「まずは日本の給食を何とかしてよ」の声が続出…石破首相が言い出したインドネシアへの"給食支援"の内実

2025年5月2日(金)7時15分 プレジデント社

インドネシアの給食のようす - 筆者撮影

※本稿は、じゃかるた新聞(2025年3月25日、26日、27日)の記事を再編集したものです。


■大規模な“国家プロジェクト”が始まった


石破茂首相は2025年1月にインドネシアを訪問し、同国の無償給食プログラムへの支援を表明した。これに対し、日本国内では「なぜ日本の学校給食や子どもの貧困問題を先に解決しようとしないのか」という批判の声が広がった。だが、インドネシア現地で実態に迫ってみると、中国という大国の存在が見えてきた。


インドネシアのプラボウォ・スビアント政権の肝入りの政策、無償給食プログラム「Makan Bergizi Gratis(以下MBG)」は、1月初めの開始から4カ月が経過した。幼児から高校生、さらには妊婦・授乳婦までも対象とし、1日1万ルピア(約90円)相当の食事を無料提供するという壮大な構想だ。栄養改善を目指す国家プロジェクトとして期待が高まる一方、当初から懸念されていた財政・運営面で早くも課題が浮き彫りになっている。


筆者撮影
インドネシアの給食のようす - 筆者撮影

「給食があるのはうれしい」。ジャカルタ市内の小学校でMBGで提供された給食を食べた生徒は記者にこう話した。メニューはポピュラーなインドネシア料理のアヤムゴレンや、ゆで卵、野菜などだ。経済的な事情から家庭で昼食を取れなかったり、食事内容が偏っていたりするといった事情から、教師によると、この小学校では「味はまずまずだが、給食が毎日あるのは良いことだ」との評価が定着しているという。


筆者撮影
この日のメニューは「白ご飯」「味付けチキン」「揚げ豆腐」「炒めた豆」そして「果物」 - 筆者撮影

■「国家予算の1割」という試算も


インドネシアは近年、経済成長を続けているものの、幼児期の発育不良(スタンティング)率は27%前後と依然高い水準にある。そんな中、プラボウォ大統領は昨年の選挙期間中から「全国の児童・妊産婦に栄養豊富な食事を保証する」と公約を掲げており、政権の目玉政策としてきた。


ただ、この政策は当初から財政不足に悩まされてきた。1人あたり1万5000ルピア程度の単価を想定していたが、財源確保の難しさから1万ルピアに圧縮。それでも、今年度予算では約71兆ルピア(約7100億円)が計上された。その後、さらに予算が171兆ルピア(約1.7兆円)に増額され、財政の持続可能性に重大な影響を与えるとの懸念が出てきた。今後、対象範囲を全国8300万人規模に拡大していく計画だが、その場合、予算は国家予算の約1割に当たる450兆ルピア(約4.3兆円)まで膨らむとの試算もある。


MBGの最大の特徴は、貧富の区別なく全児童・全妊産婦に無償提供する「ユニバーサル給付」の考え方だ。しかし、財政専門家などからは「支援が本当に必要な層へ重点化すべき」との指摘が根強い。実際、インフレや人口増加を考慮すると、今の単価や予算規模で続けることは難しいとの分析が多く、「所得に応じた負担も検討するべき」という声が政府内部からも上がり始めている。


■「食中毒」が各地で報告されている


プラボウォ政権は予算効率化で浮いた306兆ルピア(約3兆円)の大部分をMBGに投入している。ここで削減された予算には道路維持など公共事業や新首都ヌサンタラ(IKN)移転など重要な事業がいくつも含まれている。


これらを犠牲にしてまで現政権がMBGを進めることに対して、「栄養不足の解消という理念は正しいが、犠牲が多すぎる」(インドネシア政府関係者)といった批判も高まっている。「MBGを最も喜ぶ地方の低所得者層の政治的支持を取り付けることが狙い」(同)という見方もあるが、様々な課題を抱えるインドネシアでどこまでMBGを最重要政策として続けられるか。政権の動向に国内外からの注目が集まっている。


「無償給食プログラム(MBG)」では、子どもたちが食後に嘔吐や下痢を訴える事例が各地で報告されている。栄養不足を解消するためにインドネシア全土の児童・生徒に無料で栄養バランスの取れた食事を提供するという壮大な政策だが、保護者や教育現場に不安が広がるなど運営体制に懸念の声が上がっている。


代表的な事例は、北カリマンタン州や中部ジャワ州で生じた集団食中毒とみられるケースだ。いずれもメインのおかずに使用された鶏肉の加熱不足や傷みなどが疑われ、子どもたちが吐き気や腹痛を訴えた。幸い重症者や死亡例はないものの、保健所が現地調理施設へ立ち入り検査を実施するなど、早急な対応を迫られる事態となった。


■背景には「大規模調理の経験不足」


さらに、南スマトラ州では給食にウジ虫が混入していたとされる深刻な案件が伝えられ、SNS上で瞬く間に拡散。「ご飯が腐り、魚のフライから異臭がした」とする保護者の声も報じられた。この件を受け、県当局はプログラムを一時停止し、警察が捜査を開始する事態に発展した。


じゃかるた新聞より

問題が相次ぐ背景として、国家栄養庁(BGN)は「大規模調理の経験不足」を挙げる。家庭規模の調理しかしたことのない業者や主婦が、一度に数百食から千食以上を作るケースがあり、十分な温度管理や輸送ルートの確保が追いついていないとの指摘がある。


同庁のダダン・ヒンダヤナ長官は「新規業者には少量から始めてもらう方針を検討している」と述べ、衛生管理と調理技術の研修強化を急ぐ。


もっとも、この施策自体は栄養状態の改善に寄与すると期待されているだけに、政府や議会からは「一部の事故だけでプログラム全体を失敗と断じるべきではない」という擁護の声も根強い。国会でも「子どもの安全を最優先しつつも、事業そのものは意義が大きい。現場の衛生基準を厳しくチェックし、再発防止策を徹底するべきだ」と主張する声も出ている。


■“中抜きが生じやすい”との批判も


MBGをめぐっては、運営体制の未熟さだけでなく汚職リスクの懸念も浮上している。運営はBGNが地方行政や教育・保健機関と連携し、調理・配達・会計を一括管理する仕組みだが、多数の下請け・中間業者が絡むことで不透明な契約や資金の中抜きが生じやすいとの批判が出ており、専門家からは「今後5年で最も汚職リスクの高いプロジェクトになる可能性がある」と警戒する声も上がる。


実際、南ジャカルタでMBG拠点を運営する財団による資金不正疑惑が今月に入り発覚した。BGNが拠点運営のために送金した資金が、再委託先の中小ケータリング事業者へ支払われず、約2カ月分、延べ6万5000食相当の運営費が未払いとなった。金額は総計9億7500万ルピア(約1000万円)に上るとされ、事業者側は「2カ月間、一切の支払いを受けずに自己資金で食材や人件費を賄った」と訴えている。


本来、調理現場へは1食あたり1万5000ルピアが支払われる契約だったが、財団は一方的に1万3000ルピアへ減額したうえ、さらに2500ルピアを手数料として天引きする行為も密かに行っていたという。結果的に、現場には1万500〜1万2500ルピアしか回らないうえ、その金額さえ未払いのままだった。ケータリング事業者が支払いを求めると、財団側は逆に備品費などを理由に追加費用の請求を押し付けるという「逆ギレ」の対応をとり両者の対立は決定的となった。


■衛生管理の徹底と汚職対策が急務


結果として3月末に共同厨房が運営停止に陥り、一部学校では給食が断続的になってしまった。4月17日には一時再開されたが、依然として資金未回収は解決しておらず、事業者側は「契約継続は難しい」としている。


政府は監査と運営のデジタル化を徹底するのが汚職防止の手段ではあることを踏まえ、「リアルタイムで配食数や契約情報を把握し段階的に監査を行う」と説明する。ただ、電力やインターネット環境が脆弱な地域では紙の記録に頼らざるを得ず、不正対策が形骸化するリスクを否定できない。


子どもに栄養を届けるというMBGの理念自体は高く評価されているのは確かだ。しかし、その政策理念が「危険な給食」と化して国民に害を及ぼさないようよう、当局には早急な衛生管理の徹底と汚職を封じる体制整備が強く求められている。


筆者撮影
提供された給食はインドネシア国内全土の児童・生徒が口にするだけに安全性確保が課題だ=西ジャカルタの小学校で - 筆者撮影

■なぜ日本より先にインドネシアなのか


冒頭にも述べたが、このインドネシアの無償給食プログラムに石破茂首相が支援を表明したところ、日本国内では批判の声があがった。背景には、日本が物価高や自治体財政の逼迫が続く中で給食の運営が困難になっている現状がある。


写真=共同通信社
会談前に握手する、石破首相(左)とインドネシアのプラボウォ大統領=2025年1月11日、ジャカルタ南方ボゴールの大統領宮殿 - 写真=共同通信社

日本の公立小中学校では、学校給食に関する負担が「食材費は保護者負担、設備費や人件費は自治体負担」という形で長年続いてきた。文部科学省の推計によると、全国の公立小中学生(約870万人)の給食費を完全無償化する場合、年間4800億円ほどの財源が必要になる。2023年時点で自治体独自の施策により給食費を完全無償化している例は全体の3割前後にまで増えたが、実施の有無や範囲は地域によってばらばらだ。自治体の中には「一度無償化に踏み切ったが、財源不足で継続が難しい」と頭を抱えるケースもある。


また、少子高齢化で自治体の税収が伸び悩む中、学校給食だけでなく保育・医療など子育て関連施策全体に対する国民の要望が強まっている。政府は25年度までに子育て関連へ約5兆円規模を投じる方針を示しているが、その使途としては幼児教育・保育の無償化や高等教育支援などが優先され、給食費無償化まで十分に手が回っていないのが現状だ。22年の厚生労働省データでは、日本の子どもの貧困率は13%超とされ、家庭の経済状況によっては「学校給食が一日の主な栄養源」という児童も少なくない。


■インドネシアと中国は“給食支援”で合意


一方で、日本政府や外交専門家は「今回のインドネシア支援は日本の国益にもかなう」と説明する。中国は「一帯一路」構想を通じて東南アジアへの投資や援助を加速させている。インドネシアのような人口大国で教育・医療インフラ整備に強く関われば、政治・経済両面でより存在感を高める可能性がある。


もし日本が支援に消極的な姿勢をとれば、中国の影響力がさらに拡大し、市場参入や外交交渉で日本企業・日本政府が不利な立場に立たされる恐れがある。


インドネシアは昨年11月、北京で中国と無償給食プログラムに対する支援協力で合意した[中国国際電視台(CGTN)「Full Text: Joint Statement between the People's Republic of China and the Republic of Indonesia」]。中国は2011年から21年に農村4000万人を対象に無料給食を実施し、累計1472億元(約32兆円)を投下した実績を持っており、その目的もインドネシアと同じ子供の栄養状況を改善し就学率を高めるという点で共通している。さらに、中国が得意とする大量調達、冷蔵輸送ノウハウは広大な国土を抱えるインドネシアにとっては魅力だろう。


また、中国は中央集権の集中型運営がプログラムの拡大の過程で資金の不正利用や汚職の温床になった経験も持っており、監査のノウハウもインドネシアが参考にしやすい。実際、プラボウォ大統領は北京の学校給食現場を視察し「モデルケース」と評価している。


■中国に“胃袋を握られてしまう”怖さ


インドネシア国家栄養庁は「資金は国内の財源で賄い、外国からの支援は技術協力に限る」と明言しており、少なくとも当面は資金面で「中国色」に染まることはない。ただ、日本の食育や栄養管理については、「子どもの栄養状況が改善した後の比較的高度なレベル」(先の政府関係者)なため、即効性については中国式に軍配が上がると思われる。


では、実際にはどうか。基本的には「日本としては胃袋を握られる怖さはあるため、栄養を計算したメニュー開発や衛生管理の現場教育などで協力し中国とのハイブリッド型に落とし込む」(別の政府関係者)とする見方が現実的だろう。


筆者の感覚だと、インドネシアは独立外交の伝統があり、「どちらか一方ではなく、どちらからも援助を引っ張り込むのが基本姿勢」(日系商社幹部)のため、片方だけに偏ることはないだろう。ただ、日本政府が援助した事実をインドネシアの現地世論に訴えられず、中国の宣伝工作が高まっていけば「全面的に中国がやったと我が物顔で押し出してくる」(同)ことが予想される。この場合、無償給食を食べて大きくなった子供達の対中イメージは将来的に良くなり、反対に日本のイメージは薄れていく。日本に求められるのはアピール力だと考えられる。


■日本政府は“説明”が必要である


ある日本政府関係者は「インドネシアでの無償給食支援をきっかけに、日本式の衛生管理や食育のノウハウを広め、日本産食材や関連機器への需要を高めたいという期待もある」と述べる。今回、日本式の給食モデルが成功すれば、他の東南アジア諸国へ水平展開する機会もあるとの見方だ。


ジャカルタ市内の小学校でMBGを視察するプラボウォ大統領(画像提供=大統領府、じゃかるた新聞より)

こうした主張は一理あるものの、多くの日本国民が抱える疑問は「なぜ国内の給食問題に同等のエネルギーを割かないのか」という点に集約される。たとえば、給食無償化の実現には地方自治体の財源確保が不可欠だが、国がそれを後押しする具体策は乏しいままだ。


海外支援と国内政策は決して相反するものではないはずだが、物価高騰で生活が厳しくなる中、両者の優先度をどう調整するのかが日本政府の大きな課題となっている。


インドネシア支援への国内批判は、表面的には「海外より自国を優先せよ」というナショナリズム的な声にも映るが、その底には日本が抱える財政難や子どもの貧困問題への切実な訴えが存在する。


日本政府としては、東南アジアで中国の影響力が急伸する状況を念頭に、インドネシアとの連携を深める方針を堅持すると同時に、国内の給食無償化や子ども食堂への支援拡充にも本腰を入れなければ、国民の理解は得にくいだろう。将来を担う子どもたちの健全な育成と、海外での国際協力。その両立をいかに図るかが、今問われている。


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赤井 俊文(あかい・としふみ)
じゃかるた新聞編集長
業界紙、大手通信社記者を経て独立。フリージャーナリストとしてネットメディア、週刊誌に寄稿実績を積んだ後、今年1月にインドネシアの邦字紙「じゃかるた新聞」の編集長に就任。インドネシアを起点にASEANのニュースを日本の読者に伝える。ホームページは下記の「Webサイト」から。
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(じゃかるた新聞編集長 赤井 俊文)

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