日本民族のブランドを取り戻せ!

5月21日(月)6時0分 JBpress

東京都中央区の浜離宮恩賜庭園で開催された「東京大茶会」で、茶席を楽しむ参加者(2016年10月15日撮影)。(c)AFPBB News/Yoko Akiyoshi〔AFPBB News〕

 「日本は日本人だけの物ではない!」と宣った人がいた。

 それもあろうことか歴とした日本国の総理大臣が言ったのだから驚嘆したことは今でも私の耳に強烈に残っている。

 「冗談じゃない!」

 「この国は我々日本人の無数の祖先が有史以来命がけで綿々と守り続けてくださった麗しい国土日本だ!」

 それも、先の大戦後戦勝国の占領下に置かれた以外、記録に残る限り他民族の支配を受けたことがないため、世界に類例がないほとんど純粋とも言える単一の日本民族で構成され、言語・文化を共有している人類史上の奇跡とも言える国家である。

 この秋津島に我々大和民族はその中核として皇室を戴き2000数百年以上もの穏やかな国体を堅持してきた。

 ここに秀麗な文化が花開き、民の多くが世界の常識を超える高い知性を持ち、礼儀正しく、勤勉な民族性を受け継いで概ね平穏に生きてきた。

 そして、武士が戦闘をすることも屡々あったが、大陸国家で見られるような、戦勝した軍兵が非戦闘員を含む全住民を殺戮すると言ういわゆるジェノサイドなどはほとんど見られない。

 多くの戦いでは敵の大将首(即ち敵対する意志のシンボル)を奪取すれば争う目的が達成されたとみなされ、占領地の住民は勝者繁栄の基盤を為す重要な宝物であり労働力として移管され大切に扱われた。

 このような日本民族の伝統文化は江戸時代の鎖国政策でより一層華やかで精錬された中身に純化されたが、江戸時代末に至って相次ぐ列強の開国要求に晒され、その危機の中で江戸幕府が大政奉還という人類史上でも希有とも言える平穏な政権交代が断行された。

 そして文明開化を余儀なくされた明治政府は間髪を入れず富国強兵策を打ち出し、西欧強国の脅威に対処することとした。

 その後朝鮮半島の混乱に乗じた清国との争いが生じ“眠れる獅子”と恐れられた清国の野望を封じた。そして日本が日清戦争により得た利権を横取りして東洋進出を目論むロシアの強圧に晒される。

 世界の大国ロシアが相手ではもはや日本は“風前の灯火”と世界から見られていたが、日清戦争による傷も癒えない10年後に近代兵器を駆使して国家総力を投じた日露戦争へと突入していく。

 その結果、陸軍が旅順要塞の攻略、遼遙・奉天会戦では非常な苦戦を強いられたものの辛くも勝利を収め、海軍が日本海会戦でバルチック艦隊に完勝を納めた結果、日本の勝利と判定されポーツマス条約を締結、国力をほぼ使い果たしていた日本は虎口を脱した。

 もし日本がこれらの戦役に勝利していなかったとしたら、今現在のような日本・日本民族は存在していなかったに違いないと思う。

 江戸時代には武士が刀を下げ、丁髷を結って平和を当たり前のように享受し長閑に暮らしていた日本民族がわずか30年足らずのうちに近代陸海軍を創設し、最新の兵器を駆使して次々に世界一流の国家の侵攻を阻止した事実は驚嘆に値する。

 また、その当時のリーダーたちが全知全能を傾けて日本を護ってくれたことに我々は感謝と尊敬の念を抱いて余りある。

 先人達がこれほど苦闘をして護ってきた日本国である。どうして「日本人だけのものではない」などと戯けたことが言えるのであろうか?

 総理大臣として日本丸をどこに連れて行きたかったのであろうか?

 違和感のみならず心底、恐怖と憤りを覚えたのは私だけではあるまい。

 それはそれとして、日本民族は鎌倉時代に起きた「元弘・弘安の役」なども含め、国家存亡に直面した場合、なぜこれほど世界の常識とは懸け離れた底力を発揮し得たのであろうか?

 これについて、少し考えてみたいと思う。

 まず思いつくのが古来日本民族に受け継がれてきた聖徳太子の17条憲法第1項の「和を以て尊と為す」である。

 世界にはハムラビ法典など幾多の古典が存在するが「和を以て尊と為す」を説き、しかもそれを第1項に取り上げている事例はほとんど見られない。

 聖徳太子が説かれたこの17条憲法の精神は今日においてこそ民主主義の常識ではあるが、1300年もの昔、日本人が発想した統治理念はあまりにも素晴らしい出来事ではないだろうか?

 そこには強権で民を支配する世界の常識と違い、今流で言えば「人権をすべての民に認め、人の意見を大切にする」民主的な思想が当時から日本社会の底流に流れていることである。

 この統治理念が国の隅々まで行き渡り、日本民族のDNAとして定着し、民は統治者を信じるとともに、統治者も民に厳しい行為を抑制する世相形成に繋がっていったと思う。

 もちろん長い日本の歴史の中には時として残虐な出来事もあるが、散見されるその首謀者でさえ心の中ではそれを悔いる気持ちがあり、供養塔等の痕跡にも表記されている。

 この「和を以て尊と為す」の基本的な規範が日本社会の隅々まで行き渡った結果、人々の話し合いが活発になり、お互いに迷惑を掛けないことが大切な社会のルールになった。

 このため、日本は概ね平穏に過ごせる社会になった。また、そのことで人と人相互の会話あるいは情報交換が一層盛んになり、芸術文化の面でも日本民族の独自性が育成された。

 今現在においても高く評価できる機械、数学などの理工学系、都市・河川・橋梁・寺社・城郭等の土木建築、物語・絵画、詩・和歌、雅楽・歌謡等々芸術・文学面でも秀逸な作品が無数に残されている。

 江戸はパリを抜いて当時世界一の人口を有する100万人都市であったが、今で言うリサイクル社会で清潔そのものであったらしい。

 さらに、多くの日本民衆が身近に見聞する高度な芸術文化的環境から多くの知識を得て、高い教養を持つことに繋がった事実は何物にも代え難い日本民族の有形・無形の財産であり、国民と多くの遺産すべてが日本国の貴重な財産と言えよう。

 このような観点で眺めると、我々日本人は先達にいくら感謝しても感謝し切れないほどの恩を受けて現在を生きている。

 そして先達が残してくれた素晴らしい日本国を子々孫々に付加価値をつけ加えて一層輝かしい日本国を申し送る事が一日本人としての義務であり、それが今を生きる我々の誇りにも繋がるのではないかと私は思う。


最近の日本の現状

 日本の最高立法機関である国会では激動し変転流転する世界情勢には無関係な(それも根拠がはっきりしない)政敵の落ち度をことさら穿って、議場をお茶飲話の“お笑いのネタ”にして国民受けを狙った低俗なショーを演じている。

 そして、自分たちの狙い通りことが運ばないと長期休暇よろしく審議拒否と称して議員活動を放棄する愚行がまかり通り、小学生低学年以下とも言える幼稚さで世界に大恥(もちろん本人たちにはその自覚等皆無であろうが)を拡散している。

 各地方行政に於いては、しっかりとした首長さんが執務されているところでは上手く回っているが、時として信じられないような醜聞も聞こえてくる。

 それら事案に共通するのは、私利私欲に走り利権を巡る金銭問題と男女関係などの低劣なトラブルが大半である。

 また、現在日本有数の会社の状況に目を転じると、それら優良企業の多くは、先の大戦前後に大変な苦労をして戦火を潜り抜け、辛うじて生き残ったリーダーたちによって興されたと言っても過言ではない。

 彼らの生き様は素晴らしく、激しい戦火でほぼ完全に破壊され尽くされ、廃墟と化した日本を瞬く間に世界の経済大国へと導いてきた。

 しかし、最近目を疑うような不祥事が一流企業で多発している事は慚愧に耐えない。

 日本有数の名門教育機関においても過去にはあり得ないと思うような不祥事が散見される。

 あれこれ最近の出来事から思い起こすところを書き綴れば切りがないが、これらネガティブな事象に共通する問題点は古来受け継がれてきた日本民族の人間性が急速に粗悪化あるいは劣化したことにほかならないと思う。


日本民族の人間性劣化の原因

 粗悪化の原因を考えてみると敗戦による占領政策に決定的な影響を受けたことは確かである。

 しかし、サンフランシスコ平和条約で独立国になってから既に半世紀以上も経過した今、回復するどころか益々劣化しつつある現状をすべて占領政策のせいにすることはできない。

 これほど長期にわたって劣化の一途をたどる現状の放置は我々日本人自身の怠慢以外の何物でもない。

 世界的に見ても戦前・戦後を通じて日本人は教育レベルが高く、勤勉で正直であった。そして、瞬く間に戦後の復興を遂げ、経済大国へと発展を遂げた。戦前に教育を受けた世代が的確な判断と勇気を奮って日本社会をリードしてくれた。

 もう1つ重要な側面は彼らが社会活動のリーダーとしてとして「勤勉と正直を日本ブランドとする信用が大切との気概」を持っていたことだと思う。

 このような両面を兼ね備えた人材群が日本国内外で活躍した結果飛躍的に発展した最大の原因だろうと推測する。

 ところが、戦前に教育を受けた彼らが第一線を退き始めた頃から日本的な良い伝統が次第に変調を来すようになったと思う。

 大きな変調は社会活動において日本ブランドとも言える信用よりも(世界標準の)損得勘定の重視、言い換えれば金儲けが優先される傾向になったことではないだろうか?

 その最大の原因は人間性の劣化(すなわち徳目条項の欠落)で、各組織のリーダーが物事を長期的視点に立って自分たちが「天に恥じることのない行動理念」を持った戦略を立てられなくなったことが大きい。

 そして、日々の社会活動の中で短期間に成果を上げることばかりに汲々として、活動の確たる正道の理念を失ったリーダーが次に考えるのは私利私欲に走ると言う落とし穴であろう。

 こうして、燦然と輝いていた日本ブランドが今や低下の一途を辿りつつある。


燦然と輝く明るい日本を取り戻す

 古来営々として築かれて来た我が民族には、かなり劣化したとは言えまだ取り戻すことのできる大和魂のDNAが色濃く残っている。

 それをを顕著に示したのが「阪神淡路大震災」や「東日本大震災」における多くの住民の行動である。日常生活の場においても通勤電車におけるマナーや紛失物の回収率は高い。

 従って、この文化的資産がいまだに残っている間に「日本ブランド」と言える気風を復旧させることが緊要である。

 今や世界の情報・流通は極めて高速化され、同時に人間の欲望を優先させる異文化に翻弄させられてはいるが、日本の真の繁栄にはやはり「日本ブランド」を精神的基盤とした日本人の育成が最良の道ではないだろうか。

 それが進捗した暁には燦然と輝く日本が世界中の手本になると私は思う。

筆者:篠田 芳明

JBpress

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