減収減益の日立の株価が、なぜ増収増益のパナソニックHDより上昇?「配当性向」「総還元性向」で決算書を解剖
2025年4月28日(月)4時0分 JBpress
ビジネスや投資に欠かせない「会計指標」。うまく使いこなすことができれば、決算書からビジネスの成果や課題が見えてくる。本稿では『見るだけでKPIの構造から使い方までわかる 会計指標の比較図鑑』(矢部謙介著/日本実業出版社)から内容の一部を抜粋・再編集。実在する会社の決算書を比較しながら、会計指標とビジネスの結びつきをさまざまな視点で分析する。
2024年3月期決算で減収減益となった日立製作所と、増収増益を記録したパナソニックホールディングス(HD)。業績は対照的であったにもかかわらず、なぜ両社の株価は逆の動きを見せたのか? その背景を読み解く。
株主還元に対する姿勢が表れる配当性向、総還元性向
減収減益の日立が最高益のパナソニックに株価で大差をつけた理由
■ 巨額の赤字を計上してから構造改革を進めてきた日立製作所
ここでは、電機業界の中から、パナソニックホールディングス(以下、パナソニックHD)および日立製作所の決算書と、代表的な株主還元指標である配当性向と総還元性向を取り上げます。
日本を代表する総合電機メーカーとして有名な両社ですが、近年は大きな事業再編を進めていることでも知られます。
日立製作所は、2009年3月期に7873億円という、当時の製造業としては過去最大の巨額最終赤字を計上して以降、積極的な事業構造改革を行なってきました。
2012年3月にHDD(ハードディスクドライブ)事業を米ウエスタンデジタルに売却したのを皮切りに、その後は日立物流(現ロジスティード)、日立キャピタル(現三菱HCキャピタル)などの上場子会社を次々と売却しました。
最近では、2022年8月に日立建機の株式を一部売却、2023年1月には日立金属(現プロテリアル)を売却するとともに、自動車部品を手掛ける日立Astemoの株式を2023年10月に本田技研工業に一部譲渡することで持分法適用会社(関連会社:出資元企業で計上されるB/S上の「投資有価証券」の残高と、P/L上の「持分法による投資損益」とを通じて損益の状況が反映される会社のこと)とし、連結子会社から外しています。
さらに、2024年7月には米ジョンソン・コントロールズ・インターナショナルと共同出資で設立していた空調合弁会社で、「白くまくん」ブランドで知られる家庭用エアコン事業を手掛けているジョンソンコントロールズ日立空調を独ボッシュに売却することを発表しました。
一方で、中核となる事業ドメイン(事業を行なう領域)を「社会イノベーション事業」と定義し、その軸としてデジタルトランスフォーメーション(DX)支援を行なう「ルマーダ」を打ち出しました。
そのルマーダとの間でシナジー(相乗効果)が期待できる、日立ハイテクノロジーズ(現日立ハイテク)などの上場子会社については完全子会社化(親会社にすべての株式を保有されている子会社にすること)や吸収合併を進め、積極的にグループ内に取り込みました。こうした売却や完全子会社化などの結果、かつて多数あった上場子会社は、2023年3月期にゼロとなりました。
また、2020年7月にはスイスABBからパワーグリッド(送配電)事業を7400億円で買収(株式の約8割を取得、2022年12月に完全子会社化)。さらに、2021年7月にはDX支援サービスを手掛ける米グローバルロジックを96億ドル(有利子負債の返済を含む、日立公表ベースで1兆368億円)で買収するなど、積極的なM&Aを行なっています。
日立製作所の2024年3月期決算は、売上収益(売上高に相当)が9兆7290億円、親会社株主に帰属する当期純利益(以下、当期純利益)が5900億円となり、当期純利益が過去最高を記録した前期との比較では減収減益となりました。その主な要因としては、売却対象となった日立金属が連結から外れたことと、日立建機や日立Astemoの株式を一部売却し、持分法適用会社化したことなどが挙げられます。
■ 減収減益の日立と増収増益のパナソニックなのに株価の明暗は逆転
パナソニックHDも、事業再編を進めてきています。2014年3月にはパナソニックヘルスケアを投資ファンドKKRが設立したパナソニックヘルスケアホールディングス(現PHCホールディングス)に売却、2020年1月にはパナソニックホームズをトヨタとの合弁会社であるプライムプラネットエナジー&ソリューションズに移管し、連結子会社から外しました。
一方で、2021年9月にはサプライチェーン(原材料や部品の調達から製品の販売に至る一連のプロセス)を最適化するソフトウェアを手掛ける、米ブルーヨンダーを総額79億ドル(有利子負債の返済を含む、ブルーヨンダー公表ベースで8633億円)で買収しました。奇しくも、日立製作所と同じタイミングで米国のIT企業を買収したことになります。
パナソニックHDは、ブルーヨンダーを買収した目的として、パナソニックHDが進めるサプライチェーンマネジメント(SCM)分野におけるDXを加速し、顧客企業の経営課題解決を推進するためだとしています。
パナソニックHDの2024年3月期の業績は、売上高が8兆4960億円、当期純利益が4440億円となり、前期比で増収増益、当期純利益は過去最高を記録しました。
パナソニックHDでは、増収の要因として自動車部品などを手掛けるオートモーティブ事業や、ソフトウェアやシステムインテグレーションを手掛けるパナソニックコネクトやブルーヨンダーなどを傘下に抱えるコネクト事業の売上高が増加したことや、為替レートの影響などを挙げています。また、増益の要因としては価格改定・合理化の進展、米国政府からの補助金などがあったとしています。
以上のように、決算で見れば日立製作所は減収減益、パナソニックHDは増収増益で最高益という状況ですが、じつは両社の株価の推移を見てみると明暗は逆転します。
日立製作所の株価(権利落ち修正後の終値)は2022年3月末時点での1233円から2024年8月末の3572円と3倍弱にまで上昇しているのに対し、パナソニックHDの株価は同期間で1188.5円から1212.5円と、ほとんど上昇していないのです。 これは一体、なぜなのでしょうか。両社の決算書と、株主還元の姿勢を示す指標とされる配当性向と総還元性向から、その理由について解説していきます。
■ ブルーヨンダーの買収で無形固定資産が膨らんだパナソニック
まずは、パナソニックHDの決算書を見ていきます。下図は、2024年3月期におけるパナソニックHDの決算書を比例縮尺図に図解したものです。
図左のB/Sから見ていきましょう。B/Sの左側(資産サイド)で最大の金額を占めているのは、流動資産(4兆1530億円)です。ここには、売上債権(営業債権及び契約資産)が1兆3610億円、棚卸資産が1兆2090億円、現預金(現金及び現金同等物)が1兆1200億円計上されています。
次に大きいのが、無形固定資産(のれん及び無形資産、1兆9840億円)です。ブルーヨンダーを買収した際に、大きなのれんと無形資産が計上されたためです(M&Aにおいてのれんが計上されるメカニズムについてはChapter1の16〜17ページを参照)。過去に大きなM&Aを行なったことが、B/Sに大きな影響を及ぼしていることがわかります。
また、有形固定資産(使用権資産を含む)が1兆8300億円計上されていますが、これは家電や電子部品、電池などの生産設備を保有しているためです。パナソニックの電機メーカーとしての特徴が表れている資産だといえます。
B/Sの右側(負債・純資産サイド)には、流動負債が3兆1220億円、非流動負債(固定負債に相当)が1兆5680億円計上されています。また、有利子負債(社債、借入金、リース負債)が流動資産に3310億円、非流動負債に1兆2950億円含まれています。
資本(純資産に相当)は4兆7220億円で、自己資本比率(=資本〔純資産〕÷総資本)は50%となっています。
続いて、P/Lを見ていきます。売上高が8兆4960億円であるのに対し、売上原価は6兆20億円(原価率は71%)、販管費は2兆1040億円(販管費率は25%)となっています。売上高から売上原価、販管費を差し引き、その他の損益等(持分法による投資損益、その他の損益、金融収益・費用、非支配持分に帰属する当期純利益を合算したもの)と法人所得税費用を加味した当期純利益は4440億円で、売上高当期純利益率(=当期純利益÷売上高)は5%となっています。
続いて、このセクションで取り上げる指標である、配当性向と総還元性向についても見ていきましょう。
配当性向とは、配当総額を当期純利益で割ったもので、親会社株主に帰属する当期純利益のうち、何%を配当に回したのかを示す指標です。また、総還元性向とは、配当総額に自社株買い(市場に出回っている自社の株式を買い戻すこと)の金額を加えたものを当期純利益で割ったものです。
配当性向は、配当金だけを捉えた株主還元指標であるのに対し、総還元性向は、配当金に加えて自社株買いによる株主還元も含めた指標となっている点にその特徴があります。
パナソニックHDの有価証券報告書に記載のある「配当政策」から配当金の総額を調べてみると、中間配当と期末配当がそれぞれ410億円、合計で820億円となっています。これを当期純利益(4440億円)で割ると、配当性向は18%と計算できます。当期純利益の5分の1弱を配当金に回しているということになります。
一方で、自社株買いに支払った金額(正確には、自社株の取得に支払った金額から自社株の売却で得た金額を引いたもの)をキャッシュ・フロー計算書における財務活動によるキャッシュ・フローの項目から見てみると、パナソニックHDはほとんど自社株買いを行なっていないことがわかります。そのため、総還元性向は配当性向とほぼ同じ(18%)です。
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筆者:矢部 謙介