JAXAと三菱重工が開発した価格50億円の「H3ロケット」、開発プロマネが「国際競争力はある」と言い切る理由
2025年5月7日(水)5時55分 JBpress
世界中で宇宙ビジネスの動きが活発化する中、日本にも新たな可能性が芽吹きつつある。次世代基幹ロケット「H3」の打ち上げ成功がそれだ。2024年12月、著書『ロケットサバイバル2030 国産H3は世界市場で勝てるか』を出版したノンフィクション作家・科学技術ジャーナリストの松浦晋也氏に、国産ロケットが世界市場において求められる価値や、そこで生かされる日本独自の強みについて聞いた。
H3ロケットは「日本産業全体の新たな光明」
——著書『ロケットサバイバル2030』では、JAXAと三菱重工業が開発した日本の次世代基幹ロケット「H3ロケット」を主題としています。今回、どのような理由でH3ロケットをテーマに選んだのでしょうか。
松浦晋也氏(以下敬称略) 2024年2月17日、H3ロケットが打ち上げに成功しました。H3の1号機が打ち上げに失敗してから347日を経て、悲願の成功です。私は、この成功は日本の宇宙産業の「次なるステージの始まり」であると同時に「日本産業全体の新たな光明」でもあると考え、本書のテーマに選びました。
私が日本の宇宙開発について取材を始めたのは、今から37年前の1988年です。当時、宇宙開発事業団(NASDA)※1では、まだ、「H-Ⅰ」ロケット(1981年開発開始、1986年初号機打ち上げ成功)が運用されていました。純国産の「H-Ⅱ」ロケットの開発が始まったのは1985年で、初号機打ち上げ成功は1994年ですから、日本の宇宙産業の成長初期の時期です。
私がロケットに魅了されたのは、ロケットが日常ではあり得ない光景を見せてくれるからです。ロケットはわずか120秒ほどで、高度100kmの宇宙空間に到達します。ただし、地面から垂直に、常に真上へと飛行するわけではありません。一定の高さまで上がると、進路を徐々に水平へと切り替え、やがて視界の彼方に溶け込むように消えていきます。
そうした不思議な非日常体験に魅せられて、気が付けば三十数年間、ロケットを追いかけ続けていました。本書では、その記者生活で目にしてきたロケット開発における成功と失敗の舞台裏を記しています。
※1.2003年に宇宙3機関(宇宙開発事業団、宇宙科学研究所、航空宇宙技術研究所)が統合され、現在の「宇宙航空研究開発機構(JAXA)」が発足した。
JAXA理事の岡田匡史氏が「H3には国際競争力がある」と言い切る理由
——これまでの日本の宇宙産業、ロケット開発の歴史の中でH3ロケットはどのような位置付けにあるのでしょうか。
松浦 日本のロケット開発は1969年以降、アメリカのマクダネルダグラス社(現・ボーイング社)の「デルタ」ロケットの技術を導入して進められてきました。その最終的な成果が「H-Ⅰロケット」です。しかし、アメリカの技術を使っている限り、何をするにしてもアメリカの許可が必要でしたから、事実上、海外市場でのビジネスはできませんでした。
そこで純国産にこだわって造られたのが「H-Ⅱロケット」です。しかし、H-Ⅱロケットは価格が1機170億円と高額で、当時、1990年代は円高の影響もあり、全く売れませんでした。
そして、H-Ⅱロケットの後継機として、徹底的に低コスト化して価格競争力のある「H-ⅡAロケット」の開発が1996年から始まりました。「H-ⅡAロケット」の最初の打ち上げ成功は2001年で、価格は85〜100億円程度まで下げることができました。しかし、それでも売れなかったのです。
原因は、やはり価格が高かったことにあるでしょう。加えて、日本国内ではロケットの製造拠点が少なかったことも関係しています。製造能力を高めることが困難だったことから、顧客が望むタイミングでの供給が難しかった、というわけです。
しかしながら、H3ロケットは一層のコストダウンと製造期間の短縮化を追求しながらも、約50億円という価格が達成できる見通しです。メインエンジンにはシンプルで低コストの新開発エンジンを採用したり、信頼性が向上した自動車用の電子部品を積極的に採用したりするなど、抜本的な改良も行われました。
さらに、昨今の円安の影響もあり、世界市場に挑戦する機運が高まっています。実際、H3ロケット開発のプロジェクトマネージャーを務めてきたJAXA理事の岡田匡史氏も「H3には国際競争力がある」と言い切るなど、自信を示しています。
宇宙輸送ロケットに要求される能力は「宅配便と同じ」
——本書の中では「宇宙輸送ロケットに要求される能力は宅配便と同じ」と述べていますが、具体的にどのような能力が求められるのでしょうか。
松浦 ロケットというと「高度な最先端技術の塊」というイメージがあるかもしれません。しかし、宇宙輸送システムとしての商業用ロケットに求められるものは、究極的には宅配便と同じです。
商業用ロケットの使命は「宇宙に行く」ことではなく、「ものを運ぶ」ということです。そのため、商業用ロケットに求められる能力は非常にシンプルです。具体的には、事故を起こさず確実に荷物を届ける「安全性の高さ」、予定していた日時に打ち上げる「定時性の確実さ」、手軽に使える「運賃の安さ」といった要素があります。
——基本的な商品価値から考えると、H3ロケットをはじめとする日本の商業用ロケットは、世界のロケット市場の中でどのような強みを持っているのでしょうか。
松浦 まず、安全性に関していえば、H3の前世代機であるH-ⅡAロケットの打ち上げ成功率は97.95%(49機中48機が打ち上げ成功)と諸外国のロケットと比較しても十分に高い実績を残しています。
また、定時性に関しては、機体や設備に起因する延期なしの打ち上げ率(On time率)は79.6%(49機中39機)と、他国と比較して非常に高い数値となっています。これは日本ロケットのブランドイメージ、かつ、競争力のアピールポイントともいえます。
さらに、低コストという点でも、50億円という低価格に目途がついています。昨今の円安がさらなる追い風となり、確かな強みといえそうです。
このようにH3ロケットは、輸送システムとしての基本的な能力である安全性・定時性・低コストについて、世界的な商業用ロケット市場から見ても高い競争力を持っているといえます。世界的に打ち上げ需要が逼迫(ひっぱく)する中、そこにH3が食い込む余地は十分にあるのではないでしょうか。
筆者:三上 佳大