「日本版iPhone」が生まれても不思議ではなかった…優れた技術を持つ日本企業は、なぜアップルに市場を奪われたか?

2025年4月28日(月)4時0分 JBpress

 圧倒的な成果をもたらすマーケティング戦略として、売上高1000億円超のBtoB企業が導入するABM(アカウント・ベースド・マーケティング)。日本でも関心が高まっているが、情報や知識の不足から「周回遅れ」の感は否めない。本稿では『法人営業は新規を追うな 重要顧客と最高の関係を築くABM』(庭山一郎著/日経BP)から内容の一部を抜粋・再編集。日本のBtoB企業がABMを強化すべき理由と具体的な実践ノウハウを、事例を基に解説する。

 倒産の瀬戸際から時価総額1位へと大復活を遂げたアップル。マーケティングから見たその強さの秘密と、日本企業との目線の違いとは?


アップルやブルームバーグの強さの秘密

 2000年からの20年間で世界で最も輝いた企業はアップル(Apple)でしょう。スティーブ・ジョブズ氏という天才が創業し、その天才を解雇して数年で倒産寸前まで業績を悪化させ、天才創業者が復帰して一気に時価総額世界一の企業になる、という映画でもここまではないという離れ業をやってのけた企業ですが、その特徴はすべての製品・サービスのターゲットセグメントが一致しているということです。

 よくアップルの強さは「パーソナルコンピューター」「スマートフォン」「タブレット」「腕時計」そしてそれらのデバイスで動く「アプリケーション」と「データストレージサービス」などとても数少ないラインアップで膨大な売り上げを稼いでいることだといわれます。経営戦略や財務から見ればこれほどの効率はなく、それをファブレスでつくっているとなればリスクも最小です。

 しかしマーケティングの視座から見れば、アップルの強みは完全一致したターゲットセグメントに対して連携する製品やサービスを展開している点です。

 アップルウオッチを着けている人は圧倒的にiPhoneユーザーが多く、その人が使っているタブレットはiPadで、ノートパソコンはMacBookです。それらのデバイスはアプリケーションで高度に連携し、スケジュールやメール、メッセージ、健康状態をシェアして、先端のハイテクノロジーと、人間らしいハイタッチを融合したライフスタイルを実現してくれます。

 これは、売り上げ規模が同じ頃のソニーや東芝やパナソニックにはなかった特徴です。

 数年前に出張で米国のボストンを訪れたとき、打ち合わせの合間に仕事をしようとスターバックスに入りました。そこはチャールズ川の対岸にあり、世界最高の理系大学といわれるマサチューセッツ工科大学と、世界最高の文系大学といわれるハーバード大学の近くでした。

 仕事をしていて、ふと気付いたのですが、周辺のテーブルで話したり、仕事をしたりしている人のほとんどがアップルのMacBookやiPad、そしてiPhoneを持っていました。恐らくそのときテーブルにWindowsPCを置いていたのは私だけだったと思います。

 午後の打ち合わせのとき、その話をしたらこう言われました。

「アップルのターゲットペルソナにドンピシャだからね、あの辺の人たちは」

 アップルの株式時価総額を世界一に押し上げた製品はiPhoneです。これは「電話」「デジタル音楽プレーヤー」「インターネットアクセス端末」を融合させた製品です。アップルはデジタル音楽プレーヤーとしてiPodを、インターネットアクセス端末としてMacBookを持っていましたが、電話は持っていませんでした。

 一方、当時のシャープ、ソニー、富士通、東芝、NEC、パナソニック、三菱電機などはこの3つとも既に製品として持っていました。つまり彼らがiPhoneを創ってリリースしても何の不思議もなかったのです。

 しかし現実は、それぞれ事業部が異なり、その事業部が独立した企業のようにそれぞれの顧客をイメージしながら製品開発をしており、製品や技術をある特定のターゲットセグメント向けに融合し、シナジーの効く製品を開発しようとはしませんでした。

 2024年の暮れに、東京で校條浩氏とお会いする機会がありました。校條氏はベストセラー『演繹革命』(左右社)の著者であり、シリコンバレーでNSV Wolf Capitalというベンチャーキャピタルを運営している人でもあります。私にとっては今でも、レジス・マッケンナ氏が率いていたマーケティングコンサルティングファームのマッケンナ・グループの代表パートナーだった方です。

 マッケンナ氏こそは、顧客データ活用の重要性に最初に着目し、IBM、HP、インテル(Intel)などをコンサルし、その名声を聞いたスティーブ・ジョブズ氏がマーケティングの師と仰いだというシリコンバレーの伝説のマーケターです。

 代表的な著書『Relationship Marketing』(邦題『ザ・マーケティング:顧客の時代の成功戦略』)は世界中のマーケターのバイブルとなりました。校條氏はそのマッケンナ氏の会社で代表パートナーを務め、マッケンナ氏の著書『Real Time』(邦題『リアルタイム:未来への予言』)の翻訳もしています。

 その校條氏が『演繹革命』の中にも収録されている「One Phone」の話を聞かせてくれました。

 アップルがiPhoneを発表する数年前に、校條氏は日本のあるメーカーに「電話」と「デジタル音楽プレーヤー」と「インターネットアクセス端末」を融合させた「One Phone」と呼ばれる端末の提案をしたのだそうです。しかし、縦型組織のうえに社内ばかり見て市場を見ていなかった日本企業はこのアイデアに取り組もうとしなかったそうです。

 その結果は今我々の眼前の光景です。iPhone以前は、多くの日本のメーカーが様々な工夫を凝らしたすてきな携帯電話をつくり、日本中に普及させましたが、瞬く間にiPhoneにこの途方もなく魅力的な市場を奪われてしまいました。

 顧客や市場にフォーカスするか、しないか。これによって大きな差が付く一つの典型例といえます。企業がフォーカスすべきは自社の事業部や技術ではなく「市場」であり「顧客」であり、「顧客の課題」なのです。

 BtoBのケースでいえば、米国にブルームバーグ(Bloomberg)という企業があります。全世界に2万人を超える従業員を抱え、売り上げが数兆円に上る金融情報端末の王者として君臨しています。

 この会社は創業者のマイケル・ブルームバーグ氏が米国の大手金融会社ソロモン・ブラザーズ(Salomon Brothers)でトレーダーをしていた経験から、金融ビジネスでトレーディングに関わる人をターゲットセグメントに限定し、徹底的に使い勝手にこだわったシステムを開発しました。それを「Bloomberg Terminal」と呼ばれる専用ハードウエアに組み込んで販売し大成功しました。

 ブルームバーグはこの情報端末に流す記事でも差別化をしようと考えました。画面から目を離せないトレーダーにも好きな野球やバスケットのチームはあります。その試合の様子を画面の隅にティッカーとして流したり、その人が気になる情報をテキストで流したりするようになりました。

 こうした付帯サービスはトレーダーにとって「自分たちの仕事を本当によく理解している企業だ」というシグナルになり、競合に対する強烈な優位性を演出しました。

 これで確信を深めたブルームバーグは1990年に報道部門をつくり、専用端末以外にもニュース配信を始めました。さらに96年にはブルームバーグテレビを開始します。これらすべては「金融ビジネスに関係する人」というターゲットセグメントに対して提供するサービスでした。

 トレーダーを中心とした金融関係者にフォーカスしても、銀行、証券、保険、年金基金管理会社など多くの顧客が存在し、グローバルでは巨大な市場になります。その市場にフォーカスし、圧倒的な使い勝手によって支持されることで、金融情報端末の王者のポジションを維持しています。ターゲット市場をフォーカスして経営資源を割り当てることは、そこから圧倒的な支持を得る可能性が高まるということなのです。

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筆者:庭山 一郎

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