なぜ平均年齢35歳で年収2067万円のキーエンスは年3回の長期休暇を必ず取得できるのか…強い組織の裏側

2025年4月26日(土)16時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Daniel Megias

強い組織に共通する企業文化は何か。キーエンスとプルデンシャルでトップの成績を残したSales Navi 代表取締役の田中大貴さんは「カルチャーづくりにゲーム性を取り入れ、メンバーの士気を高めるプルデンシャルに対し、合理性の徹底追求がカルチャーとして浸透しているのがキーエンスだ」という——。

※本稿は、田中大貴『売れる組織 売れる営業』(実業之日本社)の一部を再編集したものです。


写真=iStock.com/Daniel Megias
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■フルコミッションのプルデンシャルで、チーム対抗戦が成り立つ理由


組織のカルチャーが強いプルデンシャルが上手だったのは、営業にゲーム性をふんだんに取り入れている点です。


プルデンシャルは3月決算ですが、多くの企業と同じように、3月は決算に向けてかなり追い込みをかけます。その結果、期が変わった4月に入った瞬間、案件のネタがカラカラになってしまいます。これはよくある話だと思います。


一方で、企業としてはそれでは困ります。4月こそ通常より多くの成果をあげ、スタートダッシュを決めなければなりません。


そこで、プルデンシャルでは「スタートダッシュキャンペーン」という名目で、営業パーソンを4月から必死に走らせる仕組みを支社ごとに考えて実施していました。


私がいた支社のゲーム設計は、チームで対抗させる形です。支社によってさまざまな形式がありますが、私がいた支社も年々ゲーム性のクオリティが上がっていきました。


フルコミッションのプルデンシャルで、チーム対抗戦が成り立つのか。そう思われる人もいるでしょう。しかし、人間は個人で戦うよりもチームの連帯感があったほうが頑張れるものです。


日本のプロ野球、アメリカのメジャーリーグ、NBAなどは、すべての選手があくまでも個人事業主です。しかし、チームのことを考え、チームとして団結することでより優れた成績を残しています。一匹狼の集団では、チームとしての成果をあげることはできません。


■メンバーの士気を高める「チーム戦」の設計


私がいた支社では、たとえば1件のアポイントを取ると◯ポイント、申し込みを預かったら加算されて◯ポイント、チームのみんながこの1週間で申し込みを預かったら、さらに加算ポイントが◯つくという設計でした。


「決算が終わったばかりで疲れているんだから、少し休ませてくれよ」


はじめはそのような低いテンションからスタートします。ところが、気がつけばみんなが本気になっているのです。


しかも、そのゲームは前の期の終盤から仕込まれています。


写真=iStock.com/Edwin Tan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Edwin Tan

プルデンシャルでは毎年、支社ごとに決算後の打ち上げが行われます。そのとき、くじ引きで席を決めます。なんとなく座って同じテーブルに着いた同僚と会話を交わしますが、突然、運営を取り仕切る管理部門からアナウンスが入ります。


「いま着いている席が、スタートダッシュキャンペーンのチームになります」


そこからチームの名前やチームリーダーを決めたりするなかで、少しずつモチベーションを上げさせていきます。


また、管理部門側からは、アロハシャツを着た「キャンペーン盛り上げ隊」がやって来て、優勝賞品の説明(このときは沖縄旅行でした)をします。そのときにも沖縄の音楽を流し、沖縄に行きたくなるよう盛り上げるのです。みんな、徐々にその気になっていきます。


■くじ引きにもからくりがある


いざキャンペーンがスタートすると、作戦会議の場を持たせ、それぞれが手持ちの情報を開示しながら戦略を練っていきます。やがて、自分たちの戦略だけでなくほかのチームの戦略や成果が気になり始めます。


それを見越したかのごとく、管理部門は毎週のように進捗状況を発表します。その発表も普通に開示するだけでなく、手を替え品を替え工夫します。



田中大貴『売れる組織 売れる営業』(実業之日本社)

たとえば、個人に主体性を持たせるために、チームリーダーだけでなく毎週発表者を変えさせます。各チームの発表に基づいて成績を集計し、ランキングを公開します。


「今週までのチーム戦1位はチーム○○でした」
「でも、まだまだ挽回のチャンスはあります!」


そんなことを繰り返しているうち、後半になるとみんなの頭はキャンペーン一色になっていきます。チームのために走り回っているうち、好スタートが切れている。もちろんそれは個人の実績にもなるので、一石三鳥の効果があります。


先ほど、私はチームはくじ引きで決めるとお話ししました。実は、このくじ引きにもからくりがあります。


■ゲーム性を取り入れている企業はほぼない


プルデンシャルは常に営業成績のランキングが出る企業です。決算月ともなれば、年間のランキングが発表されます。私のいた支社には50人ほどのライフプランナーがいたので、期が終わった段階で1位から50位までがすべて出そろいます。


この状態で、純粋なくじ引きをすると、場合によっては上位ばかり、下位ばかりのチームができてしまう恐れがあります。そうなると、チーム対抗戦にはなりません。


そこで、仮に5チームで競わせるとしたら、1位から5位まで、6位から10位まで、11位から15位までというような形で分け、そのなかで5チームに分かれるようにグルーピングしています。


別の年度では、1位から5位までの人が、それ以下の順位の人を指名していくドラフト会議のような形をとったこともありました。それがそのままチームになり、しかも結果的に戦力として均衡することになって、チーム対抗戦のデッドヒート感まで演出しました。


起業してから、私は顧客に企業のカルチャーづくりとしてのゲーミフィケーション(ゲーム以外の物事にゲームの要素を取り入れること)の話をすることがあります。


しかし、あまりピンときている人はいないように見えます。カルチャーづくりにゲーム性を取り入れている企業は、私の知る限りほとんどありません。


■日本の大手生命保険会社を仮想敵に仕立て上げる


加えて、プルデンシャルが上手だったのは「ジャイアントキリング」的な発想を浸透させていたことです。自分たちが保険業界を改革する旗手になるというコンセプトを強調したのです。


プルデンシャルに入社する前の段階で、CIPと呼ばれる面接を兼ねた説明会があります。私のときのCIPでは、まだ入ると決めたわけでもないのに、保険業界の成り立ちから説明が始まりました。


そこで強調されていたのは、保険業界が日本生命、第一生命、明治安田生命、住友生命をはじめとする大手生命保険会社を中心に回っているということでした。


これらの保険会社は女性の保険外交員をさまざまな企業の担当に割り当て、飴とアンケートを片手に商品の提案を行っていました。当時は丁寧に顧客のニーズを聞き出し、顧客ごとに最適な商品を提案するというよりも、自社の売りたい商品を提案するのが主流でした。


写真=iStock.com/Masafumi_Nakanishi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Masafumi_Nakanishi

まだインターネットも発達していませんでしたから、顧客が自分にとって最適な保険商品を自ら選ぶことはいまより難しかったのです。


その商品はパッケージ商品といいます。パッケージ商品には顧客にとって必要かどうかわからない特約が含まれていることもあり、特約だけを外すことはできない仕組みになっていました(これはあくまで当時の話です)。


このようなことを伝えることで、日本の大手生命保険会社を仮想敵に仕立て上げるのです。


■「自分たちがやっているのは、世直しだ」


ビジネスにおいて仮想敵をつくるのは、新規参入者にとって王道の方法です。これにより、冒頭の「自分たちが保険業界を改革する旗手になる」というコンセプトがより強化され、内部は団結し、組織としての営業力がパワーアップされるのです。


また、プルデンシャルは1987年に日本法人を設立し、生命保険の営業職を「ライフプランナー」と呼び、ブランディングを始めました。ライフプランナーとして商標を登録しているのは、日本ではプルデンシャルとソニー生命だけです。


「ライフプランナーは、生命保険のプロフェッショナルだ!」


プロフェッショナルであるからには、生命保険協会の一般課程試験だけではなく、専門課程試験、応用課程試験、さらにその上の生命保険大学課程試験をクリアしなければなりません。


真のプロフェッショナルとして専門知識を持ち、なおかつこれまでのようなパッケージ商品ではなくオーダーメイド商品にすることで、その人に合った商品を提案し、顧客に豊かな生活を送ってもらうことを標榜していました(いまでこそこれはどの保険会社もやっている定番となりましたが、当時はここまでやりきっている会社は少なく、独自性があったのです)。


「生命保険を変える、私たちが変える」


プルデンシャルのキャッチコピーがこうなったのも、その意識が強いためです。当時、役員はプルデンシャルが取り組んでいることをこんな表現で語っていました。


「自分たちがやっているのは、世直しだ」


■1カ月の研修で飛び出した発言の中身


これらの表現の是非はともかく、入社前からプルデンシャルのカルチャーを叩き込まれていると、その色に染められます。もちろん、入社してからの1カ月の研修でもそれに影響を受けた私は、当時はこんな発言をしていました。


「自分が保険業界を変えなかったら、いったい誰が変えるんだ」


まるで、3歳児が自分はヒーローだと思い込むような感覚です。それほど、プルデンシャルのカルチャーづくりにはすさまじいものがありました。


写真=iStock.com/Choreograph
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Choreograph

プルデンシャルやキーエンスのように、カルチャーをつくり、それが社員に浸透している企業が強いのは間違いありません。


とくに扱う商品やサービスがコモディティ化しやすい業種は、営業力が業績に直結しやすいため、長く勝っていくにはカルチャーを育てる必要があります。カルチャーは一朝一夕でつくられるものではありませんが、一度できてしまえばそう簡単に崩れません。だからこそ、カルチャーのある組織は強いのです。


■仕事ができるのは決められた時間だけ


同じカルチャーをつくるにしても、キーエンスとプルデンシャルはアプローチが違います。


キーエンスは、どちらかというと厳格なルールの設定、細かい仕組みや習慣づくりといった色合いが濃い一方で、プルデンシャルは理念や大きな枠組みを重視しています。


合理性の追求がそのままカルチャーになっているのがキーエンスだとしたら、理念を掲げて自然にやる気にさせるカルチャーがプルデンシャルです。


キーエンスのカルチャーは、「合理性を徹底的に追求する」です。ロープレも、ルールや仕組みの流れのなかでやることを徹底的に叩き込まれます。それが習慣となって、営業パーソンに定着していく流れです。


カルチャーをつくるために特別な施策を実行するのではなく、すべてを合理化・仕組み化することによって、それがそのままカルチャーとして浸透しているのがキーエンスです。


ここまでの研修のやり方を読んでいただいてもそれがわかると思いますが、すべてが合理性の徹底追求に基づいているのがキーエンスです。この先読み進めていただくとさらに、その狙いが明らかになってくるでしょう。


またキーエンスは、始業から終業までの時間以外は基本的に仕事ができないことでも有名です。私がいた当時は8時30分始業で終業は最長で21時45分でしたが、その時間以外は仕事ができません。もちろんパソコンを持ち帰ることもNGです。


キーエンスのモットーに「公私峻別」があります。文字通り、プライベートと仕事をはっきり分けるという考え方です。休むときはしっかり休み、仕事をするときは仕事だけに集中する。


写真=iStock.com/kieferpix
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そのため、年に3回用意されている長期休暇も必ず取得できる環境が整っていました。こういったことができるのは、すべての業務が仕組み化されており、属人化が徹底的に排除されているからです。


強い表現で言えば、「代えの利かない人はいない」ということになるでしょう。すべてが組織のやり方に紐づいており、誰がやっても同じ成果が出るようになっている徹底した合理主義企業、それがキーエンスなのです。


■日本トップクラスの高年収企業


キーエンスは高給なことでも有名です。2024年3月期の有価証券報告書によると、キーエンスの平均年収は2067万円(平均年齢:35.2歳)だそうです。


このような高い年収を実現できるのは、常に安定して高い利益を上げられているからにほかなりません。それを支えているのが、売れない営業パーソンをつくらない徹底した仕組み化なのです。


一方で、キーエンスを語るときは、「20代で1000万円超え、30代で家が建ち、40代で墓が建つ」というフレーズがよく出ていました。「高い年収」が「激務」に紐づけられ、キーエンス=ブラック企業のようなイメージが先行したのでしょう。しかし実際には、離職率は世間一般レベルかそれよりも低い水準です。


もちろん、求められる仕事の水準は高く、勤務時間中はこなさなければならない仕事が多いことに間違いはありません。ただ、それを達成できる仕組みは組織が整えてくれているのです。


また、高い年収を実現できるというのは、それだけで人材を惹きつける強い要素になります。転職しようにもキーエンスよりも良い条件の企業はほとんどないため、辞めて他社に行こうという発想もなくなり、社員は定着します。


人は辞めない、人が集まる。すべての要素が見事に合わさって強固な組織をつくりあげているのです。


■外発的動機から始めるのが早くて効果的


自分の属する組織やチームは、プルデンシャル流とキーエンス流のどちらが向いているでしょうか? どちらか一方というわけではなく、良いとこ取りをする、真似できそうなことから取り入れてみるのでもいいでしょう。


このように、同じようにカルチャーの強い企業でも、構築の仕方がまったく異なるので、その企業にとって合う方法で取り組むべきです。いずれにせよ共通して言えることですが、カルチャーは一朝一夕では構築されません。


組織として進むべき道を掲げ、どうすればそれが実現できるかを考え、そのための方法を選択する。それを続けていくことではじめて、組織としてのカルチャーはつくられていきます。


カルチャーは個人の自主性に任せていてもつくられません。営業の型をつくるには、内発的動機ではなく外発的動機から始めるのが早くて効果的であることと似ています。


そのためにもまずは組織のリーダーが主導して、カルチャーをつくるための方法を考えて実行することが重要です。


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田中 大貴(たなか・だいき)
Sales Navi 代表取締役
2008年同志社大学文学部を卒業後、キーエンスに入社。連続で目標を達成したのち、2010年にプルデンシャル生命保険にスカウトされ入社。以来11期連続社長杯入賞。2017年に、当時全国最年少でエグゼクティブ・ライフプランナー(部長)に就任。2017〜2021年度には、日本の生命保険募集人登録者、約120万人のなかで上位0.01%しかいないとされるMDRT TOT会員に認定される。順風満帆な営業人生を送る一方で、「道しるべがないがために営業に悩んでいる組織や人」の存在を知り、「営業の道しるべを創る」というビジョンを掲げて2021年にSales Naviを創業。事業を推進する傍ら、ひとりでも多くの営業パーソンが抱える課題や悩みを解決したいという想いから「営業の教科書」をつくることを決意し、『売れる組織 売れる営業』を執筆。
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(Sales Navi 代表取締役 田中 大貴)

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