私の腕の中で、息を引き取った息子が教えてくれた「言葉のチカラ」

5月26日(日)11時0分 週刊女性PRIME

『ありがとう。ママはもう大丈夫だよ ― 泣いて、泣いて、笑って笑った873日』(ライトワーカー)より

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『ありがとう。ママはもう大丈夫だよ — 泣いて、泣いて、笑って笑った873日』の著者・武藤あずささんは、普通の母親として次男を出産。しかし突然、わが子の余命宣告を受けます。最愛の息子との限られた時間を、どう幸せに生きるか。苦しみながらも、たどり着いた先に見えたのは「言葉のチカラ」でした。生きる意味を教えてくれた、ある家族の物語——。

「明日がヤマかもしれません……」

 まだ1歳7か月の息子・優司の人生が、明日で終わってしまうかもしれない。お腹を痛めて産んだわが子が、自分よりもずっと早くこの世からいなくなってしまう。この子がいなくなったら生きていけない。私は強烈な絶望感に目の前が真っ暗になりました。

 でも、誤解を恐れずに伝えたいことがあります。

「息子が私の腕の中で息を引き取ったとき……私は幸せでした」

■息子との時間で気づけたこと



 わが家は私、夫、長男、次男の4人家族。次男は生後1か月で肝臓に疾患が見つかり、世田谷区にある国立成育医療研究センターに入院していました。その後、私の肝臓を移植する生体肝臓移植をおこない、なんとか一命をとりとめたのですが、今度は原因不明の肺の病気にかかり、自力で呼吸ができないため、人工呼吸器をつけることになってしまいました。

 1度は在宅看護をするまでに回復したのですが、運命は残酷なもので、徐々に肺の機能は悪化し、同病院のICU(集中治療室)に再入院。そして、とうてい受け入れることのできない冒頭の余命宣告をされてしまったのです。

「私に何ができる? 息子が助かるのなら何でもする! 自分の命と引き換えでもかまわない。私はいったいどうしたらいいのか誰か教えて!」

 ベッドに横たわる小さな息子を前に、私の心はもう、いっぱいいっぱいでした。しかし、最愛の夫が大切なことを気づかせてくれたのです。

「人は変えられない、変えられるのは自分だけ」

 それまでの私は「どうして自分だけがこんなにつらいの!?」と否定的で、周りの人々にも不平不満ばかりを漏らしていました。

 でも、病気の息子は変えられない、この状況も変えられない。だからこそ、自分が変わらなければならないと、強く思ったのです。

 そのときの私は、否定的な自分を変えるために、愚痴や泣きごとのような“地獄言葉”を使うことをやめ、どんなにつらくても「楽しい、幸せ、ありがとう」のような、誰が聞いても気持ちが明るくなる“天国言葉”を使い続けました。

 すべての物事を肯定的に受け止め、大切な今日1日を息子と心から楽しめるように「明日まで生きられないかもしれない」ではなく、「今日も生きている。ありがたい」と。

 それからの私は、病状がどんなに悪くても「今日も元気だね! 顔色がいいね!」と夫とともに語り続けました。

 そして、よい言葉だけを語り続けていると、信じられない奇跡が起こったのです。





■ICUから一般病棟へ



 余命宣告されていた息子の容体は、またたく間によくなっていき、ついにICUから一般病棟に移れるようになるまで回復。

「優司君の残された時間がどれくらいあるのか、私たちにもわかりません。ですが、その大切な時間を、ご家族で有効に使っていただきたい」

 主治医がかけてくれたその言葉は、決して治療をあきらめたのでも、見放されたのでもありません。

 一般病棟での生活は、容体がいいときも悪いときもあったけれど、「優司と一緒にいられて幸せ、病気だけど今日も1日、生きていられて幸せ」と思いながら、穏やかに7か月をともに過ごしました。

 しかし、2歳4か月になった昨年5月。

 息子は私の腕の中で、静かに息を引き取りました。

 873日のちょっと短い人生を、懸命に生き抜いたわが子に「愛してる、ありがとう、幸せだね……」と心から思い、しっかりと抱きしめました。

 絶望の中でただ嘆くことしかできなかった私は、言葉の持つ力、周りの人へ感謝する気持ちに救われ、全力で息子を愛することができました。

■収益は病院へ寄付





 このたび、ご縁のあった出版社より当時のことを振り返った、1冊の本を出させていただくことになりました。

 私たちがお世話になった小児病院には、今も病気と闘い、難病とともに生きる子どもたちがたくさんいます。

 少しでも生きる希望になるよう、ささやかですが、本の収益は経費を除いた全額を東京都世田谷区にある国立成育医療研究センターへ寄付させていただきます。

 そして、本をご購入くださった方々のお気持ちが、子どもたちの生きる希望になっていくことを切に願うばかりです。

■最後に



 早いもので、息子が亡くなってから1年がたちました。

 街中で同じぐらいの男の子を見ると、今でも胸がチクリと痛み、もう1度この腕にあの温かくて柔らかいぬくもりを感じたい、と思うこともあります。けれど、息子と過ごした時間の中で、大事なことを学んだのです。

“人間は周りの人へ感謝することで、幸せを感じることができる”

 だからこそ、私は優司に心から感謝しています。

「優ちゃん、ありがとう。ママはこれから先、何があっても幸せでいられるよ」



PROFILE

●むとう・あずさ●1982年生まれ、千葉県出身。立教大学社会学部卒。本名は、武藤梓。大学卒業後、美容関係の会社に就職。その後、新たな仕事を始めるが、新宿歌舞伎町のホストにはまり、自ら稼ぎ出した5000万円もの大金を一人のホスト(今の夫)に2年間で使う。しかし、結婚・妊娠を機にホストだった夫と共に歌舞伎町を離れる。そして、2人で一念発起し、小さな立ち飲み居酒屋を大田区大森駅にオープン。現在、飲食店の会社は知人に譲渡し、別法人2社の代表取締役に、 夫は悠々自適な主夫となる。長男次男に恵まれたが、次男は出生時より障害があり、2018年5月に他界。しかし、次男の看病の期間に学んだことを今も楽しく実践しながら、物質的にも精神的にも豊かな生活を送っている。

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