このままじゃ日本は大損するだけ…「日本政府はトランプ流でジブリ法を制定せよ」経済評論家が熱弁するワケ

2025年5月12日(月)8時15分 プレジデント社

【画像1】左の写真を「『天空の城ラピュタ』風に描いて」と頼んでできたのが右の画像 - 画像=著者提供

ChatGPTを使って自分の顔写真を「ジブリ風」のイラストにすることが流行している。経済評論家の鈴木貴博さんは「日本は一定のIP価値を持つ作品について、生成AIの作風の模倣に対して世界に著作権料を求める制度を制定したほうがいい」という——。

■「ジブリ風のイラストを描けるようになった」だけではない


生成AIで自分の顔写真をジブリ風のイラストに描き替えてもらうことが流行しています。実際やってみることをお勧めしますが、遊びとしてだけでなくグレーなビジネスだと意識してトライすると非常に興味深い体験ができます。


最初にChatGPTの無料アカウントをつくったうえで、自分の顔写真をChatGPTにアップロードして、


「この画像をジブリ風のイラストにして」


と一番簡単なプロンプトを入力してみてください。


ここが面白いところなのですが、そうすると生成AIは次のように訊き返してきます。ジブリ風といってもジブリ作品にはいろいろありますが、『ハウルの動く城』か『もののけ姫』か、どのような作風がいいのかもう少し具体的に指示してください、と返事をしてくるのです。


まずここで気づくのは、生成AIはただジブリ風のイラストが描けるようになっただけでなく、具体的なジブリ作品を事前学習していることをなんの悪気もなく白状しているということです。


■「『天空の城ラピュタ』風に描いて」と頼むと……


それで私の顔写真を、


「『天空の城ラピュタ』風に描いて」


と頼んでできてきたのがこのイラストです(画像1)。


画像=著者提供
【画像1】左の写真を「『天空の城ラピュタ』風に描いて」と頼んでできたのが右の画像 - 画像=著者提供

お子さまにも人気の登場人物のムスカにちょっと似た感じがしますが、ムスカではありません。むしろ私に似ていますから別キャラです。


不思議なことに私の背景の空に何かが浮かんでいます。


「これがあの幻の、空に浮かぶ島なのか?」


と驚愕しますが、よくよく見ると似た感じがするだけでラピュタではありません。著作権には触れていないようなので、画像をアップさせていただきました(画像2)。


画像=筆者提供
【画像2】右上に何かが浮かんでいる…… - 画像=筆者提供

ここが今回の記事の論点なのですが、実はこのジブリ風のイラストは文部科学省の公式の声明でも著作権法には抵触していないのです。


なぜ著作権に触れないのかについては後で詳しく説明しますが、実はアメリカの著作権法上でもディズニー風やPixar風のイラストを生成させた場合に、ストレートには著作権にひっかからないことが話題になっています。


もちろんアメリカ企業の中には「3つの黒い円が重なっている」だけで訴訟リスクがちらつく会社もあるのですが、それでも作風というアイデアは著作権では保護できないようです。


さて、なぜ著作権に抵触しないのかを説明する前に、この記事では先に「ビジネスとしては何が論点なのか」を整理してみたいと思います。


■ジブリにもディズニーにも一定のフィーが入るべき


最初の論点として考えてほしいのですが、このジブリ風のイラストは禁止するのと、奨励するのと、どちらが私たちにとって幸せでしょうか? 考えなくてもわかります。これだけ楽しいのですから、禁止されないほうがいいですよね。


実は経済の面でも同じです。イノベーションでこういったこれまでできなかった遊びが誰でも簡単にできるようになることは、財が増えることを意味します。イノベーションを奨励すれば経済活動全体は発展します。


では次の論点として、このジブリ風のイラストが社会全体に広まることでジブリは経済的に何を失うのでしょうか? ないしはディズニー風のイラストでディズニーは何を失うのでしょうか?


こういったサービスが社会に広まるにあたり、本当であればジブリやディズニーにも一定のフィーが手に入るべきです。それが今の仕組みでは入らない。著作権法で守られている財なら、放送されたり、演奏されたり、上映されたりするたびに一定の収入が手に入ります。それが作風については保護されない。だからイノベーションの利益が得られず、収益の機会が失われます。ここが問題です。


■ChatGPTは莫大な広告宣伝費を節約できている


イノベーションの経済価値という面で考えてみると理解しやすいかもしれません。生成AI出現以前の状態を考えてみましょう。もしあなたがジブリのスタッフに知り合いがいるとして、


「僕の写真をイラストに描き替えてくれないか?」


と頼めるとします。知人は、


「いいけど有料だよ」


と言ったとします。いくらが妥当でしょうか?


私が値付けするとしたら一枚10万円だと思います。本当に知り合いだったとして友達価格なら2万円か1万円でやってくれるかもしれません。有能な原画スタッフが、


「線画をささっと描くのでよければ」


と言ってくれたら1000円で色紙にイラストを描いてくれるかもしれませんね。いずれにしても本家がイラストを販売するとなるとこれくらいの経済価値は当然享受できるべきです。


写真=iStock.com/SteveLuker
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SteveLuker

そしてここがイノベーションの利点なのですが、それだけ高い経済価値があるものが、今、たまたまChatGPTの無料版を使っている人であれば、一日3枚まで無料でやってもらえるようになった。


無料だからといって経済価値はゼロではありません。実はこの無料を利用することでChatGPTは全世界に数千万人単位で新規の利用者を増やしていると考えられます。ChatGPTは莫大な広告宣伝費を節約できている、言い換えると莫大な利益を得ています。ここがポイントです。


つまり莫大な経済価値が生まれていて、その価値はChatGPTが100、ジブリがゼロの配分比率になっている。これが現状だということです。


■仮にジブリに「一枚50円」の収入が入るとしたら


3番目に「では着地点はどうしたらいいのか?」を考えてみます。仮に生成AIがジブリ風のイラストを描くたびに、ジブリに50円の収入が入るようになったとしたらどうでしょう。そうなるとChatGPTも無料ではできないので、一枚100円ぐらい料金をとるかもしれません。無料ではないので試してみる人の数は今よりも減るかもしれませんが、それでも100円ならやってみる人はそれほど減らないかもしれませんよね。


こういった配分ルールの変更は、小さいように見えて大した収入を生みます。仮に世界中から一枚50円で徴収する権利料が、合計してみると年間1億枚のイラスト生成になったと仮定すれば、ジブリの収入は50億円になります。『紅の豚』や『魔女の宅急便』の興行収入に匹敵する副収入になるのです。


ここで問題になるのは商業利用でしょう。ジブリ風の看板で集客したり、ジブリ風のキャラを企業が使ったり、果てはジブリ風の映画を独自に制作して上映したらどうなるのか? ここは100円といったレベルではない価格設定も必要でしょうし、ここから先を超えたらアウトだよという線引きも必要でしょう。


いずれにしてもこのようにイノベーションの配分ルールを変えることは社会全体でみると悪いディールではありません。ユーザーである私たちも無料でなくなるのはちょっと悔しいですけれども、合理的な範囲内での価格で楽しくて新しいサービスを使い続けることができます。生成AIの企業もサービスを通じてユーザー数を拡大できます。そしてジブリやディズニーなどの著作権者も収入を得ることができます。


■現状では「作風」は保護の対象になっていない


まず前半の話を整理させていただくと、ジブリ風のイラストは現行法でどうだという話を置いたうえで、あるべき未来から考えると、禁止するよりも安価で使えるようにルールを決めたほうがいい未来がやってくるというのがこの記事での主張です。


ではこの記事の後半では、現実にはどう動きそうなのかについてまとめてみたいと思います。まず後半の最初の論点ですが、記事の冒頭で述べたようにこのジブリ風のイラストが生成されるという事案に関しては、著作権法上は合法です。


この判断については理解しておくべきふたつのポイントがあります。ひとつめに著作権法が保護する対象はキャラクターのデザインなど具体的な表現に限られることです。「作風」や「雰囲気」は保護の対象ではない。これがひとつめのポイントです。


ふたつめに著作権法は「享受を目的としない利用行為」は著作権の侵害ではないとしています。ジブリの作品を視聴して楽しんだり、キャラのグッズを作って販売すると「享受」したことになるのですが、ジブリの作品をAIの学習に使用することは現行法では享受にはあたらないとされています。


このため現行法では生成AIがジブリ作品を学習してジブリ風の画像を生成して配布することは合法なのです。


写真=iStock.com/Zolnierek
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Zolnierek

■世界的にはルール変更の動きが起きている


そこで世界的な動きとして、この比較的制御しやすそうなふたつめの「享受」の定義範囲を変えようとする動きが起きています。わかりやすく表現するとAIに学習させる場合には著作権が生じるようにルールを変えようというのです。


EUなどが比較的早くからこのルールを制定しようとしています。たとえば今年8月からはAIがどのような著作物を学習したのか、トレーニングデータの要約を公開しなければいけなくなります。また著作権者がAIがテキストデータマイニングをすることについて拒否している場合、学習には著作権者の許諾が必要になります。


ただ問題もいくつかあります。たとえばもう学習してしまったAIについてはこの新しいルールは間に合いません。別の言い方をすれば先に学習したアメリカの生成AIは、これから開発が始まる日本製のAIよりも性能面で有利になるということです。


それにここは非常に難しい問題になると思えるのは、個々の著作権者にとって学習を許諾したほうがいいのか、拒否したほうがいいのかの判断が簡単ではないことです。


■コピーガードをつけたCDは売れなくなった


歴史をさかのぼって考えてみましょう。音楽CDについてはコピーが技術的に可能になりました。その際に、コピーを容認した音楽会社と、CDにコピーガードを実装しようとした音楽会社がありました。後者の音楽販売が目に見えて下がったことで、経済的に損だということがわかり、現在では音楽CDにはコピーガードはつかなくなりました。


写真=iStock.com/Adam Smigielski
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Adam Smigielski

音楽プレイヤーは2000年頃まではiPodではなくウォークマンが世界の主流でした。デジタルの時代にウォークマンが廃れた重要要因のひとつも、過剰に著作権を保護したことで使いにくくなったことが挙げられます。


動画のダウンロードやストリーミング視聴も同様で、結局のところ技術進化の行先として視聴者は放送ではなく動画配信でコンテンツを愉しむ方向に進んでいったわけで、先にそれに対応したコンテンツ企業は先行優位が発生します。


こういった先例を知っている前提で、著作権者は生成AIに自分のコンテンツを学習させることをどこまで制限すべきなのか、個々の企業の立場で考えると非常に難しい問題になるはずです。おそらく学習を許諾する企業が大半になるのではないでしょうか。


■「作風」を著作権で保護するのは非常に難しい


一方でより本質的な問題として「なぜ作風を著作権で保護しないのか?」という問題があります。


この問題、専門家が考えると難問です。というのも作風に著作権を認めれば、なんでも著作権法違反になってしまうからです。私の書く経済記事だって、


「忖度しないあたりが森永卓郎さんの作風に似ている」


と指摘されるかもしれません。そう主張されると私は目が点になりますが、さらに、


「経済についてわかりやすく解説するあたり池上彰さんからの模倣も感じられる」


と追撃される危険性もあります。


つまり、作風の権利については法律を作ることが非常に難しいということです。


では結局のところ、2025年5月時点で完成している生成AIが世界中にジブリ風のイラストを無料でばらまいているという現在進行形で起きている事態について、ジブリを保護することは不可能なのでしょうか?


■アメリカで登場した「エルビス法」


アメリカにはこんな事例があります。テネシー州がエルビス・プレスリーにちなんだ「エルビス法」という法律を制定したのです。それによれば人の画像や映像、名前だけでなく声の使用も保護するというのです。


背景としてはエルビス・プレスリーの歌声を簡単に生成AIが模倣できるようになった技術進化があります。この法律、もちろんエルビス・プレスリーだけではなく、現役の歌手や声優、俳優にも適用されます。ただ違反した場合の罰金は最高で2500ドル(約36万円)とたいした補償ではありません。


写真=iStock.com/disqis
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/disqis

そしてこの法律、やはり無理があるということでしょう。連邦法ではなくテネシー州の州法としてしか制定できていません。とはいえこの法律は未来の法律のあり方に一石を投じたことは間違いないでしょう。


ここで思い出していただきたいのがドナルド・トランプ大統領です。法律的にどうなのかといった批判を無視して、トランプ関税をはじめとした100を超える大統領令に署名をして、つぎつぎと施行しています。理由は、現行法や現行の国際ルールの下ではアメリカの国益が損なわれているという認識があるからです。


■日本政府は「ジブリ法」を制定すべきではないか


私はトランプが好きか嫌いかにかかわらず、政治家にとってこの視点は重要だと思います。日本の政治家は、生成AIでジブリ風のイラストが無制限に生成されていることに対して、国益がどう損なわれているのかを認識したうえで、国としての態度をアメリカのIT企業に対して示すべきです。


具体的には日本政府は年内にジブリ法を制定すべきではないでしょうか。


私案ですが、すべての著作物に対する法律ではなく、日本の国益に抵触する以下の作品に限定した「法律」ないしは「法に準じる制度」を制定してはどうでしょうか。具体的にはIPとしての価値が高い「ジブリ作品」「ポケモンとマリオ」「サンリオ作品」「ガンダム」「鳥山明作品」を想定したうえで、そうした一定のIP価値を持つ作品について、生成AIの作風の模倣に対して世界に著作権料を求める制度を制定するのです。


なぜ作品を限るのか? というと、それが国益だからということに加えて、その方が守るべき範囲が明確に絞られるからです。なにを根拠に? という反論に対して、トランプ氏なら「俺が法律だ」ということでしょう。


この法律、制定してもGAFAMから著作権料を徴収するところが本当は一番難しい。解決策が見つからないと思っていましたが、トランプ氏がいいことを教えてくれました。ジブリの作風を模倣した利用料をGAFAMなどアメリカの法人が支払わず、アメリカ政府がフリーライドを容認している場合、報復措置としてアメリカの小麦に25%の関税をかければいいのです。


無茶ですって? このまま何もしないよりもずっとマシな主張ではないでしょうか。


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鈴木 貴博(すずき・たかひろ)
経済評論家
経済評論家。未来予測を得意とする。経済クイズ本『戦略思考トレーニング』の著者としても有名。元地下クイズ王としての幅広い経済知識から、広く深い洞察力で企業や経済を分析する独自のスタイルが特徴。テレビ出演などメディア経験も多数。
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(経済評論家 鈴木 貴博)

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