検察庁法:「きゃりーぱみゅぱみゅ」の超破壊力
5月22日(金)8時0分 JBpress
月曜日に今国会成立が見送られた「検察庁法」改正案、報道によれば、今度は国民投票法が取り沙汰されていますが、「ツイッター・デモ」を巡る議論が続いています。
月曜日に今国会成立が見送られた「検察庁法」、本稿の原案を書き始めましたが、思わぬ展開で黒川弘務東京高検検事長の賭博マージャンが発覚。
政権としては訓告という軽い処分で黒川氏の退職金などは安堵された模様ですが、この問題はダッチロールを続けています。
以下はたぶんあらゆるメディアで最初に記すものと思います。7月までに稲田伸夫検事総長は勇退、本来の予定通り林真琴検事総長が誕生することになるでしょう。
今週は火曜、水曜と続いた「検察庁法」の代わりに、今度は「国民投票法」が取り沙汰され、安倍晋三内閣総理大臣の刑事告発などの動きがあり、「ツイッター・デモ」も続いています。
もし文化人類学者の山口昌男さんがご存命であったなら「祝祭」として観察されたことでしょう。
「コロナ・ストレス」によって溜まりに溜まった民衆不満がこれから一挙に爆発し、予想を超えた展開が起きる可能性がある。
そのような冷静なデータサイエンスの分析が、現在花盛りとなりつつある日本の「遅咲きの桜」に対して加えられています。
検察庁法をお釈迦にした「ツイッター・デモ」についても「マシンによるスパムではないか?」といった見解もありました。
リツイート総数は1000万件を超えたとのことですが、重複する投稿も多いことは各種の解析(https://mainichi.jp/articles/20200515/k00/00m/040/256000c)からも判明しています。
しかし独立したアカウント数だけで数十万〜100万に近いユーザがあると考えられ、ここまでの盛り上がりは極めて「珍しい」。
もっと本質的なのは、上の解析はリアクションの数を調べたものであって、広告効果という観点では、それを見た人の数が問題になることです。
2020年は「オリンピックの年」が「コロナの年」になってしまいました。しかし予定通りグローバルに変わらない予定もあります。
米国大統領選挙の行方は全世界にとって極めて重要な関心事です。それに与える新型コロナによる「ソーシャル・ストレス」の影響例として、今回の「検察庁法見送り」を検討すべきだろう、というのが欧州アナリストの意見です。
ツイッター・デモの「視聴率」
今回の「ツイッター・デモ」では、従来には少なかった芸能人「インフルエンサー」の賛同が観測され、話題となりました。
ハッシュタグ、リツイート数の推移と並行して注目されたのが有名アカウントの「フォロアー数」です。
例えば、「きゃりーぱみゅぱみゅ」は5.2メガ、すなわち520万人に及び、突出しています。
テレビCMの広告効果を考えるとき、露出のコマ数ではなく、その視聴率が問題になるのと同様、インフルエンサーのフォロアー数を含めて検討する必要があります。
今回、芸能人として名の上がる人たちとフォロアー数を参考まで記しますと
井浦新 75.6キロ
小泉今日子(企業アカウントで)52.1キロ
宮本亜門 30.3キロ
ちなみに宮本亜門氏あたりになると、私と大差はありませんが、いずれにしても拡散と周知の効果は間違いなく検討する必要があります。
ネット動向と政策判断、その背景には選挙時の得票数への読みが常に伴います。グローバルに見たベーシックスから確認、今回現象への見通しをご紹介したいと思います。
ハッシュタグのリツイート数以上に、それを見た人の数、それに影響を受ける可能性がある「選挙時の得票数」などをコロナ・ストレスとの間で検討する必要があると考えられます。その基本から確認してみましょう。
基本1:SNSと得票率は「相関」する
まず、日本の前回政権交代時の実例から話を出発させましょう。SNSの動向と選挙の際の得票率との間には、強い正の相関が見られます。
要するに、ツイッターでトレンドになった人は、選挙で票を集めるということです。
もっと露骨に書くなら、このまま放置して「検察庁法反対」が、仮に多重投稿やボットの効果であったとしても1000万、2000万という「ネット上の既成事実」になってしまうと、それ自体が影響力を持ちうるという基本的な判断があります。
また、あえて付加的にデータは挙げませんが、この選挙の際、SNSトレンドと集票との間の相関が少なかった政党として、公明党が挙げられます。
組織票で安定した得票に対しては、SNSでの議論沸騰は影響しにくいと考えられます。
ただし組織票は数に限界があり、圧倒的多数を占める浮遊票の動向には、ネットワークの言論動向が強く影響する可能性がある。
仮に一過性の議論であっても、それで票が投じられてしまったら、選挙結果は固定したものになる。
グローバルには2016年が大きな節目になったと考えられています。
英国のEU離脱、そして米国での共和党政権成立、ドナルド・トランプ氏の政権奪取が「SNS選挙」「SNS投票」の典型例となりました。
(https://www.cio.com/article/3137513/twitters-impact-on-2016-presidential-election-is-unmistakable.html)
ネット上でトレンドになることは、それ自体が集票や利潤などの「力」になる・・・。
その可能性を念頭に「ボット攻勢」による世論誘導の暗躍なども数年来指摘されている通りです。
(https://toyokeizai.net/articles/-/210287)
今回の「検察庁法」へのリアクションは、30代女性一個人のツイートが「突沸」したもので、その端緒に組織だった政治運動としての「仕かけ」を見出すことはできません。
ただし、そこで明らかに確認されたのは、「新型コロナウイルス対策」が奏功しない政府に対する批判が具体的な法案の「採決見送り」として、政治に影響を及ぼした「比較的早い例」ということです。
少なくとも米国大統領選挙より早い例として、ビッグデータ解析の対象として注目されている。
基本2:スポット・ターゲティング
好対照見せるツイッターとフェイスブック
もう一つ、ベーシックスを確認しておきます。ツイッターとフェイスブックの織りなす好対照です。
ツイッターは「SNSはコマーシャルに絶大な影響力を持つが、それを政治に波及させてはならない」という批判の急先鋒に立っており「あらゆる政治広告の掲載中止」を謳っている。
これに対してフェイスブックは「SNSの言論に制限が加えられるべきではない。政治的な主張も自由になされるべきである」というスタンスを崩していません。
このように書くと、フェイスブックがとてもフェアなように聞こえるかもしれませんが、必ずしもそういう話ではない。
2016年の「2つの異状」、ブレグジットとトランプ当選の背景には、フェイスブックの個人情報ビッグデータを母集団とする「スポット・ターゲティング」がありました。
すなわち、個人を狙い撃ちする形での選挙広告戦略が打たれ、その結果、投票結果に影響を及ぼした可能性が指摘されています。
これが大変な批判にさらされたのはご記憶の方も多いと思います。
事実、一連の批判に応える形でフェイスブックが行った公共性回復への投資の一つに、私たちもメンバーであるグローバルAI倫理コンソーシアムの研究調査事業も含まれて、そこでの解析結果の一部は、この連載で読者にご紹介している通りです。
こうした背景がありますので、SNS両雄の一つ、ツイッターのCEO(最高経営責任者)ジャック・ドーシー氏は、政治的中立性を強調(https://www.bbc.com/japanese/50244319)、とりわけAIや組織的活動を通じた「政治広告」戦略を禁止しています。
これに対し、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEOは「政治広告の禁止」は実効的には不可能であるから「平等に機会を提供する」形、つまり「言論の自由」を担保としてデータビジネスの堅持を主張します。
極めて対照的な両者で、あえて言うなら「政治的透明性の高いSNS」であるツイッターに「個人として」米国大統領ドナルド・トランプ氏が連日投稿し、見解を表明しているのも周知の通りと思います。
しかし、現実のトランプ選対は、実際に組織だった大統領選挙対策のツールとしてはフェイスブックを念頭におき、フェイスブックとしても、前回批判に耐える「公共性」を持ちながら、かつデータビジネスが成立するバランスを探っている。
ただし、これは共和党に限ったことではなく、民主党側にしても同じことです。
端的に言えば、特定候補の応援といったことは控え、両方の陣営にデータを提供するといった形で、不偏不党のスタンスを担保する方向性、実にビジネスに対してシリアスであると言わねばなりません。
そんな渦中で今回日本での「検察庁法」のケース発生が確認されました。
「予測不能カタストロフ」の兆候を探る
とりわけ欧州のアナリストの間で議論になっている一つが、先ほども記した「突沸」つまり突然のブレークアウトです。
新型コロナウイルス感染症拡大によるパンデミック、それに伴うソーシャル・ストレス状況の中で、何がブーム、何がトレンドになるかは分かりません。
選挙を仕かける側としては、ポジティブなブームのブレークアウトは仕かけていきたいし、ネガティブ・キャンペーンの突沸は避けたい。また敵側に対するネガ・キャンは大いに仕かけたい。
これはどの陣営にしても同様でしょう。
ただし、すべての陣営に共通する点が一つだけあります。それは「制御不能のブレークアウトに押し流されることは避けたい」という基本的な状況です。
今回の「賭けマージャン」スキャンダルがどこまで尾を引くか分かりません。
しかし、少なくともここ数か月間、膨大に空費されたあの国会審議時間は何だったのか、コロナ以前とは比較にならないほど、長時間またディープにSNSに関わるようになった日本社会で「コロナ・ストレス」がどう影響するのか、注視し続ける必要があるでしょう。
政局的な観点から、今回どうしてあのタイミングで、検察庁法の今国会成立が見送られたかをここでは論じません。
分析の観点からは、早めに動きを止めておかないと、制御不能な規模までトレンドが拡大することで、一種の「情報恐慌」が発生することが懸念されます。
コロナによるソーシャル・ストレスのもう一つの懸念は、今後必ず到来するコロナ・ディプレッション、経済的な影響と並行する信用不安拡大の論点です。
これについては機会を改めたいと思います。
筆者:伊東 乾