そりゃ「野球離れ」が進むわけだわ…今季から「試合中の写真・動画の投稿禁止」を始めた日本プロ野球の時代錯誤

2025年4月26日(土)9時15分 プレジデント社

プロ野球が開幕し、東京ドームでは巨人―ヤクルト戦が行われた=2025年3月28日 - 写真=共同通信社

日本野球機構(NPB)が今季より始めた「写真・動画等の撮影及び配信・送信規程」が物議をかもしている。ライターの広尾晃さんは「現代のプロスポーツにおける人気とは、球団が発信する情報とファンのSNS情報の総和だ。それをNPBは理解しているのか」という——。
写真=共同通信社
プロ野球が開幕し、東京ドームでは巨人—ヤクルト戦が行われた=2025年3月28日 - 写真=共同通信社

■試合中のプレーの動画はすべてNG


今年2月1日、NPB(一般社団法人日本野球機構)は「試合観戦契約約款」を一部改訂するとともに新たに「写真・動画の撮影及び配信に関する規程について」を発表した。これが大きな議論になっている。


規定の趣旨は、「主催者が有する権利及び法益を適正に保護」するためである。そのために、プレー中の選手の写真や動画をXやインスタグラム、YouTubeやブログなどへ投稿することが禁止されたのだ。


NPBによれば、試合中の写真、動画の撮影については許諾するが、これをボールインプレー中(試合中)は、配信(投稿)することは禁止。動画はもちろん、写真もNG。選手以外の観客やマスコットなどについても、試合中の投稿は禁じられている。


試合終了後に限り140秒以内の動画なら投稿OK。例えば、ヒーローインタビュー後の選手の姿や、スタンドの雰囲気を撮影して投稿するのは問題ない。ただし、試合中のプレーが映っている動画はどんなに短くてもNG。


試合中の撮影は、スマホやカメラなどは認めるが、三脚やパソコンを使用することは禁止。配信先は「家族や友人への共有」は許諾するが、広くSNSで公開することを禁じている。


「写真・動画等の撮影及び配信・送信規程」をもとに編集部作成

この規定を順守しようと思えば、観客、ファンは自分で撮影した写真、動画を「クローズドのSNS」、例えばLINEなどを使い試合後にアップすることはできるが、X(旧Twitter)やインスタグラム、TikTokなどオープンなSNSにアップすることは、どのタイミングであれ、すべてアウトということになる。


この規定が、NPB球団の現場を混乱させている。


■日ハムの異例の食い下がり


2月13日、千葉ロッテマリーンズは、公式サイトでわざわざ以下のように発信した。


春季キャンプ・主催練習試合等については試合観戦契約約款適用外となるため、営利目的を除く写真・動画の撮影ならびにSNS投稿に対する制限はありません。

これは沖縄県石垣島や、沖縄本島で行われる春季キャンプに押し寄せた熱心なファンから「写真や動画を撮ってSNSにあげてはいけないのか」という問い合わせがあったからだと思われる。


北海道日本ハムファイターズは規約を受けてなお、ファンが試合中に撮影した映像、写真の公開を一部許容していた。だが、3月26日、NPB機構側から改善勧告を受けた。以下はその際に日ハムが出したコメントだ。


「写真・動画等の撮影及び配信・送信規程に基づき、ファンが球場で撮影した写真や動画をライブ中継に準ずる行為でない限り、SNS等に投稿することを許容してきました。これらは「主催者が承認した場合」に該当すると解釈し、ファンの球場体験をより楽しんでいただくための措置として運用してきました」

続いて、「NPBとの間で規程の解釈について確認し、意見調整してきましたが、引き続き、本件に関しては、NPBならびに関係各所と規程の在り方について協議したい」とコメントした。


興味深いのは、日ハムは4月7日にも「NPB側からプロ野球暴力団等排除対策協議会の顧問弁護士の見解を含む指摘を受けて、今後は本規程に沿った適切な運用を心掛けてまいります」と発表した。


一球団がNPB機構に対してここまで食い下がるのは珍しいことだ。


撮影=プレジデントオンライン編集部
現在はこうした画像も試合中はSNSに投稿禁止となっている。日ハムの本拠地エスコンフィールド。 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■時代錯誤の施策


NPBの新たな規定は、12球団の「現場」の声を十二分に反映させたものだったのだろうか。


現在のプロスポーツは、試合を開催しそこに来た観客のチケット代で稼ぐという単純なビジネスではない。


興行主体たるチーム、球団は、顧客をリピーター、ヘビーユーザーにするために、あらゆる方策を打つ。その際にSNSは、大きな武器となる。


チームは、試合や練習、プライベート画像やショート動画などを公式サイトにアップしてファンの注目を集める。そしてファンも自身が撮った写真、動画をアップして、ファン仲間と共有する。今のプロ野球はSNSを通じた「推し活」の交流で大きな注目を集めているのだ。


SNSによる球団、選手とファンの「交流」の一方を封鎖することが、どんな影響を与えるのか、NPBはこのことに思いが至ってないのではないか。


■まるで役所の掲示板


ではそのかわりにNPBから情報発信を積極的に行っているのだろうか。実情は貧弱この上ないものだ。NPB公式サイトは、選手のページは免許証のような写真が1枚貼ってあるだけ。NPB主催のオールスター戦や日本シリーズも写真が数点掲げられているのみ。


公式SNSはXとFacebookがあるがほとんどがテキストベースで「選手の公示」「コラム」が申し訳程度にあるだけだ。まるで役所の掲示板のようだ。


球団の公式サイトはどうか。各球団は公式のSNSで動画を配信している。特にパ・リーグ6球団は「パ・リーグTV」の試合を、ハイライト動画として配信しているが、その質、量は十分とは言えない。


そもそも今の「推し活」は、スター選手だけを推すわけではない。ファンは新人や控え選手なども自分だけの推しにして、声援を送るのだ。球場の観客席には、大きな背番号の控え選手のレプリカユニフォームを着たファンがたくさん詰めかけているのだ。


これまでNPBや球団の公式サイトには一軍半、ファームの選手の情報は少なかった。だからファンは自分たちが推す選手をSNSにアップしてきたのだ。


写真=iStock.com/courtneyk
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/courtneyk

■MLBとNPBの大きな違い


MLBでは、機構が全30球団の公式サイトを統括している。シーズン中は連日、詳細な試合速報(Game Day)をアップしているが、その中で安打、奪三振、ファインプレーなどをオンタイムで動画配信している。これらの動画は、選手別に編集され、選手紹介コーナーでは、その選手の最新のスーパープレーも日々更新されているのだ。


MLBでプレーする選手は年間1000人を超すが、そのほぼすべての選手について、詳細なデータだけでなく、プレーシーンの動画がアップされている。そしてXなどSNSでも日々膨大なコンテンツをアップしている。


MLBだけでなく、その下部のマイナーリーグ(MiLB)も、選手個々の動画をふんだんに発信している。そのうえで、MLBはファンのSNS発信には寛容だ。


ドジャースの大谷翔平が打席に立つと観客席からは、おびただしい数のスマホが向けられる。大谷の動きと共にスマホの向きも変化していく。ファンは撮った動画や写真を即座にSNSにアップしている。


実は、MLBもファンが撮影した試合の画像、動画をSNSにアップすることを禁じている。しかし、それはほとんどアナウンスされていない。


ほとんどの球団は、観客が入場する際に大型の望遠レンズの持ち込みを禁止している。クオリティの高い画像、写真の配信はできないが、スマホや小型カメラでの撮影、SNSアップは実質的に容認しているのだ。


■人気とは「公式発表」と「ファンのSNS」の総和


MLBでは、公式サイトが大量のコンテンツ配信をしているのに加えて、ファンのSNS発信によって、さらに注目度を上げている。


MLBがここまで情報発信に力を入れているのは、アメリカでMLBの注目度がそれほど高くないことが大きい。スポーツ専門サイトのESPNなど、アメリカのスポーツメディアは北米4大スポーツ(NFL=アメフト、NBA=バスケット、MLB=野球、NHL=アイスホッケー)を大々的に取り上げるが、その中ではMLBの優先順位は高くない。


それもあって、MLBは自ら大々的に情報発信をするとともに、ファンにも自由にSNSで発信させているのだ。


NPBではスポーツ紙、一般紙、テレビなどが記者証を発給され、試合にはりつき膨大な写真、動画を撮っている。だが、その発信量は少ない。大部分がデッドストックになっている。SNSで動画配信しているメディアもあるが紙メディアが中心だった「昔の報道」の域を出ていない。まさにオールドメディアだ。


写真=iStock.com/davepeetersphoto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/davepeetersphoto

端的に言えば、今のプロスポーツにおける人気とは、球団が発信する情報と、ファンのSNS情報の総和だと言っても良い。そのことをNPBが理解していないのは、本当に問題だと思う。


■プロ野球OBの嘆き


昨年まで日本ハムの内野手で、今季からMLBブルージェイズのスタッフとなった加藤豪将はSNSで「超デジタル時代の現代において、日本はXユーザー数が世界2位の7600万人、人口比では61%と世界一を誇る。そんな10〜40代が利用するこの巨大なマーケットを、NPBは活用できていないと僕は感じます」と投稿。


さらに、「NPBの公式Xアカウントの発信力はMLBと比べて非常に乏しく、今までNPBはファンの投稿に頼って無料で自らの価値を広めてきましたが、それさえも今後は許さないというのは腑に落ちません」と発信したが、この言葉に尽きるだろう。


四角四面に言うならば、SNSで選手、試合の写真、画像をアップするのは「肖像権」「著作権」の侵害に当たる可能性がある。


しかし、日本のSNS加入者は加藤が言うようにXが7600万人、インスタグラムが6600万人とされる。SNSを発信するファンも、日々万の単位でいると考えられる。NPBがこれを取り締まることは実質的に不可能だ。


■規制する相手を間違っている


日本プロ野球選手会は4月9日と、17日の2度にわたってSNS投稿基準の緩和を訴えた。


「SNSなどを通じて感動の瞬間が共有されることは、ファンの皆さまにとっての楽しみであると同時に、プロ野球の魅力を広く伝える力となっています。実際に、そこから新たなファンが生まれていることを、選手も日々感じ、感謝しています」

日本プロ野球選手会は、選手の利益を守る立場を堅持し「立ち位置がぶれない」ことで知られるが、今回は「選手の肖像権を守る」立場ではなく、SNS投稿禁止を厳格に行うことで「ファンが離れる」ことを懸念して意見表明をした。


労働組合日本プロ野球選手会の会長は、広島の捕手曾澤翼だが、曾澤会長や、12球団の選手会幹部のもとにも、今回の規定に対する不満の声が届いているのだろう。


そもそも、問題があるのは、スタジアムに足を運び楽しんで画像や動画をSNSにアップしている大多数のファンではないはずだ。


動画サイトYouTubeには球団の公式サイトや放送メディアなどに混じって、自ら球場で撮った動画をアップしている人の動画が上がっている。中には数千から数万人のファンに対して日々動画を配信し、アフィリエイトなどなにがしかの報酬を得ている人もいる。テレビの動画を勝手に配信している人も含めて、明らかに「商売目的」と思われる特定の発信者に警告を発すればよいのではないか。


その線引きは簡単ではないかもしれないが、すべての野球ファンに投網をかけるような、荒っぽくて実効性のない規定ではなく、個別にやり過ぎの「業者」を規制する方がはるかに意味があるのではないか。


■観客動員への影響


NPB中村事務局長は「このルールは確定ですということではなく、最初の段階で、不確定要素が多いので、まずスタートしてみて、いろんな意見を検討していく」としているが、既に影響は甚大だ。


現時点でNPBの観客動員は、前年よりやや減っている。SNSの規制が長引けば、ファンの心理に影響が出かねない。


球団のファンクラブ、マーケティング担当者の声を吸い上げ、日本プロ野球選手会とも協議して、早急に善処してほしい。


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広尾 晃(ひろお・こう)
スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。
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(スポーツライター 広尾 晃)

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