グローバル化で法人税の「引き下げ競争」が激化する

6月9日(金)6時4分 JBpress

シンガポールの高層ビル群。グローバル時代に、帳簿上の利益や所得に課税する直接税は適していない

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 普通のビジネスマンにとってキャッシュフローという言葉は、あまりなじみがないだろう。経理担当者以外にはピンと来ないと思うが、これを混同すると黒字のプロジェクトが赤字になったり、その逆になったりする。その一例が、東京都の豊洲市場移転をめぐる混乱だ。

 6月5日に東京都の小池知事に出された、市場問題プロジェクトチーム(PT)の「第一次報告書(案)」は、豊洲市場への移転が「減価償却費を含めて毎年140〜150億円の赤字」になるという試算を発表したが、これは誤りである。意思決定で考えるのはキャッシュフローだけで、減価償却は除外するのだ。


豊洲移転で減価償却を考えてはいけない

 まず利益とキャッシュフローの違いを説明しておこう。利益というのは売り上げから経費を引いたものだが、キャッシュフローとは一致しない。それにはいろいろな原因があるが、最大の要因は減価償却費だ。これは固定資産の取得コストを分割して、各年の必要経費として配分したもので、実際に出ていく現金ではない。

 豊洲市場にはすでに東京都が5884億円の事業費を支出しており、固定資産のうち建物は、回収できないサンクコスト(埋没費用)である。豊洲市場を開場すると、維持管理の人件費などは実際にかかる費用だが、減価償却費はすでにかかったコストを帳簿に計上するだけなので、キャッシュは出ていかない。

 減価償却を除外した正しい計算では、豊洲市場の毎年のキャッシュフローは21億円の赤字で、50年分としても赤字の合計は1050億円。市場を移転して築地の跡地を売却すれば4386億円の売却益が見込まれるので、豊洲移転プロジェクトは大幅な黒字である。

 このように減価償却費は実際に支出された建設費のダブルカウントになるので、都の市場会計でも計上していない。市場問題PTのいう「大赤字」は、キャッシュフローでみると明白な誤解(あるいは曲解)である。豊洲にただちに移転して築地の跡地を売却することが、経営的にも正しい。


利益からキャッシュフローへ

 豊洲は単純な計算違いだが、利益とキャッシュフローの違いは税金にも大きな影響を与える。法人税の課税対象はキャッシュフローではなく(帳簿上の)利益なので、減価償却費をどう認めるかで、課税額が大きく変わるのだ。

 もし建設費2747億円の豊洲市場が民間企業の施設で40年償却だとすると、毎年の減価償却は(金利を無視して定額で償却すると)68億円だ。このプロジェクトの売り上げが毎年90億円だとすると22億円の利益が出るので、6億円の法人税を払わなければならない。

 ここで租税特別措置(租特)で特別償却を認めて30年償却にすると、毎年91億円の必要経費が認められるので、90億円のプロジェクトは赤字となり、30年間はまったく税金を払わなくてよい。つまり特別償却は、30年間で180億円減税したのと同じである。

 このような帳簿ベースの利益に課税する歪みは、グローバル化の中で顕著になってきた。図のようにアメリカの法人実効税率は40%と突出して高いが、トランプ大統領はこれを15%に下げるという税制改革案を発表した。これが実現すると、アジアでも法人税率を引き下げる租税競争が激化するだろう。

 日本の法人実効税率はようやく30%以下まで下がったが、まだ中国や韓国より高い(下の図)。他の条件が同じなら、グローバル企業は日本から出て行くだろう。それがアベノミクスが空振りに終わった1つの原因だ。

 日銀の黒田総裁の「量的・質的緩和」の狙いはインフレではなく、円安だったと思われるが、中央銀行の総裁が「為替レートを1ドル=120円にする」などという目標を掲げたら政治的に問題になるので、2%のインフレ目標を設けた。

 一時的にはこれは成功して1ドル=120円を超える円安になったが、今は110円に戻ってしまった。さらに不思議なのは、これほど円安になっても貿易収支が黒字にならなかったことだ。黒田総裁は最近「経済学の教科書によれば円安で輸出が増えるはずだが、あまり輸出が増えなかった」と珍しく弱気な感想を吐いた。


消費税を増税すれば法人税は下げられる

 これは実は不思議ではない。日本の製造業はグローバル化したので、帳簿上の利益操作が容易になったのだ。たとえばある電機メーカーが2010年以降の円高で半導体の工場をシンガポールに移し、日本の本社は赤字になったとしよう。そこでシンガポールから日本に半導体を輸出して、利益を嵩上げする。

 これは株主の立場からみると不合理だ。法人税率17%のシンガポールで製造した半導体の利益はシンガポールで計上すればいいのに、わざわざ日本に逆輸入して30%の法人税を払うと、キャッシュフロー(税引き後利益)は減ってしまう。しかし日本ではまだ単体の決算を見る人が多いので、経営陣の保身のために利益を「お化粧」するのだ。

 円安になると本社が黒字になるので逆輸入する必要はなくなり、お化粧をやめる。このとき貿易赤字は減るが、シンガポールに移転した工場は戻ってこない。当てにならない為替レートより、税率の差のほうが大きいからだ。こうして日本の製造業が「空洞化」する傾向は、おそらく元に戻らないだろう。

 こういう歪みは、利益に課税する法人税(法人所得税)では避けられないが、理論的には避ける方法がある。4月の当コラムでも紹介したキャッシュフロー税だ。これはアメリカの共和党の有力議員が提案しているが、トランプ大統領は今のところ採用していない。

 しかし経済学者のほとんどは、キャッシュフロー税に賛成だ。法人税だけでなく、個人所得税も廃止して累進消費税に一元化すべきだという案も、アメリカの民主党議員が提案しているが、これも今のところ実現する可能性はない。

 この点で日本は消費税というキャッシュフロー税があるので、これを増税する代わりに法人税を減税すればよい。帳簿上の利益や所得に課税する直接税は歪みが大きく、グローバル時代には適していない。日本でも企業経営はキャッシュフローで考えるのが当たり前になってきたので、長期的には税制もキャッシュフロー基準に変える必要があろう。

筆者:池田 信夫

JBpress

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