50人以上の男を率いた車窃盗団「女ボス」の素顔

6月5日(水)6時10分 JBpress

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(廣末登・ノンフィクション作家)

 前回紹介した記事「シャブにまみれた女たち」の中に登場した車泥棒の女ボスについて、「なに、50人以上の男性子分を率いた女ボス!?」と、興味を持たれた方が居られると思う。実際、ギャングの女ボスというのは、洋の東西を見渡しても稀有である。珍しいものは、筆者も読者の皆様にご紹介したいという気持ちを抑えられないので、今回と次回、稿を割かせていただくことにする。


日本にも存在した「60セカンズ」

 昨年末から今年にかけて、新聞各紙が報じた車窃盗の記事を目にした方もあるかのではなかろうか。「レクサス・ランクルなど高級車を窃盗容疑 十数人を逮捕」(朝日新聞 2018年11月15日)、「ロシア人車窃盗団、被害2億5千万円 特殊機器で起動」(産経新聞 2018年12月6日)、「自動車盗の新手口『リレーアタック』スマートキー悪用」(朝日新聞 2019年1月21日)などなど。警察庁によると、平成29年における自動車盗の認知件数は1万213件に上るという。自動車泥棒とセキュリティは、いつの時代もイタチごっこである。

 筆者がヤクザ取材の中で知り合った女ボスの亜弓さん(仮名)は、車窃盗団の大先輩といえる存在である。最初に逮捕された28歳の時、盗んだとされる車は76台。本人いわく「見えていない車がこの3倍はあった」とのこと。

 昨今は、リレーアタックなど電波を使うハイテクな窃盗スタイルが主流であるが、彼女の場合はアナログな目寸(メッスン=眼で鍵のピンの間隔を測る)であり、それも窃盗の現場で、生鍵からヤスリで削り出す職人技。数分あればエンジンを始動させることができた。

「アメリカ映画に『60セカンズ』という作品がありましたが、あれは空想の世界ではありませんでした」と、亜弓さんはいう。

 その手口を聴き取るにつけ、人間の、自分が好きなコトへの執着や熟練とはオソロシイものだと、つくづく感じさせられた。まこと「好きこそものの上手なれ」である。彼女ほどの努力家で、集中力があり、人を、とりわけ「ワルの男たちを」まとめることができるマネジメント力があれば、いい大学にも行けたであろうし、望めばどのような職業でも就けたはずである。残念ながら、生まれた時代、場所、そして何より生育環境が、亜弓さんを窃盗団の女ボスへの道を歩ませたのではないかと思う。

 女ボスであったことも珍しいが、その人生も壮絶である。余人には十回生まれ変わっても経験出来ない凄まじいものであったため、筆者は『組長の妻、はじめます。——女ギャング亜弓姐さんの超ワル人生懺悔録』(新潮社)という本に、彼女の半生をまとめた。

「懺悔録」というくらいだから、ちゃんと反省し、現在は4歳になる子どもと一緒に、犯罪とは無縁の生活をしているので、安心して読んで頂きたい。


人間は環境の動物である

 社会学を学んできた筆者からすると、人間の人生を左右するのは環境であるということを、嫌というほど学んで来たし、実例も数多く見てきた。どれほど優れた人材でも、社会化される環境(社会のルールや規範意識を身に付け、内在化させる環境)が「好ましくない」場合、驚天動地の出来事に遭遇するか、マハトマ・ガンディーのような並外れた聖人に出会うとか、余程の天祐に恵まれない限り、その人材の芽は潰されてしまい、とんでもない方向へ根を張ってしまう。

 上に伸びることが出来ないなら下に伸びる。植物でも、人間でも、どうにかして生きたいという生命力は変わらない。昨今支配的な「自己責任論」を振りかざして、犯罪者である、悪人だと当人を責めることは容易であるが、彼ら彼女らの背景を見ると、一般的な、当たり前の子ども時代を送れなかったなど、同情すべき環境で生きてきたケースが散見される。

 では、亜弓姐さんの場合はどうであったかというと、1970年にヤクザの娘として、神奈川県川崎市に生まれた。小学校時代を関東で過ごし、中学校の時に両親の地元である大阪に転居した。この転居がなければ、もしかすると真っ当な人生を歩んでいたかもしれない。彼女自身も「大阪に帰ることになってから、生き方が全く違う方向に向いた」と振り返る。

 関西には、2歳年上の従妹が居た。この従妹、「積木くずし」リアル版のような存在で、学校の制服やバッグのお下がりを亜弓さんにくれたそうである。はじめは、本人も「こんなスケバンみたいな服、嫌やわ」と思っていたそうだが、従妹のスタイリングは、髪型にまで及んだ。

 親切な従妹だなあと思われるかもしれない。それはちょっと違って「自分の妹分がダサイ恰好で登校されるのが嫌」だという理由であった。しかし、筆者の経験からいうと、非行は恰好から入るものである。恰好には、不良のコードがある。とりわけ、積み木崩し従妹のお下がりは、不良コード臭をプンプン発散していたと察する。

 亜弓さんは、彼女らにとってスリリングなゲームである万引き、カツアゲなどを入り口に、徐々に不良の年季を積んでいった。万引きは「実行をちょっとでも躊躇うと、グループの仲間からバカにされますし、ナメられます」というように、それは、彼女たち不良集団のサブカルチャーにおける度胸試しであり、スリルやエキサイトメントを感じるものとして、グループの焦点的関心事であったようだ。車泥棒の基礎、盗みという「癖」は、この当時に身に付き、「後年まで引きずった」と、亜弓さんは回想する。

「朱に交われば、赤くなる」のである。そして、「雀百まで踊りを忘れず」という俗諺は、彼女のケースを見ると首肯できる。


鬱憤のはけ口は男狩り

 高校1年の4月、シンナー片手に学内を歩いていたところを担任の先生に見つかり、シンナーの奪い合いになった。とっさに担任にケリを入れたところ、先生は階段を転がり落ちたそうである。この事件で、即刻「退学」となり、ツレと一緒に焼鳥屋のバイトをはじめる。

 この焼鳥屋は、実はストレスがたまる仕事であったそうだ。中年のお客がお尻を触る、胸元に手を入れてくる、卑猥な言葉を投げかけてくる・・・。「いつもオッサンのギラギラした眼に晒された」とのこと。そのような職場で働いていると「男というものに憎しみのような気持が募ってきました・・・所詮、あんたらヤリたいだけやんか」と思い、男を「とりあえず、憎みました」という。

 こうした日常的鬱憤のはけ口として、焼鳥屋の定休日には、変身して「男狩り」を始めた。(カラオケで)「聖子ちゃんの『天国のキッス』や『赤いスイートピー』を歌いつつ、男を懲らしめるための必殺技を用意」していた。

 その必殺技とは、ミナミのディスコで、声を掛けてきた男に、とことんカネを使わせること。男は酒を飲ませようとするから、男の下心にピンと来ると彼女は回想する。そのような男には、「場所を変えよう」と促し、ブランド物を売っている店に行く。「これ買って」「あれ欲しい」というと、下心ある男性は、「それが私の身体の代金と思うのでしょう、ニンマリ期待顔しながらカードを切ってくれた」そうである。もちろん、彼らの下心を満たすことはせず、散々酒を飲ませて酔わせた挙句、彼女はトンズラを決め込んでいた。

 ちなみに、言い寄る男に買わせていたのは、シャネルのバッグ、ヴィトンのモノグラム、コンビのロレックス、ダイヤの指輪などなどであった。そうしたブランド物は、新たに配下になった女の子に気前よくあげていた。すると彼女たちは「喜んで私の僕(しもべ)になりますし、男狩りの道具に、囮とて使えた」のだとか。こうして、組織的に「憎い男たちに、不特定多数の男という動物に」(カネを浪費させることにより)ヤマを返すことで、ストレスを発散していたと回想する。

 この男狩りは、焼鳥屋に誘って一緒に働いていたツレとの連係プレーだったが、最後には、そのツレからも「亜弓、うちアンタが怖くなった・・・ちょっとヤバすぎるよ」と言われ共同経営を解除。亜弓さんのストレス発散手段も個人営業となり、焼鳥屋から夜の水商売へとステージアップすることになる。そして、前回、本コラムで紹介したが、その時に覚えたシャブ(覚せい剤)も、短期間のうちに常習者のレベルに達していった。


シャブとヒットマン

 荒れた十代を経験した彼女も一度結婚している。その時はさすがに母親から料理の仕方を習ったり、毎日の掃除、洗濯などと主婦業に勤しんでみたり、マジメに花嫁修業し、人並みの家庭づくりに努力した。しかし、すでにシャブの毒素と非行の文化は、骨の髄まで達しており、幸せな家庭を築くことはできなかった。

 人並みの家庭づくりを崩壊させる亀裂は、彼女と価値観を共有しようとしたマジメな夫の行動であった。

 亜弓さんが遊びに行って朝帰りした日、旦那が「お前もやってんのやろ、おれもやったわ。これでお前と同じやぞ」と、亜弓さんに腕の注射痕を見せて言った。「マジメな人やった夫が変わっていく。それもこんな短時間に」と、さすがの彼女にもショックだったようである。

 ある日、亜弓さんがシャブを出した後輩が、自殺未遂をしたことから、彼女のキップがまわった(逮捕状が出た)。自宅に来た警察官から辛くも身をかわした彼女は、知り合いの男性を頼り、彼のビジネスに同行して、関東に身をかわした。

 この男性、関東に入ると、品川のホテルパシフィックや高輪プリンス(いずれも当時)などのスイートを転々とし、豪勢な生活をしていた。毎回、1週間ほどのシノギ(仕事)から帰って来ると、数千万円が入った紙包みをテーブルに放り出し、上着の下からは、革のホルスターに収まるリボルバー拳銃が見えたという。

 怪訝に思った亜弓さんが「佐々木(仮名)さん、あんた何でこないな大金稼いでんのん、シノギって何」と尋ねると、ことなげに「人殺しや」と答えた。

 なるほどヒットマンね。一緒に寝ていると、よく夜中に絶叫して目を覚まして震えていた理由は、そのシノギの罪悪感ゆえであったかと、彼女も合点できた。その告白以降、彼から買ってもらう「ダイヤ巻きのロレックス」のような宝飾品やブランド品は、「死んだ人の念が絡んでいるような気がして」身に着けず、知り合った女性たちにあげたそうである。

 佐々木さんがシノギに行っている間、亜弓さんは、ホテルの広いスイートに放置されていた。それは、彼から「一人で街に出るな」と釘を刺されていたからであるが、若い彼女が大都会の孤独に耐えられるはずもなかった。ホストクラブで知り合った外国人兄弟からシャブをデリしてもらい、これまたホストクラブで知り合った女性たちと「シャブパーティ」を催すことで、孤独感を解消したという。

 高級ホテルの長期滞在客、バブルの時代、誰もが憧れた有名フレンチでのコース料理、銀座のフラッグ・シップで購入した高級ブランド品の数々。人は見かけでは分からないものである。彼女は、この関東への旅行期間中に、孤独感や罪悪感を募らせ、ツネポン(覚せい剤常習者)の更なる深みに足を踏み入れてしまったといえる。


自動車窃盗マスターへの一歩

 毎晩うなされるヒットマンと一緒に寝ることに辟易とした亜弓さんは、ひとり関西に戻る決心をした。しかし、キップがまわっていたため、地元の大阪では派手なことはせず、遠征して京都でシャブを仕入れていた。

 彼女は、そこで出会ったギャングと交際を始める。ギャングは、シャブのデリバリーと車窃盗団という二つの顔を持っていた。後者は組織された窃盗団で、交際していたギャング・メンバーの「森田君(仮名)は、男としての根性は三流でしたが、車両窃盗の腕は一流でした」と、亜弓さんが回想するほどのキャリアを積んでいたようである。

 この時、車窃盗のギャングから「まあ、女では無理やわ」と言われた一言が、亜弓さんの心の奥底に不満となってくすぶり続けた。何より車の窃盗を「面白い」と興味を持ったことが拍車をかけ、車の窃盗技術に寝食を忘れて取り組んだ。そして、寝食を忘れるほど異常なまでの集中力は、シャブの影響であったと振り返る。

「生まれて初めて、何かの専門技術を身に付けたいと考えたわけですが、それが車の窃盗技術とはあまりに悲しすぎますよね」と、亜弓さんは筆者に語りながら目を伏せた。

 次回は、高級車窃盗団の女ボスに上り詰めた亜弓さんが激白する車両窃盗の手口につき、リアルにリポートする。

筆者:廣末 登

JBpress

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