トランプ大統領は日本を「国」として認めていない…自国の防衛をアメリカに頼る日本が中国の配下になる日
2025年4月28日(月)14時16分 プレジデント社
首脳会談で握手を交わす石破首相(左)とトランプ米大統領=2025年2月7日、ワシントンのホワイトハウス - 写真=共同通信社
写真=共同通信社
首脳会談で握手を交わす石破首相(左)とトランプ米大統領=2025年2月7日、ワシントンのホワイトハウス - 写真=共同通信社
■第二次トランプ政権発足前に中国軍の動きが変わった
(前編から続く)
——第二次トランプ政権の発足後、欧州各国は「アメリカは同盟国を守る気がないのでは」という意識から、かなり活発に動き始めています。中国はこうしたアメリカの動向をどのように見ているのでしょうか。
【小原】中国もトランプ大統領が言った通りのことをやるとは思っていないので、出方をうかがっている状況だろうと思います。
以前からアチソンライン(アメリカのアチソン国務長官が1950年1月に宣言した防衛ライン)が朝鮮半島の東側、台湾の東側に引かれ、朝鮮半島有事や台湾有事にアメリカは干渉しないのではないかという議論はあるのですが、仮にトランプが「関与しない」と言っても、それが本当かどうかは分からない。
中国としては「本当に関与しない」ことを担保したいので、その確認のための行動を取っている状況でしょう。
2024年末から、中国は軍の動きをガラッと変えています。燃料や物資の補給に関してシステムをかなり改修しているし、以前は実施前に演習名や実施区域などを公表・通告していましたが、やめてしまいました。
中国は2025年2月に、オーストラリアとニュージーランドの間にあるタスマン海で実弾演習を行いましたが、事前通告せず、民間航空便に大きな影響が出ました。
また、4月1日、2日に行った演習は「海峡雷霆2025A」と名付けられましたが、中国国防部は、この演習は二日目だけだと発表しました。これは「中国はいつでも柔軟に動くことができる」ことを示しているとしています。
■わざと批判をあびる行動をとる中国
——通告なしの演習が行われたことに対し、オーストラリアとニュージーランド政府が懸念を表明しました。中国は「それぞれの国にそれぞれのやり方がある」と意に介さない姿勢を示しています。
【小原】中国は相手を驚かせて批判されればされるだけ、中国が大国であることを誇示し、アメリカに認めさせることができると考えているのではないかと思います。
私が小泉さんと始めた民間インテリジェンス組織であるDEEP DIVEとしては、中国が動き出す前の段階で、中国がどの海域で、どの程度の規模の演習を行うかを察知して、お知らせしたいと思っています。
DEEP DIVEのホームページ
まず私と小泉さんの知見を活かし、得た情報を分析します。さらに、衛星画像を公開し、多くの方から「ここでも何かが起きている」「今回は前回とこういうところが違う」と指摘してもらうことで、いろいろな情報が集まることを期待してもいます。
【小泉】中国船が活動を始める際には燃料を補給したり、様々な物資を積み込むのですが、食糧にしても弾薬にしても、どのくらいの量を積んだら何日活動できるのかというのは、いわゆる補給長のような任務についてきた人、つまり「同業者」でないとわからないことがあるんですよね。
難しいのは、動き出した時点ではあくまでも演習なのか、威圧のためのものなのか、戦争準備なのかという区別がつかないことです。しかし本当に中国の戦争のやり方がわかっている人が見た場合、こけおどしなのか本気なのかはある程度、区別がつく。
■専門家が「最も怖い」と考える瞬間
【小泉】ロシアの場合でも、ウクライナ侵略前のロシア軍は今までと違う、これまでの演習では一度も見たことがない動きをしていたことは明らかでしたから。
最終的にやるかやらないかは、プーチンと同様、習近平にしか分からないことですが、「普段と違うことをしている」ところまではウォーニングを出せると思うんです。
それが注意喚起レベルなのか、台湾にいる駐在員を脱出させる段階なのかというところまで踏み込むことができれば、DEEP DIVEが仕事をしたと言えるだろうと思います。
撮影=プレジデントオンライン編集部
小原凡司さん(右)と小泉悠さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部
——実際のところ、台湾有事の危険性はどの程度高まっているのでしょうか。
【小原】台湾の頼清徳総統は中国を「境外の敵対勢力」と呼んで警戒を強めており、台湾内のいわゆる親中派を根こそぎ断とうとしています。一方の中国も黙っているわけにはいかない。国民からも「台湾分離独立主義者(頼清徳総統)に勝手をさせていいのか」と言われてしまいますから。
そこで中国は軍事演習などを行うのですが、これが当初から計画されたものなのか、台湾やアメリカ台湾政策の動きに対する対抗としてやっているのか、どちらの面からも見る必要があります。
計画通りにステップアップさせている間はいいのですが、実際には「これ以上圧力をかけられない」というところまで来ているのに、国民から「なぜもっと圧力をかけないのか」と言われるかもしれません。その時が本当は一番怖い。
■台湾の人が望んでいること
【小原】中国は「台湾の『独立』は許さない」と言いますが、台湾の人たちからすれば「何から独立するんだ、あくまでも現状維持だ」「自分たちは台湾であって中国とはそもそも別だ」と考えています。
特に若い人たちは台湾生まれ台湾育ちですから、「独立するかどうか」という以前に、当然に「台湾人である」という認識です。
【小泉】一方で中国は「台湾独立は絶対許さない、武力を使ってでも統一する」と言っている。中国側の方がずっと台湾に執着があるということですよね。
【小原】中国は2045年までに台湾を統一しなければならないと考えています。そうでないと、国家として完成しないのだ、と。国共内戦が起き、国民党が台湾に逃げてしまったので、ここを何とかしなければならない。そうでないと、国家としての正統性(レジティマシー)が保てないと考えているのです。
写真=iStock.com/rarrarorro
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/rarrarorro
——アメリカが頼りにならない時代になって、日本社会も主体的に安全保障政策がどうあるべきかを考えていかなければならない状況になっています。
【小泉】国防って国家の防衛でもあると同時に、国民の防衛でもあるんですよね。国家の防衛については市ヶ谷の防衛省の中でやることかもしれないけれど、国民の防衛については、私たち自身も何かをやるべきなんだろうと思います。
■「大文字の安全保障」と「小文字の安全保障」
【小泉】2020年のイージスアショア問題(※)の際にラジオ番組で、安全保障には「大文字の安全保障」と「小文字の安全保障」があるという話をしました。
例えば、北朝鮮のミサイルに対応するために秋田にイージスアショアが配備されるのは必要であり、住宅地に迎撃ミサイルSM3のブースターが落ちてくると言っても「ミサイルで攻撃を受けている時にブースターを気にしている場合か」となるのが大文字の安全保障です。一方、小文字の安全保障として見た場合には、自分の家がブースターに押しつぶされるかどうかは大問題です。
あるいは沖縄の先島諸島が戦地になりそうだから住民退避を、という大文字の安全保障としては正しい対応も、住んでいるところを離れなければならない人たちから見える小文字の安全保障としては、「逃げろ」というだけでは納得しかねるのも分かります。
これをどうしたらいいのか。その先がなかなか思いつかなかったのですが、まずは自分たちでやってみようじゃないかと。
※ 建造に約4500億円の巨費が見込まれた新型迎撃ミサイルシステム「イージスアショア」。“日本全域を24時間365日、切れ目なく防護する”という触れ込みの「陸の盾」だったが、2020年6月に政府はその配備を事実上撤回した。
■日本が何もしていないのに相手が動く可能性
——国では詳細な情報はあまり出せないために、上段からの「国民への命令」になってしまいます。一方、民間のインテリジェンス機関であれば、公開情報である衛星画像などから「危険が迫っている」と示すことができる。それなら住民も自分なりに納得したうえで判断できる材料になりますね。
【小泉】DEEP DIVEで少しずつでもみんなでお金を出して、何らかの兆候をつかみ、住民に対して確実に退避できるリードタイムを稼げるような、早めの警告を発することのできる仕組みを構築したい。
まずはこれを提示してみて、もしそれも「大文字の安全保障だ」というなら、では「小文字の安全保障」として、他にどんなものがあり得るかを改めて話し合えればいいのではないでしょうか。
【小原】個人の視点で見る限り、個人の生活がやはり一番大事なので、「国を守るためだ」「地域の安全と平和のためだ」と言われても、自分の生活が脅かされるとなれば響かないのは当然です。
「なぜ、国や地域という大きな範囲のために、自分だけが犠牲にならなければならないのか」という議論になりますから、この視点を変えることは難しい。視点が違うと議論にならず、どこまでも平行線になってしまいます。
しかし、「もしそれをしなければどうなるのか」という視点は提供したい。また、過去から積み上げてきた情報を、根拠を持って示すことで「日本が何もしなかったとしても、相手が動くことはある」ことを議論の軸に据えることができます。
撮影=プレジデントオンライン編集部
DEEP DIVEの目下の課題は事務所探しという。「赤坂付近が希望ですが、なかなかいい物件がなくて」(小泉さん) - 撮影=プレジデントオンライン編集部
■有事を煽りたいわけではない
【小原】難しいのは、我々が「危険な兆候がある」と言っても、それは台湾有事をことさら煽りたくて言っているんじゃないか、マッチポンプじゃないかと言われてしまうことです。
台湾にしても、自ら危機を叫んでも「助けてほしくてわざと大げさに言っているんじゃないか」と言われてしまうのが、国際社会の通例です。だからこそ、衛星画像を一例として、客観的に判断できる根拠を示す必要がある。根拠を示して、みんなで検証できる情報で議論する必要があるのです。
【小泉】そもそも日本の軍事力強化に警戒的な人は、「日本は軍事的なもの全てから距離を置くべきだ」という強い信念を持っていますよね。だから沖縄に米軍基地があってはならないし、日本自身が軍事的に強力な備えを持つことも許さない。
こうした「べき論」を持つ人に対して、客観的な証拠を示せば納得してもらえるかというと、なかなか難しいのは確かでしょう。ただ、そこで罵り合いを始めてしまうと収拾がつかなくなる。「意見は違うことは承りました。そのうえで議論しましょう」という姿勢だけは崩してはいけないと思っています。
■トランプが考える「国」とは
——DEEP DIVEに多くの支援が集まったのも、トランプ政権の発足とともに日本をめぐる安全保障環境や、国際秩序のあり方が大きく変わることを感じ取ってのことではないかと思います。
【小原】中国もそうですが、アメリカも大国間のゲームで今後の世界秩序を決めていこうと思っているし、ロシアも大国側に入っている限りにおいてはその方向に乗っていたいのでしょう。
その点で、中国の対アメリカ認識は変わっていません。グリーンランドの領土を得たいというトランプ大統領の主張にしても、中国は「アメリカは以前からそういう国だった」と思っているでしょう。
国際協調だとか、国際法などのオブラートに包みながらも、アメリカは本音のところではそうした枠組みにとらわれず、自国の持てる力を使って国家目標を追求してきた。中国も同様で、大国である中国は周囲からもそう認められてしかるべきだと考えてきた経緯があります。
トランプ大統領も中国も、今後の世界秩序は大国間で決めるべきだと考えています。日本を含む他の国は、自国の安全保障すらままならない。自分の主権を自分で守れずに他国に頼るような国は、そもそも「国」ではなく、主権維持を全うできる国こそが国だという意識は、米中だけでなくロシアも変わりません。
■残された時間はあと20年ほどしかない
【小原】しかしこうしたことを私たちが「その通りだ」と認めてしまえば、いよいよそういう世界になってしまいます。ですから、「どの国も十分配慮されなければならないだけの力を持っています」と自ら示さなければなりません。
【小泉】中長期的に見た場合、アメリカがアジアから退いて行くという流れはもう止まらないでしょう。早くもオバマ政権時には「世界の警察官をやめる」と宣言していますし、もっとさかのぼれば、冷戦期から「アメリカはアジア防衛から退いて行く」意向を持ち始めていたと指摘するアメリカ研究者の見解もあります。
太平洋の向こうにまでアメリカがプレゼンスを持ち続けることを、アメリカは長く重荷に感じていたのでしょう。それがいよいよ第二次トランプ政権になり、乱暴な形で表明されているだけで、この先にどんな大統領が出てきたとしてもこの流れが変わる感じはしないんですよね。
となれば、21世紀の半ばくらいまでに、日本は本当にアメリカの力なしで自国の防衛と抑止を全うしなければならなくなります。このタイムスパンでも私はちょっと遅いぐらいだと思いますが、2050年頃までにはそうなると考えたときに、民間インテリジェンス組織であるDEEP DIVEが役割を果たせる存在でありたいと思っています。
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小原 凡司(おはら・ぼんじ)
笹川平和財団上席フェロー
各種メディアで情報発信している安全保障、中国の軍事問題の専門家。1985年防衛大学校卒業、1998年筑波大学大学院修了。1985年海上自衛隊入隊後、回転翼操縦士として勤務。2003〜06年駐中国防衛駐在官。2006年防衛省海上幕僚監部情報班長、2009年第21航空隊司令、2011年IHS Jane’sアナリスト兼ビジネス・デベロップメント・マネージャー、2013年東京財団研究員を経て、2017年から笹川平和財団上席研究員。著書に、『中国の軍事戦略』(東洋経済新報社)、『世界を威嚇する軍事大国・中国の正体』(徳間書店)、『何が戦争を止めるのか』(ディスカバー・トゥエンティワン)などがある。
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小泉 悠(こいずみ・ゆう)
東京大学先端科学技術研究センター准教授
1982年、千葉県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、未来工学研究所客員研究員などを経て、2022年1月より現職。ロシアの軍事・安全保障政策が専門。著書に『「帝国」ロシアの地政学』(東京堂出版、サントリー文芸賞)、『現代ロシアの軍事戦略』(ちくま新書)、『ロシア点描』(PHP研究所)などがある。
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梶原 麻衣子(かじわら・まいこ)
ライター・編集者
1980年埼玉県生まれ、中央大学卒業。IT企業勤務の後、月刊『WiLL』、月刊『Hanada』編集部を経て現在はフリー。雑誌やウェブサイトへの寄稿のほか、書籍編集などを手掛ける。
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(笹川平和財団上席フェロー 小原 凡司、東京大学先端科学技術研究センター准教授 小泉 悠、ライター・編集者 梶原 麻衣子 インタビュー、構成=ライター・梶原麻衣子)