今「ファクトフルネス」が注目される理由

6月10日(月)6時0分 JBpress

メディアでも話題の『ファクトフルネス』。そのヒットの理由は?

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 データを基に世界を正しく見る方法について、豊富な実例を引きながら分かりやすく解説した『FACTFULNESS(以下、ファクトフルネス)』(日経BP、2019年1月)。世界中で反響を呼んだ本書は、日本でもSNSで大きな話題を呼んだ結果、発売日を待たずして重版がかかり、発売から1週間で10万部、20日で20万部を超えるなど、ビジネス書としては異例のベストセラーとなっている。

 ビル・ゲイツやオバマ元大統領も絶賛する『ファクトフルネス』について、ポイントを押さえておこう。


世界のリーダーたちが絶賛する『FACTFULNESS』とは

『ファクトフルネス』が反響を呼んだ要因の一つが、冒頭で読者に出題されるクイズだ。例えば次のような、世界の事実に関するシンプルなクイズが13問紹介されている。

質問1 現在、低所得国に暮らす女子の何割が、初等教育を修了するでしょう?
A 20%
B 40%
C 60%

 2017年、日本を含む14カ国に住む1万2000人を対象にこのクイズについての調査を実施したところ、唯一正答率が高かった13問目の質問を除けば、平均正解数は12問中たったの2問。全問正解者は0人で、12問中11問正解した参加者も1人のみ。全問不正解者は全体の15%に上ったという。ちなみに、先の質問1の正解はC「60%」で、日本人の正答率は7%だ。

 共訳者の1人である上杉周作氏が作成したオンライン版12のクイズで、実際に挑戦してみてもらえれば分かるが、どれも複雑な問題やひっかけ問題というわけではない。

 すべて三択式なので、仮にチンパンジーへ同じクイズを出題したとしたら、正解率はおよそ3分の1になるだろうと本書では記載されている。つまり、当てずっぽうに選べば12問中4問程度は正解できるはずだ。しかし、実際の平均正解率が3分の1を下回っている結果をみると、世界について間違った認識をしている人が多いことがわかる。

 間違いの傾向などを分析していくと、学歴や社会的地位の違いにかかわらず、多くの人が「世界はどんどん悪くなっている」という事実とは異なる勘違いをしていることが明らかになった。実際に多くの人が勘違いしている事実をひも解きながら、人々が無意識に行なっている偏ったものの見方や思い込みを廃し、事実やデータに基づいた正しい世界の見方について解説しているのが『ファクトフルネス』なのだ。


世界の見方を歪める「10の思い込み」

 一般市民から高学歴の専門家まで、多くの人々が世界に関する基本的な「事実」に関するクイズで正答できないのは、知識のアップデート不足だけが問題ではない。本書では、人々の脳が無意識に「ドラマチックすぎる世界の見方」をしてしまうことが原因だと警鐘を鳴らしている。

 たとえ、知識のアップデートを怠らず、いつでも最新の情報にアクセスできる環境にある人であっても、ありのままの世界の姿を見ることは難しいのだという。本書によると、進化の過程において人間の脳に組み込まれてきた「瞬時に何かを判断する本能」や「ドラマチックな物語を求める本能」が原因だとしている。世界を正しく認識するには、そういった本能の存在を認め、抑制する術を学ぶ必要があるというのが、ファクトフルネスの肝となる。

 本書では、誰もが持っている10の「ドラマチックな本能」について、筆者の経験や人々の「勘違い」事例を用いて、それぞれの概要や抑える術を解説している。以下、10の本能についての要旨をまとめた。

1.分断本能

 さまざまな物事や人々は2つのグループに分かれていて、両者の間には決して埋まることのない溝があるはずだ、と思い込んでしまうこと。

 目を引く極端な事例や数字、「平均の比較」による見せかけの分断に惑わされずに、「大半の人がどこにいるのか」を探すことで、分断本能を抑えることができる。本書では、「途上国」や「先進国」という分断された見方の代わりに、世界中の人々を所得レベルに応じて4つのグループに分けるという考え方を提案している。

2.ネガティブ本能

 人が誰しも持ち得る、物事のポジティブな面よりネガティブな面に注目しやすいという本能。

 世界は、「悪い」状態と、「良くなっている」状態を両立していると理解すること。そして、悪いニュースはドラマチックに報じられることが多いため、良いニュースよりも広まりやすいと考えること。ネガティブ本能を抑え、世界の現状を正しく理解するには、以上の2点が必要であるとされる。

3.直線本能

 グラフが直線を描くと思い込んでしまう本能。多くの人が「世界の人口は“ひたすら”増え続ける」と勘違いする原因にもなっている。

 実際には人口以外のデータにおいても、直線のグラフが当てはまるケースは珍しい。「S字カーブ」「すべり台の形」「コブの形」、もしくは「倍増」する線が当てはまることの方が多い。直線本能を抑えて何らかの現象を正しく理解するには、グラフには直線以外にもさまざまな形があると知り、グラフに示されていない箇所を不用意に憶測しないよう努める必要がある。

4.恐怖本能

 人の目は自然と「恐ろしいもの」に吸い寄せられてしまうため、世界は実際の姿よりも恐ろしく見えてしまうという本能。

 恐怖に囚われると、事実を見る余裕も無くなってしまう。しかし、確実にリスクがある「危険」なことと違い、「恐怖」はリスクがあるように「見える」だけである。リスクは「危険度×頻度」で決まるため、恐ろしさは無関係であることを知った上で、リスクを正しく計算することが恐怖本能の制御につながる。

5.過大視本能

 ある1つの数字だけを見て「なんて大きい(小さい)んだ」と勘違いするような、1つの実例を重視し過ぎてしまう考え方。

「目の前にある確かなもの」に気を取られると本質を見失い、限られた時間や労力を無駄遣いしてしまう可能性がある。世界で起こる事柄の本質を見失わないためには、提示された数字を他の数字と比較したり割合を見たりすることで、過大視本能を抑える必要がある。

6.パターン化本能

 人は無意識に物事や状況をパターン化し、それをすべてに当てはめてしまうもの。パターン化は生きていく上で必要な思考の枠組みだが、誰しも分類の仕方を間違えたり、少数の例や一部の例外的な事柄を基に、グループ全体の特徴を決めつけてしまいがちだ。「ひとつの例がすべてに当てはまる」という思い込みは思考停止につながり、物事への理解を妨げるだけでなく、重大な機会損失にもつながる。

 これを防ぐには、常に「自分の分類の仕方は間違っているかもしれない」と疑い、強烈な印象の「例外」にとらわれ過ぎていないか等、よく使ってしまう分類を見直し続ける必要がある。

7.宿命本能

 持って生まれた宿命によって、人や国、宗教や文化の行方は決まるという思い込み。物事が昔から今の姿であるのはどうにもならない理由があるからで、これからも永遠に変わらないし、変われない、という考え方だ。

 実際には、「インターネットやスマートフォンの普及」のような急激な変化でないため実感できていないだけで、社会や文化は昔から常に変化し続けている。

 宿命本能を抑えるには、小さな進歩を追い続け、自分の中の知識を常に新鮮に保つよう心掛けること。そして、自分の価値観を親や祖父母、子や孫世代のものと比べてみるなど、実際にどのくらいの変化が起こっているのか確かめることが有効とされる。

8.単純化本能

 世の中のさまざまな問題に対し、1つの原因と1つの解答を当てはめてしまう傾向のこと。1つの視点だけでは世界を正しく理解し、問題に対して現実的な解を見つけることはできないとされる。

 自分の考え方が正しいことを示す例ばかりを集めたり、問題解決の一部に役立ちそうな専門知識を強引に振りかざすのではなく、専門や立場が異なる人々の意見にも謙虚に耳を傾ける。このようにケースバイケースで問題に取り組むことで、単純化本能を抑えることができる。

9.犯人捜し本能

 何か悪いことが起きたとき、単純明快な理由を見つけたくなる傾向のこと。誰かを責めたいという本能に囚われると、複雑な真実に目を向けることができなくなってしまい、将来同じ間違いをしてしまう可能性が高まる。

 物事がうまくいかないときには犯人捜しをするのではなく、複数の原因やシステムを見直す。反対にうまくいったときにはヒーローではなく、社会基盤とテクノロジーに目を向けるよう努めることで、この本能を抑え込むことができる。

10.焦り本能

 目の前に危機が迫っていると感じると、すぐに動きたくなる本能。しばしば「今すぐ手を打たなければ、取り返しのつかないことになる」といった言葉で引き出される。焦り本能が顔を出すと、他の本能も引き出されてしまうので、冷静な判断力は奪われ、批判的に考える力も失われる。

 これを防ぐには、まず一呼吸おいて自分の焦りに気が付くこと。そして「今すぐに決めなければならない」ことは滅多にない、と知ること。むしろ極端な予測に惑わされず、時間をかけて正確な情報やデータを収集し、冷静な分析に努める必要がある。


「事実」を冷静に認識するために

 膨大なデータや経験に基づき、多くの人々が誤解している世界の真実の姿を紹介するだけでなく「なぜ誤解が生じてしまうのか」を分析して解決策を提示した『ファクトフルネス』。

 著者の1人であるハンス・ロスリング氏の巧みな語り口は「魔法の洗濯機」等の有名なTEDカンファレンス動画でも知られている。本書も、人口や教育、貧困や環境といった社会問題や統計の読み解き方について、難解な専門用語を使わずに分かりやすく説明していることが、ヒットにつながったのだろう。

 先入観や思い込みに囚われず、冷静な目で事実を見つめ直す。言葉にするとあっけなく、また誰もがその重要性については認識している。しかし、実際には物事を考える上で最低限知っておくべき、ともいえる簡単な事実すら共有できていない。本書でも触れられているが、世界に関する思い込みや、思考の癖をそのまま放置していると、ビジネスを展開する上でも大きな痛手となる。

 データのオープン化が進む今、最新の事実に基づく正しい世界や物事の見方、本能の抑え方を学ぶことの重要性はますます高まっていくだろう。日本では、新たな学習指導要綱で重視する項目に「理数教育の充実」が掲げられ、文部科学省によって「観察・実験などによる科学的に探究する学習活動や、データを分析して課題を解決するための統計教育を充実」する方針が発表されている。

『ファクトフルネス』でも教育の必要性について言及されており、世界の人々の暮らしを収入別に写真で見ることができる「Dollar Street(ドル・ストリート)」を子どもたちに見せるといった、具体的な提案も盛り込まれている。

「課題先進国」の一員としての教育を受けてきた日本人は、特に国や世界に対して悲観的な見方をしてしまう傾向があるのではないだろうか。まずは12のクイズに挑戦し、自分の中にある「世界についての常識」が正しいかどうか確認してみて欲しい。もしチンパンジーの成績を超えられなかったとしたら、「10の本能」の存在に気が付いていない可能性が高い。

 センセーショナルなニュースや思わず目を奪われてしまう文言に惑わされず、膨大なデータの中から数字や統計の読み解き方を身に付けたい。そんな思いを持つ方は、ぜひ一読をお勧めする。

筆者:松ヶ枝 優佳

JBpress

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