F-16供与で激変するウクライナ戦況、狙われるロシア軍重要拠点

2023年6月2日(金)6時0分 JBpress

 ウクライナは、ロシアの侵攻当初から戦闘機と戦車を供与してほしいと再三訴えていた。米国はこの5月、NATO(北大西洋条約機構)加盟国が保有する「F-16」戦闘機の供与を容認した。

 しかし、パイロットの教育には約4か月が必要だという。

 ウクライナ軍はこれまで、ロシア軍機がウクライナの防空網が届かないところから空対地ミサイルを撃ち込んでくるのを止められずにいた。

 また、ロシア軍部隊の急所を掴んでいても、そこをタイムリーに攻撃ができないでいた。

 ウクライナは、今やっと戦車や歩兵戦闘車が供与されて、地上戦での反撃の態勢が整った。

 実際に、英国供与の長射程ミサイル「ストーム・シャドウ」は、両軍の接触線から離れた後方の重要拠点を狙って射撃し、成果を挙げつつある。

 さらにF-16の供与を受ければ、ウクライナはロシア空軍機、特に戦闘機からの攻撃を止めることができる。

 ロシア軍の後方にある重要施設を攻撃できる態勢がとれることになる。これこそが、F-16供与の価値だ。

 ただ、その機数については限られており、ロシア軍機の攻撃を完全に止められるほどのものではない。

 F-16が供与される場合、単機の戦闘機として何ができるのか。ウクライナが保有しているロシア製「MiG-29」ではできないことは何か。

 また、F-16の空中戦闘システムと空中戦の予想、軍全体ではどのような戦いが可能になるのか。

 これらについて考察する。


1.防空ミサイル射程外のロシア機を制限

 ロシア軍の「Su(スホイ)」戦闘機および「Tu(ツポレフ)」爆撃機は現在、ウクライナ防空ミサイルの射程外から空対地ミサイルを発射している。

 ウクライナ軍の「MiG」戦闘機も防空ミサイルもそれを阻止できないでいる。

 ウクライナ軍は、ロシア軍機の接近を止め、その後のミサイル発射そのものも止めたい。

 しかし、それらを防ぐ手段がなく、これまでは何もできないでいる。

 つまり、ロシア軍戦闘機から発射されたミサイルを打ち落とす手段しかなく、戦闘機からのミサイル発射自体を止めることはできないのだ。

 ロシア軍機はこれまで、ウクライナ軍の防空兵器の射程外から安全にミサイルを発射することができている。

 ウクライナにとって、ロシア軍機のミサイル攻撃を制限できるのは、対地ミサイルの保有数だけだ。

 では、F-16が供与されると、ロシア軍戦闘機に対してはどうなるのか。

 F-16に搭載される空対空ミサイルには、「AIM-120 AMRAAM(アムラーム)」のA/B(射程:50キロ)、C(105キロ)、D(160-180キロ)がある。

 Dタイプを搭載すれば、160キロ離隔した空中目標に対して攻撃することができる。

 ロシアの「Su-30・34・35」戦闘機が保有する空対空ミサイル「R-77(アムラームスキー)」の射程は、120〜190キロである。

 単機の戦いでは、F-16とほぼ互角の空中戦闘ができると予想される。

F-16供与後のウクライナ機と露機の空中戦能力イメージ

(図が正しく表示されない場合にはオリジナルサイトでお読みください)

 これまでは、ウクライナのMiG-29はロシアのこれらの戦闘機に発見されないように飛行して、地上攻撃を行っていただけで、ロシアの戦闘機を攻撃することはほぼ不可能であった。

 ウクライナにF-16戦闘機が供与されれば、ロシアの戦闘機はF-16が搭載する空対空ミサイルに撃墜されないように飛行しなければならなくなる。

 これからは、ロシア軍機はF-16から攻撃されないような行動を取らざるを得なくなる。

ロシア爆撃機と戦闘機の予想攻撃の位置イメージ


2.遠距離対地攻撃能力の飛躍的向上

 これまで1年以上、ウクライナ軍MiG-29からの対地攻撃は、極めて危険で困難であった。

 ミサイルの射程が短く、かつロシア軍機の空対空ミサイルに攻撃を受けるからだ。

 英国から、空中発射長距離巡航ミサイル「ストーム・シャドウ(SCALP-EG射程250キロ)」が供与されてからは、ウクライナ軍は両軍の接触線から200キロ以上離れた主に地上の固定目標を攻撃できるようになった。

 ただし、F-16が供与されないうちは、ミサイル発射を安全に掩護してくれる戦闘機はほとんどない態勢だ。

 対地攻撃能力(空対地ミサイル)について、MiG-29戦闘機であればJDAM(射程〜二十数キロ)、F-16であればJASSM(360キロあるいはそれ以上)である。

ウMiG機・F-16機と露軍Su機の対地攻撃能力比較

 今まで、ウクライナ軍の戦闘機はロシア地上軍を攻撃できずに、ウクライナ軍の地上戦闘にほとんど寄与できていなかったということだ。

 F-16は、ウクライナ活動領域内から敵地内約300キロ以遠まで攻撃できる。

 ロシア軍が占領している要域やこの地での戦闘を支援するロシア領内の空軍基地、補給・整備のための後方支援拠点や短距離弾道ミサイルの基地も攻撃できる。

 それも、単発で攻撃するというのではなく、連続して多目標を攻撃できるようになるのだ。


3.ロシアの防空網破壊へ

 2022年9月に、ウクライナ軍機MiG-29が改良(おそらく1機)され、対レーダーミサイル(HARM)が発射できるようになった。

 このため、ロシア軍の防空ミサイルは、2日に1基程度が破壊されてきた。

 それでも、ミリタリーバランスによる保有機数とこれまでの戦闘による損失数からみると、ロシア軍の防空ミサイルは、900基以上は残存しているだろう。

 これらに、携帯用の地対空ミサイルを入れれば、ウクライナ軍戦闘機に対するロシアの防空能力は、まだ十分にある。

 そこで、ロシア軍防空兵器を大量に破壊し、ウクライナ軍戦闘機の空中戦および長射程巡航ミサイル射撃の効果を上げる必要がある。

 しかし、ウクライナ軍には、HARMを搭載できる戦闘機は、改修したMiG-29の恐らく1機だけしかない。これでは、不十分だ。

 短期間にロシア軍防空兵器の少なくとも半数以上を破壊する必要がある。

F-16戦闘機による露軍防空システムへのHARM攻撃イメージ

 そのためにまず、F-16戦闘機にHARMを搭載し、出撃回数を増やす。

 HARMを発射するには、ミサイルそのものや誘導など高度の秘密事項を多く包含するために、MiG-29の改良では多くの乗り越えられない問題が多い。

 しかし、F-16からのHARMの射撃は、問題なくスムーズにできる。

 HARMを発射できるF-16を増しておけば、ロシアの防空兵器がレーダー波を放射したときに、早期に察知しHARM攻撃ができる。

 これによって、ロシア軍の防空ミサイル網をズタズタに破壊することが可能になる。


4. MiG-29と搭載ミサイルの改良には限界

 MiG-29を改良して、F-16に搭載可能な空対地ミサイルや空対空ミサイルを搭載できるようにすればよいという案もある。

 一部は、改良され搭載されてはいるようだが、十分な性能を発揮できるのかというと、そうではない。

 MiG-29はもともとロシア製であり、ロシアの指揮情報システムの中において戦う仕様になっていた。

 例えば、遠中距離ミサイル発射では、発射から終末誘導まではGPSや慣性誘導方式で、終末誘導では赤外線画像誘導である。

 GPSは、ロシアのグロナス測位衛星システムを使用する仕様になっていた。

 これが、2014年から使用できなくなり、米国のGPSに逐次、乗り換えていたと考えられる。

 今回、ロシア侵攻に間に合ったものもあれば、戦闘を行いつつ逐次換装していったものもあると考えられる。

 換装していても、それらが十分に機能せず、不具合が多かったのではないかと考えられる。

 ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領が、ロシア侵攻早々に戦闘機を供与してくれと熱望していたのは、自国の戦闘機が数的に劣勢であるのはやむを得ないにしても、ロシア軍の急所を必要に応じて攻撃できない歯がゆさがあったからだろう。


5.米空中指揮情報システム内のF-16は強力

 F-16が戦闘する場合、どのような空中指揮システムの中で戦うことになるのか。

 ウクライナの周辺を飛行する米国の早期警戒管制機(AWACS)が、

①ロシア空軍機等の情報を収集し、

②ウクライナ軍F-16にリアルタイムで情報を提供する。

③④位置的に見て射撃可能なF-16が、空対空ミサイルをロシア軍機に向けて発射する。

空中指揮システムの中で戦うF-16

 空対空ミサイルの能力(射程など)が同じであれば、正確な情報をリアルタイムに伝え、これに基づいて、ミサイルを発射できる方が有利である。

⑤ロシア空軍の空中警戒管制機の情報収集能力や情報処理とその伝達は、米国のものよりも劣っているという情報が多い。

 ロシア軍電子戦能力が米欧に劣っていることは、これまでの戦い、特に空中戦で証明されてきた。

 このこともあり、F-16の空対空ミサイルは、十分にその効果を発揮するだろう。

 地上目標を攻撃する場合はどうだろうか。

 地上目標には、地上の固定基地等と砲兵部隊が集結しているような移動目標の2つがある。

 地上の目標情報は、友軍の地上部隊から統合作戦指揮所に集約される。

 時間が経過し、その場から離れるような移動目標で、緊急性が求められる情報であれば、戦闘機にリアルタイムに伝達される。

 かつて、米軍では「E-8 JSTAR」(ジョイントスター=対地版早期警戒管制機)内の機器に、地上部隊の情報(移動目標であっても)が詳細に集められ、対地攻撃の必要性があれば、その情報が戦闘機に流されていた。

 私は、1995〜96年、米国ネリス空軍基地で実際に同機に立ち入り、数百の地上部隊目標情報を映した機器の説明を受けたことがある。

 この機がウクライナで飛行しているかどうか不明だが、その役割は現在、AWACS(早期警戒管制機)が担っているといわれている。

 空対空ミサイルや対地攻撃ミサイルは、敵機や敵地上部隊の動きをリアルタイムに取得し、緊急を要する目標に向けて、直ちにミサイルが発射できなければならない。

 F-16戦闘機が供与されれば、ウクライナ周辺を飛行する米軍の空中指揮システムに入って、効率的にその能力を発揮して戦闘することになる。


6.ロシア軍の急所を早期に探知して叩く

 ロシア軍の戦闘機・攻撃機の損失は約310機で、残存数は550機を超える。

 ウクライナ軍が当初に保有していた戦闘機・攻撃機は116機で、多くが撃墜された。残存数は不明だが、その数が極端に少なくなっていることは明白だ。

 現在は、残存機を改修して使用している。

 改修したMiG-29であれば、ミサイルを改造して装着できていたとしても、現実にはロシアのSu機に撃墜される恐れがある。

 そのために、発見されないことを優先し、目標を叩きたくても叩けなかった。

 今、英国から供与されたストーム・シャドウで、ロシア軍の固定基地を叩けるようになったが、その数は少ない。

 米国とウクライナの防空システムの中で運用されるであろうF-16は24〜36機、多くて48機(ウクライナ国防省は4個飛行隊分を要求)だ。

 これらで、ロシア空軍のまだ550機を超える戦闘機・攻撃機、ほぼ無傷の爆撃機約140を加え、700機と戦うことになる。

 米空軍トップは「F-16を数十機供与されたとしても、戦況を一変させることはない」と発言している。

 今後もロシア空軍爆撃機からの長射程巡航ミサイルの発射を止めることはできないだろう。

 とはいえ、これだけのF-16の機数であっても、ロシア軍戦闘機が発射するミサイルを大きく制限することができる。

 もしも、ロシア戦闘機がF-16の空対空ミサイルの射程内に入れば撃墜もできる。地上目標に対しては、求められた時にすぐさま叩くことができる。

 特に重要なことは、F-16が供与されれば、集結した兵員や兵站部隊、滑走路に集結した戦闘機など、ロシア軍が航空攻撃されたくない急所に対して、直ちに攻撃が可能になるということだ。

 その攻撃が成功すれば、ロシア軍はさらに大きなダメージを受け、攻勢に出ることが困難になる。

筆者:西村 金一

JBpress

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