「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」イノベーションを刺激するリクルートの「Ring」「FORUM」とは?

2025年5月14日(水)4時0分 JBpress

 イノベーションとは、必ずしも壮大な目標や崇高な理念の下で生まれるものではなく、選ばれし一部の人間によって成し遂げられるものでもない。課題解決方法の改善と挑戦という身近な取り組みこそが、イノベーションの実現につながる。本稿では、世界的な経営大学院INSEADの元エグゼクティブ教育学部長であり、一橋大学で経営学を学んだ知日家としても知られるベン・M・ベンサウ氏の著書『血肉化するイノベーション——革新を実現する組織を創る』(ベン・M・ベンサウ著、軽部大、山田仁一郎訳/中央経済社)から内容の一部を抜粋・再編集。W.L.ゴア、サムスン、IBMなど世界的な大企業がどのように障害を乗り越え革新をもたらしたかについて、その実行プロセスからひもとく。

 求人広告の代理店業に始まり、現在では多岐にわたる業界へと進出しているリクルート。社員の創造性を高め、イノベーションを起こすために行ったのは、中間管理職の強化だった。


イノベーションの実現をコーチングする

 リクルートは1960年に設立され、現在ではほとんど見られなくなった新聞への新卒向け求人広告を掲載する広告代理店であった。

 今日、リクルートはさまざまな事業を展開する国際企業に成長した。リクルートは、世界60カ国以上に366の子会社を持ち、4万9000人の従業員を抱える。これは、技術、市場、顧客ニーズの変化に応じてビジネスモデルを継続的に革新してきた企業能力の証である。同社は年間160億ドル以上の売上高を誇り、その約40%が日本国外での事業によるものである(データはすべて2020年3月現在)。

 リクルートは2010年以降、CSI、Staffmark Group、Indeedといった人材派遣会社を買収したのを皮切りに、米国で積極的に事業を展開してきた。2018年には、従業員が特定の企業で働いた経験について、匿名で情報提供できるウェブサイトとして知られるグラスドアを買収した。リクルートの事業活動は、求人、旅行、不動産、レストランなどの情報を配信する雑誌やウェブサイトから、法人向け人材派遣サービス、中古車販売まで多岐にわたる。

 リクルートがこのような幅広い業界に進出してきた背景には、社外のトレンドに目を向けると同時に、成長機会に乗じてイノベーションを実現する社内文化の両方があった。例えば、1960年代、何千人もの日本の大卒者が大企業の学内採用活動を通じて就職していた頃、リクルートは中小企業にはそれに匹敵する人材獲得チャネルがないことに気づいた。

 これに対してリクルートは、中小企業が自社の採用広告を掲載できる学生向け雑誌『企業への招待』を創刊した。同様に1980年、リクルートは、日本の女性が多様で魅力的な就職先を見つけることの難しさを認識し、女性の求職活動に焦点を当てた雑誌『とらばーゆ』を創刊した。

 1990年代には、インターネットの台頭とともに、リクルートはオンラインメディアにシフトし始めた。2005年までに200を超えるウェブサイトを制作し、飲食店や美容室、スパなど、顧客と企業を結びつけるサービスを提供してきた。

 リクルートは少しずつ、従来の広告代理店からデジタルを活用したプラットフォーム・ビジネスへと変貌を遂げ、便利なオンライン接点のハブが必要な顧客がいるところであれば、どこでもサービスを提供するようになった。

 リクルートは現在自社を、「ライフイベント」活動(転職、車や家の購入、結婚など)または「ライフスタイル」活動(ホテルやヘアスタイルの予約など)に関連するマッチング・プラットフォームであると定義している。リクルートは、創業以来提供してきた人材サービスを他の企業に提供し続けるとともに、クラウド型のサービスやツールを通じて、顧客の生産性向上を支援することに注力している。

 目覚ましい成長と多角化を可能にするため、リクルートは意識的に自らをイノベーションの実現を中心とした企業であると定義した。創業者の江副浩正は、「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」というスローガンを打ち出し、それは同社の基本コンセプトとなっている。経営学のハワード・ユー教授はリクルートの企業文化を研究し、次のように表現している。

「リクルートでは誰もがイノベーターになれる。同社では、どのような職務であれ、どのような仕事であれ、現状に安住せず、特定のプロセスが本当に必要かどうか、生産性を高める余地があるかどうか、バリューチェーンの特定の構成要素にさらなる価値を付加できるかどうかを見極める勇気を持つべきだとされる。

 卓越した当事者意識は、日々の仕事の継続的な改善につながる。自社の範囲にとどまらず、他の地域や業界、そのライフサイクルや活動を注意深く精査することが望まれている」。

 リクルートの社員は定期的に、「あなたは、どうしたい?」という問いを用いて、情熱を感じる個人の価値観から自分の仕事を定義することに挑戦している。その目的は、モチベーションが高く、イノベーションに意欲的な現場社員をリクルートに集めることにある。

 これが、リクルートの継続的なイノベーションの実現可能性を生み出している。この可能性を現実のものにするために、リクルートでは中間管理職を強化し、さまざまな強力な方法で社員の創造的思考をサポートし、育成している。

 その1つが、リクルートの新規事業提案の募集・評価・育成システム「Ring(リング)」の運営・推進である。1982年にスタートし、現在はRingの経営企画室が主催するコンテストとして毎年開催されている。

 Ringのエントリーから生まれた事業には、「ゼクシィ」(式場からドレス、ジュエリーまで、結婚のための情報を提供する雑誌およびオンラインサイト)、「R25」(25歳以上のビジネスパーソン向けの雑誌およびウェブサイト)、「スタディサプリ」(学生や教師などのためのコーチングサービスを提供するオンライン学習コースプラットフォーム)などがある。

 リクルートの中堅コーチが主導的な役割を果たすもう1つのイノベーション実現の制度が、同社の既存事業に改善をもたらす斬新な実践を表彰する年1回のイベント「FORUM(フォーラム)」だ。FORUM賞は「顧客接点」「テクノロジー」「商品開発・改善」「経営基盤」の4つの部門で表彰される。

 イノベーションに真剣に取り組んでいるのは、専門プログラムを担当するマネージャーだけではない。同じ姿勢が組織全体に浸透しているのだ。それは、同社の最新事業の1つにまつわるエピソードが鮮やかに物語っている。

「B-MATCH」は、リクルートが1984年に創刊した、中古車販売店と消費者をつなぐ情報誌「カーセンサー」から派生した事業である。カーセンサーは35年以上にわたり、日本の中古車業界におけるイノベーションの源泉だった。1997年には、中古車購入者により豊かで信頼できる情報を提供するため、同誌は販売店の広告に車両の走行距離計表示を義務付けた。

 2000年には、カーセンサーは、車の修復歴の表示を条件に加え、2004年には、販売店に置いていない車を掲載するおとり広告を排除するためとして、車体番号を要求した。

 さらに、2010年には「カーセンサー認定」と呼ばれる第三者検査・評価システムのサービスを開始し、2012年には業界最高水準のアフターサービス保証プログラムを確立するなど、革新的な取り組みを行っている。

 2017年には、カーセンサーはディーラーに対し、広告で車の総費用を明らかにするよう促し始めた。この広告には、本体価格だけでなく、付随するすべての費用が含まれており、2021年現在、毎年掲載される49万件の広告の約70%がこのガイドラインに従っている。

 B-MATCHはカーセンサー部門の最新イノベーションであり、おそらく最も珍しいものだ。B2C(企業対消費者)メディア事業というよりは、B2B(企業対企業)プラットフォームであり、新車ディーラーを含む顧客から中古車を購入する川上企業と、顧客に中古車を販売する川下企業とをマッチングする。

 その市場規模は約1兆2000億円(110億ドル以上)に達する巨大ビジネスだ。しかし、競争が激しい市場でもある。多くの中間業者が長い間このスペースを占有しており、中古車が入手可能になると、おおむねオークション販売が実施される。

 また、自動車メーカー、新車ディーラー、業界団体、中古車ディーラーという4つの利害関係者が影響力を持ち、それぞれの利害を満たす必要がある複雑な市場でもある。だから、カーセンサー事業部の第一線社員である前田亮がカーセンサー社長である室政美にこのアイデアを提案した際に、断られたのも無理はないかもしれない。

 たいていの会社なら、話はそこで終わってしまうだろう。しかし、リクルート、そしてカーセンサーは違った。室は特に、チームメンバーが革新的な力を最大限に発揮できるよう、鼓舞し、訓練し、力を与えることに専念している。

 彼は、会議や各部への訪問、ニュースレターなどを通じて、部門の目標や戦略について現場の社員と絶えずコミュニケーションをとっており、誰でも参加可能な「秀才塾」と選抜制の「天才塾」という2つの社内研修プログラムを主催している。これは、従業員が革新的なアイデアを磨くために必要なツールとスキルを提供することを目的としている。

 おそらく最も重要なのは、室が革新的なアイデアに最初は抵抗があっても、可能性があると思えば粘り強く支援することだ。

 例えば、2004年当時、おとり広告を防ぐために車体番号を掲載するというコンセプトは、一部の広告主の怒りを買い、実際に多くの広告主がカーセンサーから撤退し、約900万ドルの広告売上減につながった。しかし、室はそれが消費者にとって正しいことだと分かっていた。彼は自分の信念を貫き、数年のうちに、カーセンサーのビジネスはかつてないほど強固なものになった。

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筆者:ベン・M・ベンサウ,軽部 大,山田 仁一郎

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