近代日本の原点「五箇条の御誓文」が素晴らしい

5月8日(火)6時12分 JBpress

明治神宮で配布される小冊子に記されている五箇条の御誓文(筆者撮影)

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 先週の5月3日は「憲法記念日」だった。日本国憲法が1947年5月3日に施行されてから、今年(2018年)で72年目になる。

 ここ数年、憲法改正の是非をめぐって議論が活発になっている。だが、あいもかわらず「改正派」と「護憲派」の主張ばかりが際立って対立しており、実質的な議論が深まっているという印象はない。

 第2次世界大戦の敗戦後、占領下で作られた現行憲法に代えて「自主憲法」を制定すべしというのが右サイドの意見であれば、現行憲法は金科玉条のごとく一字一句も変えてはならないというのが「護憲派」の左サイドの意見である。だが、一般人の常識からすれば、ともに極論というべきだろう。

 現行憲法を廃止してゼロベースで新たに憲法を作り直すのは、革命やクーデターでもない限り不可能だし、そんなことを望む日本人はきわめて少数派であろう。日本国憲法は「硬性憲法」であり、タイのようにクーデターの度に憲法改正される「軟性憲法」ではない(参考:「タイではなぜクーデターがスムーズに行われるのか」)。

 ただし、たとえ日本国憲法が改正が困難な硬性憲法だとはいえ、72年間も一字一句も変えずにそのまま使用されているというのは、さすがに不自然である。環境変化にあわせた微調整あるいはチューニングが必要だろう。

 読売新聞(2018年4月30日付け)によって最近行われた世論調査がある。その結果は次のように要約されている。「憲法を『改正する方がよい』は51%、『改正しない方がよい』は46%だった。(中略)調査の期間中、学校法人『森友学園』や『加計学園』を巡る問題などで、安倍内閣の支持率が下落したが、憲法改正の賛否には大きく影響しなかったようだ。自衛隊の存在が『合憲』と思う人は76%に上り、『違憲』は19%。憲法への自衛隊明記に『賛成』と答えた人の割合は、合憲派で57%、違憲派で52%となり、いずれも半数を超えた」

 憲法改正が必要だと考えている人が国民の半数を占めており、しかもそれは、政権支持率とは関係ないという調査結果である。

 憲法改正を考えるには、改正の対象となっている個々の条文も重要だが、そもそもの“原点”がどこにあるかを確認することが重要だ。そこで今回は、近代日本の原点であり、かつ「明治150年」の原点である「五箇条の御誓文」について考えてみたい。


改めて「五箇条の御誓文」を読んでみる

 東京の原宿に明治神宮がある。明治天皇と昭憲皇太后を祭神とした神社だ。創建は1920年(大正9年)である。まもなく創建100年を迎えることになる。

 明治神宮では、短冊形の経本のような小冊子が無料で配布されている。その小冊子には「教育勅語」と「五箇条の御誓文」と「明治天皇御製・昭憲皇太后御歌 一日一首」が印刷されている。明治政府の基本方針として作成された五箇条の御誓文は、素晴らしい内容だ。全文を掲載しておこう。

【五箇條の御誓文】

一、 広く会議を興し、万機公論(ばんきこうろん)に決すべし

一、 上下(しょうか)心を一(いつ)にして、盛(さかん)に経綸(けいりん)を行ふべし

一、 官武一途庶民に至る迄(まで)、各(おのおの)其(その)志を遂げ、人心をして倦(う)まざらしめん事を要す

一、 旧来の陋習(ろうしゅう)を破り、天地の公道に基づくべし

一、 智識を世界に求め、大(おおい)に皇基を振起すべし

 我国未曾有(みぞう)の変革を為(な)さんとし、朕(ちん)躬(み)を以て衆に先(さきん)じ、天地神明に誓ひ、大に斯 (この)国是を定め、万民保全の道を立んとす。衆亦此(この)趣旨に基き協心努力せよ。

明治元年三月十四日

 これが「国是」なのである。「近代日本」の原点にこの「国是」がある。最終的な文案は長州藩出身の木戸孝允(=桂小五郎)が加筆加除と修正の上、文言を並べ替えて整理したものだ。この最終案が天皇によって裁可され、天地神明のもとに誓約され、公表されたのである。その意味合いは、きわめて重いものがある。


五箇条の御誓文が誓約していること

 五箇条の御誓文は難しい漢字語の多い文語体なので、正直いって取っつきにくい。ここでは英語訳とあわせて意味を考えてみたいと思う。英語訳は wikipedia掲載のものを借用させていただく。 

The Charter Oath in Five Articles

By this oath, we set up as our aim the establishment of the national wealth on a broad basis and the framing of a constitution and laws.

1. Deliberative assemblies shall be widely established and all matters decided by open discussion.

2. All classes, high and low, shall be united in vigorously carrying out the administration of affairs of state.

3. The common people, no less than the civil and military officials, shall all be allowed to pursue their own calling so that there may be no discontent.

4. Evil customs of the past shall be broken off and everything based upon the just laws of Nature.

5. Knowledge shall be sought throughout the world so as to strengthen the foundation of imperial rule

 要約すれば、「万機公論」(all matters shall be decided by open discussion)で決定されるべきで、「旧来の陋習」(evil customs of the past)を破り、「智識を世界に求め」(knowledge shall be sought throughout the world)ることが、明治天皇によって神前で誓約されたのである。

 この誓約がなされて一般に公布されたのが、ちょうど今から150年前の1868年(明治元年)だった。大日本帝国憲法(明治憲法)が公布されたのは、それから約20年後だ(1889年公布、1890年施行)。日本人は、なによりも近代日本の“原点”としての五箇条の御誓文を意識すべきなのだ。


「万機公論」は幕末から始まっていた

 ここで、「万機公論」(オープンディスカッション)には、すでにその前史があったことに注意を向けておきたい。

 米国が派遣したペリー艦隊、すなわち幕末の1853年(嘉永6年)の「黒船騒動」の際、ときの老中・阿部正弘は、幕閣以外役職者や諸大名に対して、米国による開国要求に関する情報を公開し意見を求めている。幕府だけでなく、日本全体に関わる問題だという認識があったためだ。『予告されていたペリー来航と幕末情報戦争』(岩下哲典、洋泉社新書、2006)によれば、集まった意見書は約800通もあったという。

 同書にはさらに、求められたわけではないのに一般庶民からも意見書の提出があったことも記されている。その一例として、江戸の遊女屋渡世の藤吉42歳という一般庶民による建白書が紹介されている。公式なルートである町奉行所経由では取り上げられない恐れがあるので、非公式ルートである「籠訴」(かごそ)によって行ったものだそうだ。本来ならお咎めの対象となるところだが、そうはならなかったようだ。

 一般庶民が自由にもの考えるだけでなく、ものを言える状況が幕末に実現していたのである。五箇条の御誓文は、そうした歴史の流れのなかに登場したことを理解する必要がある。


「主権在民」の理念は五箇条の御誓文から発生した

 現行憲法(日本国憲法)の根本精神は、「国民主権」あるいは「主権在民」という理念である。だが、その主権在民の理念は、占領軍によって与えられたものではない。

 明治憲法を制定する過程では、いくつかの憲法案が提言されている。その中では、「自由民権運動」の活動家だった土佐の植木枝盛による憲法案が最も有名だ。「民にこそ主権あり」としたその精神が現在の日本国憲法につながっていると考える憲法学者は少なくない。

 自由民権運動は、薩長を中心とした藩閥政府に反発する不平士族や豪農層が中心となった政治運動である。運動の展開のなかで、五箇条の御誓文は立憲政治の実現を公約したものだという解釈が、自由民権派のリーダーとなった土佐藩出身の板垣退助などによって主張されるようになった。

 自由民権運動は明治憲法成立後の帝国議会開設によって運動そのものとしては下火になったが、精神そのものは途絶えることはなかった。「大正デモクラシー」を経て現在にいたるまで、その精神は引き継がれていると言うことができる。

 なぜならば、五箇条の御誓文に端を発する「主権在民」の理念は、占領軍のお墨付きを得て日本国憲法の基本理念として埋め込まれたと捉えられるからだ。

 いわゆる戦後改革と呼ばれる農地改革や国語改革などの改革はみな、日本人自らが周到に準備してきたものが敗戦のタイミングで日の目を見たものが大半だ。主権在民もまた、そのタイミングで日の目を見たと考えるべきなのだ。 歴史は断絶したように見えて、実は連続しているのである。

「主権在民」の「議会制民主主義」をベースにした「立憲君主国」。これが日本の国のカタチだ。したがって、主権在民という大原則と、憲法は政府の暴走を防ぐために国民が作るものだという立憲主義の原則を曲げることなく、憲法改正を実現していくのがスジというべきである。

 そのためには、五箇条の御誓文の第一条に明記された「万機公論」にもとづく国民的議論が必要であり、議論はさらに活発化する必要がある。民意を直接問う国民投票の実施は、それからでも遅くない。何事も拙速は禁物である。

筆者:佐藤 けんいち

JBpress

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