<続報>ゴーン氏が食った新生銀行の「毒饅頭」

5月13日(月)6時10分 JBpress

保釈され、東京拘置所を後にする日産自動車前会長のカルロス・ゴーン被告(中央、2019年4月25日撮影)。(c)Behrouz MEHRI / AFP〔AFPBB News〕

(黒木 亮:作家)

 カルロス・ゴーン氏が日産自動車に付け替え、3回目の逮捕容疑(特別背任)になったデリバティブ取引の実態は、前稿「ゴーン氏を破滅させた『投機的預金取引』の全貌!」で解説した通り、元本を新生銀行から借り入れ、ドルのプットオプションの売りと3倍のレバレッジでリターンを高くした仕組み預金だ。

前回記事:ゴーン氏を破滅させた「投機的預金取引」の全貌!
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/56123

 ただ捜査関係者やメディアがこの取引を「為替スワップ」と呼んでいるので、調べてみたところ、ドルのプットオプションの売りで間違いないが、契約形態は「為替スワップション」にしていたらしいことが分かった。なぜそうしていたかと言うと、銀行の事務負担を軽減するためだ。


通貨スワップションの仕組み

 ゴーン氏の仕組み預金は、期間が10年程度と考えられ、3カ月ないしは6カ月ごとの利払い日ごとに行使可能なドルのプットオプションの売りがくっ付けられていた。そうするとオプションの数が20〜40個になり、その1つ1つの伝票の起票、入力、オプションバリューの定期的算出、管理等の手間が大変で、銀行内の事務部門から苦情がくる。

 そこで1件の取引として入力できる「通貨スワップション」にしたというのだ。通貨スワップションは、通貨スワップ(この場合、銀行がドル売り・円買い)を行なうことができる権利で、効果は通貨オプションと同じである。

 通貨オプションは、基本的には単発の取引で、何個かある場合、ストライク・プライスはばらばらで、個々の取引のオプションバリュー(評価額)もそれぞれ算出しなくてはならない。

 これに対して、一定期日ごとに行使時期がきて、かつストライク・プライスも同一(ないしは一定期間ごとに1、2度変更する程度)の通貨スワップションであれば、1件の取引として入力・管理でき、セット商品なので、取引の評価額も一括で算出できる。

 さらに、個別のオプションのプライシング(値付け)が顧客に分からなくなるので、銀行側にとって、オプション料をどれだけピンハネしているか隠せるメリットもある。

 こうした通貨スワップション付きの預金が、よく売っている商品であれば、評価ツールもできており、トレーダーも一括のプライシングをすぐに顧客に提示できる。

 ネットで検索してみると、新生銀行を筆頭に、三井住友銀行、みずほ銀行、住信SBIネット銀行、ソニー銀行、あおぞら銀行、広島銀行、じぶん銀行、第四銀行、阿波銀行など、デリバティブ付きの仕組み預金を売っている銀行は非常に多い。


二重通貨型とコーラブル預金

 こうした仕組み預金には大別して2種類がある。

 1つは「二重通貨型」で、円で預金し、満期日に円高になっていれば、ドルで元利金が返ってくるものだ。これは顧客に(実質的に)ドルのプットオプションを売らせて作る。ゴーン氏の仕組み預金はこのタイプで、仕組みやスキーム図は前稿で説明した通りである。

 もう1つは「満期日繰り上げ型」(コーラブル預金)で、銀行が定期預金の満期日を早めて取引を終えられる権利を持つものだ。これは銀行がカウンターパートと金利スワップ契約を結び、カウンターパートにスワップ解約オプション(金利スワップション)を与える(このスワップ取引を「コーラブルスワップ」と呼ぶ)。市場のスワップ金利が低下した場合、カウンターパートはオプションを行使して、スワップ契約を解除し、銀行は預金の満期を繰り上げて顧客に払い戻す(“callable”は「解消できる」という意味)。

 私が聞いた限りでは、ゴーン氏の預金には満期繰り上げ特約は付いていなかったようだが、念のため下にスキーム図を示す。

 ちなみに後者は1980年代に、金融工学で世界のトップを走っていた米系大手投資銀行ソロモン・ブラザーズが日本に持ち込んだ「コーラブルローン」の応用だ。ソロモン東京支店の営業担当者がトヨタ自動車から「うちは固定金利の長期借入れをいつでも銀行に返済してよいことになっている」と聞かされ、銀行がトヨタにタダでコーラブルオプションを与えているのを知り、ソロモンがスワップションを組んで、それを実質的に買い取り、オプション料の一部を還元して、より低金利の借入れを実現した(このあたりのことは拙著『巨大投資銀行』<角川文庫>上巻181〜188ページ、および仕組み図を巻末に記載してあるので、興味のある向きは参照されたい)。

 仕組み預金には、そのほか、豪ドルや南アランドなどドル以外の通貨を使用するもの、預け入れ通貨とは別の通貨で運用するもの、利息だけを円で受け取るもの、満期が延長されるものなど色々ある。そのほとんどが前記2種類の仕組みを少し変えただけで、顧客に(実質的に)オプションを売らせ、オプション料の一部を還元して、高利回りを実現するものだ。

 低金利というビジネス環境下、公的資金注入後の経営健全化計画の収益目標達成が至上命令だった銀行は、預金に限らず、顧客に為替や金利の博打を張らせる毒饅頭(デリバティブ商品)の製造・販売にまい進したのである。


過度だったリスクテーク

 こうしたデリバティブ商品の考案は、金融の実務家でない限り不可能で、ゴーン氏のケースも含め、すべて銀行の提案によるものと断言して間違いない。

 そしてリーマンショック後の急激な円高で、それらが軒並み爆発し、訴訟ラッシュになった。大型案件だけでも、駒沢大学がBNPパリバ証券やドイツ証券に約170億円の損害賠償を請求した訴訟、サイゼリヤがBNPパリバに168億円を求めた訴訟、兵庫県朝来市がSMBC日興証券と三井住友銀行に4億8000万円を求めた訴訟など、枚挙にいとまがない。

 また三菱東京UFJ銀行(現三菱UFJ銀行)やモルガン・スタンレーMUFG証券などと多額の為替や株のデリバティブ取引をやっていたジーンズメーカーのエドウィンでは、財務担当役員が2012年に自殺し、会社は伊藤忠商事に買収された。

 こうした仕組み金融商品の場合、最悪でも元本を失うだけで済むのが普通で、担保不足で取引の付け替えなどという話は出てこない。しかし、ゴーン氏の場合、自己資金ではなく、新生銀行からの借入れで預金をし、しかも3倍のレバレッジをかけて多数のオプションを売っていた。贅沢な暮らしや、この前後の離婚による財産分与、16億円ともいわれるクルーザー購入、息子の会社を経由した30億円前後の投資などで、莫大な報酬のわりには手持ち資金にあまり余裕がなく、自己資金を使わずに大きな儲けを狙いたいゴーン氏の思惑と、なるべく多くのデリバティブ取引で手数料収入を極大化し、融資の金利も稼ぎたい新生銀行の思惑が一致した結果だろう。これが傷口を大きくし、新生銀行も融資焦げ付きのリスクに直面して、日産自動車への付け替えをするに至った。

 デリバティブを組み込んだ投資商品が一概に悪いというわけではない。拙著『巨大投資銀行』<角川文庫>上巻286〜293ページには、ドル建て債券に投資する日本の機関投資家が、ドルのプットオプションを買って、最低限の円建て利回りを確保し、かつドルのコールオプションを売って、プットオプション購入費用を補てんする場面が出てくる。これは円安で円建て投資利回りが無限大になるメリットを捨てることで、最低限の目標利回りを確保する「カラー取引」(リターンが一定の上下幅に限定されるキャップとフロアーの組み合わせ)だ。デリバティブも賢明に使えば有益である。

 ゴーン氏の場合、残念ながら、リスクテークが過度だった。新生銀行の仕組み預金は、ある程度の円高になっても(オプションのストライク・プライスの)100円程度でドルが買え、円高にならなくても(数パーセント程度と推測される)高金利がもらえる「ドリーム・スキーム」のはずだったが、リーマンショックによる想定外の円高で、ゴーン氏にとっても、新生銀行にとっても、悪夢になったのである。

筆者:黒木 亮

JBpress

「新生銀行」をもっと詳しく

「新生銀行」のニュース

トピックス

BIGLOBE
トップへ