市場が構造変化に静かに直面しつつあることを示唆している。


■学士号取得者数は3.6%、準学士号は15.9%減少


そして、いつの時代も若者は時代の変化に敏感である。若者の間ではキラキラした学歴の代わりに、高度な技能を身に付けるための職業訓練を重視したコミュニティカレッジなどの人気が高まりつつある。全米学生情報センターによると、2019年から2024年春にかけて、学士号取得者数は3.6%減少し、準学士号取得者数は15.9%減少した。一方、専門学校進学率は同時期に4.6%増加している。


米国の若者は机の前で一日を過ごすホワイトカラー職として一生を過ごすことに疑問を抱いているケースは少なくない。そして、上述の通り、ホワイトカラーの仕事の多くはAIによって代替される可能性があり、実は中長期的な雇用安定の面から考えても限られたエリート層以外にとっては危険な道だと認識され始めている。


熟練工がホワイトカラーの給与を上回ることはザラにあり、建設などの分野を中心として新卒給与などで上回っている例も出てきている。理由は簡単で専門的な技能職は人手不足に陥っているからだ。多くの人々が生活に本当に必要なインフラを現場で支える「手に職」系の仕事を拒否し、オフィスで働く道を選んできた当然の帰結と言えるだろう。


■米国人が「まともに働く」ようになるための政策


そして、トランプ政権の政策はこの傾向に拍車をかける可能性がある。トランプ政権が重視する方向は、米国人がまともに働くようになるための政策だ。


トランプ関税は製造業の海外移転を防止し、米国内に雇用を戻すことになるだろう。もちろん関税によって物の価格は値上がり、その点においては米国民が必ずしも豊かになるとは言えない。しかし、海外の労働者に働かせて、自らはそのサービス・商品を消費する、という米国民の怠惰なライフスタイルは終わることになる。また、トランプ政権による不法移民対策は米国の雇用市場を圧迫する。そして、従来までは不法移民が代替してきた仕事を米国民が自らやらざるを得ない環境となる。今まで「自分でない誰か」がやってくれていた仕事が自分の手元に戻ってくるのだ。


その結果として、AIなどで代替しにくい専門技能職やエッセンシャルワーカーの担い手の給与は上がり続けていく可能性は高い。トランプ政権は米国民に汗水垂らして働く生活を思い出させることになるだろう。


2025年4月8日、石炭産業を支援するための大統領令に署名したトランプ大統領(写真=The White House/Executive Office of the President files/Wikimedia Commons

■少子高齢化の日本でも同じ現象が起きる


日本は外国人雇用には依然として一定の壁があり、エッセンシャルワーカー(医療・介護・物流・清掃・保育など、社会の基盤を支える職種)に対する人手不足感は深刻である。社会で必要不可欠な仕事であるにもかかわらず、その仕事に従事する人手の確保は慢性的な問題を抱えている。


エッセンシャルワーカーの需要の高まりは、少子高齢化に悩む日本にも米国と同様の雇用環境の変化をもたらしつつある。そして、従来までは高報酬帯の転職市場をメインとしてきた大手人材紹介会社が新しい動きを始めている。


代表的な事例としては、パーソルイノベーションがリリースした「ピタテン」は、従来までは転職サービス市場で重視されてこなかったエッセンシャル人材の紹介に特化した新サービスである。


パーソルイノベーション プレスリリースより

エッセンシャルワーカーの求職市場が注目を集めなかった背景は、賃金帯が相対的に高くなかったこと、その仲介にはAIや機械化しにくい人間的な要素が必要とされる点にあった。しかし、エッセンシャルワーカーの給与は政府方針や市場環境の変化によって引き上げられつつあり、大手人材紹介会社も同市場に対してマンパワーを割ける環境が整いつつある。


■大手が「エッセンシャルワーカー市場」に参入のワケ


エッセンシャルワーカーが安定的に定着するには、人間が就職・転職をサポートする気持ちの部分が非常に重要とされる。大手人材紹介会社がノウハウとマンパワーを投入できることは、このような質の高いサービスを実現するための不可欠の要素と言えよう。


このようなエッセンシャルワーカーの労働市場は、ホワイトカラーのエグゼクティブ層の転職環境の見通しとは対照的なものとなっている。米国ではすでにエグゼクティブ層は自らで条件を比較検討し、AIのサポートを受けながら転職判断を行う形にシフトしつつある。この手の技術変化は少し遅れて日本にも伝播するため、日本においても高報酬帯の求職者は、自らテクノロジーを使って企業側と条件交渉を行い、求職者自身が一人で転職作業を完遂できる状況が一般化していく可能性が高い。


したがって、大手人材紹介会社がエッセンシャルワーカー市場に本格参入を決断した背景には、世界的に起きつつある雇用環境の不可逆的な変化があると言えよう。


■重要なのは、職場環境を整える規制緩和


エッセンシャルワーカーの中長期的な需要が高まる一方、この分野の労働待遇改善はさらに急ピッチで進めていく必要がある。特に安定したキャリア形成の機会を提供することは極めて重要だ。


現在、同地域の最低賃金よりも高額の「特定最低賃金」をエッセンシャルワーカー向けに設定する検討が進められているものの、そのような方法では一時的な補助にはなっても、中長期的な視点に立てば安定したキャリアを提供できない。


むしろ、重要なことは「規制改革を通じた事業者の大型化」である。現在、医療、介護、物流、保育などの仕事は、各業界独特の規制によって大規模な資本投下を行う経営体制がとりにくい状態となっている。特に資本規制、労働法制規制、必置規制などは経営の効率化を妨げており、経営主体が大規模化することでもたらされる安定的なキャリアパスの提供機会が阻害されている。経営主体が小さい事業者は柔軟な就労形態をとれず、個々の労働者のワークライフバランスを損ねる遠因ともなる。


■「トランプ関税」で世界と日本の雇用は変わる


また、介護・保育・医療分野では、公的価格(報酬単価)が賃金水準を抑制しているとの指摘があるものの、政府が報酬を引き上げることには限界があるため、各経営主体が自由な価格設定ができるよう規制を改革し、サービス利用者による応益負担を求めていくことが重要だ。


労働者側の雇用に対するニーズが変化しつつあるのに、雇用者側の経営体制が規制によってがんじがらめになっていては、永遠にミスマッチが起き続ける悲劇的な状態となってしまうはずだ。


関税は世界のインフレ水準を引き上げ、少子高齢化・人口移動の制限は人件費を押し上げる。そのため、世界は高水準の金利が継続することになる。そして、AIは既存のホワイトカラーの仕事を次々と奪っていくことは自明だ。このような状況の中で、人間ができる仕事は熟練工やエッセンシャルワーカーなど、人間による判断が求められる職種に自然と集約されていくことになる。そのための労働市場改革、人材マッチングシステム、規制改革など、早急に取り組むべきことは無数に存在している。


次期、参議院議員選挙の争点として、世界と日本の雇用がどのように変わっていくのか、それに対する具体的な対処法に関する議論が行われることに期待したい。


写真=iStock.com/mapo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mapo

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渡瀬 裕哉(わたせ・ゆうや)
早稲田大学公共政策研究所 招聘研究員
パシフィック・アライアンス総研所長。1981年東京都生まれ。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。機関投資家・ヘッジファンド等のプロフェッショナルな投資家向けの米国政治の講師として活躍。創業メンバーとして立ち上げたIT企業が一部上場企業にM&Aされてグループ会社取締役として従事。著書に『メディアが絶対に知らない2020年の米国と日本』(PHP新書)、『なぜ、成熟した民主主義は分断を生み出すのか アメリカから世界に拡散する格差と分断の構図』(すばる舎)などがある。
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(早稲田大学公共政策研究所 招聘研究員 渡瀬 裕哉)

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