コメ不足に嬉しい"具だくさんおにぎり"が大人気…激安価格で大手を駆逐する東京進出間近の「地方スーパー」
2025年5月13日(火)8時15分 プレジデント社
トライアル門司片上海岸店(北九州市) - 撮影=プレジデントオンライン編集部
撮影=プレジデントオンライン編集部
トライアル門司片上海岸店(北九州市) - 撮影=プレジデントオンライン編集部
■いつでも購入できて、レジで待たされず、品質もほしい…
日々の生活や暮らしの中でよく使う日用品や消耗品は、できるだけ安く買いたいもの。消費者にとって、「安く」というのは当たり前で、それ以上の付加価値がなければ、消費者の需要は満たされないというのが、現在のスーパーマーケット(スーパー)業界の実態であると言えます。
その付加価値とは、「衣・食・住すべての買い物ができること」に始まり、「四六時中いつでも購入できること」「レジで待たされないこと」「鮮度や品質が高いこと」「ポイントが貯められること」「クーポンが使えること」など、限りなく多様化しています。
こうした多様化するすべての付加価値を一企業が実現することは困難であることから、これまで日本全国に群雄割拠するスーパーが、約25.4兆円(2023年度、「2025年版スーパーマーケット白書」調べ)とも言われる日本のスーパーマーケット業界のマージン獲得を狙って競い合っているわけです。
■IT企業トライアルが西友を買収する衝撃
この構図に近年変化が生まれています。従来、スーパーは既存の小売企業が中心でしたが、最近では、異業種の企業も業界に参入して売り上げを伸ばしています。それが、2025年3月に西友の買収を発表したトライアルカンパニー(トライアル)です。
トライアルは現在、スーパーセンター(総合スーパー)やディスカウントストアを中心に事業展開していますが、元来は、ソフトウェアの構築やパソコン販売を本業とするIT企業でした。
ソフトウェアでは、主に流通業界向けのITシステム開発を手がけていたことから、小売業界への参入は、まさに範囲の経済を生かした事業展開として読みとることができます。つまり、トライアルは、ITの力で消費者が求めるすべての付加価値を実現し、市場のマージンを総取りすることを目指してスーパー業界に参入したと言えます。
ITを小売に生かす戦略としてトライアルが目指すのは、顧客の「コストパフォーマンス(コスパ)」と「タイムパフォーマンス(タイパ)」を限りなく追求することにあります。ITの力により、顧客のコスパとタイパを競合他社よりも高めることで違いを作り出すことに注力しているのです。
トライアルが競合との違いを生み出すうえで、特筆すべき打ち手としては、次の2つを挙げることができます。
■「レジ待ちのイライラ」を解決するショッピングカート
1つ目は、セルフレジ機能つきのショッピングカートである「スキップカート(通称「レジカート」)」を独自開発してスーパーセンターに導入していることです。
トライアルが自社開発したレジカートは、レジ待ち無しで精算まで終わらせることができる画期的なシステムです。顧客は店舗の入り口で、店で登録したプリペイドカードもしくはアプリをレジカートに付いているタブレットで認証すれば、あとは買い物をしながらバーコードで商品を読み取るだけで決済できるため、レジに並ぶことなくキャッシュレスによる買い物ができる便利なシステムです。
撮影=プレジデントオンライン編集部
「レジ待ち不要」その場で決済ができる超ハイテクなショッピングカート - 撮影=プレジデントオンライン編集部
このレジカートから生み出される顧客にとっての付加価値は、レジ待ちによるイライラの解消だけにとどまりません。レジ要員を減らすことで生まれるコスト分を商品価格に還元していることから、顧客は他のスーパーよりも圧倒的に安い価格で商品を購入することが可能となります。
また、レジカートのタブレット上には、顧客の買い物傾向をもとにお薦め商品が表示され、クーポンも配布されるようになっていることから、顧客の潜在意識にある商品を「ついで買い」に誘導することが可能となります。
■客の「止まる・見る・取る」を分析するAIの力
2つ目の打ち手は、「AIによる顧客の購買分析」により、店舗で買い物をする顧客の消費行動を見極め、それを仕入れや値決めに生かしていることです。
具体的には、店舗内の上方に多くのカメラを配置し、顧客の購買行動を3つの視点、すなわち、「商品棚にどのくらい立ち止まったか(通過)」「どの商品に注目したか(注目)」「最終的に手に取ったか(接触)」というそれぞれの視点から、ビッグデータを収集し分析することで、確実に売れる商品を見極め、大量仕入れすることで価格に還元しているのです。
このように、トライアルは、コスト優位の生み出し方が、従来の小売スーパーとはまったく異なります。ITの力を生かしているので、コスト圧縮による商品価格の下げ幅を競合より群を抜いて大きく取ることが可能となるのです。
たとえば、トライアルでは、箱入りレトルトビーフカレー(180g)は69円、メガカツカレー(1.5kg)は399円、三元豚ロースかつ重は299円にそれぞれ価格が設定されていることから、競合に比べ、おおむね20〜30%の価格優位を作り出しています。
トライアルの経営には、こうしたITを活用した2つの打ち手の他にも、独自性が見られます。そのひとつが、垂直統合度を高める経営です。
仕入れから各店舗への配送に至るまで、物流のすべての工程を自社で行いロジスティクスの管理を行っています。
■仕入れから店舗設計、建築まで自社で完結
また、店舗の設計から建築に至るすべての工程を自社で完結しています。店舗の外装は、黒壁に「TRIAL」の白抜き文字でシンプルなデザインにしており、内装は、天井の鉄棒のつりがむき出しになる倉庫のような造りにしています。
こうした垂直統合度を高める試みは、トライアルの小売事業にコスト圧縮をもたらし、最安値を生み出す後押しをしているのです。
経営の独自性は商品開発にも見られます。トライアルは、外部と内部の両方のリソースを有効に活用して、売れる商品として新製品を開発する仕組みを組織的に構築しています。
外部のリソースを活用した仕組みとして、トライアルは、店舗内のカメラで収集した顧客の購買行動に関するビッグデータを活用して、メーカーと共同で商品開発を行っています。
福岡県にある本社には、メーカーごとに個別の部屋が設けられており、共同研究の「場」として機能しています。
ここでは、トライアルが蓄積した顧客の購買データをもとに、プロトタイプ(試作品)の作成が繰り返し行われ、協働で商品開発や販売方法の研究が進められています。
撮影=プレジデントオンライン編集部
店内の様子 - 撮影=プレジデントオンライン編集部
■大手メーカー&一流シェフとの共同開発も
これまで共同研究に参加したメーカーは、伊藤園やサントリー、ロッテ、ミツカン、カルビー、伊藤ハム、ブルボン、キッコーマン、日清食品、東洋水産、フジパンなどです。
他方、内部のリソースを活用した仕組みとして、トライアルは、グループ会社の飲食店のシェフを集めて新商品のコンペを定期的に開催しています。
トライアルには、飲食店などを運営するグループ会社があり、中には1泊5万円する旅館(「古民家 煉り」)やミシュランの星を取ったフレンチレストラン(「颯香亭」)などがあります。
これらの店のシェフが一堂に会し試作品を持ち寄ります。試作品はコンペ形式で競い合い、評価の高いものは、新商品として採用されることになります。コンペでは、繰り返し参加することで技術力や開発力が高まるうえ、和食や洋食、中華、スイーツなど、それぞれの良いところを吸収できる環境が作り出されています。
さまざまなジャンルの料理人を競わせることにより、これまで、全国スーパーマーケット協会のお惣菜大賞を数多く受賞しています。
■西友を買収し、関東の地盤を確立へ
2023年は「炙りベーコンエッグおにぎり」(199円)のみの受賞にとどまりましたが、2024年には、「大人様プレート」(499円)と「生姜焼きおにぎりサンド」(169円)など3品が入選し、2025年には「四川麻婆丼&棒棒鶏冷麺」(499円)、「里山レモンロール」(245円)がそれぞれ最優秀賞受賞を果たしています。
トライアルは、2025年3月に西友の買収を発表しました。西友の買収にはさまざまな狙いがありますが、特に重要なのは次の2点です。
1点目は、西友の小売業としてのノウハウが獲得できることです。西友の2024年度の売上高営業利益率は4.9%に達し、2023年度の3.9%から上昇傾向にあり、いずれも業界平均の2%を上回る数値であることから、西友の経営が大幅に改善されている証左でもあります。
ITで起業したトライアルにとって、小売事業の知見は、創業から小売業を生業とする競合よりも劣ることから、西友の高利益率経営のノウハウの獲得は極めて魅力的であると言えます。
■ロードサイド型からどうやって都市型店舗を作るか
2点目は、西友が保有する関東の地盤が獲得できることです。現在トライアルは、九州を中心に全国で345店舗(2025年3月時点)を展開していますが、関東の店舗数は60店舗にとどまり、東京に至っては、いまだに出店できていない状況です。
これに対し、西友は関東に133店舗を保有し、そのうち東京は半数以上の74店舗を占めており、その多くは、郊外ではなく都心や駅前の一等地に立地しています。それゆえ、西友を買収すれば、トライアルにとっての弱点である関東エリアの店舗を補完することが可能となるのです。
トライアルは、すでに都市型店舗である「トライアルGO」(小型店舗)を展開していますが、西友買収後は、これまで敷地面積2万平方メートル以上の大型店で強みを発揮していたトライアルが、東京の小規模店舗でどのような事業展開を図るのか、その経営力が問われることになります。
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雨宮 寛二(あめみや・かんじ)
淑徳大学経営学部教授
淑徳大学経営学部教授。ハーバード大学留学時代に情報通信の技術革新に刺激を受けたことから、長年、イノベーションやICTビジネスの競争戦略に関わる研究に携わり、企業のイノベーション研修や講演、記事連載、TVコメンテーターなどを務める。日本電信電話株式会社に入社後、中曽根康弘世界平和研究所などを経て現職。単著に『世界のDXはどこまで進んでいるか』(新潮社)、『2020年代の最重要マーケティングトピックを1冊にまとめてみた』『サブスクリプション』(いずれもKADOKAWA)など多数。新著に『経営戦略論 戦略マネジメントの要諦』(勁草書房)がある。
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(淑徳大学経営学部教授 雨宮 寛二)