「コメが売るほどある」江藤大臣には一生わからない…「高いコメを買わされる国民」を国会議員が軽視するワケ
2025年5月21日(水)17時15分 プレジデント社
首相官邸に入る江藤拓農林水産相(中央)=2025年5月21日午前、東京・永田町 - 写真=時事通信フォト
■備蓄米入札に関する素朴な疑問
“コメを買ったことがない”発言で江藤拓農林水産大臣が更迭された。後任には小泉進次郎元環境大臣が起用された。江藤大臣は、すぐに謝罪・撤回したとはいえ、「支援者の方々がたくさんくださる」「売る程ある」という発言が出たことで、農家に支援されている“農林族議員”であることが国民の目にも明らかになっただろう。
写真=時事通信フォト
首相官邸に入る江藤拓農林水産相(中央)=2025年5月21日午前、東京・永田町 - 写真=時事通信フォト
その発言に先立つ5月16日、江藤大臣は記者会見を開き、備蓄米の放出方針の変更を公表した。
方針変更は大きく2点ある。一つは、落札した集荷業者(JA農協)から卸を介さず直接小売業者へ販売する場合には優先枠を設けること、二つ目は、1年以内の買い戻し要件を5年以内に延長したことである。
この日の会見では、卸売業者の経費・利益等は、2022年産2206〜4689円/60kgだったが、今回の備蓄米については7593円/60kgであることを強調する資料が記者たちに渡された。
この方針変更を受けて、18日午前にフジテレビの「The Prime」には小野寺自民党政調会長と重徳立憲民主党政調会長が(橋下徹氏同席)、NHKの「日曜討論」には各党の農業関係議員(主に国会の農林水産委員会のメンバー)が出演し、討論が行われた。
番組を視聴していて不思議だったのは、集荷業者から直接小売業者へ販売する優先枠の設定について、どの出演者も集荷業者に販売することに異論を呈さなかったことだ。「流通の目詰まりがなくなり、円滑に消費者に届くだろう」という評価だったように思われる。
しかし、以前から私が指摘してきたように「なぜ卸売業者に売らないのだろうか」という問題を指摘する議員はいなかった。
食糧管理制度時代には、政府はJA農協からコメを買い入れて卸売業者に売っていた。JA農協から買い入れた備蓄米を、なぜまた消費者から離れているJA農協に売り戻すのか? 全く理解できない。卸売業者に売った方が余計な取引段階がなくなるので、より早く消費者に届くはずだ。卸売業者が目詰まりさせているというなら、大手スーパーや小売店の連合会を入札資格者に加えればよい。
■いまだにコメ不足を認めない自民党
驚いたのは、農水省の「消えたコメ」「流通の目詰まり」論のウソが、同省の調査で否定されたにもかかわらず(やっぱり「消えたコメ」はありませんでした…「コメはある」と言い続けた農水省の姑息すぎる"手のひら返し"参照)、まだ自民党は、コメは不足していないと言い張っていることである。
昨年夏スーパーの棚からコメが消え、その後その値段は2倍に高騰した。23年産米は猛暑等の影響で40万トン不足した。これを昨年の8月から9月にかけて、本来昨年の10月から今年の9月にかけて消費される24年産米を先食いしたので、昨年10月時点で既に40万トン不足していた。JA農協や大手卸売業者の民間在庫は昨年の5月頃から今年の2月現在まで前年同月比で40万トン減少している。
千葉県千葉市美浜区、イオン海浜幕張店の米の棚。2023年の猛暑による在庫不足で判断1家族1点限りになっていたが、棚には米がなかった(写真=RuinDig/内田有紀/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)
農水省は3月に21万トンの備蓄米を放出した際、備蓄米だけではなく「投機目的で不当に蓄えられ目詰まりしたコメが市場に出てくるので、コメの値段は下がるはずだ」と主張した。しかし、そのようなことは全く起こらず、追加の備蓄米放出を余儀なくされている。これらの事実を小野寺自民党政調会長はどのように説明するのか?
コメが不足している事実を理解している点で、野党議員たちの方がはるかにましである。
■コメ騒動の責任を押し付けられている卸売業者
農水省は昨年夏、大阪府知事からの備蓄米放出要請を拒否し、卸売業者が在庫を放出しないからだとして、責任を卸売業者に押し付けた。しかしこの時、在庫は前年同月比で40万トンも減少していた。在庫には金利や倉庫料の負担が伴う。それでも端境期や不作時への対応などで在庫は持たざるをえない。少しばかり在庫があっても使い切るわけにはいかない。自由に処分できるだけの在庫があったなら、米価高騰の中で卸売業者は在庫から販売し、大きな利益を上げたはずである。
農水省は「9月になれば新米(24産米)が供給されるので、コメ不足は解消され米価は低下する」と主張した。だが、逆に価格が上昇すると、こんどは「流通段階で誰かが投機目的でコメをため込んでいて流通させていないからだ」と主張した。この量は、JA農協の在庫の減少分21万トンだと主張した。同時に24年産米の生産は18万トン増えているので供給は不足してなく、“流通の目詰まり”、“消えたコメ”に問題があるという主張を展開した。これは自らの調査で否定された。
そこで今回は備蓄米の卸売業者のマージンが高いとして、小売価格が下がらないのを卸売業者のせいにしようとしている。農水省が引き合いに出している2022年度の通常の取引と、今回のように農水省やJA農協からさまざまな報告が求められる政府備蓄米の取引を同一のものとして比較することはフェアではないだろう。
卸売業者は農政の犠牲者である。減反でコメの市場規模は半分に減少した。このため、中小の卸売業者の多くは廃業していった。農家と違い政治力のない彼らは農政に文句も言えずに消えていった。卸売業者を悪者にするのは、いい加減やめたらどうか。
■農家は本当に弱者なのか
「これまで長年にわたり米価は生産者のコストを賄うものになっていなかったのであり、今回の上昇した米価は高くない」というJA全中会長の意見に、各党の農業関係議員は同調しているようだった。NHKは米価が30年以上も生産費を下回っていてコメ農家は赤字であるというグラフを用意していた。
私の「コメ農家の時給10円説」はウソである…日本人に高いコメを買わせ続ける農水省・JA農協の“裏の顔”」を読んでいただいた方は、この議論がマヤカシであることに気が付かれるだろう。
まず、赤字なのに、なぜ農家はコメ作りを続けてきたのだろうか? 食料の安定供給に使命をもって国民のためにコメ作りを行ってきたのだろうか? それなら、なぜ食料供給に不可欠な農地資源を333万ヘクタールも転用・耕作放棄で潰してきたのだろうか。これは中国地方の総面積を上回る規模の農地破壊である。
理由は簡単である。米価が高いのでマチでコメを買うよりも多少赤字でも自分で作った方が得だからだ。(「JA農協&農水省がいる限り『お米の値段』はどんどん上がる…スーパーにお米が戻っても手放しで喜べないワケ」参照)さらに、この農業の赤字を税務申告して損金算入すると、サラリーマンとして納税した所得税の還付を受けられる。赤字のコメ作りにはいろいろなメリットがある。
生産費も誰のものを見るかで異なる。1ヘクタール未満の零細農家のコストは30ヘクタール以上の農家の3倍もしている。赤字になるのは当然である。これに対して50ヘクタール以上の農家は赤字どころか2000万円近い所得を上げている。戸数では圧倒的に多い零細農家のコストが平均生産費となるが、コメの生産量では圧倒的に多い規模の大きな農家の所得は国民の平均所得の数倍もしている。
図表=筆者作成
■日本のコメ生産コストが高い理由
農家には肥料などの価格が上がっているので、25年の米価の上昇は当然だとする主張がある。
しかし、同じ原材料を使っているのに、日本の肥料や農薬はアメリカの2倍もする。JA農協は高い市場占有力(肥料で8割、農薬で6割)を利用して農家に高い資材価格を押し付けている。これが日本農業の高コスト体質を生んでいる。JA全中の会長は、肥料や農薬などの価格を下げてから米価の水準を論じるべきだ。また減反・高米価で零細な兼業農家を温存して主業農家の規模拡大、コストダウンを阻んできたのも、JA農協である。日本の生産コストさらには米価を高くしている最大の原因は、JA農協である。
このJA農協による資材価格の高さを指摘したのが、2015年自民党の農林部会長に就任した小泉進次郎だった。農政トライアングルの抵抗に遭い、JA農協への要請という形にしかならなかったが、日本の農家に国際的に高い農業資材を購入させられていることを認識させるという功績はあった。
■農家に利益が還元されるのは今年の秋
コメ農家は米価高騰の利益を受けていないと小野寺自民党政調会長は力説していた。誰かが儲けているのだと主張していた。
これは間違いである。コメどころの宮城県出身なのに意外とコメ代金の支払われ方を知らないのだなと思った。
農家がJA農協を通じて売る場合、まずは出荷した出来秋に概算金という仮渡金を受けるが、その後実際に農協が卸売業者に売ったコメの価格が上昇すると、清算が行われ農家は追加払いを受ける。
逆に、米価が下がるとJA農協は農家から低下分の返納を受ける。農産物の場合、農家はJA農協に販売しているのではなく(農協は農家からコメを買い取っているのではない)販売の委託をしているだけなので、法律的には農家が卸売業者に販売していることになる。収穫時の秋に受けるのはあくまでも仮渡金であって、一年後実際の販売が終了したのちに本代金を受け取る(仮渡金が清算される)ことになる。
24年産の場合、概算金は60キログラム当たり1万5000円だが4月には2万6000円に高騰したので、その差について24年産の販売終了後農家は清算払いを受ける。清算払いを受けていない5月の段階では、農家が米価高騰の利益を受けていないのは当然である。
農協を通さないで出来秋に一括してコメを販売した農家はその時販売した米価しか受け取れないが、25年産米の価格が上昇すると、その利益を受ける。もっとも、このような農家は自分で販路を持っている規模の大きな農家が多いので、通常の年では農協を通じて販売する農家よりも高い米価を受け取っていたはずである。さらに規模の大きい農家は、一気に売ることはしないので、24年秋以降の段階的な米価上昇の利益を受けている。
なお、小野寺自民党政調会長は一般競争入札で国が安く仕入れたコメを高く売っていることを問題視しているが、これは経済学的には意味のあることではない。まず、随意契約の場合は売り渡す相手を政府は選別しなければならないが、それが適正に行われるかという問題がある。仮に随意契約で安く政府が売ったとしよう。政府が何も条件を付けなければ、買った人は高い市場価格で売って利益を得る。政府が小売価格も安く売るよう指示したとしても、たまたま備蓄米を購入した人が安く買えるだけであって、それ以外の人は高い価格を払い続けることになる。
全体の米価水準を下げるためには、市場への供給量を増やすことが必要だ。落札価格は問題ではない。
なお、今回のように与党の幹部が公然と特定の省の政策を批判するのは珍しい。私は、こちらの方が興味深かった。
写真=iStock.com/west
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■補助金で主食用のコメを減らす減反政策
小野寺自民党政調会長は、「減反をしているのではなく、主食用のコメを作るかエサ米を作るかは農家の自由な選択の問題だ」と主張した。これに対して橋下徹氏は「補助金でエサ米に誘導しているので自由な選択ではない」と反論した。
これは明らかに橋下氏の主張に理がある。
今では農水省も農林族議員も、農家への生産目標の通知を止めたことをとらえて減反廃止と言っている。しかし、そもそも生産目標の通知だけで、減反(転作)補助金がなくて農家が主食用米に比べ収益が大幅に劣る麦や大豆さらにはエサ米(60キログラム当たり1500円)などを作るはずがない。減反補助金こそが1970年以来の減反政策のコアである。
減反(転作)の経済的な条件は次の式が成立することである。
主食用米価≦転作作物価格(他用途米、麦、大豆)+減反(転作)補助金
これまでは米価が1万5000円だと想定して減反(転作)補助金の単価を設定してきた。米価が2万6000円に上昇した今では、補助金単価は同じなので、主食用米を作る方が有利となる。しかし、そもそもこの補助金がなければ、農家は1500円のエサ米を作るようなことはしない。逆に1万5000円以下に米価が低下すれば、エサ米生産は増加する。これは補助金で実現している生産であって、農家の自由な選択によるものではない。
しかし、不思議なこともあるものだ。2018年に安倍総理が減反廃止というフェイクニュースを出したとき、自民党の農林族議員も農水省もこれを否定したはずだ。小野寺氏は自民党にいたはずだが。
■農政が食料安全保障を脅かした
日曜討論では、しきりに「食料安全保障のために輸入に頼るのではなく、国内生産が必要だ」とする発言があった。だが本当に真剣に食料安全保障を考えてきたのだろうか?
農業界は、食料自給率向上や食料安全保障を叫びながら、それを損なってきた。1960年から比べて、世界の米生産は3.5倍に増加したのに、日本は4割の減少である。しかも、補助金を出して主食のコメの生産を減少させている。わが国の食料安全保障を脅かしているのは、輸入リスクではなく農政リスクである。
中国はコメや小麦の備蓄をそれぞれ1億トン用意しているが、日本は100万トンしか持っていない。戦時中のコメの配給は2合3勺だった。それが海外からの輸送船を米軍に沈没されたため、2合1勺に減少せざるを得なくなったとき、日本は降伏せざるを得なくなった。終戦時、東京深川の政府倉庫には東京都民の3日分のコメしかなかった。
輸入食料が途絶したとき、国民に戦時中の配給米2合3勺を供給するためには1600万トンのコメが必要であるが、今の日本には備蓄等も含めても800万トンもない。輸入途絶の食料危機の際には、半年持たないで国民は餓死する。
シーレーンが破壊されると、終戦後の食糧難を救ってくれたアメリカからの食料援助は届かない。まさに“亡国農政”である。今日本に食料危機が起きたら、食料供給を疎かにした国として、農水省だけでなく日本全体が世界の笑いものになるだろう。農水省も国会議員も食料安全保障を農業保護に利用しているだけだ。本気で食料安全保障を考えている者はいない。考えているなら減反なんかできるはずがない。
写真=iStock.com/y-studio
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■コメの値段大幅引き下げの特効薬
「備蓄米が消えていく…『コメの値段は下がらない』備蓄米の9割を“国内屈指の利益団体”に流す農水省の愚策」のなかで、私は次のように提案した。これを下に財政審議会はミニマムアクセス米の主食用米の枠の拡大を提案した。
石破総理が本気でコメの値段を下げようとするなら、無税で輸入しているミニマムアクセスのうちの10万トンの主食用輸入枠(SBS米)の輸入量を拡大するか、キログラム当たり341円という枠外輸入の関税を引き下げるかして、ジャポニカ米の輸入量を増やすしかない。
通常コメの卸売価格は250円程度なので、341円の関税を払えば輸入価格がゼロでも輸入できない。これまではバスマティライスなど特殊なものが輸入されてきた。今回コメの卸売価格が430円超に騰貴したために、関税を払って民間が輸入したコメは、24年度(2月末時点)に1497トンと近年の約4倍の水準に急増している。
スーパーのオーケーは5キログラム3454円でカリフォルニアからカルローズというブランドのコメを販売している。同じくイオンも4キログラム当たり2894円のコメを発売するそうである。341円という異常に高い壁を乗り越えて輸入されているのである。ミニマムアクセス米の主食用米の枠の拡大には政治的に反対できても、これは農林族議員も止めようがない。
コメ価格低下の特効薬がある。キログラム当たり341円の関税を1年間に限りゼロにするのだ。
立憲民主党は一年に限り食料品の消費税をゼロにするよう提案している。しかし、松坂牛などの高級牛肉などの奢侈品も含めた食料品のゼロ税率を主張する前に、主食であるコメの値段が短期間で二倍にもなっていることに何も感じないのだろうか? 所得の低い人は、和牛肉やエシレバターは食べなくてもコメは食べる。コメの関税をゼロにすれば、コメの値段は5キログラム当たり2000円以下に下げられる。
より抜本的には減反の廃止と主業農家への直接支払いである。コメ減らしの減反で、今シーレーンが破壊されると国民には半年分の食料しかない。価格を下げるためにも食料安全保障のためにも、減反政策を廃止すべきだという政治活動をなぜ行わないのか? 亡国の政治だ。国会議員ならもっと真面目に日本国や国民のために働いたらどうか?
以上が週末の議論を聞いた感想である。農林族議員ではない小泉進次郎なら減反を廃止できるかもしれない。
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山下 一仁(やました・かずひと)
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
1955年岡山県生まれ。77年東京大学法学部卒業後、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、同局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員、2010年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。著書に『バターが買えない不都合な真実』(幻冬舎新書)、『農協の大罪』(宝島社新書)、『農業ビッグバンの経済学』『国民のための「食と農」の授業』(ともに日本経済新聞出版社)、『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書)など多数。近刊に『食料安全保障の研究 襲い来る食料途絶にどう備える』(日本経済新聞出版)がある。
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(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 山下 一仁)