関税交渉に臨む日本は戦略を学ぶべき…中国でもロシアでもない、トランプ大統領と対等に渡り合える国の名前
2025年4月28日(月)7時15分 プレジデント社
討論する自由党党首のカーニー首相(右)と保守党のポワリエーブル党首=2025年4月17日、カナダ・モントリオール - 写真提供=ロイター/共同通信社
■日本が「カナダ」から学ぶべきこと
米国トランプ政権の関税措置を受けた日米交渉が始まった。
前回、〈「日米同盟」を根本的に見直すタイミングが来た…「トランプ関税」が示した日本再興のために本当に必要なこと〉の記事でも述べたように、トランプ政権は、貿易、通貨、安保、産業、テクノロジーで米国が他国に負担を強いられてきたとの価値観を持っている。「相互関税」時代、日本はこれまでの米国依存から脱却し、より対等な関係に変えていく必要がある。
日本にとって、米国との関係は「守られることの安心」と「言いたいことを言えないもどかしさ」の両方を内包するものだ。戦後一貫して続いてきた日米同盟の恩恵は計り知れないが、時代は変わりつつある。米国とどう付き合うかを、より戦略的かつ主体的に考える時が来ている。本稿では、同じくG7であり米国の同盟国でもある「カナダの外交姿勢」を手がかりにしながら、日本がこれから進むべき方向性を提示する。
■トランプ大統領「カナダは51番目の州に」発言の真意
カナダの総選挙が4月28日に行われる。その最大の争点は、カナダを「51番目の州」と呼ぶドナルド・トランプ米大統領への対応だろう。
写真提供=ロイター/共同通信社
討論する自由党党首のカーニー首相(右)と保守党のポワリエーブル党首=2025年4月17日、カナダ・モントリオール - 写真提供=ロイター/共同通信社
トランプ大統領が「カナダは米国の51番目の州になるべきだ」などと語ったのは、一見突飛な発言に映る。しかし、その背景には、地政学、安全保障、資源、経済統合、さらには内政・外交パフォーマンスに至るまでの明確な戦略的意図がうかがえる。
まず、カナダを“取り込む”ことが米国にとってもたらす最も大きなメリットは、地政学的な安全保障圏の拡大である。北極海航路の管理権やNORAD(北米航空宇宙防衛司令部)を通じた北方防衛の強化は、対ロシアや対中国を念頭に置く米国にとって極めて重要な課題だ。カナダを含む北米大陸全体を自らの“内側”に取り込めるならば、その防衛ラインは飛躍的に強固になる。
また、カナダは世界有数の資源大国であり、特にアルバータ州のオイルサンドをはじめとする化石燃料、さらに豊富な水資源や希少鉱物など、国家安全保障と直結する戦略資源の宝庫と言える。カナダとの貿易やサプライチェーンがすでに太く結ばれている米国だが、もし統合されれば、それらを“国内資源”として扱えるようになる。エネルギー安保戦略が最重要課題の一つである米国にとって、この利点は計り知れない。
■単なるジョークや思いつきではない
そして、米中対立が長期化する中で、サプライチェーンの再構築を進める米国にとってカナダは「フレンド・ショアリング(友好国に限定したサプライチェーンの構築)」の中核パートナーである。自動車産業、航空機産業、林業など両国の産業構造は不可分に連なっており、完全に“取り込む”ことでさらに安定と強化を図りたいという思惑がある。トランプ氏独特の強引な表現の裏には、こうした深層の意図が透けて見える。
最後に、トランプ氏が国内向けに「米国拡張主義」を演出する意図を持っている点も見逃せない。支持基盤の保守層にとっては米国が世界を主導する物語が魅力的に映る。言葉の上では冗談めかしていても、政治パフォーマンスとして「米国が欲しいと言えば何でも手に入る」というイメージを示すこと自体が、トランプ流の政治手法なのだ。
こうして見ていくと、「カナダは米51番目の州に」という発言は決して単なるジョークや思いつきではない。資源、安全保障、サプライチェーンの最適化、国内政治向けのアピールを含む多層的戦略の表出であり、そこにはトランプ流の“交渉カード”としての挑発が込められているのである。
トランプ大統領=2025年4月8日(写真=ホワイトハウス公式写真、ダニエル・トロック撮影/Executive Office of the President files/Wikimedia Commons)
■米国に対して「強気に出られる=対抗できる」理由
カナダは、地理的にも経済的にも米国に近く、輸出の7割が米国向けという構造を持つ。しかし、それでもなお対米交渉で強気に出られるのはなぜか。その底には資源、国土、国民意識という複数のレジリエンス要因がある。
カナダは原油・天然ガスをはじめとする豊富な地下資源や水資源を自国内に保有している。食料自給率も200%を超え、エネルギーと食料の両面で自給自足可能な経済基盤を持つ。これは外交上の強いカードだ。仮に米国が圧力をかけてきても、「生命線を握られている」という感覚に陥りにくいのである。
また、国土の広さがもたらす空間的余裕は、資源と食料の裏付けと相まってカナダの強気を支えている。人口が分散し、生活基盤も豊富な自然環境に守られているため、国としての“追い詰められ感”が低い。これは長期的な戦略耐性に直結する。
■「ソフトパワー国家」としての強み
カナダ国民の政治参加意識の高さも重要である。米国との貿易摩擦や関税問題では、市民レベルで不買運動や旅行ボイコットが起こるなど、政府の外交方針に国民が自発的に声を上げて応援する文化がある。つまり、「政治家だけが対米交渉をしているのではない」という底力が機能しているのだ。
そして、カナダは国際社会で「穏健かつ信頼できる国」というブランドイメージを形成している。外交舞台で常に米国に追従するのではなく、国連やWTOの場では中立的調停者として振る舞う。そのため、仮に米国と対立しても国際世論の支持を得やすい。これは国力こそ米国に及ばなくても、国際協調や平和維持を重んじる「ソフトパワー国家」としての強みである。
要するにカナダは、「一方的に支配される構造」に陥らない強固な基盤を内側に持っている。資源力と空間的余裕、そして国民のレジリエンスが合わさって、彼らは「米国と対等に交渉し得る」という自信を持っているのである。
■カナダの「5ファクターメソッド分析」
ここでカナダという国の「何が強みで、何を大切にしているのか」を整理するために、筆者が提唱する「5ファクターメソッド(道・天・地・将・法)」の視点で俯瞰したい。これは、国家戦略などを読み解く際に、理念から制度までを一貫して捉えるための分析フレームであり、「孫子の兵法」の「五事」を現代マネジメントの視点から再構築したものだ。
筆者作成 Copyright © Michiaki Tanaka All rights reserved.
「道」:国家の志・哲学・存在意義(ミッション・ビジョン・バリュー)
カナダの「道」は、米国とは違う在り方を誇りとし、「良識ある国際社会の調停者」としての存在価値を掲げる。力ではなく品格と共感で国際的役割を果たす「ソフトパワー国家」としてのアイデンティティがある。多文化共生、公共医療、銃規制など「もう一つの北米モデル」を体現する社会制度を持つ。「小さな声を守る国家」として、倫理的中立と人道的価値を自認している。
「天」:外部環境・時流・タイミング戦略(環境変化への適応力)
米中対立、トランプ政権の関税政策など激変する外部環境に対して、反米ではなく「非米」としての自律的対応をとる。トランプ政権に対し独立性を堅持(関税への反発、米製品不買運動など)しており、「主権の一線を守る姿勢」を鮮明にするナショナリズムがある。天然資源、食料、広大な国土、国際評価の高さが、米国に対する「自主的戦略行動」の時間的猶予を確保している。
「地」:地理的優位性・国力構造・競争優位性
世界第2位の国土、圧倒的な資源力、自給自足できる食料安全保障を背景とした「追い詰められない地政学的立場」がカナダの土台にある。原油・天然ガス・鉱物・水資源を抱える資源大国(自立経済構造)であり、食料自給率233%という強みがある。国土の広さ=安全保障上の緩衝地帯、空間的レジリエンスがあり、米国との経済的相互依存構造により、強気な交渉も可能。
「将」:国家リーダーシップ・国民の主体性と結束力
対米従属ではなく、「自国の原則に基づくリーダーシップ」が国民に尊敬され、民主的成熟がそれを支えている。ピアソン、クレティエン、カーニーらに象徴される“反米的勇気”の系譜があり、市民が主体的に不買運動、旅行ボイコットなどを展開できる社会的結束力がある。「控えめさ」「礼儀」「冷静さ」を誇る市民性が、国家の「持続的品格」を支える。
「法」:制度設計・マネジメント・仕組み
多文化・多様性・包摂性を支える制度インフラこそが、カナダの国家的「法」=国家運営の仕組みとなっている。公共医療制度(ユニバーサル・ヘルスケア)と社会保障の普遍性や、移民・LGBTQ+・先住民などへの配慮と共生を実現する法制度群がある。NATOや国連での信頼性の高い制度的行動が、国際的評価を高めている。
■反米ではなく、「非米」のスタンスをとる
以上のように、カナダは自らを「小国」と位置づけることも、「超大国」と自任することもない。その一方で、“大国のかたわらで誠実に生きる穏健国家”としての自負は強い。カナダが見出す存在意義は、「力」ではなく「品格」と「共感力」にあると言えよう。
世界秩序の中での自らの役割を「国際協調と調停」として捉え、米国的な単独行動主義とは一線を画す。そのために厳格な銃規制や公共医療制度、多文化共生モデルを積極的に発信し、世界からは“もう一つの北米の在り方”として高い評価を得ているのである。静かだが確かな自尊心を軸に、「ソフトパワー国家」としての未来像を提示しているのがカナダなのだ。
これらの価値観は、声高な「反米」ではなく、自分たちはあえて違う道を選んでいるという「非米」のスタンスとして、カナダ人のアイデンティティに深く刻み込まれている。
写真=iStock.com/Darwin Brandis
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Darwin Brandis
■カナダ人が米国に対して持つ“劣等感”
一方で、カナダ人の米国観には、わずかながらの劣等感も滲んでいる。例えば、カナダの著名人が最終的に米国で成功する例が多いことや、国際的なインパクトの点でどうしても米国の“影”に隠れがちになることなどが挙げられる。
また、経済面でも輸出の大半を米国市場に依存し、「米国なしでは自国経済が成立しないのでは」という意識を拭えない層もいる。軍事面においても、NORADで対等な共同防衛を組んでいるとはいえ、米国の圧倒的軍事力がカナダを庇護している構図はある。
このような劣等感は、単なるコンプレックスではなく、「いかにしてカナダらしさを再構築するか」という静かな自己確認の源泉でもある。米国との距離の取り方を常に意識しながら、誇りと焦りの両方を内包するその感情が、カナダという国家の個性をかたちづくっている。
■ベトナム戦争やイラク戦争に一貫して「No」
こうしたカナダ人のアイデンティティ形成には、「米国とは違う存在」であろうとする歴史的な営みが深く関わっている。強大な隣国と地続きでありながら、あえて異なる価値観や政策を選択してきたことが、カナダの独自性を強固にしてきたのである。
過去にはベトナム戦争やイラク戦争への不参加を通じて、しばしば米国主導の軍事行動と距離を置く道を選んできた。これは「反米」の意図ではなく、カナダにとって正しい道を行くという意志の積み重ねだと言える。そうした選択の積み重ねこそが、「非米」というカナダらしさを国民の心に根づかせ、世界でも希少な「良識と調停の国」という評価を定着させる原動力となっている。
■同じG7、米国の同盟国でも大きく異なる
ここまで見てきたように、カナダと日本はともにG7であり、米国の同盟国でもあるが、米国との関係の持ち方や地理的条件、エネルギー構造はまったく異なる。以下にその違いを整理したい。
まず、安全保障構造の違いがある。カナダはNORADを通じて北米防衛を米国と共同運営しながらも、国内に米軍基地を恒久駐留させていない。一方、日本は在日米軍基地の存在が安全保障の中核をなし、防衛上、米国への依存が不可欠だ。カナダが対米関係である程度自律的に振る舞えるのは、軍事的にも自国のリソースを一定以上確保しているからでもある。
2024年2月5日、ピーターソン宇宙軍基地で行われたNORAD(北米航空宇宙防衛司令部)と米北方軍の合同司令官交代式(写真=ジョシュア・アームストロング、米国国防総省/PD US Military/Wikimedia Commons)
また、資源と食料の自給率が段違いである。カナダは原油・天然ガスから農産物まで内需を賄うだけの潜在力があり、米国頼みではないという自立感が外交の強さを生む。日本はエネルギーと食料の大半を海外に依存しているため、地政学的リスクを考慮するとどうしても米国との同盟を崩しにくい構造がある。
外交姿勢の自律性も大きく異なる。カナダは米国と価値観を共有しながらも、時に「No」を言える。一方、日本は歴史的にも地政学的にも日米同盟の維持が前提になりがちで、米国と異なる決断を打ち出すことに慎重である。これには国民の政治参加意識の違いも影響している。
■日本は米国にどう対峙、対応すべきか
では、日本は米国に対してどのような戦略をとるべきなのか。カナダとの比較から見えてくるヒントは多い。戦後一貫して続いてきた日米同盟がもたらす安心は大きいが、時代が変化する中で「どう付き合うか」を戦略的かつ主体的に考える必要性が高まっている。カナダの外交姿勢を手がかりにしながら、日本がこれから進むべき7つの方向性を示したい。
1.「意見を言える同盟国」になる
カナダは、トランプ政権下の関税攻勢に対し即座に報復関税を発動し、首相自ら明確なメッセージを示した。「守られているから沈黙する」のではなく、「守られていても主張はする」という姿勢をとったわけである。日本も同盟の枠組みを維持しながら、外交・安全保障・経済の各分野で日本としての評価軸を明確にし、必要に応じて戦略的に「No」を言う用意を整えていくべきだ。黙って従うだけでは、対等なパートナーシップとは言えない。
2.「非米」を恐れず、「自律領域」を増やす
カナダの外交的自立性を支えているのは、資源・食料・空間といった“自給自足力”だ。自前で賄える領域があるからこそ、対米交渉でも強気に出られる。日本の場合、再生可能エネルギーや水素、原発の再活用、あるいはスマート農業や地産地消といった分野を育成することで、「米国に頼らなくてもできること」を増やす必要がある。それが外交の選択肢を広げ、自国にとって譲れない一線を守るための基盤となる。
2025年4月16日、大統領執務室で赤澤経済再生担当大臣とトランプ大統領が会談した(写真=ホワイトハウス公式写真、モリー・ライリー撮影/Executive Office of the President files/Wikimedia Commons)
■外交を強くするための柱とは
3.「主権」と「誇り」を国民と共有する国家へ
カナダでは市民が政府の対米政策に積極的に意見を表明し、不買運動や旅行ボイコットなどの形で政治を後押しする文化が根づいている。一方、日本では外交は政府に“丸投げ”されがちだ。安全保障や貿易交渉を自らの問題として捉え、国民的合意形成を図るプロセスを整備することが求められる。市民が「主権」と「誇り」を共有し、政府とともに対米政策の方向性を考える。その仕組みこそが、日本外交を強くする大きな柱になるだろう。
4.「制度力=国の競争力」という発想を持つ
カナダは公共医療制度や銃規制、多文化主義といった制度を通じて国際的信頼を獲得してきた。制度は国の価値観を体現し、それ自体が外交力の源となる。日本も環境政策、ジェンダー平等、デジタル安全保障、福祉制度などで「世界に認められるモデル」を打ち立てれば、米国を含む国際社会に対してより強い発言力を持つことができる。いわば「制度力=国の競争力」という発想を育むべきだ。
■日本の「美徳」は大きな強みになる
5.「静かな自尊心」を軸にする
カナダは、米国と違う点を声高に主張するのではなく、「静かな誇りとレジリエンス」で存在感を示している。日本も、大国のように振る舞う必要はないが、自らの価値観や原則を誠実かつ品格ある形で発信し続けることが重要だ。声高ではなくとも、日本らしい落ち着いた自己主張を行う姿勢は、国際的な信頼を得やすい。外交での「静かなる自尊心」は、長期的にみれば大きな力となるだろう。
6.「多国間・多チャンネル」の戦略を採る
カナダは、米国と対立する局面でもEUやイギリス、フランスなどと連携することで柔軟性を確保してきた。日本も、米国一極依存を脱却し、ASEAN、インド、オーストラリア、EUといった多様なパートナーと経済や安全保障で連携を深める必要がある。米中以外の世界とのつながりを強化することで、日本外交はより安定し、自律性を高められるはずだ。
7.「国家像」を再定義し、世界に発信する
カナダは長く「米国とは違う」という軸で自国を定義してきたが、これは単なる“反米”ではなく、自己定義の戦略でもある。日本の場合、同調を通じた一体化ではなく、何を「日本らしさ」として世界に示すかを改めて言語化していく必要がある。製造業だけでなく、「持続可能性」「共生性」「細やかさ」「慎重な合理性」といった美徳は日本の大きな強みだ。それらを米国の延長ではなく「日本独自の価値」として世界にアピールすることが、自律的な外交の第一歩になるだろう。
写真=iStock.com/pigphoto
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■「自分はどうありたいか」を問い直す
カナダは「静かな誇りとレジリエンス」で米国と向き合い、“非米”を恐れない姿勢によって国際社会から認められてきた。一方、日本は“被保護国”としての安心を享受し続ける代わりに、主体的な対米姿勢を育む機会を逸してきた部分がある。日本はカナダにはなれない。その必要もない。だが、カナダの思想や哲学、設計思想から学べることは数多くある。
国際情勢が激変するいまこそ、カナダ的な「自立した友好国」の在り方に学び、上記7つの方向性を手がかりとして外交戦略を再構築するときではないだろうか。最終的に問われるのは、「自国の原則と価値観を明確にし、必要に応じて“言うべきことを言う”準備があるかどうか」である。その第一歩は、「自分はどうありたいか」を問い直すことなのかもしれない。
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田中 道昭(たなか・みちあき)
日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント
専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。
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(日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント 田中 道昭)