創業者は社食でいつも肉うどんを食べた…業界脅威の営業利益率誇る広島のスーパー「ゆめタウン」高収益の秘密
2025年4月27日(日)9時15分 プレジデント社
ゆめタウン井原(写真=ポトリ/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)
ゆめタウン井原(写真=ポトリ/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)
■イオンとならぶ西日本の雄にシステムトラブルが
2024年2月、広島市に本社を置く総合スーパーのイズミは、突如として事業継続を揺るがす危機に直面した。ランサムウェアによるサイバー攻撃で、発注システムが停止。売上管理や販促計画、アプリサービスに至るまで、企業の屋台骨である情報インフラが麻痺した。イオンと並ぶ大型ショッピングセンター「ゆめタウン」を展開する西日本の雄に突きつけられた「現代型災害」の洗礼──それを乗り越え、イズミはいまNSC(近隣型ショッピングセンター)への集中投資と福岡エリアの深耕によって“第二創業”に挑んでいる。
ランサムウェアとは、企業や組織のコンピュータに侵入し、ファイルやシステムを強制的に暗号化。解除の“鍵”と引き換えに「身代金(ランサム)」を要求するサイバー攻撃だ。特定のファイルだけでなく、物流、発注、給与など業務全体を人質に取るケースもあり、近年は流通・医療・行政などインフラ性の高い業界が狙われる傾向にある。被害が発覚しても、業務再開までには数週間から数カ月を要し、業績・信用・開示体制すべてに深刻な影響を与える。2024年2月のイズミの被害も、まさにその典型だった。
■売上過去最高の一方で…
イズミの2025年2月期連結業績は、営業収益5241億円と過去最高を更新した一方で、営業利益は254億円(前期比19.1%減)、当期純利益は119億円(41.8%減)と大幅減益となった。最大の要因は、2024年2月のランサムウェア被害だ。発注や売上分析などの基幹システムが止まり、販売機会の逸失、販促活動の停止、アプリ連携の停止など、あらゆる機能が麻痺した。
第1四半期(1Q)だけで営業利益への影響は約29億円に及び、その内訳は売上総利益の減少が約35億円、営業収入の減少が約1億円、さらに経費面で約7億円の負担が発生した。
さらに、同年度には減損損失として約74億円を計上したことも、純利益の大幅減に拍車をかけた。これらは一過性要因ではあるが、サイバー攻撃が企業の決算やガバナンス体制にまで深く影響を及ぼす現代的なリスクであることを浮き彫りにした。
■広島では圧倒的有名な「ゆめタウン」
1961年に広島市で衣料品店「イズミストアー」として創業した同社は、1983年に基幹業態となる「ゆめタウン」1号店(出雲市)を開業。中四国・九州にドミナント出店を進め、「地域の生活インフラ」として定着。イズミといえば、やはり「ゆめタウン」ブランドに象徴される郊外型ショッピングセンターの雄だ。中四国や九州ではイオンモールと並ぶ競争力を持ち、多くの地域で“生活の核”として存在感を示す。食品から衣料、サービス、飲食までを取り揃えた“地域密着型GMSモール”として存在感を発揮する。
■イオンの売り場とはここが違う
イオンの大型ショッピングセンターは直線的な通路をテナントが取り囲み、モールの端に直営売り場(イオンスタイル)を配置するのに対し、イズミのゆめタウンは直営売り場を取り囲むように専門店が配置している。売り場の連続性を出すため直営とテナントの境界を曖昧にしているのが特徴だ。
その一方で、イズミが新たな成長エンジンとして注力するのがNSC(近隣型ショッピングセンター)だ。熊本県合志市で開業した「ゆめモール合志」や、広島市内の「ゆめモール五日市」などがその代表例だ。
■NSC(近隣型ショッピングセンター)戦略
スーパーマーケット「ゆめマート」を核に、ドラッグストアや日用品、ファッション、外食などをコンパクトに集積し、駐車場を囲むオープンモール型の設計が主流。生活動線に組み込まれやすく、短時間で買い物を済ませたい消費者ニーズにマッチしている。
写真=イズミHPより
スーパー業態であるゆめマート - 写真=イズミHPより
NSCの核となるスーパーマーケットは、やはり「食」である。イズミは自社ブランド「Zehi(ぜひ)」の展開を進めており、東北地盤のヨークベニマルの指導も受けながら、品質と提案力を高める。総菜や冷凍食品、菓子などを中心にファンが広がっており、顧客の支持も徐々に高まっている。
節約志向の高まりに応えた低価格帯のプライベートブランドも、2025年秋に投入する予定で、NSCの競争力を下支えする武器となりそうだ。イズミはPBの構成比について、10年後に食品売上の10%を目指すと明言している。
■「サニー買収」で福岡攻略へ
もう一つの注目すべき戦略が、福岡商圏への本格展開だ。2024年、イズミは西友から九州のスーパーマーケット「サニー」49店舗を取得。ゆめマート熊本を通じて事業承継を進めた。イズミにとって福岡エリアは、九州でのドミナンス強化に欠かせない戦略拠点だった。今回のM&Aにより、同社の九州売上は約1000億円規模に拡大。イオン九州などと並び、地域経済に対する影響力が一段と高まった。
もっとも、2025年2月期においては、システム移行や原価管理の難しさ、想定外のコスト発生などから「創業赤字」でのスタートとなった。だがイズミはこれを想定内とし、中長期での利益創出に向けて足場を築く構えだ。2025年度は営業利益27億円、将来的には55億円規模の収益事業に育てる構想を描く。
「福岡はアジアの玄関口。ゆくゆくは海外にも挑戦したい」と、山西泰明会長は夢を語る。NSCの成功モデルと九州でのドミナンスが、海外展開の布石になると期待されている。
■防災、高齢化支援「地域との協働」
2026年2月期の業績見通しは、連結営業収益5901億円(前期比12.6%増)、営業利益307億円(同20.7%増)、経常利益304億円(同18.2%増)、当期純利益183億円(同53.5%増)と、回復と成長の両立を見込む。増益要因には、ランサム影響の剥落(プラス29億円)、サニー事業の黒字転換(プラス16億円)、創業費の減少(マイナス4億円)などがある。
4月1日付で社長に就任した町田繁樹氏は、現場出身の叩き上げであり、「現場発のオペレーション改革」を掲げる。部門横断の「投資推進事業部」を新設し、システム、物流、人材開発に戦略的な投資を集中。店舗網の再設計やデジタル基盤の刷新にも踏み込む。
また、物流分野では、2024年4月にフジ、ハローズなどとともに「中四国物流研究会」を立ち上げ、共同配送の実証実験を始動。2024年問題への対応と持続可能な流通網の再構築を見据えた取り組みだ。
イズミは今、売上だけでなく「地域との共創」を強く打ち出している。丸亀市(香川県)、別府市(大分県)、佐賀市(佐賀県)などと包括連携協定を結び、防災、高齢者支援、教育など多様な分野で自治体と共働している。
写真=イズミHPより
イズミの旗艦店となるゆめタウン - 写真=イズミHPより
■「ゆめタウンの男」は社食で肉うどんを食べる
イズミの売上高営業利益率は4.9%と、スーパー業界では異例の高水準を維持している。人件費や光熱費の上昇に加え、M&Aや創業赤字の影響があったにもかかわらず、この水準を保てたことは、イズミのビジネスモデルが強固であることの証明でもある。
「日経MJ」の2023年度小売業調査によると、「地方スーパー」と区分けされる企業の中で粗利益率はトップの33.3%。2位の東急ストアを2.5ポイント引き離す。業界ではいち早くTQCによるカイゼン活動に取り組み、人件費と在庫コントロールに長けているのがイズミの強み。一人当たりの労働生産性(粗利益額=2025年2月期で836万5000円)も高い。
「ゆめタウンの男」と呼ばれた創業者の故・山西義政氏は世界最大の潜水艦「伊400」の乗船員だった。母親を広島の原爆で亡くし、戦後の闇市で始めた「干し柿売り」からイズミをここまでの企業にした。好物の肉うどんを社員食堂で食べるのが好きで、常に社員に話しかけた。トップと現場が近い組織文化ゆえ、高収益が実現されるのかもしれない。
■売上1兆円を達成できるか
ただ、人手不足による人件費の増加は避けられない。イズミの限られた話ではないが、今後は収益の「質」の部分、すなわち既存店の生産性や業務効率化、生活者にライフスタイルに合った新業態開発の精度が問われてくるフェーズに入る。外食事業、カード事業、物流・施設管理といった周辺事業の収益性向上もカギを握る。
山西 義政『ゆめタウンの男 戦後ヤミ市から生まれたスーパーが年商七〇〇〇億円になるまで』(プレジデント社)
「まいにち、おいしい。まいにち、うれしい。」を掲げるイズミ。その姿勢は、消費者の日常に寄り添うスーパーマーケットの理想像を体現してきた。だが、いま同社が目指すのはそれだけではない。地方発の流通企業として、地域の暮らしと経済を支えるプラットフォーム企業への進化。サイバー攻撃という予期せぬ危機を教訓に、イズミは第二の創業期を迎えている。
目標は6年後の売上1兆円企業。現実的なハードルは高い。だが、NSC戦略と福岡深耕、デジタル改革、地域共創。そして同業との合従連衡(M&A)——その一手一手が、イズミを「地域に根ざした成長モデル企業」へと押し上げようとしている。
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白鳥 和生(しろとり・かずお)
流通科学大学商学部経営学科教授
1967年3月長野県生まれ。明治学院大学国際学部を卒業後、1990年に日本経済新聞社に入社。小売り、卸、外食、食品メーカー、流通政策などを長く取材し、『日経MJ』『日本経済新聞』のデスクを歴任。2024年2月まで編集総合編集センター調査グループ調査担当部長を務めた。その一方で、国學院大學経済学部と日本大学大学院総合社会情報研究科の非常勤講師として「マーケティング」「流通ビジネス論特講」の科目を担当。日本大学大学院で企業の社会的責任(CSR)を研究し、2020年に博士(総合社会文化)の学位を取得する。2024年4月に流通科学大学商学部経営学科教授に着任。著書に『改訂版 ようこそ小売業の世界へ』(共編著、商業界)、『即!ビジネスで使える 新聞記者式伝わる文章術』(CCCメディアハウス)、『不況に強いビジネスは北海道の「小売」に学べ』『グミがわかればヒットの法則がわかる』(プレジデント社)などがある。最新刊に『フードサービスの世界を知る』(創成社刊)がある。
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(流通科学大学商学部経営学科教授 白鳥 和生)