高い給料がもらえる"就職予備校"になっている…コンサルが"東大生に最も人気の職業"になった本当の理由
2025年5月20日(火)8時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/key05
※本稿は、レジー『東大生はなぜコンサルを目指すのか』(集英社)の一部を再編集したものです。
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■東大生と京大生の人気上位は「コンサル」
野村総合研究所
ボストン コンサルティング グループ
アクセンチュア
KPMGコンサルティング
デロイト トーマツ コンサルティング
三菱商事
マッキンゼー・アンド・カンパニー
アビームコンサルティング
PwCコンサルティング
資生堂
この10個の企業名の並びが何を意味するものかおわかりだろうか。これは新卒採用向け求人サイトのワンキャリア(複数ある同種サイトの中でも現在主流になっているサイトの一つである)が公開している就活人気企業ランキング(2026年卒)の「東大・京大ランキングTOP30」のうち、上位10社を抜粋したものである。
総合商社の三菱商事とメーカーの資生堂をのぞいた実に8社が、コンサルティング業界に属する企業である。クライアントの経営課題や事業課題を解決すべくコンサルタントをチームで派遣し、その対価として決して安くはない報酬を企業から得るこれらの企業は、一般に「コンサルティングファーム」と呼ばれる。
■新卒でコンサルになったCさん
Cさん(20代)は東京大学から新卒で大手ファームに入社。「スキルを磨いてお客さんにより貢献したい」という意識とともに戦略領域で様々な業界のプロジェクトに参画している一方で、今の状況を「モラトリアム」と評する。
——もともと“コンサルになりたい”という思いは強かったんですか?
「就職活動の際に戦略系のコンサルを希望してはいたのですが、その業界だけ受けようと初めから考えていたわけではなかったです。理系なのでメーカーの研究職も選択肢にありましたし、国家公務員にも関心がありました。ただ、最初に内定をもらったのが今のファームだったので……」
——そうか、採用タイミングが早い業界ですよね。
「結局1社しか受けなかったです」
——コンサルファームの入社試験には独特のスタイルがありますが、何か準備はしましたか?
「そこまでがちがちにやったわけではないですが、『東大生が書いた 問題を解く力を鍛えるケース問題ノート』は読みました。学生時代に頑張ったことを聞かれるような面接よりは自分に合っていたと感じます」
■今は「モラトリアム期間」
——戦略系のコンサルに関心を持った理由は何ですか?
「大きな意思決定に関わる仕事を早めにできそうだなと思ったからです。たとえばメーカーに入ったとして、会社全体を見渡す仕事だったり、研究を通じて世の中にインパクトを出せる立場だったりになるまでに20年くらいはかかりそうだなと。それよりも、コンサルファームで若いうちから戦略や企画に近い場所で仕事をしたいと思いました」
写真=iStock.com/baona
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——東大生の就職先ランキングを見ると、コンサルファームに入社するのも一般的になりつつある感じがしますね。
「周りにもコンサルを受ける人は多かったです。ただ、みんな“とりあえず”というよりは他の仕事と比較したうえで志望することを決めている印象でした。東京で働けて、お金が稼げて、というのを総合的に考えるとここになるよね、というか」
——コンサルファームで仕事をするとポータブルスキルが身につくとよく言われます。Cさんにとってその点は魅力でしたか?
「そうですね。1回コンサルで働けばどこにでも転職できるんじゃないかという感覚はありました。今の会社で一生働くとも初めから思っていないですし、5年くらい働いてちゃんとスキルがついてきたら、そのときやりたいことに飛び込んでみよう、みたいな。今はどちらかというとモラトリアム期間のような感覚です」
■“この後”のキャリアに悩む
——なるほど。高い給料でスキルも身につくモラトリアム。
「そう言い切っちゃうと怒られるかもしれませんが(笑)、そんなふうに思っている側面はありますね。5年後なのか10年後なのかはわかりませんが、次にどの業界で戦おうかというのはいつも考えています。同期も同じような感覚の人が多いと思います。今のプロジェクトに貢献できているかという悩みと、この後どんなキャリアを築いていくのかという悩み、話していると大体この2つに行き着きますし、後者の悩みがない人はいないと思います」
——「戦う」という表現が象徴的だなと思ったのですが、普段の仕事を通じていろいろな場所で戦える武器としてスキルを身につけているイメージなんですかね。
「まさにそんな感じですね。目の前のお客さんの役に立ちたいと思って日々仕事をしていますが、その積み重ねでマネージャーに上がれるくらいになったら外に出る準備が完了すると思っています。そこまで行ったら辞める選択肢もより具体的になるのかなと」
■「安定」したいから「成長」したい
——普段の仕事ではマネージャーよりさらに上の職位の方とも一緒になることがあると思いますが、ご自身との違いは感じますか?
「スキルや経験もそうですが、『モラトリアムとして選択肢が広がるし……』と考えているような自分たちとはメンタリティがだいぶ違うように思います。コンサルタントが少ない時代にこの業界に入っている方々なので、開拓者精神というか、レールに乗っていない人たちという感じがします」
最先端のビジネストレンドに触れながら社会で求められるスキルを身につけられる場所としてのコンサル業界が、就職先として人気を集めている。これは「安定したい、だから成長したい」という現代のビジネスパーソンの傾向をわかりやすく示している現象と言える。
「中央公論」2023年10月号掲載されたコンサルタントの冨山和彦のインタビューには「コンサルの根幹はファクトとロジックで物事を考えることにあるので、どんな職種に転職しても持っているスキルの通用性が高く、『潰しがきく』仕事なんですね」という発言があるが、この「潰しがきく」という表現がまさにだろう。
■「安パイ」と捉えられている
ポータブルスキルをキャリアの序盤で自分のものにできれば、その後は何とかなるのではないか。そんな考え方のビジネスパーソンが今の時代の多数派なのかもしれない。「自分はここで本当に成長できるのか?」という不安を感じない職場にまずは身を置くことが、将来的なキャリアの保証になる。そう思っているからこそ、コンサル業界に入りたい人が増えている。
写真=iStock.com/wutwhanfoto
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かつてコンサル業界は「起業の登竜門」というような言われ方をすることもあった。DeNAを創業し様々な事業の開発やプロ野球チームのオーナーとしても注目された南場智子がマッキンゼーの出身なのはよく知られた話である。
今のコンサル業界にもそういった人は当然いると思われるが、そんなギラギラしたモチベーションよりも、キャリアを長い目で見たときに最初に入る職場として「安パイ」なのがコンサル、という捉え方がされているように思える。終身雇用が一般的な時代であれば日系の大企業に入社するのがキャリアを安定させるうえでのベストの進路だったが、今は「スキルが身につく職場」こそが最も手堅い選択肢なのである。
■新しい風が吹き始めている
「安定したい、だから成長したい」という今の若いビジネスパーソンの欲求に対してストレートに応えられる職場であること。より具体的に言えば、今の世の中に必要とされている問題解決スキルを得られるうえに、給与水準も高い職場としてコンサル業界が多くの人たちに選ばれていること。そしてそんな状況が形成される背景には、働き方改革やDXなど国が打ち出す取り組み、さらにはコンサルという記号をビジネスパーソン向けの商売に使いたい出版業界の動きがあること。
『東大生はなぜコンサルを目指すのか』では、このような視点からコンサル業界がちょっとしたブームになっている状況について詳細に分析している。また、その文脈を踏まえたうえで、ハードワークが是とされがちなコンサル業界に新しい風が吹き始めていることについても言及した。 以下は先ほど紹介したのとは異なる現役コンサルタントの声である。
——コンサルは残業が当たり前でブラック、というイメージが強いですが、最近はどうでしょうか。
ブラックという言葉の定義がやらされ仕事を非常に長時間やるということだとすると、最近の風潮はかなり変わってきているのではないかと思います。今のファームにいて結構感じるのが、ジュニアメンバーに無理をさせないようなマネジメントスタイルにすごく変わってきています。(「週刊ダイヤモンド」2024年6月22 日号より一部抜粋)
■今後も高学歴層はコンサルを目指す
常識的な忙しさで今後のキャリアの通行許可証となる何かが手に入るならば、この業界の魅力はさらに上がっていくだろう。もともと東大生のキャリアとして一般的だった官僚が、ブラックな職場環境が明るみに出ることで不人気になったのとは対照的である。
一方で、業界の膨張に伴って、本当にこの規模を各社が維持できるのかという声も各所から聞こえてきている。急速な拡大の先に、コンサル業界はこれからどのような状況になっていくのだろうか。
東大生など高学歴の人たちの受け皿として、コンサル業界およびコンサルファームは定着した。この傾向は当面続いていくだろう。今の時代に働く人々のニーズをここまで受け取れている仕事は今のところ他にはない。東大生は官僚ではなくコンサルを目指し、その他の高学歴層も日系大企業ではなくコンサルを目指す。尖(とが)った人のユニークな進路ではなく、優秀とされる人たちの一般的な進路としてますます定着していくのではないか。
写真=iStock.com/mizoula
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■業界の特別性は失われつつある
一方で、「成長」というテーマに引きつけると、そこにこそ落とし穴があるように思える。業界の規模が拡大する中で、コンサルファームは一部の人だけが入れる職場ではなくなりつつある。加えて、業界の外にいても、ロジカルシンキングやMECEに関する話に触れることができるようになった。
写真=iStock.com/xijian
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人気になったからこそ、コンサル業界の特別性は失われつつある。そのような場所で得られる成長とは何なのか。ポータブルスキルとは、結局コモディティ化の速いスキルということになってしまうのではないか。
コンサルはテンプレートで実務ができてしまうので、自分の頭で考えて決断したいタイプの人がフィットする職種では、すでになくなっているのかもしれません。(経営共創基盤グループの会長を務める冨山和彦、「中央公論」2023年10月号掲載のインタビューより)
この冨山の話は、成長を目指す人のユートピアであるはずのコンサル業界が「やさしさ」「ブラックではない」ことを打ち出すに至った流れを考えると示唆的である。仕事に投じる時間やパワーを適切にコントロールするには効率を考える視点が必要であり、それを行動に移すにはテンプレート化するのが最も有効である。
■「成長したい人たち」はどこに向かうのか
しかし、そのテンプレートを運用することに習熟したとして、それは意味のある「成長」なのだろうか? 給与面での成長欲求を満足させるものは引き続きあるのかもしれないが。
レジー『東大生はなぜコンサルを目指すのか』(集英社)
『「コンサルティングファームに入社したい」と思ったら読む本』の著者である久留須親は昨今のコンサルファームについて、1人の「スターコンサル」に頼るのではなく、ファームとしてのナレッジやアセットを総動員してクライアントにそれを届けられるかが重視されるようになっており、そのために社内でネットワークを作れる人が評価されていくと述べている(PIVOT、2024年4月15日公開の塩野誠との対談動画より)。
コンサルファームも業界の拡大に伴い、日系大企業のような側面を持ちつつあるのかもしれない。DXブームで業界が大きくなったように、コンサル業界はクライアントからの発注によって形成される市場であり、時代の流れを受けやすい。結局は外注先の一つなので、景気が変動する際には切られやすい機能であることは間違いないだろう。
急拡大した日本のコンサル業界はこの先どのように変化していくのか。そして「安定のための成長」を目指してコンサルファームに来た人たちは、ここでも成長できないと思ったときにどこに向かうのだろうか。
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レジー(れじー)
批評家・会社員
批評家・会社員。1981年生まれ。一般企業で事業戦略・マーケティング戦略に関わる仕事に従事しながら、日本のポップカルチャーに関する論考を各種媒体で発信。著書に『増補版 夏フェス革命 音楽が変わる、社会が変わる』(blueprint)、『日本代表とMr.Children』(ソル・メディア、宇野維正との共著)、『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』(集英社新書)。
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(批評家・会社員 レジー)