なぜ中国はパンダを日本に送らなくなったのか…「1年後はパンダゼロに」悲しみの声を無視する習近平主席の思惑
2025年4月29日(火)9時15分 プレジデント社
和歌山のパンダ返還は中国でも報じられた(中国の看看新聞のSNSより) - 筆者提供
■突然の知らせに悲しみの声が…
4月24日、和歌山県白浜町のレジャー施設、アドベンチャーワールドにいる4頭のジャイアントパンダ(以下、パンダ)が中国に返還されることが決まった。ちょうどGWの連休に入るタイミングだったこともあり、同施設には大勢の観光客が押し寄せ、突然のパンダの返還決定を残念がった。
今津孝二園長は報道陣の取材に対して「契約満了なので、致し方ない。中国に戻っても元気で、と伝えたい」と語ったが、人口2万人弱の白浜町の観光産業にとっては大きな痛手であり、日本中のパンダファンにとってもショッキングな出来事だ。
帰国が発表されたのは、良浜(らうひん)(24歳)、結浜(ゆいひん)(8歳)、彩浜(さいひん)(6歳)、楓浜(ふうひん)(4歳)で、いずれもメス。帰国の理由は、日中双方による「ジャイアントパンダ保護共同プロジェクト」の契約期間が今年8月で満了になるためだ。暑さに弱いパンダの体調に配慮して、前倒しして6月末にも返還される見通しだという。展示は帰国ぎりぎりまで行われる予定で、見送りイベントの実施も予想される。
良浜は高齢に差しかかっているので、パンダの医療体制が整っている四川省の環境で静かに過ごし、結浜など3頭は、将来の繁殖を目指し、パートナーを探すことになるという。
筆者提供
和歌山のパンダ返還は中国でも報じられた(中国の看看新聞のSNSより) - 筆者提供
■「パンダの贈呈」が始まったのは80年以上前
これにより、現在、日本にいるパンダは上野動物園にいるシャオシャオ(暁暁=3歳)とレイレイ(蕾蕾=3歳)の2頭のみとなるが、この2頭も契約により来年2月の返還が決まっており、その後、もし中国から次のパンダが来なければ、日本にいるパンダはゼロになってしまう。日本側はオスの貸与を熱望していたとの報道もあるが、それは叶わなかった。
今回の動きについて、中国側に何らかの思惑があるのだろうか。返還が発表された当日、中国メディアを見てみたが、大きな扱いではなかった。中国にとっては国外に数多くいるパンダのうちの4頭なのかもしれない。筆者はパンダ専門家ではないが、日中関係の歴史や、米中関係などを見ながら、考えてみたい。
かなり古い話になるが、四川省の山中(現在の雅安市)でパンダが「発見」されたのは1869年、布教活動をしていたフランス人宣教師による。以後、各国の探検家から注目を集め、パンダの希少価値や人気に目をつけた中華民国(当時)政府が、1941年、日中戦争の際、欧米の協力をとりつけるという政治的な意図をもって米国に贈呈したのが「パンダ外交」の始まりだといわれる。以後、中国は世界各国に中国固有の動物、パンダを送ってきたという歴史がある。
■パンダと政治は切っても切り離せない
日本とパンダとのつながりは1972年10月にカンカン(康康)とランラン(蘭蘭)がやってきたことからだ。同年9月の日中国交正常化のすぐあとで、「中国から日本への贈り物」だった。日本中の人々が、初めて見るその愛らしい姿に熱狂し、パンダフィーバーが巻き起こった。筆者も幼い頃、上野動物園で長い行列に並び、ほんの「一瞬だけ」カンカンとランランを見た記憶がある。
当時、日中関係は非常に良好で、70年代から80年代は「日中友好」ブームに沸いていた。今思えば、貴重な時代だったといえるが、それを象徴したのがパンダフィーバーだったといってもいいかもしれない。
というのは、家永真幸『中国パンダ外交史』(講談社選書メチエ)によると、パンダと国家間の関係には深いつながり、相関関係があるからだ。ランランが死んだあと、上野動物園は80年にホァンホァン(歓歓)を迎えた。これは79年末に大平正芳首相(当時)が訪中し、対中ODA(政府開発援助)を発表したあとだ。もしかしたら、その「返礼」という見方もできる。
■「パンダゼロ」=日中関係の冷え込み?
さらに、カンカンが急死すると、日中国交正常化10周年に当たる82年に趙紫陽国務院総理(当時)が訪日し、新たにフェイフェイ(飛飛)が贈呈された。その後、ホァンホァンとフェイフェイの間に生まれたトントン(童童)の人気が出て、再びパンダブームが到来した。92年には日中国交正常化20周年を迎え、天皇皇后両陛下(現在の上皇、上皇后両陛下)の訪中が実現。だが、トントンや92年に迎えたリンリン(陵陵)が死ぬと、上野動物園は一時「パンダゼロ」となった。
日本に次々とパンダが贈られた時期は、日中関係が良好なときであるのに対し、「パンダゼロ」の時期の日中関係はあまり良好とはいえない。同著によれば「新たなパンダが来るか否かは、日中関係の行き先を占う試金石」とある。そう考えると、今回の和歌山の4頭返還も、日中の政治的な状況が無関係ではないのでは、とも思えてくる。
撮影=プレジデントオンライン編集部
朝ごはんを頬張りながら母親とじゃれあうシャオシャオとレイレイ=2023年2月、上野動物園 - 撮影=プレジデントオンライン編集部
■「浜家」という一大ファミリーを育ててきたのに…
一方、贈与か、貸与かについても、同著に説明がある。アドベンチャーワールドには94年に初めてのブリーディングローン(繁殖貸与)制度でエイメイ(永明)とヨウヒン(蓉浜)がやってきた。以来、和歌山では繁殖に成功し、現在までに12回の出産が行われ、17頭が育った。「浜家(はまけ)」というファミリーの名称をつけられるほど親しまれてきたが、和歌山の環境がいかにすばらしく、いかに日本人が慈しんで育てても、所有権はあくまでも中国側にある。
写真提供=共同通信社
竹を食べるジャイアントパンダ「結浜」=2025年4月24日午後、和歌山県白浜町のアドベンチャーワールド - 写真提供=共同通信社
日本に限らず、1984年以降、中国から海外に渡ったパンダは贈与ではなく、繁殖研究のための貸与となった。中国は1981年にワシントン条約に加盟、頭数が減少していたパンダも84年にワシントン条約の最も絶命の危機に近い附属書Iに分類され、商業的な取引が原則禁止となったことが理由だ。中国が最後に海外に「贈与」したパンダは1982年に上野動物園に来たフェイフェイだ。
こうした経緯から、和歌山のパンダも期限が来たら中国に返還しなければならないということであり、両国の合意に基づくものだが、前述のように、パンダは国家関係を図る一種のバロメーターでもある。もし国家関係が良好であれば、すぐに次のパンダが貸与されるという可能性もある。東京都や和歌山県、あるいは他の地方が次のパンダの貸与に向けて交渉しているともいわれているが、現在のところ、新たな貸与は決まっていない。
■関係を改善したい中国からの“サイン”であることも
前述のように、08年にリンリンが死んだあと、日本は「パンダゼロ」となったが、同著によれば、08年は胡錦濤国家主席(当時)が来日したものの、即、パンダを貸与するという話にはならなかった。同著によると、日本で中国製冷凍餃子事件が起きたり、チベットで独立を求めるデモが発生したりしたこともあり、日本側に歓迎ムードはなく、日本人の中国不信が高まっていた時期だったからだ。しかし、紆余曲折の末、石原慎太郎都知事(当時)は中国側との交渉に合意。2011年にようやく中国からシンシン(真真)とリーリー(力力)が来日した。
時期的には尖閣諸島沖で中国漁船と日本の海上保安庁の巡視船が衝突した事件の5カ月後であり、良好どころか関係は冷え込んでいたが、パンダの来日は実現した。ふたを開けてみれば、パンダ好きな日本人は日中関係など政治問題とは切り離して、パンダの来日を喜んだ。つまり、このような事例も過去にあったということであり、後から考えると、パンダの貸与は日中関係を改善したいという中国側が送った「サイン」だったという受け取り方もできる。
■日本の対応を“様子見”している?
では、現在の情勢はどうだろうか。米中対立の最中の24年10月、中国は米国・ワシントンの動物園に2頭のパンダを貸与した。その約1年前に3頭が中国に返還されて以降、米国にはパンダがいない状態だったが、23年11月に習近平国家主席が米国を訪れた際、再びパンダの貸与について話が進み、2頭が送られることが決定した。
中島恵『日本のなかの中国』(日経プレミアシリーズ)
今年1月、トランプ大統領が就任して以降、トランプ関税の問題で米中間はさらに対立の度合いを深めているが、日本に対する中国の態度は、米国との関係を日本がどうしていくのかうかがっているとの見方もできる。
いずれにしても、パンダを貸与するかどうかは中国側に決定権があるということに加え、米国の事例のように、習近平国家主席が訪日すれば、トップダウンで話が一気に進むのではないか、と考えることもできる。「パンダゼロ」を避けたい日本側としては粘り強く交渉するしかないといえそうだ。
カンカン、ランランの来日から50年以上が経過した。日中関係は国交正常化後の十数年間を除いて、長いあいだ良好とはいいがたい状態が続いているが、日本人のパンダ愛は冷めることがない。2017年、リーリーとシンシンの間に生まれたシャンシャン(香香=8歳)が23年2月、大勢のファンに見送られながら中国に返還されたことを記憶している人も多いだろう。シャンシャンのように、かわいらしいパンダが再び日本にやってくる日を多くの日本人は待ち望んでいる。
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中島 恵(なかじま・けい)
フリージャーナリスト
山梨県生まれ。主に中国、東アジアの社会事情、経済事情などを雑誌・ネット等に執筆。著書は『なぜ中国人は財布を持たないのか』(日経プレミアシリーズ)、『爆買い後、彼らはどこに向かうのか』(プレジデント社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか』(中央公論新社)、『中国人は見ている。』『日本の「中国人」社会』(ともに、日経プレミアシリーズ)など多数。新著に『中国人のお金の使い道 彼らはどれほどお金持ちになったのか』(PHP新書)、『いま中国人は中国をこう見る』『中国人が日本を買う理由』『日本のなかの中国』(日経プレミアシリーズ)などがある。
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(フリージャーナリスト 中島 恵)