ベビーカーのママをみんなが助けてくれる台湾…なのに日本より低い世界最低水準の「出生率0.89」の納得の理由
2025年4月27日(日)10時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/O2O Creative
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台湾の2023年の出生率は0.89と、世界最低水準にまで落ち込んでいる。日本(1.20)よりも低く、韓国(0.75)やシンガポール(0.97)に次ぐ深刻さだ。しかし、台湾は今や半導体製造のハイテク先進国。オードリー・タンなど性的マイノリティ(トランスジェンダー)や女性が政治的リーダーとなり、同性婚も合法化され、男女平等も日本よりずっと進んでいる印象がある。東アジアの優等生というイメージがあるが、なぜ、少子化が日本よりも加速しているのか。
参照:週プレニュー「韓国、シンガポール、台湾、香港は出生率1.0未満!! "絶滅危惧国&地域"で起きていること」
台湾の首都台北に20年以上住み、子育て中の4人の女性、そして、シンクタンクの研究者に取材をし、台湾の子育て問題を探ってみた。
■台湾では妊婦や子連れに対する配慮が自然に行われる
台湾は「子どもは宝物」として扱い、赤ちゃんや母親を社会全体で大切にする文化が根付いている。公共の場では妊婦や子連れに対する配慮が自然に行われる。台湾の路上や駅では、「授乳室」や「離乳食を温められる設備」が整えられており、公共施設のトイレには必ずおむつ交換台が設置されている。
台北で子育てをする日本人女性たちは口々に言う。
「ベビーカーを押していると、老若男女に関わらず、すぐにさっとドアを開けてくれるほど誰もが子どもを大切にする」
「台湾から日本に帰国したときに、“子どもが迷惑をかけたらどうしよう”と緊張してしまう」
「赤ちゃんを連れて外食に行ったら、店で働いているおばちゃんだけでなく、若い女の子も“ママはゆっくりご飯を食べて”と赤ちゃんをあやしてくれる」
彼女たちによると、台湾の人々は快く妊婦や子連れ親を助けてくれ、子どもの騒音について他人にとやかく言われたことがないし、会社でもマタハラや「子持ち様」と揶揄されるなど経験したことがないという。
さらに特筆に値するのは、日本にはない「月子中心」と呼ばれる産後ケアセンターの存在だ。価格はまちまちだが、一日6000台湾ドル(約2万6000円)以上から利用でき、ホテルのような部屋でゆったりくつろげて、24時間体制でケアを受けられる。これは中国・韓国・台湾に伝わる「坐月子(ズオユエズ)」という産褥期の養生文化が現代的に進化したものだ。
また、台湾の祖父母は積極的に育児に参加し、予防接種なども家族全員で付き添ったり、子どもの学校に駆けつけたりする。日本では土日に母親だけが子どもを公園に連れていく姿がよく見られるが、一般的には父母が一緒に子どもを連れだし、祖父母も加わった「家族一緒」という考え方が強い。
■「理想的な子育て」へのハードルの高さ——日本を上回る教育競争
学校と親のコミュニケーションも日本と比べてはるかに親密な関係を築いている。前出・現地在住の日本人女性は言う。
「先生たちもすごい積極的に親とつながろうとしてくれる」
「“いつでも連絡をくださいね”とLINEや携帯番号を普通にくれる」
しかし、日本ではありえないようなこうした手厚い子育て環境の裏には、「理想的な子育て」へのハードルの高さがある。この目に見えない不文律が大変なクセモノなのだ。
台湾のNGOの調査では、小学生から高校生まで6割以上の生徒が通塾し、そのうちの4分の1が週5日通塾し、夜9時〜10時まで勉強しているという。子どもの学習時間が大人の通勤時間よりも長い。睡眠時間も短く、4割の子どもたちが1日の睡眠時間が5〜6時間以内。平均して週に1時間ほどしかエクササイズをしていない、という勉強漬けの毎日だ。
参照:TAIPEI TIMES「Child welfare group criticizes education plan, citing survey」
そして、台湾ではほとんどの高校生が大学に進学するにもかかわらず、若者(18〜24歳)の失業率はここ数年11%ほどである。これは3〜4%の3倍以上だ。要するに台湾では大卒者数とホワイトカラーの求人数にミスマッチが起きているのだ。この違いには、日本では高校生の6割ほどしか大学に進学せず、その上、新卒一括採用があり、企業数も台湾より多いことが考えられる。つまり、台湾の若者のほうが激しい競争にさらされている。
参照:TRADINGE CONOMICS 台湾「若年者失業率」(1970〜2025データ・2026-2027 予測)
TRADING ECONOMICS 日本「若年者失業率」(1970〜2025データ・2026-2027 予測)
写真=iStock.com/samxmeg
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台湾に住む日本人母親たちは教育熱心さを物語る驚きのエピソードを教えてくれた。
「よい先生がいるという人気塾は入塾するために、前の晩から親が並ぶこともある」
「幼稚園の卒園式で子どもたちが一人ひとり親に謝意を述べることがあるのですが、“お父さん、お母さん、たくさんお金をかけて育ててくれてありがとう”なんて言うんですよね」
私立中学・高校の学費は年間30万〜60万円から高いところでは100万円ほど。日台の一人当たりGDPはほぼ同じ金額だから決して安くない。教育熱心な親たちは「1人の子どもにできる限りの資源を集中させる」という選択をせざるを得なくなり、それが少子化の一因となっている。
■親は家で最後まで看取るのが子どもの努め——介護負担
加えて、台湾では社会保障制度が十分に整備されておらず、年金制度や介護保険制度については大きな課題がある。「親は家で最後まで看取る、老人ホームに送るのは最低の子ども」といった価値観が根強いという。
「年金はあるにはありますが、多くの人は(月に)何万円とかいうレベル。だから、基本的に子どもが親の面倒をみますね」と、老後生活の制度がほとんど機能していない現状を語る。
現地の社会学者・社会政策研究者であるイ・イージュンとク・エンウェンによると、台湾の社会政策は経済目標を実現することを優先に設計され、結果的に政府の社会保障支出は高くないという。
要するに、介護が「家族責任」となっているのだ。これが若者、特に女性にとって大きな負担となっている。もし一人っ子同士が結婚すると、両家の親の面倒を見なければならないという重圧がある。
■「共働きでも、家事は妻の役目」——男女格差の壁
日本のように新卒一括採用がなく、雇用の流動性が高いけれども若者の失業率が高い台湾。男女賃金格差は日本の22%(2023)よりも低い15.8%だが(2024)、OECD平均の11%よりも大きい。
参照:What’s the State of the Gender Pay Gap?
TAIPEI TIMES「Gender salary gap widens slightly to 15.8 percent」
台湾の中央研究院で家庭・ジェンダー・労働・人口を研究しているユウ・ロォロン博士に聞くと、台湾人は基本的にフルタイムで働くのが主流で、92%の女性が育休後に職場復帰する(日本は第一子の出産後の復職率は69%)。問題は、家庭内の家事・育児といった、いわば無償労働においても男女格差が大きいことだ。
参照:厚生労働省「第一子出産前後の妻の継続就業率・育児休業利用状況」
台湾家族動態パネル調査は、夫婦がともにフルタイムで働いている場合でも、女性は男性よりも1.6倍多くの時間を家事に費やしていると発表している。
「『妻がフルタイムで夫が主夫』『妻がパートタイムで夫がフルタイム』『妻がフルタイムで夫がパート』などどんな働き方でも、家事や育児は妻の負担が大きいです。これが台湾の少子化の大きな要因だと考えられます」(ユウ・ロォロン博士)
写真=iStock.com/y-studio
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■少子化解決への具体的アプローチ…逆説を解く鍵
この台湾の少子化問題改善には、少なくとも、①教育競争の緩和と多様なキャリアパスの創出、②「家族だけに頼らない介護」の仕組みの構築、③家庭内での役割分担を見直し、④安定した子育て支援政策を確立しなければならない。
台湾は「子供を大事にする」「お年寄りも大事」という美しい価値観を持ちながら、出生率0.89という深刻な少子化に直面している。この逆説を解く鍵は、「子どもを大切にする文化」を「子育て(する親)を社会全体で支える制度」へと発展させることにある。
日本も出生率1.20と厳しい状況にあるが、台湾との比較から学ぶべき点は多い。少子化は単なる個人の選択の問題ではなく、社会構造の問題である。子育ての喜びと負担を社会全体で分かち合う新たな社会モデルを構築できるかどうかが、東アジア全体の未来を左右するだろう。
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池田 和加(いけだ・わか)
ジャーナリスト
社会・文化を取材し、日本語と英語で発信するジャーナリスト。ライアン・ゴズリングやヒュー・ジャックマンなどのハリウッドスターから、宇宙飛行士や芥川賞作家まで様々なジャンルの人々へのインタビューも手掛ける。
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(ジャーナリスト 池田 和加)