ゆすりたかりに弱い日本は好都合…トランプ大統領が「最初の交渉相手」に目をつけたあまりに理不尽な理由
2025年4月24日(木)8時15分 プレジデント社
衆院予算委員会で、石破茂首相(手前)の答弁を聞く赤沢亮正経済再生担当相=2025年4月14日、国会内 - 写真=時事通信フォト
■日本が対米交渉の「列の先頭」にいる
ドナルド・トランプ米大統領に世界経済が振り回され続けている。4月9日、米政権が「相互関税」のうち第2弾として13時間余前に発動した60か国・地域(中国を除く)への関税率の上乗せ分を90日間停止すると発表した。日本に対しては、4月5日に第1弾として適用された10%の相互関税が維持され、3日に課された鉄鋼や自動車に対する25%の追加関税も残ることになる。
写真=時事通信フォト
衆院予算委員会で、石破茂首相(手前)の答弁を聞く赤沢亮正経済再生担当相=2025年4月14日、国会内 - 写真=時事通信フォト
米政権は各国との関税交渉のためと説明したが、4月2日(米時間)の相互関税発表以来、米株・米国債・米ドルのトリプル安となり、特に米国債が売られ、長期金利が上昇するなど金融危機の恐れが出てきたことを軽視できなくなったためだとの指摘もある。
日米間では、4月7日の日米首脳電話会談で、石破茂首相がトランプ大統領に関税措置の見直しを求め、担当閣僚を置いて協議することが決まった。日本は首相側近の赤沢亮正経済再生相、米国はスコット・ベッセント財務長官とジェミソン・グリア通商代表部(USTR)代表が担当に充てられた。
政府は泥縄ながら、11日に総合対策本部の下に、林芳正官房長官と赤沢氏を共同議長とし、外務省や経済産業省など関係省庁で構成するタスクフォース(作業部会)を設置した。
日本が対米交渉の「列の先頭」(ベッセント氏)にいるのは、米国にとって早期に成果を出すうえで、与しやすかったのだろう。安全保障で米国の「核の傘」に頼っている日本は、報復関税などの対抗措置を取り得ず、関税減免などの特別扱いに見合うディール(交渉)の材料も持ち合わせていないからだ。
その日米関税交渉の初回は4月17日(米時間16日)、赤沢氏が訪米して行われた。トランプ氏が意表を突いて会談に登場した後、ベッセント氏らとの閣僚協議で、米国の貿易赤字解消に向け、自動車や農産物の市場開放などについて早期合意を目指すことを確認した。トランプ政権のペースである。安全保障も交渉の議題となり、トランプ氏は、在日米軍駐留経費の日本側負担が少なすぎる、と不満を述べたという。
相互関税の上乗せが停止している90日間で日米交渉がどこまで進展するかは見通せないが、楽観を許さないことは間違いない。
■「米国が他国から搾取されてきた」
米国は、世界一の経済大国で、軍事大国でもある。戦後、自由貿易体制を作って世界経済を牽引し、1990年代以降、産業構造の重心を製造(ものづくり)から、金融とITに移し、その独り勝ちで巨大な富を米国にもたらした。トランプ政権の閣僚にはビリオネア(10億ドル以上の資産を持つ人)が5人もいると聞く。
だが、トランプ氏は違う景色を見ている。「米国が長年、他国から搾取されてきた」という被害妄想に近い認識を有している。米国は関税率を下げて市場を開放したのに、中国など他国は関税や非関税障壁によって米国製品の輸入を阻んできた結果、米国の貿易赤字は、30年間で10倍に膨れ上がった、と捉えているのだ。
米国の2024年の貿易赤字は史上最悪の1兆2117億ドル(175兆円)に達した。国・地域別では中国が2954億ドルで最も大きく、メキシコ、ベトナムなどがこれに続き、日本は685億ドル(9.7兆円)で7番目だった。
トランプ政権は10日、中国に対しては追加関税が計145%になるとし、反発した中国が米国からの全輸入品を対象に125%の報復関税を発動している。米中の貿易摩擦は、世界経済をさらに混乱に陥れている。
政権の関税計画に関する大統領令に署名するトランプ大統領(写真=The White House/Executive Office of the President files/Wikimedia Commons)
■関税で米国の製造業を再生させる?
トランプ氏は、米国が貿易競争に敗れたことで白人労働者らが雇用を失い、ミシガン、ペンシルベニア、ウィスコンシンの各州などに「ラストベルト(さびついた工業地帯)」を生じさせたとも受け止めている。こうした国内の格差是正は本来、所得の再分配で対応すべき課題だが、米共和党は医療保険制度「オバマケア」に反対するなど伝統的に自助努力を重視しており、格差は広がるばかりだ。
トランプ氏は、高関税による収入を基に減税し、米国の製造業を再生させるというシナリオを描く。人件費が高く、人材が不足している米国でそれが可能なのか。米国の製造業は、設計を行うが、部品は外注し、様々な工程を経て、組み立てている。トランプ氏は、サプライチェーンを海外展開するリスクを過大に見積もっているのか、との疑問も湧く。
関税政策をめぐっては、取り敢えず相手国・地域に高い球を投げ、反応を見ながら、米国の企業や消費者から景気悪化や物価上昇などへの不満の声が上がれば、その都度、軌道修正や利害調整を図る考えなのだろう。
トランプ政権は13日、相互関税の対象から外したスマートフォンや半導体について、鉄鋼や自動車と同様に商品別関税の対象とするとの方針を示した。米アップルのiPhoneは米国で6割のシェアを持つが、大半を中国で組み立てているとの事情から、と伝えられている。
自動車関税についても、トランプ氏は14日、部品の生産を国内に移管するのに時間がかかるとして一時減免などを検討すると明らかにした。米国車はメキシコやカナダから多くの部品を輸入しているためだという。
■「日本の自動車に追加関税を課さない」
石破首相が4月3日(米時間2日)、「トランプショック」に襲われたのは、米政権の出方を見誤り、自動車への追加関税や相互関税の適用除外という特別扱いを求めて2国間協議に持ち込んだことに一因がある。自由貿易体制を維持するEU諸国やTPP加盟国と連携し、トランプ政権にとって何が得か損かを説きつつ、日本として交渉カードを切る戦略を並行させる方途もあったのではないか。
日本は、米国債を1兆1259億ドル(2月統計)保有し、海外勢の1位を占める。2位は中国で、額は7843億ドルだ。日本は、米国に対する5年連続で最大の投資国(7833億ドル=23年)でもある。石破首相が2月の日米首脳会談で、対米投資額を1兆ドルに引き上げると表明したばかりだ。だが、これらの「材料」が交渉に生かせているようには見えない。
しかも、トランプ第1次政権は2019年、安倍晋三政権との間に日米貿易協定を結び、日本が米国産牛肉に課す関税38.5%を2033年度にかけて9%に徐々に下げるのと引き換えに、米国は「日本の自動車及び自動車部品に追加関税を課さない」と確認していたのである。
安倍晋三氏と握手をするトランプ大統領(写真=Official White House Photo/Executive Office of the President files/Wikimedia Commons)
■「日本の街で米国の車は見かけなかった」
第2次政権はこの貿易協定をあっさり破ったが、当のトランプ氏はどこ吹く風だ。
「日本に何度か行ったが、街で米国の車は一台も見かけなかった」「コメに対しては700%(実際は220%)の関税ではないか」
4月7日夜の日米首脳電話会談では、石破首相にこうまくしたて、「日本はアンフェア(不公平)だ」と言い放ったのだ。
自動車については、確かに米国車は日本であまり走っていない。日本自動車輸入組合によると、24年に国内で販売された輸入車は22万7202台で、うち米国車は1万6700台だった。ブランド別ではベンツが5万3195台、BMWが3万5240台、フォルクスワーゲン2万2779台とドイツ勢が上位を占めるのに対し、米国車はジープが9633台、GMのシボレー587台、キャデラック449台などと低迷、テスラ(未公表)は5600台を販売したと推定されている。
米国車の販売不振は、車体が大きく、左ハンドルのままなど、日本の交通事情やユーザーのニーズに応えていないためだが、トランプ氏は日本の規制による非関税障壁のせいだと思い込んでいる。
農林水産物については、日本の貿易赤字だ。米国からの輸入が2兆2306億円、米国への輸出は2429億円にとどまる。コメが標的なのか、トランプ氏の本意は判然としない。
■「日本との貿易赤字をゼロにしたい」
トランプ氏は、17日(米時間16日)の日米交渉を直前に自身のSNSに「テーマは関税、駐留経費、そして貿易の公平性だ」と投稿した。読売新聞などによると、実際の交渉の場では、赤沢氏が「自動車、鉄鋼・アルミ(への追加関税)、10%の相互関税、すべて遺憾である」と申し入れたのに対し、トランプ氏は「日本との貿易赤字は1200億ドル(実際は685億ドル)もある。これをゼロにしたい」と圧力を掛け、米国車や農産物の市場開放を改めて求めた。そのうえで、日本の「安保ただ乗り論」を持ち出し、在日米軍駐留経費の日本側負担への不満を露わにしたという。
赤沢氏は、日本企業は米国への投資で雇用に大きく貢献し、日本国内で米国車に差別的扱いはしていないことを訴えた。在日米軍駐留経費については22〜26年度の日本側負担が計1兆0551億円に上ると説明したという。
トランプ氏は、赤沢氏との会談後、SNSへの投稿で「大きな進展だ」と成果をアピールしたが、その真意は明らかではない。
トランプ大統領と会談する赤沢経済再生相(写真=United States government work/Flickr)
続く閣僚協議では、ベッセント氏らが自動車の非関税障壁である安全基準の見直しを望んだほか、農産物のコメや肉、魚介類、じゃがいもの市場開放を求めた、とNHKが報じた。こうした要求はUSTRが3月に公表した外国貿易障壁報告書に書かれた通りだった。赤沢氏は優先順位を付けるよう求めたという。
第2回閣僚協議は4月中にも予定されている。石破首相は17日、赤沢氏から報告を受け、「次につながる協議が行われたと評価している」と記者団に語ったが、交渉戦略の大幅な建て直しは避けられまい。
トランプ大統領と会談する赤沢経済再生相(写真=United States government work/Flickr)
■「世界貿易は米の軍事力に依存している」
日本政府は、関税交渉と安全保障を切り分けるとし、赤沢氏には防衛省幹部が同行しなかった。トランプ氏が出席し、防衛負担問題を交渉のテーブルに乗せてくることは想定しなかったからだ。
だが、トランプ氏にとって、関税交渉と安全保障は一体不可分だ。経済ブレーンである米大統領経済諮問委員会(CEA)のスティーブン・ミラン委員長が4月18日の読売新聞のインタビューに、こう語っている。
「貿易赤字により、米国を守るために必要な防衛装備品を生産する能力は低下した。米国は世界の急激な環境変化に対応し、自国と同盟国を守らなければならない。そのために必要な武器の調達は、中国や中国によって貿易が遮断される可能性のある他国に依存してはいけない。米国の製造業が、国家安全保障上の優先事項を支えられる状態にしておく必要がある」
「貿易の決済で利用されるドルが基軸通貨の地位にあることで、米国は多大な利益を得ている。ただ、世界貿易のシステムは安全保障と密接に絡み合っており、米国がコストを負担している状況だ。(イエメンの反政府勢力フーシによる)紅海での船舶攻撃に対する米軍の対応が示すように、世界貿易のシステムが米国の軍事力に依存している部分は大きい」
「大統領は、世界貿易で利益を得る国・地域もコストを公平かつ公正に分担する必要があると考えている」
ミラン氏は、米国が安全保障のコストを各国に分担してもらうため、関税をテコに交渉に臨んでいる、と明かすのである。
在日米軍駐留経費の日本側負担の増額要求も、米国の軍事力を維持するコストを分担してもらう一環だという理屈なのだろうか。
■「これ以上なら米兵の給料を出す話だ」
トランプ氏は4月10日、ホワイトハウスで記者団に「何千億ドルも支払って日本を防衛しているが、日本は私達を守る必要がない。米国が全額を負担し、日本は何も払わない」と述べたことがある。誤解も甚だしい。
スティーブン・ミラン氏(写真=Gage Skidmore/CC-BY-SA-2.0/Wikimedia Commons)
日本が2022年に定めた国家安全保障戦略など3文書には「日米共同の統合的な抑止力」の強化がうたわれ、15年の安全保障関連法によって米艦などの防護が可能になっている。
在日米軍駐留経費は、日米地位協定で原則として米国が負担すると規定されている。日本側負担は1978年に金丸信防衛庁長官(当時)が「思いやり予算」と名付けて始まり、特別協定などによって、米軍基地に勤める日本人従業員の人件費や光熱水費、訓練資材調達費、訓練移転費などに充てられている。2025年予算では2274億円を計上し、これまでの累計は8兆4961億円に達している。
トランプ第1次政権は19年、日本側負担を当時の4.3倍の80億ドルへ引き上げるよう求めたことがある。ジョー・バイデン政権への移行期という事情もあって実現しなかった。
防衛省の試算によると、在日米軍駐留経費に対する15年度の日本側負担は86.4%に上る。ドイツや韓国より負担の比率は高い。長島昭久首相補佐官は、15日のBSフジ番組で「これ以上日本が負担するなら、米兵の給料を出す話になる。それでは傭兵になってしまう」と米側を牽制している。
石破首相は21日の参院予算委員会で、日米関税交渉で米側が在日米軍駐留費の負担増を要求していることについて「唯々諾々と負担を増やすつもりはない」「関税交渉と安全保障をリンクさせて考えるべきではない」と述べたが、どこまでその態度を貫けられるのだろうか。
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小田 尚(おだ・たかし)
政治ジャーナリスト、読売新聞東京本社調査研究本部客員研究員
1951年新潟県生まれ。東大法学部卒。読売新聞東京本社政治部長、論説委員長、グループ本社取締役論説主幹などを経て現職。2018〜2023年国家公安委員会委員。
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(政治ジャーナリスト、読売新聞東京本社調査研究本部客員研究員 小田 尚)