「中国軍ミサイルの脅威」で潤う米国の防衛産業

5月23日(木)6時0分 JBpress

北京の天安門広場で開かれた軍事パレードに登場した中国の中距離弾道ミサイル「DF-26(東風26)」(2015年9月3日撮影、資料写真)。(c)ANDY WONG / POOL / AFP〔AFPBB News〕

(北村 淳:軍事アナリスト)

 昨年(2018年)末にトランプ政権はINF条約廃棄を決定した。この決定により、ロシアとアメリカは互いに気兼ねすることなく射程距離500〜5500kmの地上発射型ミサイル(短距離弾道ミサイル、準中距離弾道ミサイル、中距離弾道ミサイル、長距離巡航ミサイル)を製造し保有することが可能になった(以下、本稿ではINF条約で規制されていた上記の地上発射型各種ミサイルを「INFミサイル」と呼称する)。


米国で高まる中国INFミサイル脅威論

 INFミサイルを手にできる日が近づくに伴って、アメリカのシンクタンクなどでは、「アメリカが手にしてきた東アジア地域での覇権を失わないために、世界最大最強(アメリカ国防情報局の表現)とも言える中国のINFミサイルの脅威に対する真剣な抑止策を固めるべきである」といった意見が論じられるようになっている。

 例えば、次のような論調だ。

「中国ロケット軍が保有している高性能INFミサイルは、東アジア各地に設置されているアメリカ海軍基地と航空基地を正確に攻撃し、大打撃を加えることができる。また対艦弾道ミサイル(これもINFミサイルに含まれる)も航行中の米海軍空母をはじめとする大型艦を撃沈することができる。ところが、米軍はそれらミサイル攻撃に対する有効な反撃手段を持ち合わせていないのが現状だ。

 もし米中が戦闘状態に突入した場合には、日本に確保してある航空基地や海軍施設が中国ロケット軍の反撃を受けて壊滅的打撃を受け、米軍機や米艦艇は補給や修理のためにグアムまで退かなければならない。しかし、中国軍のミサイルはグアムも壊滅させることができるため、ハワイまで前進補給拠点を下げざるを得ない。これでは、中国軍と戦闘を交える最前線の米軍部隊が勝利を収めることは至難の業だ。

 それよりもさらに深刻な想定は、中国が極東米軍に対して奇襲先制攻撃を実施した場合だ。この場合、中国の各種ミサイルによって日本の航空基地に駐機している米軍機の大半は飛び立つことなく地上で粉砕され、日本の軍港に係留してある数多くの米軍艦も港湾内で撃沈されてしまうことになる。このようにして、何十億ドルもの予算を投じた高価な兵器だけでなく、多数の米軍将兵の命をも、あっという間のうちに失うことになってしまうのだ。

 もし中国軍の強力なミサイル戦力の脅威から退避するために、米軍を日本からハワイのような安全地域に後退させて迎撃態勢を固めようとするならば、いくら巧妙な口実を造り出したとしても、日本側は不信感を抱くであろう。アメリカベッタリの日本の指導者たちといえども日米同盟に深刻な疑問を抱くことは必至だ。これこそ、中国が狙っているアメリカの同盟態勢の分断であり、アメリカが東アジアから追い出されることを意味するのだ」


今になって中国ミサイルに対抗しようとする理由

 主として日本や台湾を「短期激烈戦争」によって壊滅させることができるほど強力な中国のINFミサイルの脅威については、数年前より少なからぬ米海軍関係者が警鐘を鳴らしており、本コラムでも取り上げてきた(本コラム2014年2月27日「『中国軍が対日戦争準備』情報の真偽は?足並み揃わない最前線とペンタゴン」、2015年9月17日「中国軍が在日米軍を撃破する衝撃の動画」、拙著『巡航ミサイル1000億円で中国も北朝鮮も怖くない』など参照)。それにもかかわらず、米軍当局や多くのシンクタンクはそのような警告には耳を貸そうとはしなかった。

 ところが、アメリカ自身が各種INFミサイルを自由に製造し手にすることができるようになると、たちまち「中国のINFミサイルによる深刻な脅威」が取り沙汰されるようになった。それはなぜか?

 その大きな理由は、上記の脅威論とともに浮上してきた、次のような対抗策から読み取ることができる。

「中国の強力なINFミサイル戦力に対抗し抑止するためには、アメリカ自身が強力なINFミサイル戦力を作り上げ、同盟国にINFミサイル部隊を配備するべきだ」

 すなわち、中国のINFミサイルの脅威から同盟国を防衛するために、これまでINF条約で製造も保有も禁止されてきた地上発射型短距離弾道ミサイル、地上発射型準中距離弾道ミサイル、地上発射型長距離巡航ミサイル(いずれも非核弾頭搭載)をアメリカ軍が装備して、東アジアの同盟国、主として日本に多数配備する、というアイデアである。

 これによって、地上発射型弾道ミサイルシステムや地上発射型長距離巡航ミサイルシステムに関連するアメリカの防衛産業は特需景気で潤うことになるのだ。なんといっても、中国ロケット軍のINFミサイル戦力を抑止するだけの強力な戦力を構築するためには、数千基の弾道ミサイル、それより多数の長距離巡航ミサイル、加えてそれらの発射装置、制御装置、それにレーダー装置などを大量に製造する必要がある。中国のINFミサイル戦力の“脅威”によって、アメリカの防衛産業は大きな利益を得るというわけだ。


課題は接受国の確保

 このように「アメリカ軍が地上発射型INFミサイルを同盟国領内に展開させて、中国ロケット軍のINFミサイル戦力を抑止する」という方策は、すでにアメリカ地上軍の先鋒部隊である海兵隊関係者からも提示され始めている。

 先進的兵器で身を固めている中国軍に対して、海兵隊は強襲や襲撃といった伝統的な水陸両用作戦を実施することが不可能になりつつある。そこで海兵隊にとっては、前方展開ミサイル部隊に新たな存在価値を見出す必要に迫られているのだ。

 もっとも、地上発射型ミサイルシステムを装備した部隊を展開させる同盟国といっても、そのような外国軍隊の地上部隊を自国の領域内に多数配備させることを容認する可能性があるのは、アメリカの言うことは何でも聞く安倍政権くらいのものである。ただし、政権が代わったらどうなるかはわからない。

 そのため、地上発射型ミサイルを同盟国に配備するというアイデアにとって最大の課題は、多数の地上発射型INFミサイルを装備した米軍地上ミサイル部隊を受け入れてくれる接受国を確保する作業ということになる。

筆者:北村 淳

JBpress

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