「TVer再生回数100万回」は本当にすごいのか

2023年5月23日(火)6時0分 JBpress

 民放が共同で運営する見逃し無料動画配信サービス「TVer」の再生回数を目にする機会が増えた。「早くも再生数100万回突破」といった具合である。しかし、ここで考えてしまう。再生回数“100万回”にはどんな意味があるのか。


100万回再生でも100万人が観ているわけではない

 ビデオリサーチの個人視聴率は関東地区の1%で約42万人。明快である。一方、誤解している人もいるようだが、TVerの再生回数100万回は100万人が観ているわけではない。

 完再生率(再生を始めた番組を最後まで観る人の割合)は6割台しかいない。CTV利用者(PlayStationやAmazon Fire TVをテレビにつないでTVerを観る人)の場合、完再生率は71.1%である。

 パソコンでTVerを観る人の完再生率は64.9%。SP(スマートフォン)で観る人の場合はぐっと落ち、完再生率は同61.8%に過ぎない(2022年7〜9月、TVer調べ)。再生回数100万回といった派手な数字が一人歩きしがちだが、正味の再生回数は60万回台なのだ。

 また、再生回数やお気に入り登録数をドラマの人気度に置き換える向きがあるが、これは無理がある。フェアな比較にならない。テレビマンたちの中には疑問や不満を口にしている人も多い。その理由を説明したい。


HuluやTERASAならCMが入らないが

 各局には有料動画配信サービスがある。日本テレビには会員数約260万人の「Hulu」、テレビ朝日には同約90万人の「TELASA」などがある。TBSとテレビ東京には同約370万人「U-NEXT」、フジには同100万人の「FOD」がある。

 それぞれの会員で、かつTVerを観る人は一握りであるはずだ。なぜなら有料動画配信サービスの会員は放送中の作品も含めてその局のドラマが見放題だし、TVerと違ってCMが入らないからだ。

 要するに、その局のドラマなどに魅力があり、有料動画配信サービスの会員数が増えるほど、TVerの再生数とお気に入り登録数は少なくなりがちなのだ。

 HuluとU-NEXTの会員数は多いから、日本テレビ、TBS、テレビ東京のTVerの再生回数は増えにくい。だからといって低い評価を受けたら、おかしな話だ。やはりTVerでドラマの人気を単純に測ることはできないのである。

 さらに局によってTVerとの向き合い方には温度差がある。テレ朝が最も淡泊で、ドラマの放送終了後に「もう一度観たい方はTVerで」といったアナウンスをしない。収益の大きいTELASAのPRをするのみ。こちらを重視しているからだろう。やはりTVerはフェアな物差しにはならない。


視聴率とTVer再生数、必ずしも比例するというわけではない

 TVerの再生回数は視聴率と大きく関係することも忘れられがち。TBS「ラストマン−全盲の捜査官−」(日曜午後9時)はTVer再生数がほとんど話題にならず、お気に入り登録数も92.8万人で平凡だ。人気がないのか。

 そうでないのは書くまでもない。「ラストマン」は放送時によく観られており、TVerではさほど再生されていない。このドラマの視聴率は個人7.3%、コア3.9%、世帯12.4%。(5月14日放送)で全ドラマの中でトップ。やっぱりTVerの再生回数だけで人気を測るのは無茶だ。

 TVerの再生数が個人視聴率に換算できたら、それぞれのドラマの真の実力が推し量りやすい。だが、それは至難。関東の個人視聴率1%は約42万人であるものの、TVerの再生数は全国単位だからである。視聴率は関東、関西、名古屋、北海道など地域ごとで測られている。

 ただし、少なくとも個人視聴率1%が、TVerの「100万回再生」より上なのは間違いない。TVerは各地域の再生回数の合計である上、「再生回数」というくらいで、そのまま視聴者人数ではないからだ。再生するだけで観ていない人もカウントされる。

 現時点では各局が独自の解釈でTVer再生回数の価値を決めているような状態。再生回数の意味を客観的に説明している局はない。完再生率の話すら出てこない。そろそろ民放連(日本民間放送連盟)が統一見解を出すべきではないか。このままでは番組の評価基準が曖昧化する一方だ。

 2年ほど前から視聴率上位局の中には「TVerの再生回数が話題になるようになった背景には視聴率の信頼をなきものにしてしまおうとする下位局の思惑があるのではないか」といった声がある。よもや、そんなことはないだろうが、再生回数が持つ値打ちの分かりやすい説明が求められる。


収益的には高額なCM料がとれない再放送と同じ

 TVerの存在については大きな誤解もある。「視聴率史上主義は崩壊し、今や局の屋台骨はTVerが背負っている」というものである。そういった報道が一部にあるからだろう。

 本当だろうか。発表されたばかりの日本テレビの2022年度決算を見てみたい。地上波のCM売上高は2369億800万円。一方、TVerなどのデジタル広告の売上高は51億4600万円である。地上波のCM売上高の50分の1に過ぎない。伸びてはいるが、CM売上高には遠くおよばない。

 テレビ朝日の地上波のCM売上高は1791億4100万円。TVerなどの売上高を分類して発表しない。TBSの場合、同年度は地上波のCM売上高は1628億8500万円。一方でTVerなどの売上高は56億6800万円。CM売上高の約30分の1である。

 フジテレビは地上波CM売上高1603億8000万円に対し、TVerなどは48億6600万円である。約35分の1である。TVerが各局を支えているという声と事実は全く異なる。

 TVerは便利なツールだが、過大評価されているところがある。あくまで見逃し無料動画配信サービスであることが忘れられている。その仕組み上、収益が限定的にならざるを得ないことも広く認知されていない。

 TVerで流れるドラマなどは地上波の放送時のスポンサーが制作費を負担している。それをTVerで流す場合、新たなスポンサーから高額のCM料は取れない。

 制作費がかかっていないのだから、当然である。地上波の再放送と同じ理屈だ。民放のリーディングカンパニーである日本テレビが再放送をやらない理由の1つは売上高を落とさないためである。だからライバルのテレ朝が日中にドラマ『相棒』などを流し、その時間帯に高視聴率を獲得しても意に介さず、静観し続けている。


テレビ局の収益に直結する「コア視聴率」

 書くまでもないことだが、TVerが注目されようが、民放の浮沈は視聴率にかかっている。日本に限らず、世界中の民放が視聴率を競っている。だから、ビデオリサーチは海外70カ国の視聴率を入手・提供している。

 将来的には有料動画配信サービスのHuluやFODなどが大きな売り上げをあげるようになり、地上波とともに「車の両輪」になるのかも知れない。だが、現時点では違う。

 各局の売上高と視聴率を見比べると分かる。あらためて2022年度の主要4局のCM売上高を見てみたい。丸数字は順位だ。

■日本テレビ 2369億800万円①
■テレビ朝日 1791億4100万円②
■TBS    1628億8500万円③
■フジテレビ 1603億8000万円④

 次に2022年度(2022年4月4日〜2023年4月2日)の主要4局の個人視聴率とコア視聴率と順位を記したい。視聴率の順位が売上高とほぼ重なることが分かるはずだ。特にスポンサーが歓迎するコアが高いと売上高が伸びる。

■個人・全日帯(午前6時〜深夜0時)
日本テレビ 3.6%①
テレビ朝日 3.6%①
TBS    2.8%③
フジテレビ 2.4%④

■個人・プライム帯(午後7時〜同11時)
日本テレビ 5.4%②
テレビ朝日 5.6%①
TBS    4.2%③
フジテレビ 3.8%④

■コア・全日帯
日本テレビ 2.9%①
テレビ朝日 1.4%④
TBS    1.6%③
フジテレビ 1.8%②

■コア・プライム帯
日本テレビ 4.7%①
テレビ朝日 2.8%④
TBS    3.1%②
フジテレビ 3.0%③

 個人視聴率の全日帯で日本テレビと並び、プライム帯では超えているテレ朝が、売上高では大きく下回る。日本テレビのほうがコア視聴率が勝るからだ。

 TVerの再生回数ばかり目につくが、新年度の視聴率争いは始まっている。

筆者:高堀 冬彦

JBpress

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