タイガー・ウッズを救った"筋トレ"思考法

5月13日(月)15時15分 プレジデント社

(写真左より)マスターズ・トーナメント最終ラウンドの18番、14年ぶり5度目の優勝を決めて喜ぶタイガー・ウッズ=2019年4月14日(写真=AFP/時事通信フォト)。落語家・立川談慶さん

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今年4月、男子ゴルフのタイガー・ウッズが、14年ぶりにマスターズを制覇した。ウッズは2014年5月を最後に世界ランク1位から陥落し、17年には1199位まで下がっていたが、この2年で完全復活を遂げた。落語家・立川談慶さんは「ウッズは『ご褒美が最後にくる』感覚を知っていた。この感覚を手に入れるには筋トレがいい」という——。


(写真左より)マスターズ・トーナメント最終ラウンドの18番、14年ぶり5度目の優勝を決めて喜ぶタイガー・ウッズ=2019年4月14日(写真=AFP/時事通信フォト)。落語家・立川談慶さん

■車内広告には“ツッコミどころ”が満載


季節は春から夏へと変わりつつあり、電車に乗っているだけで汗ばむような陽気になってきました。ふと、いつも使う京浜東北線の車内吊り広告に目をやりますと、ツッコミたくなるものばかり目につきます。


たとえば最近乗った車両は、広告のほとんどが転職情報サイトのもので占められていました。もし海外から来た旅行客が日本語を読めたら、「日本人はそんなに今の仕事が嫌いなのか」と思うのではないでしょうか。


また、某予備校の広告には、「なんで私が東大に!?」と記されていました。「そんなのあんたが受験したからだろ? 俺に聞くなよ!」と、思わずまぜっ返したくなります。


このほかに目立つのが、男性は「増毛」、女性は「脱毛」の広告ですな。外国人ならきっと、「日本人は毛にしか興味がないのか」と疑問に思うでしょう。なんとも「不毛」な話です。


そんなツッコミ目線から見ていると、テレビもまた、人間の矛盾を即座に映し出す鏡なのだと感じることがしばしばです。とあるワイドショーでコメンテーターが、フェイクニュースについて「ネットの情報を丸のみしない方がいい」とコメントした直後、コマーシャルに切り替わる際に「続きはウェブで」と真顔で言っていたのには大笑いしました。


■タイガー・ウッズを復活させた根本要因


また、ニュースを見ていましたら、「踏切での待ち時間がこらえきれなくなって、遮断機をのこぎりで切る人」が現れました。「あちゃー」と思っていましたら、海の向こうのアメリカではタイガー・ウッズ選手の奇跡の復活劇を報じていました。


ここで私は思うのです。イライラして遮断機を切ったのも、世界ランキング1000位以下から約2年でトップ10に返り咲いたのも同じ人間なのに、一体この差は何だろうか、と。


無論、両者の間には資質や才能など歴然とした差が横たわっていますので、比較するのはナンセンス。しかし、唯一この両者を同じ土俵で語ることのできる要素が、「忍耐力」ではないでしょうか。仮に才能や資質が先天的な領域に属するものだとしても、日々の積み上げという後天的な努力の正体は忍耐力です。


つまり両者は忍耐力に決定的な差があるからこそ、片や簡単にブチ切れておかしな行動に走り、片やコツコツと努力を重ねて成功を手に入れた、と言えるわけです。


そして、この記事を書きながらテレビを見ていたら、ちょうど「上りと下りを乗り間違えた中年男性が、走行中の新幹線から非常ドアの開閉装置を操作して線路に飛び降りた事件」を取り上げていました。


なぜ、人はこれほどキレやすくなってしまったのでしょうか。



■文明が人をキレさせる


私はこれを、社会が住みやすくなったことの裏返しではないかと思っています。


たとえば通信販売にしても、かつては注文から商品の到着までに一週間ぐらいかかるのは当たり前でした。少年時代の私などは、雑誌の裏表紙に載っていた、「食べるだけで筋肉がつく」といううたい文句の、今考えると出来損ないのきな粉としか思えないまずいプロテインを、1カ月近く待って購入したものです(あれは完全にだまされていました)。ところが今では、注文した品物が即日届くことも珍しくありません。


わが師匠・立川談志は、「他人の力を借りて不快感を解消するのが文明」と定義していました。なるほど、文明とは「待つ」という行為を否定して発達するものなのかもしれません。逆に、「待たせないように」して、「待つ」ことを不快な感覚にさせることで効率化を促進させてきたとも言えるでしょう。


その結果として「待たせる」ことは害悪であるというフラストレーションが生まれ、「キレる」ことを誘発する下地を作っているのではと想像します。つまり「キレる」というのは文明病なのです。


■現代の風潮に背を向ける筋トレのすごみ


だからこそ、現代人にとって忍耐力があることは非常に価値を持ちます。最近、「アンガーマネジメント」という言葉がもてはやされているのも、忍耐力の欠乏状態を示唆しています。犯罪の原点が「怒り」だとすれば、それを抑えるべき「忍耐力」があればクリアできる問題は多いのではないでしょうか。


そこで、「待てる」体質づくりが急務であると考えた場合、お勧めしたいのが筋トレです。筋肥大というこのトレーニングの一番の成果は、あくまでも最後にやってきます。


近年の研究によると、「トレーニング→栄養→休養」というサイクルを、最低でも8週間から12週間は重ねなければ、筋肉は大きくならないことが判明しています。ご褒美が最後に来るこのトレーニングの特長が、すぐに結果を求めようとする現代の風潮になんとなく背を向けているようで、私としてはそれがまたたまらない気持ちにさせられます(重病ですね)。


「待つ」行為がトレーニングとワンセットになっているのですから、これを継続すれば、現代人に不足しがちな忍耐力が必ず身に付くはずです。



■落語家が修行期間に得るもの


考えてみれば、落語家の修業も身上も、「待つこと」にあるのかもしれません。落語家がほかのお笑い芸人と一線を画すのは、養成システムである前座修行の期間です。


落語家は、入門してすぐに落語を自由にやらせてもらえる身分にはしてもらえません。まずは「見習い」からスタートします。やがて芸名が付けられて、「前座」という身分になります。これは寄席や落語会などで開口一番というトップバッターを務める立場ですが、彼らの主たる任務は、師匠の身の回りの世話や、楽屋で先輩方の着物を畳むなどの労働力の提供であり、好き勝手な活動が許されているわけではありません。あくまでも「滅私奉公」にその存在意義があります。


立川流の場合ですと、「落語50席プラス歌舞音曲」を談志が認めたら「二つ目」となり、さらに「落語100席プラスさらなる歌舞音曲」をクリアして「真打ち」というランクに上がります。


私の場合、前座から二つ目昇進に上がるまで、9年半という長い期間を要しました。これは談志の望む歌舞音曲を身に付けられなかったことが原因ですが、今振り返ってみるとこの期間は、談志が「待っていてくれた時間」だったともいえます。


「お前は俺がこっちに来いというのに向こうに行っちまう奴だった。でもそんなムダが今、芸の幅につながっているな」


これは14年かかって真打ちに昇進した時に談志から言われた、最高の褒め言葉でした。


■談志だって昔は耐えてきた


これがお笑い芸人の場合ですと、「10年経って芽が出なかったら辞める」といった言葉をよく聞きます。待つのが前提で成立しているわれわれの世界とは対照的といえます。


談志にしても、世間からすれば気が短く、何にでもすぐかみつくイメージがあると思います。しかし、立川流を創設し、その後の落語界をけん引する志の輔・談春・志らくという弟子たちが出てくるまでは、長期にわたって「忍」の一字で耐えてきたはずです。


きっと、正しいと思った道を貫く談志の信念は、「待つこと」で醸成されていったのでしょう。芸も筋肉もすぐに結果は出ません。ともに待つことが前提となる、長期戦思考で取り組むべきものなのです。


こう考えてみると、もともとこうした環境に身を置き、「待ち時間」に慣れていた私が筋トレにハマるのは必然だったのかもしれません。実際、元来は短気だった私ですが、筋トレを始めて以降、「おおらかになった」と家族や周囲からよくいわれるようになりました。「じっくり待つことで身に着けた筋肉」が、私に自信を与えてくれたのでしょう。



■成果につながる「数値化→習慣化→可視化」のサイクル


忍耐力は「待つ」ことを「習慣化」させることで確実に体得できます。


筋トレはまず、トレーニングのメニューを決めるところから始めます。ベンチプレスの場合、「最大10回から12回挙げられる重量のものを3セット」というのが基本で、もし60キロバーベルを12回挙げるのが精いっぱいという人なら、「60キロを12回、10回、8回」と逓減させていくメニューを組みます。


このようなトレーニングを何週も続けていくと、そのうち60キロバーベルが軽く感じるようになり、やがて70キロを挙げられるようになります。そうなると、疲れや筋肉痛のつらさよりも、「もっと重いバーベルを上げてみたい」というモチベーションが上回り、いっそうトレーニングに熱が入ります。その結果、記録はさらにアップしていくのです。


重量と回数という具体的な数値が、やる気に火をつけトレーニングを習慣化し、3カ月後には筋肥大という可視化が待っています。


数値化→習慣化→可視化。このような「最後にご褒美が来る」感覚を知り、毎日のトレーニングに耐え続けていると、ある日、タイガー・ウッズばりに人生ランキングの飛躍的向上が期待できるのです。やはり日々の積み重ねに勝るものはありません。


■やっぱり筋トレするしかない




立川談慶『老後は非マジメのすすめ』(春陽堂書店)

私はこの5年で10冊の本を出版しました。出版不況が叫ばれて久しい中、かくも依頼が相次ぐのはありがたいことですが、本を書くというのは重労働です。


そこで私はここでも、「面白い言葉を10万字連ねていけば、1冊の本になる!」というコツコツ精神で取り組んでいます。「1日1000字を100日書き続ければ本ができる」。こんな「待ち」の了見になったのは、やはり筋トレのおかげではないかと確信しています。


仕事が多い売れっ子はモテる、とよく言われます。「モテる人になるためには待てる人になること」。こんなシャレみたいな真理も、やはり筋トレから教わったことなのです。



(落語家 立川 談慶 写真=EPA/時事通信フォト)

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