新たな円安サイクルに突入したドル円相場、日本の凋落は止められるのか

2023年5月13日(土)6時0分 JBpress

注目されていた4月の米国消費者物価指数は、前年同月比の上昇率が3月より縮小した。これを受け、米連邦準備理事会(FRB)が利上げを停止するとの観測が強まっている。一時、1ドル=150円水準にまでドル円相場を動かした米国の金融政策はなお注目点だが、大きなトレンドでみると円安サイクルに移行し、1ドル=170円を超える円安になる可能性がある。

(市岡 繁男:相場研究家)


幕末から終戦まで、ドル円レートは何度も切り下げ

 今後、対ドルで日本円がどうなるか、歴史を振り返って考えてみたいと思います。

 幕末以降の円相場をみると、1860年から第2次世界大戦が終わるまで、ほぼ一貫して円安傾向が続きました。理由は戦争に次ぐ戦争で軍事費負担が重かったからです。

 戦前は金本位制なので、石油やゴムといった軍需関連の原材料輸入が増えて貿易赤字が溜まると、保有している金の持ち高が減って円安になるのです。

 1894年の日清戦争後は、平時であっても国家財政の3割超が軍事費に振り向けられたほか、台湾や朝鮮、満州など外地経営にも多額の資金が投入されていました。恒常的な円安体質の中で、20世紀初頭の20数年間は1ドル=2円の固定レートをなんとか維持しましたが、1931年の英国の金本位制停止や満州事変を機に為替レートを切り下げ、その後は戦時体制に移行します(図1)。

(本記事は多数のグラフを基に解説しています。正しく表示されない場合にはオリジナルサイト「JBpress」のページでお読みください)

 ところが、災い転じて福となすと言うべきか、1945年の敗戦を境に軍隊は解体され、軍事費の負担は必要最小限となりました。戦前まで軍関係に偏重していたヒト・モノ・カネという資源は民間部門にシフトし、戦後の日本は飛躍的な経済発展を遂げることとなります。

 戦前と打って変わって円高傾向が続いたのはこのためです。


チャートは円安持続を暗示

 それが2022年に始まったウクライナ戦争もあり、従来のGDP比1%が上限とされていた日本の防衛費は、岸田政権によって2%に引き上げられようとしています。

 そんな中、図1のドル円レートが示すように、1945年を挟んでグラフが左右対称をなしていた超長期での為替レートは、新たな円安サイクルに移行したようにもみえます。

 また過去50年間についてドル円チャート(月足)をみても、この数年、横一線に収斂していた5年〜30年の移動平均線を直近は一気に上抜けています(図2)。これは過去30年超にわたる円高トレンドが一変したということです。

 それだけではありません。

 チャート分析の教科書には、強いトレンド転換のサインとして「逆三尊形」というパターンが挙げられています。これは3つの谷をつくり、中央の谷が最も低くなるチャートパターンのことです。谷と谷の間にある2回の高値をつないだ直線(ネックライン=支持線)を上抜ければ、それまでの下げトレンドは終了し、次は最も深い谷とネックラインの値幅の倍返しになるという経験則です。

 今のドル円チャートはまさにその逆三尊形をしているのです(図3)。最も深い谷は約80円、ネックラインは125円くらいですから、上値目標値は(125円−80円)+125円=170円ということになります。

 チャート分析はともかく、ほかの要因を考慮しても、筆者は今後さらに円安が進むとみています。少子高齢化の進展や地政学上のリスクなどもありますが、ここでは次の2点を指摘しておきます。


失われた「円安からの復元力」

 まず1点目は、ウクライナ戦争を機に原油価格が上昇したことで貿易赤字が恒常化していることです。

 かつて、日本はオイルショックなどで貿易赤字となり、それが円安を招いても、後に円安が輸出増に働くことで、そうした試練を乗り越えてきました。

 それが今では、日本企業の工場の海外移転が進み、製造業が空洞化してしまったため、そんな復元力は失われているのです。

 これまでは対外直接投資や対外証券投資からの配当収入によって、経常収支が黒字だったからまだ良かった。トータルでは外貨を稼いでいるからです。


海外からの配当はどこまで当てにできるか

 ところが最近は、その経常収支でさえも赤字になる月があるのです(図4)。

 そもそも海外から配当が入ってきたとしても、新冷戦の下、その配当を生む投資対象の価値は実は不安定なものです。

 AFP通信は今年1月17日、「クレムリンは、ロシアの主要企業に対し、いわゆる『非友好的』な国の株主の投票を無視することを許可した。外国人株主がいる場合でも、この規則が適用される」と報じました。文字通り解釈するなら、ロシアに進出した日本企業の現地資産は接収されたも同然ということになります。

 もし同じことが中国で起きたらどうなるでしょうか。

 ジェトロ(日本貿易振興機構)によると、日本の対中直接投資額は米国、英国に次ぐ世界3位で、1470億ドル(約20兆円)もあります。米中関係の悪化に引きずられて、もし日本も中国との対立が激化していけば、そのお金は戻ってこなくなるかもしれません。

 証券投資においても、これから景気が著しく悪化するようならデフォルトが相次ぐこともあり得ます。平時ならともかく、戦争や恐慌といった有事では債権国の方が立場が弱いのです。

 例えば1931年の国際金融危機の際、ドイツに多額の債権を保有していた英国は信用が失墜し、ポンド切り下げに追い込まれています(金本位制停止)。同じことが今の日本でも起きないとは限りません。

 2点目は、日銀の事情です。日銀は金利を上げたくても上げられない状況が続いており、海外の金利が下がらない限り、円安基調が続く可能性が高いのです。

 この点について英エコノミスト誌は、「日本の政策立案者はいかにして深い穴に落ちたのか」というタイトルの記事をまとめ、以下のように指摘しています。

  1. 日本の家計は1100兆円の預金を保有しており、金利が1%ポイント上昇すれば、家計の純金利収入は4.7兆円(年間可処分所得の1.5%相当)も増加する。だから家計は利上げを歓迎しよう
  2. だが日本では国債の平均金利は0.8%だというのに、歳出の約8%が利払いに充てられている。ここで利上げに踏み切れば、何年にもわたって影響を受ける
  3. 日銀は国債の半分以上を保有している。金利を上げたら民間銀行等が日銀に預託する当座預金550兆円に対する利払い費が増加し、最悪、政府に助けを求めなくてはならなくなる
  4. さらに中小の銀行は、(日銀が利上げをすれば)保有する資産に巨額の含み損が発生し資本金が毀損する

量的緩和で100兆円超が海外に流出

 日銀について筆者が付け加えたいのは、世界が日銀の利上げを望んでいないということです。

 今年4月、日銀の総裁に植田和男氏が就任するにあたって、海外の主要紙は「日本が利上げに踏み切れば、資本の流れが変わって欧米の金利が上昇する」と、日銀を牽制するかのような記事を掲載しました。

 本連載で筆者が述べてきたように、世界がインフレ退治のため利上げに動き始めてからも日本だけが金融緩和を継続し、その緩和マネーが世界の株式相場を支える構図が続いてきました。こうした中、日銀が利上げを断行し、その後に株価が暴落したら、日本のせいにされることは必至です。日本はいわば、軍事用語でいう殿(しんがり)部隊の役割を担わされているのです。

【筆者の関連記事】
◎世界の株式相場を支える日銀、このままでは強烈なインフレが日本を襲う

 とはいえ、日銀が海外に遠慮し、国債購入を通じた長期金利の抑制策=事実上の量的緩和を止めなければ、日本の富は海外に流出する一方です。この10年以上にわたる量的緩和政策の結果、証券投資だけで100兆円を超えるお金が海外に流れました(図5)。

 日本の凋落が語られるようになったのは、このことと無関係ではないでしょう。せめて、その半分だけでも国内に投資されていたら、日本経済はもっと違った姿になっていたはずです。

 この点に関し、筆者は160年前の日本とのアナロジーに思いを致さざるを得ません。


幕末は「ええじゃないか」と踊り狂ったが

 幕末の日本では海外との金銀比価の違いから金(大判小判)が海外に流出し、海外の金銀比価(金と銀の価値比率のこと)は一時、記録的なレートとなりました(図6)。あまりにも多くの金が日本から流出したことで、金が銀に対して大幅な割安になったのです。

 一方で、日本には金の売却代金として大量の銀貨が流入し、過剰流動性が発生しました。そして、その後に起きた天変地異や国防費の増大で幕府の出費はかさみ、財政が拡大します。

 結果、起きたのが1860年からの数年で米価が8倍になるほどのハイパーインフレでした。これでは260年も続いた江戸幕府が倒れるのは無理もないといえます。

 ひるがえって今、プロセスは異なるとはいえ、国内では日銀の当座預金残高に巨額の過剰流動性が蓄積され、防衛費も増大しようとしています。ここに大地震などの天変地異、あるいは第3次石油ショックのような事態が発生したらいったいどうなるでしょうか。

 幕末の市民はあまりの激変で集団ヒステリー状態に陥り、「ええじゃないか」と三日三晩、踊り狂ったといいます。21世紀の日本でも同じようなことが起きるような気がしてなりません。

※本稿は筆者個人の見解です。実際の投資に関しては、ご自身の判断と責任において行われますようお願い申し上げます。

筆者:市岡 繁男

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