どうすればリニア開業は実現するのか…リニア妨害を続けた川勝知事の後任が「本当にやるべきこと」

2024年5月13日(月)7時15分 プレジデント社

リニア5つの約束を説明する大村候補 - 筆者撮影

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静岡県の川勝平太知事が5月9日に退任した。同日に静岡県知事選が告示され、6人が立候補した。ジャーナリストの小林一哉さんは「川勝知事はリニア妨害を続けることで『静岡県のメリット』を引き出そうとしたが、失敗した。新知事はこの失敗を繰り返してはいけない」という——。

■静岡県知事選には6人が立候補


リニア問題の解決策を示さず、一切合切を放り投げて辞めた川勝平太・静岡県知事の後継者を決める選挙戦が、知事辞職と同じ9日に告示された。


17日間の選挙戦に入り、26日の投開票で、新しい知事が誕生する。


静岡県政を立て直すことが最優先課題となった知事選には、共産党公認候補と無所属5人の合計6人が立候補する大混戦となった。


中でも注目候補は、届け出順に元衆院議員で浜松市長を4期務めた鈴木康友氏(66)=立憲民主、国民民主推薦=と、元副知事で総務官僚だった大村慎一氏(60)=自民推薦=の2人だ。


筆者撮影
リニア5つの約束を説明する大村候補 - 筆者撮影
筆者撮影
地域経済の活性化を訴える鈴木候補 - 筆者撮影

大村氏は9日朝、静岡市役所前で第一声を上げた。リニア問題については5つの約束を掲げて、「責任を持って解決する。1年以内に結果を出す」などと訴えた。


鈴木氏は9日午後、JR静岡駅北口で「課題を克服して、日本一の幸福度を持てる県にしていく」などと支援を呼び掛けた。リニア問題には一切、触れなかった。


■川勝知事が開けられなかった「JRの固い門扉」


大村、鈴木の両氏とも「リニア推進」と「水資源保全、南アルプス保全」の両立を掲げるため、「リニア反対」を訴える共産党静岡県委員長の森大介氏と違い、リニア問題に対する姿勢は選挙戦の争点にはならない。


そのため大村、鈴木の両氏は、川勝知事が放り投げたリニア問題をどのように解決へ導いていくのか、選挙戦を通して明らかにしていかなければならない。


川勝知事はリニア問題に関してさまざまな嘘やごまかし、言い掛かりをつけたが、結局、リニア問題の解決策を示すことができず、辞めてしまった。


リニア問題を解決できなかった最大の理由は、JR東海の「固い門扉」をこじ開けられなかったからだ。


JR東海の「固い門扉」とは何か?


■川勝知事の難癖は静岡のメリットを引き出すため


「リニアは静岡県に何のメリットもない。デメリットだけである」「リニアと南アルプスならば南アルプスを取る」「370万人の県民に何のメリットもないリニア新幹線など静岡県には要らない」などなど、川勝知事は刺激的なことばを使い、論争を巻き起こすことで、JR東海に「誠意を見せろ」と迫った。


しかし、JR東海は聞く耳を持たず、川勝知事の要求を拒否し続けた。


そうなると、川勝知事は、長野県の松本空港を迂回する独自の「ルート変更」を求め、2023年12月からは品川—甲府、岐阜—名古屋の部分開業論を展開するなど次々と物議をかもす論争を生み出し、JR東海へ厳しい対応を続けた。


川勝知事が難癖や言い掛かりをつけたのは、JR東海の「誠意」、すなわち「静岡県のメリット」を引き出すことだった。


ところが、JR東海は「固い門扉」を閉め切ったまま、川勝知事の強い圧力が過ぎ去るのを耐え続けた。


川勝知事は「リニア問題にひと区切りがついた」として辞めてしまったが、実際にはJR東海から「静岡県のメリット」を引き出せなかったからである。


「大井川の水資源保全」「南アルプスの自然環境保全」とは、リニアトンネル工事による「静岡県のデメリット」への対応である。


だから、大村、鈴木の両氏が「リニア推進」と「大井川の水資源保全」「南アルプスの自然環境保全」の両立を図るのは当然と言えば当然のことである。


新知事の最大の役割は、「静岡県のメリット」をJR東海から引き出すことであり、それがリニア問題の解決につながる。


しかし、JR東海の「固い門扉」をこじ開けるのは、簡単なことではない。


■官邸がはじき出した1679億円の経済効果


そんな中で、「静岡県のメリット」を考えたのは、官邸である。


岸田文雄首相は2023年1月4日の会見で、「リニアの全線開業に向けて大きな一歩を踏み出す年にしたい」とした上で、未着工の静岡工区に触れて、「地元との調整、国の有識者会議の議論を進めるとともに、東海道新幹線の停車頻度の増加についてシミュレーションの結果を8月頃までに示したい」と国交省に指示したことを明らかにした。


国交省は2023年10月20日、静岡県のメリットとして「リニア開業後の東海道新幹線の停車頻度増加のシミュレーション」を発表した。


報告書の内容は、「リニア開業によって、のぞみの需要が3割程度減ることを想定して、ひかり、こだまの本数が増えて現状の静岡県内の停車数が1.5倍程度に増えること」を予測していた。


これによって、静岡県外からの来訪者増など地域にもたらす経済波及効果を1679億円、生み出す雇用も年約15万6000人と試算した。


他にも企業立地や観光交流などが生まれ、地域の活性化につながるとしている。これが官邸の考えた「静岡県のメリット」だった。


写真=iStock.com/DoctorEgg
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/DoctorEgg

■川勝知事は「お粗末」と一蹴


この報告書に対して、川勝知事は10月23日の会見で、「今度の国交省の発表は、内容がお粗末であり、あきれた」などと散々にこきおろした上で、「10カ月も掛けてやられたことに、お粗末であり、あきれている」「1.5倍にすれば、どれだけになるかと算数の計算を、子供にさせるようなことを、大官僚組織がやるほどのことかと改めて思う」など「お粗末」を計4度も繰り返して、国交省鉄道局を徹底的にけなした。


つまり、「静岡県のメリット」としては「お粗末」だと言いたかったのだ。


それでは、川勝知事がJR東海に「誠意を示せ」と求めた「誠意」とはいったい、何だったのか?


■川勝知事がJR東海から本気で引き出したかったもの


川勝知事は2010年7月2日のリニア小委員会に、リニア沿線都府県知事の一人として出席した。


そこで、東海道新幹線の静岡—掛川駅間に、2009年に開港したばかりの静岡空港に隣接する新駅の設置の有望性をとうとうと説明した。


「中央新幹線の整備計画とともに東海道新幹線の新駅設置を明確化していただきたい」などと強く迫った。


最後に、「東海道新幹線の新しい運用形態を生かした陸・海・空の結節によるモデルとなる。静岡空港の新駅が設置されることが、その重要な突破口になるだろう」と静岡空港新駅の必要性を訴えた。


写真提供=静岡県
静岡空港ターミナルの地下を東海道新幹線が通る - 写真提供=静岡県

その後、委員から静岡空港新駅の費用負担を問われて、川勝知事は「(のぞみ等の通過のための)待避線を前提にした場合、450億円ぐらい、待避線のない形でほぼ250億円と試算している」と具体的な金額を挙げた上で、「JR東海と相談ということになるが、受益者負担であることを考慮に入れて、新駅の必要性を訴えている」などと静岡県が設置費用を負担する請願駅であることも明らかにした。


小委員会の最終答申には、リニアが「新駅の設置などの可能性を含む、東海道新幹線利用者の利便性向上及び東海道新幹線沿線各駅の活性化に寄与する」と盛り込まれた。こうして、「静岡空港新駅」が小委員会で大方の賛同を得たと川勝知事は思い込んだのである。


■県内市町も味方につけようとしたが…


JR東海との水資源保全の議論が始まる前の2018年夏、川勝知事は大井川利水関係協議会に11の流域利水者だけでなく、静岡空港近くの大井川流域10市町長を加えた。


というのも、静岡県が設置した「東海道新幹線静岡空港新駅設置期成同盟会」(会長・知事)では、副会長に島田、牧之原、吉田の3市の首長、焼津、藤枝、御前崎、菊川、川根本の5市町の首長も参加しているからだ。当時、大井川流域の首長らが結束して、静岡空港新駅設置を待望していた。


しかし、JR東海は川勝知事の求めに応じることはなかった。


「リニア騒動」から5年もたち、川勝知事のリニア妨害がますます悪質となっていく。またリニア問題があまりにも複雑怪奇となったため、静岡県に対する周囲の風当たりが強くなった。このまま川勝知事に任せておくことに、流域市町長は強い疑問と不信感を抱いたのだろう。


2022年4月、JR東海が、川勝知事の求めた全量戻しの解決策「田代ダム案」を提案すると、流域市町は同案を全面的に支持するなどして、「リニア騒動」の早期の幕引きに転じた。


その結果、静岡空港新駅の設置は夢と消えた。


■こだま2→4本でメリットと言えるのか


岸田首相肝煎りの「静岡県のメリット」はどうか?


現在、毎日200本以上ののぞみが静岡県内を通過する。静岡県内には6駅も新幹線停車駅があるが、のぞみはどこにも停車しない。


コロナ禍前の2019年には、1日平均でのぞみ230本、ひかり65本、こだま83本が運行されていた。2022年には、のぞみ207本、ひかり65本、こだま83本が運行された。


ひかりは静岡、浜松の両駅で1時間に1本、往復15本程度しか停車しない。ひかりの本数を増やすためには、のぞみの本数をさらに減らさなければならない。


となると、国交省案はこだまの本数が1.5倍増えることであり、こだまが83本から125本となることだ。ふつうに計算すれば、現在、1時間に2本のこだまが、4本となる。これが、「静岡県のメリット」と言えるのかどうか。


川勝知事が、静岡空港新駅を要求したのも理解できる。


しかし、なぜ、JR東海はそれほどまでに静岡空港新駅設置を拒むのだろうか?


もともとJR東海は、東海道新幹線の静岡空港新駅設置の反対理由に、静岡—掛川駅間が近すぎることを挙げていた。


こだまで14分の静岡—掛川駅間に中間の静岡空港新駅となれば、減速は避けられず、新幹線の意味は失われてしまう。それでは、静岡空港新駅を提案してもJR東海が聞く耳を持たないことも理解できる。


もし、静岡空港新駅を本当につくるのであれば、こだまは停車しないで、のぞみのみが停車する駅を想定しなければならない。東京、京都、大阪へ行き来するためだけの新駅となる。静岡県内はどこにも停車しない。つまり、右肩上がりに増え続けるインバウンド(訪日外国人客)に対応するためだけの新駅となる。


■新知事が「静岡県のメリット」をどう引き出すか見もの


現在の静岡空港は、東南アジアの旅行客に対応する2500メートルの滑走路を持つが、国際線はいまのところ、中国、韓国、台湾のみである。


約10年先の品川—名古屋間の開業時に、インバウンド需要が伸びていれば、日本国内にはこれまでなかった空港と結びつく新幹線駅が必要となるかもしれない。そのとき、静岡空港新駅設置の可能性が真剣に議論される。


さて、新知事はどのように考えているのか?


筆者撮影
5月26日が投開票の静岡県知事選の候補者掲示板 - 筆者撮影

大村氏は「静岡県のメリットを引き出す」として、具体的には在来線や大井川鉄道の利活用を挙げたようだが、それではちょっとよくわからない。


一方、鈴木氏は「ひかりの本数を現在の1時間1本から3本にする」と具体的な数字を示した上で、静岡空港新駅の設置をJR東海に交渉することも挙げた。


どちらかが知事になっても、「静岡県のメリット」を引き出すのは容易ではない。ただ、それを必ず実現することを約束しなければならない。


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小林 一哉(こばやし・かずや)
ジャーナリスト
ウェブ静岡経済新聞、雑誌静岡人編集長。リニアなど主に静岡県の問題を追っている。著書に『食考 浜名湖の恵み』『静岡県で大往生しよう』『ふじの国の修行僧』(いずれも静岡新聞社)、『世界でいちばん良い医者で出会う「患者学」』(河出書房新社)、『家康、真骨頂 狸おやじのすすめ』(平凡社)、『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)などがある。
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(ジャーナリスト 小林 一哉)

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