日本の1次産業を守るバーベキュー

4月30日(月)6時0分 JBpress

農家のこだわりの食材を使ったバーベキュー(写真提供:みやじ豚、以下同)

写真を拡大

 現代の日本には、社会が抱える課題の克服に使命感を持ち、その実現のためにイノベーティブな取組みを行う人々がいる。ソーシャルアントレプレナーと称すべき人々である。

 10年余にわたって「1次産業を、かっこよくて感動があって稼げる3K産業にする」活動に邁進してきたみやじ豚(神奈川県藤沢市)代表取締役の宮治勇輔氏(39)は、さしずめその代表格のひとりであろう。様々なメディアに取り上げられ広く知られる宮治氏であるが、氏の赤裸々な思いを3回に分けて詳述したい。


農家を継いだこせがれに“武器”を渡す

 宮治氏は神奈川県藤沢市で養豚業を営む家に生まれ、慶応義塾大学卒業後、サラリーマン生活を経て家業を承継。実家の豚肉を、全国でも稀有な(地域名でなく)個人名を冠した「みやじ豚」としてブランド化することに成功した。

 その一方で、かつて自分自身がそうであったように「もう農業じゃ食えねえから東京に出て働け」と父親から言われて育った“農家のこせがれ”が日本各地にいるのではないかと考え、農業の魅力と可能性を伝え農家になる支援を開始する。NPO法人「農家のこせがれネットワーク」の活動である。

 それから10年。「こせがれをその気にさせる、もしくはその気になっているこせがれの決意を固める活動でしたが、“継いだ後は自己責任”ということで本当に良いのかという思いがありました。そこで、農家に戻るこせがれに“武器”を渡すことができれば心強いのではないかと考え、新たな取組みを開始することにしたのです」。

 それが、農家のこだわりの食材を使用した「屋上バーベキュー」である。元ヤフーのウェブマーケッター小澤亮氏とファーマーズバーベキューという会社を立ち上げ、まずは2018年4月から東急百貨店・吉祥寺店の屋上で定期開催している。

「小規模な生産者は生産だけで手いっぱいなので、マーケティングやブランディングまでは手が回りません。それを支援する場として、屋上バーベキューを行うことにしました。お客さんたちに生産者の存在を知ってもらい、ファンになってもらうと同時に、それを契機に生産者と百貨店とのアクセスができ、継続的な取引関係に結びつくことも期待しています」「ゆくゆくは47都道府県で、それぞれの地域の特性を生かしたバーベキューができるとよいなと考えています」と宮治氏。

 日本各地の農業生産者の支援に傾注する宮治氏であるが、なぜそこまで打ち込むのか? 実はその背景には、日本の農業はもとより1次産業全般に破滅的な危機が迫っているという切迫感があった。


日米FTAは日本の1次産業に何をもたらすか?

 米国のトランプ大統領は、日本との二国間FTA(=自由貿易協定)締結に意欲を燃やしているとされる。今のところ、日本側は拒否の姿勢を示しているが、今後の見通しは不透明である。もし、締結の運びとなった場合には何が起きるか?

「NAFTA(=北米自由貿易協定、米国・カナダ・メキシコが加盟)の事例を見れば分かります。NAFTA締結により、米国の農業界は多額の輸出補助金を背景に、メキシコに安価なトウモロコシを大量に輸出。メキシコの零細なトウモロコシ農家は軒並み倒産し、彼らは安い労働力となって米国に流れ込みました。その数はメキシコの総人口の約 10%,経済活動人口の約30%に匹敵すると言われています。その結果、米国の労働者約500万人が職を奪われ失業。それに怒ったトランプ大統領がメキシコとの国境に壁を作ると言い出したわけです」

 筆者自身も、民主党政権時代の農水大臣でTPP交渉の矢面に立った山田正彦氏からこのNAFTAの事例を直接聞いたことがある。米韓FTAでは韓国の養豚業者の7割が倒産したという。「食料は最も安い武器」と位置付けるのが米国の戦略だというが、FTAの破壊力は凄まじい。

 日米間で仮にFTAが成立したとき、全国レベルのブランド力を持たない小規模な生産者たちがメキシコのトウモロコシ農家のようにならないためにはどうすればよいのか?

 有力な策の1つとなるのが、「ユーザー(=生活者)との直接的かつ強固な結びつき」である。米国産の安価な商品に流れることなく積極的に購入してくれるファン層の存在と言い換えても良い。

 こうした策は、実はFTA以上にTPP発動時への対応として有効なのである。


TPP時代の1次産業と生活者のサバイバル術とは

 米国の離脱後、日本が主導する形で、11カ国でスタートするTPPだが、ある規定が盛り込まれるのではないかと懸念されている。それは「一次産品の原産地表示禁止」だ。原産地によって差別を行うのは非関税障壁に当たるというのが規定の根拠である。

 南魚沼産コシヒカリ、八女茶、松阪牛、沖縄あぐー豚、関鯵・関鯖、利尻昆布など日本各地にはその土地ならではの1次産品の名品が存在し、それが地域経済を支え、日本国民の食生活を豊かなものにしている。ところが、原産地表示が禁止されると、市場に流通する1次産品から南魚沼、松阪などの表示が消えることになる。そうなれば、もちろん「みやじ豚」を名乗ることもできなくなる。

 宮治氏も表情を曇らせる。「“大丈夫、そんなことにはならない”と楽観視する人々もいます。しかし、“大丈夫”と保証できる根拠は不明確ですし、そうであるならば、原産地表示が禁止となることを前提として、それでも生き残っていける仕組みをつくる必要があります」

 たしかにその通りだろう。TPPは基本的に秘密協定であり、施行後4年間はその内容を公開できないことになっており、原産地表示がどうなるかを事前に知ることはできないからだ。

 市場に出所不明の1次産品が流通するようになれば、生活者の購買行動における判断材料は「価格」と「見た目」以外なくなる。よほどの目利きであれば別だが、大多数の人々は価格の低さを購買の基準とせざるを得ない。各地の地域ブランドは価格競争によって駆逐され衰退していくことになろう。

 こうした状況下において、地域ブランドが生き残るためには、FTA対応同様に、個々の生産者ができる限り多くのユーザーとダイレクトに結びついていることが必須の要件となる。宮治氏が各地の志の高い生産者たちを糾合してファーマーズバーベキューをスタートさせた背景には、TPP時代に向けて生産者とユーザーを結びつけていく狙いもあったというわけだ。

 宮治氏の取り組みは、もちろん、我々一般ユーザーにとっても、大いにメリットがある。肉であれ野菜であれ、各地の生産者と直接的な関係性を築いておけば、TPP時代になっても、生産者から個人的に直接取り寄せることで、安心・安全かつ高品質な食材を日常的に確保し続けることができる。飲食業界にとっても同様だ。高品質かつブランド力のある食材をコンスタントに確保できるかどうかは集客を大きく左右する。

 しかし、果たして時間的に間に合うか? 事態は切迫している。

 日本の1次産業、そして日本の食を守ろうと奔走し続ける宮治氏。そもそも、どのような経緯で家業を承継したのか? 次回はそれを明らかにしたい。

◎シリーズ「商いの原点」の記事一覧はこちら

筆者:嶋田 淑之

JBpress

「バーベキュー」をもっと詳しく

「バーベキュー」のニュース

トピックス

BIGLOBE
トップへ