ほかの感染症に対する免疫を「リセット」する…世界で大流行中の麻疹の「稀に死亡するだけじゃない」恐ろしさ

2025年4月24日(木)12時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Natalya Maisheva

今、世界中で麻疹が流行している。小児科医の森戸やすみさんは「麻疹は感染力が高く、治療法がなく、免疫をリセットしてしまう恐ろしい感染症。世界中で流行している今、子どもも大人もワクチン接種歴を確認してほしい」という——。
写真=iStock.com/Natalya Maisheva
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■6歳の子が麻疹による肺炎で死亡


先月のこの連載の冒頭で、今年2月に先進国であるアメリカにおいて、ワクチンで防ぐことのできる「麻疹」にかかった子どもが亡くなったという悲しい出来事をお伝えしました。その後の報道によると、この子はテキサス州の6歳で、両親の方針により「麻疹ワクチン」を接種していなかったとのこと。同じくワクチンを接種していない7歳と5歳、3歳、2歳の4人のきょうだいも麻疹にかかり、この子だけが麻疹の合併症である肺炎で亡くなったそうです。


子どもたちの両親は、一人の子を失ったあとも、アメリカの厚生長官であるロバート・F・ケネディ・ジュニア氏が設立したワクチン反対派の団体「Children’s Health Defense(CHD:チルドレンズ・ヘルス・ディフェンス)のインタビューにおいて、「ワクチンを接種しないで」「はしかは体によいものでウイルスが免疫系を強化する」などと間違った主張をしてニュースになりました(※1)。子どもを亡くしてさえ、根拠のないワクチン批判をしたのです。


私は、このニュースに大変なショックを受けました。麻疹ワクチンを接種していたら、この子は生きていることができたはずです。それにもかかわらず、両親が後悔せず、さらに「麻疹が体によい」と主張するのは信じられません。


※1 「はしかで亡くなった米6歳の子ども、両親がワクチンを接種させなかったことに『後悔はない』。肺炎を発症して死亡」(ハフポスト WORLD)


■空気感染する麻疹の恐ろしい感染率


別名「はしか」とも呼ばれる麻疹は、「麻疹ウイルス」による感染症です。麻疹ウイルスは感染力が強く空気感染し、その再生産数(免疫を持たない人の集団において、1人の患者から平均何人に二次感染するか)は12〜18人。飛沫感染および接触感染する「季節性インフルエンザ」は1.3〜1.8人、「水ぼうそう」は8〜10人なので、すさまじいほどの感染力であることがわかると思います。


麻疹に感染すると、10日前後の潜伏期間を過ぎてから、発熱と風邪のような症状が出現。その後、いったん解熱してから再び高熱となり、口の中に皮疹が出たあと全身に赤い斑状の発疹が出ます。抗ウイルス薬はなく、解熱剤や去痰薬、水分の点滴や吸入といった対症療法しかありません。最新かつ適切な治療をしても、肺炎、中耳炎、クループ、脳炎を合併することがあり、1000人に1〜2人は亡くなります。特に肺炎と脳炎は、麻疹の二大死因です。さらに、いったん治っても数万人に1人は数年後にSSPE(亜急性硬化性全脳炎)という合併症を発症し、徐々に認知機能が低下していって亡くなります。治療法はありません。


このように恐ろしい麻疹ですが、「麻疹ワクチン」や「MR(麻疹・風疹)ワクチン」の予防効果は高く、集団の95%以上の人が接種していると、麻疹を排除した状態が維持できます。ワクチンを受ける年齢に達していない子どもや、免疫不全の病気や治療による免疫機能の低下があったりしてワクチンを受けられない人も守ることができるのです。でも、ワクチンを接種していない人が多いと、ウイルスが集団に入ってきたときに次々に広がっていきます。再生産数が高いので「集団免疫」が重要なのです。


■健康でも重症化や死亡のリスクがある


以上のように麻疹は感染しやすく治療薬がないので、多くの人がワクチンを接種して集団免疫を維持することが何より大切です。じつは日本でも、2001年には1歳代の麻疹ワクチン接種率が約50%と低く、2008年には麻疹患者数が1万1000人にもなりました。その後、1歳代で1回のみだった麻疹ワクチンの定期接種が2回になり、日本は2015年にWHOから麻疹排除状態と認定されたのです。


ところが、現在は再び接種率が低下し、コロナ禍前の2019年度は1歳で受ける第一期98.5%、就学前の第二期94.6%と高かったのに、最新の集計で2023年度には第一期94.9%、第二期92%になっています。


「感染症はかかったほうが免疫がつくから、ワクチンを接種しないほうがいい」と言う人がいますが、それは違います。ワクチンの目的は免疫をつけることではなく、麻疹で苦しんだり、命を失ったりしないことです。麻疹にかかると高熱に苦しみ、眠れないほどの激しい咳に見舞われます。


1000人に1〜2人が亡くなる感染症というのは、他の998〜999人が軽症で済むということではありません。事前にどの人が重症化して麻疹肺炎で入院し、麻疹脳炎になり、その後SSEPになるかということはわからず、健康な人でさえ重症化したり亡くなったりします。


写真=iStock.com/Kittisak Kaewchalun
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Kittisak Kaewchalun

■免疫を高めるどころか低下させる麻疹


また、冒頭のご両親は「はしかは体によいものでウイルスが免疫系を強化する」と発言していますが、これも違います。むしろ重度の感染症にかかると、今までワクチンを接種したり、感染症にかかったりして獲得した免疫がなくなってしまうことがあるのです。これを「免疫健忘」「免疫のリセット」と呼びます。


新型コロナウイルス感染症になった後と同じく、麻疹にかかったあとも免疫がキャンセルされ、ワクチンを受けたり、既にかかったりしたはずの結核や水ぼうそうなどの病気にかかってしまうというリスクも増します。この免疫の喪失は、少なくとも数週間から数年間も続くのです。


ケネディ氏も「はしかにかかると、その後の人生でがんやアトピー性皮膚炎、心臓病に対する免疫力が高くなります」と言っていますが、そういったことを証明する研究はありません(※2)。仮にはしかでいい効果があったとしても、麻疹ウイルスに感染することで命を失う以上に悪い効果があるでしょうか。


※2 “Fact check: Robert F. Kennedy Jr. says measles infection may have benefits” (WRAL NEWS)


■全世界で爆発的に流行している理由


現在、全世界で麻疹が流行して過去25年間で最多の12万7350件となり、異例の事態になっています。アメリカでは、2025年4月3日の時点で607人が感染して3人が死亡したと伝えられています。ベトナムの感染者数はもっと多く、去年から在ホーチミン日本総領事館から注意喚起がされていましたが、2024年秋から2万人を超える感染者が出ています。


日本でも麻疹の感染者が毎週のように報告されていて、2025年は4月9日時点で66人です。先日はベトナムへの渡航歴のある男性が、帰国後に東京で麻疹を発症しました。ユニセフは、欧州・中央アジアに、はしか感染急増のため緊急対策をと呼びかけています(※3)。


こうして麻疹が流行しているのは、新型コロナのパンデミックのためにロックダウンがあったり、新型コロナ患者のいる医療機関に行くことを避けたりしたため、麻疹ワクチンを受け損なった人が多いからです。そのうえ、新型コロナワクチンをきっかけにワクチンに懐疑的になったり、子どもはどんな感染症でも軽症で済むという間違った考えに陥ったりした人もいるのかもしれません。


出所=国立健康危機管理研究機構 感染症情報提供サイト「麻疹 発生動向調査

※3 「欧州・中央アジア、はしか感染急増 12万7350件と過去25年で最多 ユニセフら緊急対策を呼び掛け」(unicef)


■ワクチン不信によって感染症が再興


アメリカでは、米食品医薬品局(FDA)の責任者が「ケネディ厚生長官はワクチンの安全性に関する『誤情報』を広めようとしている」と辞任を表明し(※4)、トランプ大統領は医療費にも関税をかけるといっています(※5)。さらにアメリカはWHO(世界保健機構)を脱退し拠出金を停止すると表明しているので、今後も全世界の疾病治療・予防対策に悪影響が及ぶでしょう(※6)。


これまでもワクチン不信による感染症の流行は繰り返されています。天然痘やポリオなど感染症の大きな流行があり、人々が感染したらどうなるかを実感して恐れているとき、ワクチンは歓迎されて接種率が上がります。ところがワクチンが普及して感染者が減ると、感染症の怖さを知る人がいなくなり、ワクチンの副反応が過大に注目されます。そしてワクチンへの恐怖や不信感が増すと接種率が下がります。そして今回の麻疹の世界的流行のように、排除されていた感染症が再興します。


「ワクチンを勧めるのは、製薬会社や医者が儲けたいからだ」と発言する人もいますが、ワクチン1人分の価格は5000円前後で、2回受けて医師が受け取るのは数千円です。製薬会社も医師も、それほど大きな利益はありません。麻疹感染者に熱や咳に対処するための薬を長期間処方したり、入院させて治療をしたりするほうがずっと利益が出るでしょう。


※4 「米ワクチン責任者が辞任、ケネディ厚生長官が『誤情報』推進と主張」(Bloomberg)
※5 「トランプ氏、医薬品に『大規模』関税 近く発表へ」(ロイター)
※6 「公衆衛生にもトランプ・ショック、米WHO脱退の影響は?」(MIT TECHNOLOGY REVIEW)


■ワクチンを2回接種しているか要確認


ここまでお読みいただいた方には、麻疹の怖さと予防の重要さ、社会全体で自分たちを守る集団免疫の大切さを知っていただけただろうと思います。


今、私たち一人ひとりができることとしては、麻疹ワクチンあるいはMRワクチンを受けているかを確認することです。お子さんの場合は、母子手帳を見てみましょう。1歳代で1回目、小学校に上がる前の1年間で2回目のMRワクチンを受けているか確認してください。もしも2回の接種が完了していない場合は、最寄りの医療機関に相談してみましょう。


大人も2回接種しているでしょうか。もしも接種したかどうかがわからない場合は、抗体検査をするよりもMRワクチンを受けられる医療機関を探したほうがいいでしょう。抗体が残っている人がさらにワクチンを接種してもより予防することができるだけで、副反応が増えるわけではありません。


MRワクチンは、小児科または内科、渡航ワクチンを扱っている医療機関で接種できます。渡航ワクチンを扱っている医療機関の場合は、「MMRワクチン」、「MMRVワクチン」を受けることをおすすめします。MMRは麻疹・風疹・おたふく風邪の混合ワクチンで、MMRVはさらに水ぼうそうも防ぐことができるからです。


最後に、これからのゴールデンウイークや夏休みに海外旅行を検討中の人も多いかもしれません。現時点で厚生労働省は渡航を制限してはいませんが、私個人の考えでは麻疹の流行国、流行地域への渡航は、リスクが高いので避けたほうが無難だと思います。ぜひ渡航先の感染症情報を確認し、安全を心がけてください。


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森戸 やすみ(もりと・やすみ)
小児科専門医
1971年、東京生まれ。一般小児科、NICU(新生児特定集中治療室)などを経て、現在は東京都内で開業。医療者と非医療者の架け橋となる記事や本を書いていきたいと思っている。『新装版 小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK』『小児科医ママとパパのやさしい予防接種BOOK』など著書多数。
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(小児科専門医 森戸 やすみ)

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