だからバスを乗り継ぎ週4日8時半出勤でモップをかける…92歳の現役マッククルー「民ちゃん」が語る働く理由

2025年5月1日(木)7時15分 プレジデント社

撮影=プレジデントオンライン編集部

「老後も元気に、ヨボヨボにならずに暮らしたい」と多くの人が願うはずだ。92歳の現役マッククルーの本田民子さんは今も週に4日、朝の8時半からパワフルに働く。そんな本田さんは「休みの日は、寂しかたい。家にじっとしとったら、たまらんですよ」という——。

■女性最高齢マッククルー、本田さんの力強いモップ使い


熊本市の繁華街、下通りにあるマクドナルドの店先では、週に4日、近所の人なら誰もが知るおなじみの光景がある。


それは、全国に21万人いるマッククルーの中で女性最高齢の本田民子さん(92)が黒キャップ、黒エプロンのマクドナルドクルーの制服に身を包み、鮮やかな手捌きでモップ掛けをする姿だ。2000年からマクドナルド熊本下通り店に勤務して、次の夏で25周年を迎える。


撮影=プレジデントオンライン編集部

本田さんは、アーケードのタイルに黙々とモップをかけていく。小柄な身体のどこに、これほどの力強さがあるのだろうか、と目を疑いたくなる動きだ。足腰はどっしりと揺るがず、腕には筋肉もきちんとついている。その見事な、モップ使いに目が離せない。年季の入った、確かなプロの作業だった。


「マックで働く前は、大学で清掃業務をしていました。大学は広いけんね、教授たちの部屋、食堂、教室と、全部、掃除しよったです。夏休みの1カ月はワックス掛け。きれいに床を拭いた後に、ワックスをかけるんです。ワックスって、重かですもんね。ここでもモップ掛けをずーっとしよるけど、慣れとったけん、何ともなかですよ」


そう言って、本田さんはニコッとチャーミングな笑みを見せた。誇らしそうな、格好のいい笑顔だ。


■勤務方法「また、ここに来られた」


本田さんは現在、週4回、8時半から10時半までのシフトで入り、店先のアーケード通路や店内の清掃業務を行っている。


通勤はバスを2回乗り継ぐというのだから、92歳の身にはなかなか容易なことではない。



連載「Over80 50年働いてきました」はこちら

「前は店まで歩いていたけど、バスを乗り換えてくるようになりました。ここに来んと、寂しか。この年で、ちゃんと店まで来られたっていう、その自信が元気でいるのに大事です」


92歳で週に4日、バスを乗り継いで一人で通勤する。その体力に驚嘆していると、本田さんがぽつり。「83歳まではバイクにのりよったけど」。


バ、バイクですか……?


■バイク通勤をやめた驚きの理由


聞けば、本田さんは83歳までバイクで通勤していたという。その時は早朝4時から10時まで、週5日シフトに入り、外のアーケードから2階含め、全館の清掃を行っていたという。


なぜ、バイク勤務をやめたのか。それは「大事件」が起きたからだ。当時の本田さんはマックでの仕事のあとに、ホテルの洗い物もするという掛け持ち生活をしており、夜10時に家に帰る日々を送っていた。


「ホテルの帰り、坂道をバイクで下っていたら、下から外車が上がってきてバーンと衝突したんです。バイクがボンネットの下に入り込み、大事件でした。私はボンネットの上に飛ばされたんだけど、ヘルメットを被っていたからか、大したことなくて。運転手が、『おばちゃん、ごめんな』って言っていました。そのまま病院に運ばれて、『私は、事故に遭ったんですか?』って聞いたら、『そうですよ』って」


2カ月ほどで仕事に復帰した本田さんだが、その時に、お孫さんから『バイクは絶対に乗らないで』と言われたため、大好きなバイクでの通勤をやめたのだという。


熊本下通店店長の北住恵さんは、その時のことをはっきりと覚えている。


「事故に遭ったと聞いたときは、他のクルーも皆、『もう会えなかったらどうしよう』と泣きそうになりました。ご無事で本当に良かったです。病院に通って経過観察中も『動きたい、働きたい』と、ずっとおっしゃっていました」(北住さん)


本田さんは何度も、「また、ここに来られた」と噛み締める。92歳になっても働けること、自力で通勤できることの喜びを、いつも思わずにはいられないという。


そのうえで、本田さんは「100歳までは続ける」と力強く語る。


「92歳までこうして元気に仕事をさせてくださって、ありがたいと思います。私は、仕事が好きなんです。家にじっとしとったら、たまらんですよ」


特に、今のマックでの仕事が大好きだという。店では10代、20代のクルーからも「民ちゃん」と呼ばれ、慕われている。


「マックで働くのは、楽しかですよ。休みの日は、寂しかたい」(本田さん)


撮影=プレジデントオンライン編集部
92歳の現役マッククルー本田民子さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部

そんな大好きで楽しい今の職場だが、実は、この職場に出合えることになったのは、本田さんにとってとてもショックな出来事がきっかけだった。


■かけがえのない娘に、半年の余命宣告


本田さんが67歳のときだった。一人娘にガンが発覚し、余命半年と宣告されたのだ。娘には、子どもが2人いた。


「娘の子どもは大学生でお金が要りよるけん、これは困ったなって思いよったです。そしたら娘が、『ちょうどマックさんが、募集しとるけん』って教えてくれて、すぐに電話をしたんです。そしたら、『明日から来てください』って。お客さんと話せるのがいいなと思ったし、お金も要るけんね。助かりました」


その日から数えて25年。今や、マクドナルド熊本下通店で最も長い勤務歴を誇る。現在の北住恵店長は、本田さんにとって11人目の店長だ。


マックで勤務を始めるのと同時に、本田さんはお寺での無料奉仕も始めた。


「娘が来年の8月に死ぬと言われてたもんで、私はこんなに健康なのに、なんで死ぬのかと。祈ったですもん」


マックで4時から10時まで清掃作業を終えると、本田さんは必ずお寺へ向かうようになった。


「ご先祖さまのお寺でお花の水を換えたり、仏様の掃除をしたり。無料奉仕です。お金を貰ったらいけない。おかげさまで半年しか生きられんと言われた娘だけど、10年生きたんです。2人の子どもを卒業させて、就職もさせて、それから、娘はあの世へ行きました。仏様が助けてくれたなって、思いよったです」


娘が亡くなった後、本田さんは住職から「あなたは、これを持ちなさい」と数珠をもらったという。


「紫色のきれいなお数珠で、私はその時の気持ちを忘れません。私がこうして元気で、仕事ができているのは、全てご先祖さま、仏様のおかげ。感謝しかないんです。いつも、感謝しております。今も毎日、仏壇にお供えをして、感謝の思いを伝えているんです。毎日、必ず」


■孫夫婦との心穏やかな暮らし


今は孫夫婦と、5年生と3年生のひ孫2人と、一緒に暮らしている本田さん。


「女の子はたまらんな。ケーキをしょっちゅう買ってきてくれるんよ。手紙が貼ってあって、『おばあちゃんが優しくしてくれるから、本当にうれしい』って」


家族のことを話すとき、口調も表情もぐんと柔らかくなるのが印象的だった。


「ごはんを食べられて、お茶も飲めて私は本当に幸せ。そうやって幸せだって思えば、幸せはまた重なっていく。人間は全て、感謝が大事。若い時はそうも思わんかったけど、年取ってきたら、感謝するたびに心も穏やかになる。ありがたかって思う」


働き、祈り、苦境にあってもどうにかしようと動いてきた人生だった。


その本田さんの「今」の、何と穏やかなことだろう。しかし、そんな「今」に甘んじることのなく、日々周囲に感謝をし、感謝を言葉にし、なお休むことなく懸命に働きつづける本田さんの姿に、かけがえのない希望を私たちは見る。


後半につづく)


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黒川 祥子(くろかわ・しょうこ)
ノンフィクション作家
福島県生まれ。ノンフィクション作家。東京女子大卒。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待——その後の子どもたち』(集英社)で、第11 回開高健ノンフィクション賞を受賞。このほか『8050問題 中高年ひきこもり、7つの家族の再生物語』(集英社)、『県立!再チャレンジ高校』(講談社現代新書)、『シングルマザー、その後』(集英社新書)、『母と娘。それでも生きることにした』(集英社インターナショナル)などがある。
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(ノンフィクション作家 黒川 祥子)

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