オーストラリアが「日本の働き方改革」のモデルになる理由

5月18日(木)15時0分 Forbes JAPAN

世界のオフィスの最前線を自らの足で見て回るコクヨ主幹研究員、山下正太郎氏。オフィスの最前線を知り尽くす彼が語る「日本企業が目指すべき働き方の道筋」とは──。

今回Forbes JAPANで紹介した「世界のワークプレイス10選(欧米編アジア編)」の背景となる、オフィスの4つの歴史的展開を踏まえたうえで、今日の日本の働き方改革のベンチマークとなるオーストラリアの職場環境を紹介したい。
 
歴史的にオフィスがひとつの形態として完成したのはフレデリック・テイラーの科学的管理法の思想を色濃く受け継いだ「テーラリスト・オフィス」とされる。工場をメタファーにした「効率性」を追求したもので、ワーカーは、管理者による監視の下、仕事の工程をこなすパーツとしてベルトコンベヤーを想起させる環境に置かれた。

第二次世界大戦後の好景気に、第二の形態「ソーシャル・デモクラティック・オフィス」の時代がやってくる。欧州を中心に戦後の労働力不足を補うため、よりよい賃金ではなく、よりよい環境で人材獲得を狙った。ここでオフィスに初めて「人間性」が考慮される。快適でエンターテインメント性のある環境が追求され、監視ではなく、コミュニケーションを誘発するレイアウトやアメニティが設けられた。

第三の形態は、インターネットやモバイルツールが十分に普及した2000年前後からの「ネットワークド・オフィス」だ。さまざまなデジタルツールを駆使し、ワーカーが働くようになった。作業が物理的な場に縛られないことでワーカーのモビリティが高まり、オフィス空間はデジタルとアナログをつなぐ「柔軟性」を意識した場となった。一方で、デジタル空間にも働くフィールドが展開されワークとライフの境界が曖昧になったのもこの時期からだ。

このように2000年代までのオフィスは、効率性、人間性、柔軟性を重視してきた。そしてこの5年ほどで顕著になった第四の形態は「エコシステム・ハブ」だ。オフィスはもはや作業をする場という意味を失い、社内外の組織を超えて適切な人材が適切なタイミングで集合離散を繰り返すハブとして再設計されることとなった。

そこで重要視されているのがワーカーの「体験価値」である。より高度なナレッジワークが求められるなか、当のワーカーの労働意欲は近年、物理的なものではなく内面性を重視したものへと大きく変化した。滞在時間の短くなったオフィスには、思わず足を運びたくなり、心理的に満たされ、触発されるような体験価値が重要となったのだ。

この形態には大きくふたつの方向性が見えてきている。グーグルの運営する「キャンパス」のようにイノベーション人材といち早くコミュニティを作るような外部接点に主眼が置かれた場。もうひとつは、内部に重きを置いた、ワーカーが生活と仕事を統合させながらチームワークを行うNABのような場だ。


オーストラリアの4大市銀NABの本社オフィス内には、新しい顧客サービスの一環としてコワーキングスペースがある。起業家支援やネットワーク作りはもちろん、社員が日常的に外部と接点をもつことで変革意識を刺激する目的もある。

ここでは、後者のケースとして先進国オーストラリアの取り組みを紹介したい。筆者は、日本の大企業が昨今目指している働き方改革のモデルはオーストラリアにあるのではないかと考えている。

労働人口不足の解決の切り札とは?
 
オーストラリアは金融や観光などの労働集約的なサービス業がGDPの7割を占める産業構造でありながら、日本の20倍の国土に2300万人が散らばり、さらに北米やイギリスといった英語圏からも地理的に離れている。故にリクルーティングやリテンションが深刻な課題となっている。
 
解決の切り札とのひとつとなったのがABW(アクティビティ・ベースド・ワーキング)という働き方だ。時間と場所を規定せずワーカーが自分の意思で選択する働き方で、ワークとライフを統合する重要な施策だ。混同されがちな概念であるフリーアドレスが「オフィス内」を自由に選択できるのに対し、ABWはオフィスすら選択肢のひとつであり、自宅、カフェ、図書館、いかなる場もワーカーが選択できるものだ。
 
元はオランダの保険会社インターポリス(現ラボバンク)でスタートした働き方だったが、2000年ごろにオーストラリアに導入され独自の進化を遂げた。政策的に短時間勤務や在宅勤務など柔軟な働き方が推進された時期とも重なり、現在では大手金融機関はじめ広く導入されている。
 
ABWはワーカーと企業双方にメリットのあるものだ。現代のワーカーは豊かな体験価値を求めて都心での仕事を希望している。また、ワークとライフに垣根を設けない新しい生き方を望む者も多い。かたや企業としては人材獲得のために都心に拠点を置きたいが高騰する賃料も圧縮したい。ABWの登場によって、ワーカーの生き方の選択肢は広がり、企業の都心ハブのコンパクト化が進んだのだ。
 
しかしABWのオフィスは、第三形態の時代のように個の柔軟性のみに視点が置かれたものではない。個よりもチームによるブレイクスルーが求められているからだ。

個人スペースは一層小さくなり、組織を超えたメンバーが短時間でも集まって価値を生みだせるための機能に特化された。ワークショップルーム、コワーキング、カフェ、そして少しでも立ち寄りやすいよう一等地にオフィスを集約し、託児所やコンシェルジュなどのサービス機能も充実させた。ABWに対応した第四形態のオフィスは、単純なコスト削減ではなく、よりソーシャルでコラボレーティブなチームのための場なのだ。
 
もうひとつオーストラリアにおいてワーカーの体験価値が評価される理由に、高いウェルビーイングが挙げられる。ウェルビーイングとは単純な心身の健康に加えて社会的にも満たされた状態を指す。
 
背景として、独自の生態系を保護する活動に取り組んできた点が挙げられる。オフィスの分野では、グリーンリースと呼ばれる環境配慮された賃貸借契約制度やNABERSおよびグリーンスターといった環境性能認証を運用してきた。結果的に、環境技術の導入が進みワーカーにとっても心身ともに負担の少ない、また社会的にも誇らしい場が提供されることにつながった。

また近年、ウェルビーイングな職場環境を判断する国際的な新指標ウェル・ビルディング・スタンダードの取得にも企業が積極的に動いている。
 
このようにオーストラリアでは社会的に不利な状況を、ABWとウェルビーイングを切り札に打開してきた。しかも金融機関のような重厚長大な企業ほどである。翻って政策的にもまた言語の壁からも外国人労働者の積極的受け入れのめどが立たない日本において、深刻な労働人口不足の持続的解消には国内の労働者を掘り起こすしかない。この国から学ぶべきことは少なくないのではないだろうか。


山下正太郎◎コクヨ主幹研究員/WORKSIGHT編集長。コクヨ入社後、戦略的ワークスタイル実現のためのコンサルティング業務に従事し、手がけた複数の企業が「日経ニューオフィス賞」を受賞。2011年にグローバル企業の働き方とオフィス環境をテーマとしたメディア『WORKSIGHT』を創刊、また研究機関「WORKSIGHT LAB.」を立ち上げ、ワークプレイスのあり方を模索。16年よりロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA:英国王立芸術学院) ヘレン・ハムリン・センター・フォー・デザインにて客員研究員を兼任している。

Forbes JAPAN

この記事が気に入ったらいいね!しよう

日本をもっと詳しく

BIGLOBE
トップへ