「下請け会社は儲からない」はウソだった…iPhoneを受託製造するTSMCが世界一の半導体企業になった理由

2024年4月25日(木)7時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/BING-JHEN HONG

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台湾の半導体メーカー「TSMC」はなぜ大躍進を続けているのか。元経済紙記者の林宏文(リン・ホンウェン)さんは「TSMCは受託企業でありながら、他社にはない唯一無二の技術力を備えている。そのため、Appleでさえも他の企業に乗り換えられない」という——。

※本稿は、林宏文『TSMC 世界を動かすヒミツ』(CCCメディアハウス)の一部を再編集したものです。


写真=iStock.com/BING-JHEN HONG
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■「下請け会社は皆儲からない」という誤解


TSMCが「ファウンドリー(受託製造)」産業のリーディングカンパニーであることは周知の事実だが、いっぽうでTSMCのどこがすごいのか、下層にいる受託業者じゃないかといった揶揄も、長年の取材生活のなかで少なからず耳にしている。


こうした声は後を絶たない。数年前、台湾大学で化学を専攻した大学院生の9割が卒業後にTSMCに就職したとき、頭にきたある教授が「修士課程を廃止しろ!」と叫んだという。


TSMCのような下請け会社の職業訓練所に甘んじているのはもうまっぴらだ、という意味だ。


確かに、受託生産が主流の台湾の電子産業界では、粗利率が低いために「毛三到四(粗利率が3%から4%)」と嘲笑されている会社もある。ファウンドリーは低レベルで儲からない産業だと誤解している人がいるのは、そのせいもあるだろう。


■TSMCのポジションを表すエピソード


TSMCが上場したてのころ、モリス・チャン(張忠謀(ちょうちゅうぼう))はメディア関係者との雑談中に「晶圓代工(ウエハー受託企業)」(「ファウンドリー」を示す中国語)という呼び方では産業チェーンのなかのTSMCのポジションがうまく伝わらないから、「鑄矽(ジューシー)」を正式名称にするべきだと言ったことがある。「矽」は「シリコン」を指し、「鑄」には「形成する」といった意味がある。


しかし、それを聞いた記者たちは一瞬静まり返り、それからどっと笑い声を上げた。中国語の「鑄矽」は台湾語の「穏死(間違いなく死ぬ)」と発音が同じなのだ(モリス・チャンは中国浙江省生まれで台湾語が分からなかった)。


思わず笑ってしまったものの、記者たちにとってモリスは雲の上の人である。このことを一体どう伝えたらいいのかと顔を見合わせた。結局、ある女性記者が勇気を振り絞って「その言葉は、あまり縁起がよくないようです……」と説明した。それ以降、モリス・チャンは「鑄矽」を口にしなくなった。


■知名度では会社の優劣は測れない


このエピソードを思い出すと、小さな笑いがこみ上げてきてしまう。正直に言うと、台湾語の読み方のことさえなければ、私も「晶圓代工」より「鑄矽」と呼ぶ方がはるかにいいと思っている。


2021年のAPEC非公式首脳会議にビデオ通話で参加するモリス・チャン氏(画像=總統府/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons

ちなみに、「受託製造」は「低レベル」の同義語ではない。受託製造会社の多くは高い技術力を備えて確固たる地位を築き上げているし、TSMCはそうした受託製造企業の一つだ。むしろ、ブランドイメージや知名度では、その会社の優劣は測れない。有名でも技術力や粗利率の低い企業は、山のようにあるからだ。


TSMCのファウンドリーは、パソコンや携帯電話、パネルを生産する台湾のかつてのエレクトロニクス産業とは一線を画している。TSMCが確立したのは、最先端技術を備えた唯一無二の売り手市場だからだ。


台湾の受託メーカーの多くは、研究開発力や技術力が顧客より劣っている。台湾のネットワーク通信産業を例に挙げると、最大の経営リスクは同業他社との競争からではなく、自分の顧客から生まれている。


大口顧客はたいてい、受託企業よりも高い技術力を備えている。シグナル・インテグリティと放熱技術を例に挙げる。前者はデジタル信号の伝送品質を維持するための重要な技術で、後者は100Gや400G時代に突入するため、積極的に取り組む必要のある分野だ。


こうしたコア技術に対し、国際的なメーカーは台湾の受託業者よりもはるかに優れた開発チームを抱えているため、その気になればサプライヤーをいつでも取り替えて、別の業者を育てることができる。このことが、台湾の通信機器受託事業者にとって最大のリスクになっている。


そして彼らだけでなく、台湾の大部分の受託企業が同じ問題を抱えている。


■TSMCの絶対的な強み


だが、TSMCは違う。TSMCはコア技術を自社で握っている。サムスンやインテルといった競合他社は、そもそも作れないか、作れたとしても良品率が低いため、TSMCに製造委託するしかない状態である。


アップルやエヌビディア〔主要製品はGPU(画像処理専用プロセッサ)で、高性能ゲームやビットコインの分野で需要が拡大〕、AMD(アドバンスト・マイクロ・デバイセズ、主要製品はコンピューター、グラフィックス製品など)を始めとする大口顧客には、そもそもウエハーの製造に必要な設備も技術もないため〔こうした、工場(ファブ)や生産ラインを持たない企業をファブレス企業という〕、TSMCに供給してもらうしかない。


この点が、TSMCのファウンドリーの最大の強みである。


■アップルもTSMC以外には頼めない


別の言い方をすると、TSMC以外の受託メーカーの大部分は、顧客が支配する「買い手市場」にいるが、TSMCは「売り手市場」でビジネスを展開している。そこでは顧客がTSMCに高度に依存しており、TSMCと同じものを提供する会社は存在しない。


TSMCの最大顧客であるアップルはリスク分散のために、過去に何度も2つ目、3つ目のサプライヤーを積極的に育てようとしてきた。しかし、TSMCに対しては、第二、第三のサプライヤーがどうしても欲しいとは言いにくかった。他社にはまねできない抜きんでた技術を、TSMCが持っているからだ。


写真=iStock.com/Nodokthr
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つまり、「受託業者」と呼ばれるかどうかはまったく問題ではない。顧客が持っていない技術を握り、顧客を自分により依存させることこそが、勝敗を決めるカギになるのである。


■スタバとTSMCはビジネスモデルを変革した


モリス・チャンは2017年7月に台湾の経済団体、工商協進会の講演会で、TSMCは典型的な「ビジネスモデルのイノベーション」企業であり、TSMCの収益が高いのは、この優れたビジネスモデルのおかげだと話している。


この日の講演会のテーマは「成長とイノベーション」だった。製品と技術のイノベーションも確かに重要だが、さまざまなイノベーションのなかでも「ビジネスモデル」のイノベーションこそが最も価値ある、重視すべきものだとモリス・チャンは語った。


今日のようなインターネット時代では、ビジネスモデルのイノベーションの成功例は珍しくもないが、モリス・チャンが見たところ、「ビジネスモデルのイノベーション」という言葉ができるよりもかなり前に、ビジネスモデルのイノベーションの成功例が2つ生まれていた。その1つがアメリカのスターバックスコーヒーで、もう1つがTSMCである。


1980年代の序盤から脚光を浴び始めたスターバックスには、「コーヒーに対する顧客のセンスを磨いて価格を上げる」という極めてシンプルでパワフルなコンセプトがあった。スターバックスが登場する前は、五つ星ホテルのコーヒーが1杯約50セントで、高速道路のサービスエリアでは1杯20セントだった。だがスターバックスが品質を上げると、瞬く間に1杯2ドルまで跳ね上がった。だが、それでも顧客は飲み続けた。


■「自社では作りたくない部品」を作り続けた


90年代、同業他社の主要顧客はIBMやHPといったパソコン完成品メーカーだったが、TSMCの顧客にはこうした企業は1社も入っていなかった、とモリス・チャンは言う。


TSMCの主要顧客はTI(テキサス・インスツルメンツ)やインテル、モトローラといった自社でも半導体を製造している会社だった。「当時の半導体メーカーは、ほとんどの製品を自社製造し、ほんのわずかの、自分では作りたくない製品だけを外部に委託していた。だから我々は彼らを訪ねて、我々に作らせてほしいと頼んだのだ」。



林宏文『TSMC 世界を動かすヒミツ』(CCCメディアハウス)

ビジネスはこんな風にして始まったのだと、モリス・チャンは当時を振り返った。その後、時代の趨勢で、多くの新興企業がICを自社で設計して生産をTSMCに委託するようになった。TSMCはこの商機に乗って成長した。


残念ながら私たちは今も、たとえば「鑄矽」のような、「晶圓代工(ウエハー受託企業)」よりももっとふさわしい呼び名をTSMCに用意できていない。だがこれから、多くのマネジメント学部が「台湾で生まれたTSMCがグローバルな半導体産業のなかで、まったく新しいビジネスモデルをどうやって創造したか」を教えることになると信じている。


「人から受託業者と呼ばれようが、私は気にならない。我々はただ代金をもらい、ホクホクしながら銀行に行くだけだ」とモリス・チャンは言う。


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林 宏文(リン・ホンウェン)
経済誌「今周刊」元副編集長
主にハイテク・バイオ業界の取材に長年携わりながら経済誌「今周刊」副編集長、経済紙「経済日報」ハイテク担当記者を歴任し、産業の発展や投資動向、コーポレートガバナンス、国際競争力といったテーマを注視してきた。現在はFM96.7環宇電台のラジオパーソナリティや、メディア「今周刊」「数位時代」「鍶科技」「CIO IT 経理人」のコラムニストとして活躍中。著書に『晶片島上的光芒(邦訳:『TSMC 世界を動かすヒミツ』/CCC メディアハウス)』、『競争力的探求(競争力の探究)』、『管理的楽章(マネジメントの楽章)』(宣明智氏との共著)、『恵普人才学(ヒューレット・パッカードの人材学)』、『商業大鰐SAMSUNG(ビジネスの大物サムスン)』など。
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(経済誌「今周刊」元副編集長 林 宏文)

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