職場の雰囲気は「上司の口癖」が左右する…従業員の離職ドミノを引き起こした「最悪のひとこと」

2025年5月7日(水)9時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mapo

良い雰囲気の職場と、悪い雰囲気の職場の違いは何か。人材育成メソッド「ほめ育」の開発者で、経営コンサルタントの原邦雄さんは「上司の何気ない言葉が、部下に大きな影響を与えることがある。ある企業では、新入社員がすぐに辞めてしまうことが問題になっていたが、原因は上司のある口癖だった」という——。
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■失敗した部下にどう声をかける?


職場の雰囲気は、上司が発する言葉で大きく変わります。例えば、部下が失敗したときに「チャレンジしてくれてありがとう。どうすれば次はうまくいくか、一緒に考えよう」と前向きな言葉をかければ、部下は安心して自分のミスや原因と向き合えます。結果として、改善のための行動が増え、職場全体に活気があふれます。


一方で、失敗したときに「なぜこんなミスをしたんだ!」と鋭く問い詰める言葉ばかりをかけていると、どうでしょうか?


部下は「また怒られるのでは」と構えるようになり、自分のミスを報告することに消極的になります。後ろめたさから働くこと自体が苦痛になり、職場全体にも重たい空気が漂い始めるかもしれません。


■キツイ言葉が飛び交い、社内がギスギス


私が提唱する「ほめ育」を導入して10年になる「株式会社サンパーク」(大阪府吹田市)。全国で「びっくりドンキー」「丸源ラーメン」「髙木珈琲」「豚骨火山ラーメン」などの飲食店を100店舗以上展開し、売上は140億円(2025年3月期・グループ全体)と好調。社内の人間関係も良好です。


しかし導入前は、店舗によってアルバイトスタッフの定着に大きな差が出ており、業績にも大きな差が出ていました。当時は「結果主義」「営業至上主義」が根付いており、数字を達成できない店長はさらに厳しい言葉を部下にぶつけるのが当たり前。店内はギスギスした雰囲気が漂っていたといいます。


新しいバイトが入っても続かず、多くは半年以内に退職。なぜ、ここまで定着しないのか? 原因を探ったところ見えてきたのが、“上司の何気ない口癖が、職場の空気を悪くしている”という事実だったのです。


■「なんで?」は部下を追いつめるだけ


サンパークの現場では当時、次のような言葉が頻繁に使われていました。


(1)「なんで?」

上司としては単に理由を聞いているつもりでも、「なんで?」という言葉には、問いただすような響きがあります。


特に、語気が強くなっていたり、目も合わせずに言ったりすれば、部下には“責められている”という印象が強く残ります。すると部下は委縮し、自分を守るために言い訳やごまかしに走ることも少なくありません。


同社でも、店長が「なんで?」と問い詰めることの多い職場では、スタッフからの報告や相談が減り、ミスや課題が放置されることが増えていました。問題が大きくなってから表面化するため、対応も後手に回りがちに。やがて「気持ちが落ち込むような環境で働きたくない」と感じたスタッフが、次の職場を探し始めるようになっていきました。


(2)「前も言ったよね?」

上司にとっては、確認や注意喚起のつもりかもしれません。しかし「前も」という表現が入ることで、部下は過去の失敗まで責められているように感じ、「やっぱり自分はダメだ」と自己否定してしまいます。


自信を失うと質問や相談することのハードルが上がり、分からないことを聞けないまま仕事を進めてしまうことも。その結果、当然ながらミスも増え、周囲のメンバーも「またか」「何度言わせるんだ」といった不満を抱き、責めるような態度を取ってしまうこともあります。


同社でも、部下はどんどん委縮してミスを繰り返し、本人はますます居場所を失っていきました。職場での人間関係がぎくしゃくし、「ここではもう仕事を続けられない」と感じて、職場を離れる選択をする人も出てきました。


■職場では「沈黙は金」とは限らない


(3)無言

例えば部下がミスをしたときに、言葉を選びかねて黙ってしまうことは誰にでもあるでしょう。あるいは「自分で気づくだろう」「下手なことを言ってハラスメントと思われたら困る」と、あえて何も言わない上司もいるかもしれません。


けれども若手社員にとって「無言」は、「興味をもたれていない」「期待されていない」という否定的なメッセージとして受け取られがちです。すると相談や報告を避けるようになり、職場全体に気まずさや緊張感が漂い始めます。


同社でも、店長との関係をできるだけ持たないようにする動きが広がり、職場では会話が少なく、張りつめたような空気が流れていました。ほかにも働くことができる会社や仕事がたくさんある時代。「会社や上司が変わるとは思えない。それならば転職しよう」と考え、辞めていくスタッフが少なくなかったのです。


■「汚点」より「美点」を重視する


サンパークに転機が訪れたのは2014年のこと。「ほめ育」を知った一人の店長が、「現場に取り入れたい」と経営陣に働きかけたのがきっかけでした。


当時の同社は、数字に過度にとらわれるあまり、“できていないこと”や“達成できなかった結果”にばかり目が向いていました。店長も自然と短所や欠点に注目するようになり、いわゆる“汚点凝視”の状態に陥っていたのです。


そこで「ほめ育」を導入し、“できるようになったこと”や“成長の兆し”といった、良い変化を意識的に捉える“美点凝視”への切り替えを目指しました。


まず導入したのが「ほめシート」です。これは、上司が部下に宛てて書く手紙のようなもので、「ありがとう」「成長したなぁ・すごいなぁ・好感が持てる」「期待していること」の3項目を記入し、本人に直接手渡します。


とてもシンプルな取り組みですが、この3つの要素を伝えることで、アメリカの心理学者ウィル・シュッツ氏が提唱した「自尊心の3大欲求」(好かれたい・有能と思われたい・尊重されたい)を満たすことができるのです。


■感激して涙を流すスタッフも


ほめシートを書くためには、日頃からスタッフの良い面や変化に目を向けておく必要があります。当初は「そんなことをして意味があるのか?」「ほめて甘やかすだけではないか」と反発する店長もいたといいます。中には「一体どこをほめればいいんだ……」と戸惑い、なかなか書き始められない店長もいたそうです。


それでも私は、「とにかく一度書いて渡してみてほしい」「手応えがなくても3カ月は続けてほしい」と粘り強く伝えました。すると店長たちは少しずつ気持ちを切り替え、半信半疑ながらも実践を始めていきました。


やがて受け取ったスタッフからは「店長にどう思われているのかが分かってうれしかった」という声が多く寄せられ、感激して涙を流す人もいたそうです。反応を目の当たりにした店長たちは、「言葉にこれほど人を動かす力があるとは……」と実感。自然と“ほめること”に前向きになっていきました。


■職場の雰囲気を劇的に良くする口癖


社内に“ほめる文化”が根付くことで、店長がスタッフにかける言葉にも変化が生まれました。現場では次のような言葉が日常的に使われるようになり、職場全体の空気が大きく変わりました。


(1)「ありがとう」

「ありがとう」はたった一言ですが、心からの感謝をまっすぐに伝えることのできる、非常に力のある言葉です。


写真=iStock.com/atakan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/atakan

部下は「自分の仕事は意味があるものなんだ」と感じ、「また頑張ろう」「次はもっと喜んでもらいたい」と前向きになります。そうした思いが行動につながり、周囲との連携も自然と増え、チーム全体の成長へとつながっていきます。


同社でも、店長が「ありがとう」という言葉をかけるようになると、職場に笑顔が戻ってきました。ある店長が「『ありがとう』という言葉でこんなに笑顔が増えるなんて、目からうろこでした」と、後日教えてくれました。スタッフ同士もお互いを認め合う雰囲気が生まれ、普段のやりとりが明るくなっていったといいます。


(2)「助かった」

「ありがとう」と似た言葉ですが、「助かった」には“自分にとって”という実感が加わるため、より個人的な感謝が伝わります。


例えば「資料をまとめてくれて助かったよ」と言われると、部下は「自分の行動が上司の力になった」と実感でき、誇らしさを覚えます。すると「もっと役に立ちたい」と考え、自主的に動くようになります。


同社でも店長の「助かった」の一言で、スタッフが自ら気づいて動く場面が増えました。例えば、「お客様の飲み物がなくなる前に声をかける」「混雑時には担当外の業務もフォローする」といった“プラスワン”の行動が日常化。結果として売上アップにもつながっていきました。


■上司を“安全地帯”にするひとこと


(3)「大丈夫」

不安をやわらげる安心の言葉です。ミスをしたときや迷っているときに「大丈夫」と声をかけられることで、「自分は見放されていない」「信じてもらえている」と感じることができます。


失敗をしても責められないという安心感は、次の挑戦への原動力になります。上司が“安全地帯”であると実感できれば、職場には「チャレンジしていいんだ」という前向きな空気が生まれます。


同社でも「大丈夫、次はこうしてみよう」といった声かけが広がることで、スタッフが気負わず、ミスや言いにくいことを報告するようになり、“トラブルの芽”が早い段階で共有され、大きな問題に発展しにくくなったといいます。そして「失敗しても大丈夫」という声かけが、挑戦する風土をつくり、結果として売上も増えていきました。


■離職を防ぐ「成長実感」と「心理的居場所感」


人間はミスをする生き物であり、誰しも失敗します。もちろんダメなことはダメと言わなくてはなりません。ですが常に“改善点探し”をして、“できていないこと”ばかりを指摘し続けると、マイナスの言葉がマイナスの環境を呼んでしまいます。


そんな状況で、部下が成長するはずがありません。「多少の失敗はカバーするから、思い切り頑張ってみてほしい!」という気持ちで声をかけてほしいのです。


例えば「なんで?」と問い詰めるのではなく、「教えてくれてありがとう。一緒に原因を探してみようか」と声をかければ、部下は安心して自分の行動を振り返ることができるでしょう。「前も言ったよね?」という言葉も、「この経験から何を学べるかな?」に言い換えることで、成長を後押しする対話に変わります。


また、沈黙して何も言わないより、「大丈夫」といった温かい言葉をかけることで、部下は「ここにいていいんだ」「自分の居場所がある」と感じられるようになります。


こうした日々の言葉の積み重ねが、「成長実感」と「心理的居場所感」を育んでいきます。「自分の成長を応援し、気づいてくれている」「この職場には自分の居場所がある」と感じたとき、部下のモチベーションは高まり、自ら動ける人材へと育っていくのです。


ほんの少し日々の口癖を意識するだけで、職場は大きく変わります。誰もが安心して挑戦できる環境こそが、離職を防ぎ、魅力ある組織づくりの第一歩になることでしょう。


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原 邦雄(はら・くにお)
経営コンサルタント
株式会社スパイラルアップ代表取締役、ほめ育財団代表理事。兵庫県芦屋市出身。大学卒業後、メーカーを経て、船井総合研究所に転職。様々な業種の人材育成に関わる。その中で、従業員のエンゲージメントの重要性を実感し、独自の教育メソッド「ほめ育マネジメント」を開発。これまでに600社以上の企業や教育機関に研修を行なっている。また、アメリカ、インド、中国、オーストラリアなど世界20カ国に進出。著書に『今すぐできる! 今すぐ変わる!「ほめ育」マネジメント』(PHP研究所)など。
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(経営コンサルタント 原 邦雄)

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