肥満度と大腸がんリスクとの関連:アジア人初のゲノム疫学研究からの成果

5月11日(火)10時0分 Digital PR Platform


【発表のポイント】

メンデルのランダム化解析という、ゲノム情報を用いる研究手法により、肥満度の指標であるBMIと大腸がんリスクとの関連を調べました。
日本ゲノム疫学研究コンソーシアム(J-CGE)の日本人一般集団約36,000人のBMIとゲノム情報、および、本コンソーシアムの中で利用可能なデータと国内の公開データを合わせた大腸がん約7,500症例と対照37,000例のゲノム情報を分析しました。
その結果、遺伝的に予測されるBMIが増加するにつれて、大腸がんリスクが増加するという関連を、アジア人で初めて明らかにしました。


【概要】
 国立がん研究センター、横浜市立大学、岩手医科大学、東北大学、名古屋大学、名古屋市立大学、愛知県がんセンター、筑波大学などの研究者で構成される研究グループは、日本ゲノム疫学研究コンソーシアム(J-CGE:Japanese Consortium of Genetic Epidemiology studies)を構築し、ゲノム(注1)情報を用いたメンデルのランダム化解析により、肥満度を表す指標であるBMI(body mass index:体格指数)(注2)と大腸がんリスクとの関連をアジア人で分析しました。
 その結果、遺伝的に予測されるBMIが1単位増加すると、大腸がんのリスクが7%増加することが示唆されました。本研究成果は、アジア人におけるBMIと大腸がんリスクとの関連を、メンデルのランダム化解析により検討した初めての報告であり、がん専門誌「Cancer Science」4月号に掲載されました。

【研究背景、メンデルのランダム化解析について】
 大腸がんは、現在、日本で年間約15万人が新たに罹患する*、最も多いがんで、その予防のためには、危険因子や予防因子を明らかにすることが重要な課題です。大腸がんの危険因子は、疫学研究などにより、喫煙や飲酒、肥満との関連が示されており、国立がん研究センター「科学的根拠に基づくがんリスク評価とがん予防ガイドライン提言に関する研究」では、喫煙や飲酒は「確実な」危険因子、肥満は「ほぼ確実な」危険因子と判定しています。
 肥満が「確実な」危険因子の判定となっていない理由の一つとして、日本人のBMIは世界的に見て低く、日本人集団のBMIの範囲では、大腸がんリスクへの影響は小さい可能性が挙げられます。そのほか、従来の観察研究は、因果関係でない、見かけ上の関連をみている可能性を否定できないことが考えられます。BMIが高い集団とBMIが平均的な集団の大腸がんリスクを正しく比較するには、両集団で背景因子(喫煙や飲酒など)が均等であることが条件となります。背景因子を均等にする方法として、集団をランダムに分けること(ランダム化比較試験)が挙げられますが、大規模な人口を対象とした社会医学研究では、実施困難であることも少なくありません。また、従来の観察研究では、両集団の背景因子を均等にすることが困難なため、両集団で大腸がんリスクに違いがあっても、BMIと大腸がんリスクとの間に因果関係があるかどうかを明確に示すことができませんでした。この問題を交絡(こうらく)と呼びます。
*国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」(全国がん登録)・2017年データを引用しています。

 今回採用したメンデルのランダム化解析は、ゲノム情報で予測した形質(髪の色など外に現れる性質や形)と疾病リスクとの関連を推計することにより、この従来の観察研究で問題となる交絡に対処しようとする方法です。メンデルのランダム化解析では、一塩基多型(注3)などの遺伝子多型(注4)(形質の違いに影響を与えるとされるゲノム情報の違い)がランダムに分配されるというメンデルの法則(注5)を利用して、BMIそのものではなく、ゲノム情報で予測されるBMIを用いて、大腸がんリスクを比較します。ゲノム情報で予測されたBMIの高い集団と低い集団の間では、背景因子が均等になることが期待されることから、従来の観察研究に比べ交絡の影響を受けにくいという特徴があります。
 そこで、本研究では、BMIに関係する一塩基多型を用いて、メンデルのランダム化解析により、遺伝的に予測されるBMIと大腸がんリスクとの関連を検討しました。

【研究結果】
 まず、メンデルのランダム化解析で使用する、BMIに関係する一塩基多型として、(1)日本人で関係が報告されている68個の一塩基多型のセット、(2)世界中で報告されている一塩基多型の情報を集めたデータベースであるGWAS(注6)カタログから、網羅的に同定した654個の一塩基多型のセットを作成しました。(1)68個の一塩基多型は日本人のBMIのバラつきの約2.0%を説明し、(2)654個の一塩基多型は約5.0%を説明すると推計されました。この2つの一塩基多型のセットについて、J-CGEの日本人一般集団約36,000人でBMIとの関連、大腸がん約7,500症例と対照37,000例**において大腸がんとの関連を分析しました。一塩基多型のセットとBMIの関連は各コホートで分析され、それを統合する形で算出されています。これらの一塩基多型の結果を図示すると、一塩基多型-BMIの関連が大きくなるほど、一塩基多型-大腸がんの関連が大きくなっていました(図1)。メンデルのランダム化解析により、ゲノム情報から予測されるBMI1単位(kg/m2)増加あたりのオッズ比を計算すると、(1)68個の一塩基多型のセットを用いた解析では、1.13倍(95%信頼区間:1.06-1.20)、(2)654個の一塩基多型のセットを用いた解析では、1.07倍(1.03-1.11)と推計されました(図1)。
**バイオバンク・ジャパン(BBJ)の公開データを一部使用しています。






[画像1]https://user.pr-automation.jp/simg/1706/47310/700_311_202105071532186094def2a7bdb.jpg


図1.メンデルのランダム化解析の結果
一塩基多型ごとに、横軸にBMIに対する効果量(関連の強さ)、縦軸に大腸がんに対する効果量(関連の強さ)をプロットした図です。青色および水色の実線の傾きは、68または654の一塩基多型のBMIに対する効果量と大腸がんに対する効果量の比を統合した値に一致し、BMIの大腸がんリスクに対する関連の指標であるオッズ比に換算できます。青色および水色のボックス内には、換算したBMI 1単位増加あたりの大腸がんに対するオッズ比および、95%信頼区間を表記しています。

【この研究について、今後の展望】
 メンデルのランダム化解析により妥当な結果を得るためには、いくつかの前提条件***を満たすことが必要ですが、そのことを証明することはできません。そのため、本研究の結果を因果関係と解釈できない可能性が残ります。
 また、メンデルのランダム化解析では、遺伝的に(ゲノム情報から)予測されるBMIと大腸がんリスクとの関連を評価しています。BMIは、遺伝要因と環境要因の両者によって決まります。BMIは、食行動や身体活動量などの環境要因により生涯を通して変動します。その一方で、本研究に用いたゲノム情報から予測されたBMIは、生涯の平均的なBMIを反映していると言えるかもしれません。そのため、本研究の結果は、ある時点に測定したBMIと大腸がんリスクとの関係を見る研究結果よりも、大きなオッズ比を示している可能性があります。
 しかし、従来の観察研究と比べ、交絡の影響を受けにくいメンデルのランダム化解析においても、BMIが大腸がんリスクと関連していたことは、大腸がんの予防法を検討する際に役立つエビデンスであると考えます。今後も、BMIと大腸がんの関係をつなぐ基礎研究に加え、メンデルのランダム化解析を含めさまざまなアプローチによる疫学研究からのエビデンスの蓄積が望まれます。
***メンデルのランダム化法では、(1)一塩基多型が形質と関連していること、(2)一塩基多型が形質を介してのみがんの発生に影響すること、(3)一塩基多型とがんの発生との間に交絡因子が存在しないこと、の3つが前提条件を満たす必要があります。

【発表論文】
雑誌名: Cancer Science
タイトル: Body mass index and colorectal cancer risk: A Mendelian randomization study
著者: 鈴木詩織、後藤温、中杤昌弘、成田暁、山地太樹、澤田典絵、片桐諒子、岩上将夫、羽入田明子、八谷剛史、須藤洋一、尾瀬功、小栁友理子、春日井由美子、谷山祐香里、伊藤秀美、池崎裕昭、西田裕一郎、田村高志、三上春夫、嶽崎俊郎、鈴木貞夫、尾崎悦子、栗木清典、高嶋直敬、有澤孝吉、竹内研時、丹野高三、清水厚志、田宮元、寶澤篤、木下賢吾、若井建志、佐々木真理、山本雅之、松尾恵太郎、津金昌一郎、岩崎基
DOI: https://doi.org/10.1111/cas.14824

【代表研究機関】
研究代表者
国立がん研究センター 社会と健康研究センター疫学研究部 部長 岩崎 基

【日本ゲノム疫学研究コンソーシアムについて】
日本ゲノム疫学研究コンソーシアム(J-CGE: Japanese Consortium of Genetic Epidemiology studies)は、国立がん研究センターがん研究開発費「分子疫学コンソーシアムを活用したがんの原因究明に資する確固たるエビデンスの構築」(研究代表者 岩崎基)が構成している日本のゲノム疫学研究コンソーシアムです。コンソーシアムには、いわて東北メディカル・メガバンク機構(IMM、岩手医科大学)、東北大学東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)、多目的コホート研究 (JPHC Study、国立がん研究センター)、日本多施設共同コーホート研究(J-MICC Study、名古屋大学)、愛知県がんセンター病院疫学研究(HERPACC2,3、愛知県がんセンター)などが参加しています。本コンソーシアムでは、主にがんの潜在的なリスク因子をアウトカムとしたゲノムワイド関連解析、これらの結果を利用したメンデルのランダム化解析を実施することにより、日本人のがん予防に資するエビデンスの構築に取り組んでいます。

【研究費】
国立がん研究センター研究開発費(28-A-19)
がんの個別化予防に資する日本における大規模分子疫学研究の共同研究体制構築に関する研究
国立がん研究センター研究開発費(31-A-18)
分子疫学コンソーシアムを活用したがんの原因究明に資する確固たるエビデンスの構築

【用語説明】
(注1)ゲノム:全遺伝情報の総称。

(注2)BMI:国際的に用いられている肥満度を表す指標で、[体重(kg)]÷[身長(m)の2乗]で求める。

(注3)一塩基多型:一塩基の違いによる遺伝子多型のこと。

(注4)遺伝子多型:ゲノム配列の違いのうち、1〜5%以上の頻度で見られる比較的多い違いのこと。

(注5)メンデルの法則:近代遺伝学の法則で、メンデルが遺伝素因は分離され配偶子に分配されること(分離の法則)、複数の対立形質を表す遺伝素因は独立して分配されること(独立の法則)などを提唱した。

(注6) GWAS(ゲノムワイド関連解析研究):Genome-wide association studyの略。網羅的に遺伝子多型などのゲノム情報と特定の疾患や形質との関連を解析する手法。

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