言っても聞かない相手は「アリの一穴」で誘導せよ

6月10日(月)6時0分 JBpress

米麹と甘酒。言うことを聞かない微生物をも、思惑通りに動かす方法とは。

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(篠原 信:農業研究者)

「言うことをなかなか聞いてくれないという意味では、部下も、子どもも、赤ん坊も、はたまた微生物も、似たようなものだ」というと、即座に嫁さんから「人間と微生物を一緒にしないで!」とツッコミ。しかし、私は結構、本気でそう思う。命じたとおりになってくれないという意味では、似たようなものだ。

 ただ、もし言うことを聞いてくれない順に並べるとするなら、

微生物 > 赤ん坊 > 子ども > 部下

の順番になるだろう。部下は大人だし、給料をもらう利害関係があるので、まだしも言うことを聞いてくれる存在だ。

 ところが微生物ときたら、言うことをまったく聞いてくれない。こう動いてほしいと願っても、思惑通りに動いてくれない。そんな微生物を相手に研究している私は、微生物と比べれば、子どもや部下は、まだ言うことを聞いてくれる方だとポジティブに考えている。

馬に「水を飲みたい!」と思わせるには

「馬を水場に連れてくることはできても、水を飲ませることはできない」ということわざがある。部下の指導の難しさを表現するのに、このことわざがよく引用されている。なるほどその通り。だが、こうも思う。水を飲ませることはできないけれど、「水を飲みたい」ように誘導することは可能だ、と。

 方法は簡単だ。水場に連れて行かなければいい。そろそろのどが渇くだろう、と思っても、連れて行かない。馬が「のどが渇いた! 連れて行け!」とはっきり主張するまでは。それからなら、馬は水場に着いた途端、ガブガブ水を飲むだろう。

 赤ん坊だった私は、ミルクをあまり飲まないのでずいぶん母親を困らせたという。育児指導に従って3時間ごとに飲ませようとしても、半眠り。飲んでもすぐに眠ってしまう。しかしそれではおなかがすぐすいて、起きてしまう。それでまたミルクを与えるけれど、少し飲んですぐ寝てしまう、の繰り返し。母親は眠るヒマがなく、疲労困憊したという。

 これに対して、3番目に生まれた弟。ミルクを大量に一気飲み。1本では足りず、おかわり要求。おなか一杯になるとグースカ寝て、私と打って変わって、扱いやすかったようだ。

 面白いことに、私と弟では、母親の接し方が違っていたという。子育てのことが全然分からない母親は、初めての子である私に3時間おきにミルクを与えようと必死。赤ん坊がぐっすり眠っていてもミルクを飲ませようとする。しかし眠いから食欲がなく、ミルクをろくに飲まない。飲まないからよけいに心配になって、3時間おきに律儀に飲ませようとする。また眠いからミルクを飲まない。悪循環に陥って、私はミルクをあまり飲まない子になったという。

 対して、弟。2人の子育て経験済みの母は、「元気な赤ん坊なら、腹が減れば泣く」ことを悟り、生真面目に3時間おきに飲ませるようなことはせず、赤ん坊がスヤスヤよく眠っていたら、無理に起こさなくなった。それどころか、「今朝はよく泣くなあ。・・・あ、まだミルク上げていなかったわ」。しばらく放置されたものだから、赤ん坊は空腹マックス。待望のミルクが来たら一気飲み。「飲めるときに飲まなきゃ」と思うのか、おかわりも所望。このため、食欲旺盛で、体も大きく育った。3歳の弟は、5歳の私と体格で遜色がなかったほどだ。

 命じて行動を変えさせることは、大変難しい。(赤ん坊や微生物と比べれば)言うことを聞いてくれる部下でも、指示したことしかやらない「指示待ち人間」の問題がよくクローズアップされる。命じれば動くけど、命じたこと以外は動かない。子ども、赤ん坊、微生物といった存在になれば、なおさら動かない。命じて行動を変えさせるのは、とても難しい。

 ただし。命じて行動を変えさせることはできなくても、「意欲」を生むことはできる。意欲さえ生じさせれば、行動は自然に変わる。のどが渇いた馬が「水を飲みたい!」と思えばガブ飲みするように。赤ん坊が、ちょっとじらされると大量にミルクを飲むように。

「囲師必闕」で微生物をも誘導する

 言うことを聞かない存在としては最高峰の微生物。「こう働け!」と命じてもちっとも動いてくれない。そんな微生物でも、「意欲」を生じさせれば、こちらの企図どおりに動かすことができる。

 私のところには毎年、旧帝大の学生が研究しに来る。そうした学生に必ず出すクイズがある。

「ここに邪魔な木の切り株がある。これを微生物の力で取り除いてほしい」

 昔ながらの発想では、木を分解する微生物を見つけ出して、その培養液を切り株にぶっかければよい、という回答が多かった。実際、昔の学会ではそのような発表が多かった。だが、現場で実際に試してみると、3日もすればぶっかけた微生物が消えてなくなってしまう。土着の微生物たちに「新顔のクセにイキがってるんじゃねえぞ!」と駆逐されてしまうからだ。

 ところが、面白い方法がある。切り株の周りに、肥料を撒くのだ。数カ月すると、切り株は土着微生物の力によってボロボロに分解する。

 なぜそんなことが起きるのか。肥料には、炭素以外の栄養分がたっぷり含まれている。土着微生物からしたら、「炭素さえ手に入ればパラダイスなのに」という環境。

 すると、切り株が「炭素のカタマリ」じゃないか! となる。すると、「ぼく、木材のリグニン(とても分解しにくい物質として有名)を分解するのが得意です」という微生物が土着微生物から現れ、他の微生物はその微生物に炭素以外の養分を運んでやる。こうして、微生物生態系全体が、切り株を分解する方向へと活動しだす。

 筆者は、この手法を「選択陰圧」と呼んでいる。これまでの技術体系では、プラスアルファ(陽圧)を考えることが多かった。切り株でたとえるなら分解菌をぶっかける発想だ。病気を治すなら、薬を投与するという考え方だ。強力な手段を投じることで問題を解決しようという豪腕主義が支配的だった。

 しかし切り株に肥料を撒くやり方は、炭素が欠如した肥料を撒くことで、擬似的に「炭素欠乏症」の状態に土着微生物を追い込むやり方。土着微生物に、炭素の欠如状態を作り、炭素を求める「意欲」を刺激する方法だ。「虚」を用意すると、微生物はその虚を埋めようとして活動する。

 この動きと実によく似ている事例が、城攻めだ。兵法書として有名な「孫子」には、「囲師必闕(いしひっけつ)」という兵法が紹介されている。

 城攻めで完全包囲してしまうと、城に立てこもる人間は逃げ道がないと悟り、「どうせ死ぬのなら」と覚悟を決め、徹底抗戦する。こうなると、城はなかなか落ちない。

 しかし囲師必闕という兵法では、包囲網の一箇所を手薄にする。すると、城にこもる兵たちは、「あのスキマから逃げられるかも」と、逃亡する「意欲」が湧いてくる。そして実際に逃げ出すので、空になった城が手に入る、というものだ。

 これは、「ダムのアリの一穴」と同じだ。ダムの壁に一箇所でも穴があると、そこをめがけて水が逃げ出してしまう。陰圧、すなわち「虚」があると、そこをめがけて水分子も兵隊たちも逃げ出してしまう。人間も、水分子も、微生物も、群集としては同じ行動を見せる。「虚」があれば、そちらに向かって動き出すという習性は、同じなのだ。

「構造」で意欲を導く

 もうひとつ、政治経済学の考え方からヒントを得た方法をご紹介しよう。国際政治経済学の専門家、スーザン・ストレンジによると、権力には、「関係性権力」と「構造的権力」の2つがあるという。

 関係性権力とは、たとえばギャングの親分が力と恐怖で手下たちを支配するやり方だ。しかしこのやり方だと、どうしても支配できる人数に限りがある。人間関係が遠いと恐怖で支配しにくくなり、命令が行き届かなくなるからだ。

 これに対して、構造的権力は、無数の人間を支配することができるという。簡単に言ってしまえば、法律。「まじめに働けば給料ももらえて、安全に生活できます。法律に違反すると牢屋に入れられ、自由を奪われます。あなたはどうしますか?」。どうするかは、メンバー一人ひとりに任せてしまう。

 すると、命じもしないのに、ほとんどの人がルールどおりの行動をとる。ルールが示した「構造」に合わせた方が得だと分かると、自主的にルールに従う。命令する必要なんか全然ない。ルールが示した構造の中(虚)なら平安に生きられる、そう生きたい、という「意欲」が湧くからだ。

 筆者は、この手法を「構造的選択圧」と呼び、微生物群を群れのまま制御する手法を開発した。筆者の研究は専門的過ぎるから、日本酒で説明してみよう。

 日本酒の醸造では、「打瀬(うたせ)」という工程がある。これは、お酒のタンクの中で乳酸菌を増やし、乳酸だらけにすることで、乳酸の苦手な雑菌の繁殖を抑え、麹菌や酵母菌は元気に活動できるようにした、先人の知恵だ。このおかげで、お酒のタンクは、フタを開けるたびに雑菌が入るはずなのに、腐ることなく、アルコール発酵が進む。

「このタンク内は乳酸だらけ。あなたはどうしますか?」という「構造」を用意しているだけ。あとはどんな微生物が活動するかは、微生物任せ。そうすることで、乳酸が嫌いな微生物はおとなしくなり、乳酸が平気な微生物はますます旺盛にお米をアルコールに変える「意欲」を燃やす。

 水を丸くしよう、四角くしようとして、殴っても蹴っても命令しても、丸くなったり四角くなるはずがない。こうした「プラスアルファ」の考え方ではうまくいかない。

 しかし、丸い器、四角い器という「虚」を用意すると、水は自ら丸くなり、四角くなる。水が虚を埋めようするから。「選択陰圧」も「構造的選択圧」も、「虚」を用意し、自発的に「虚」を埋めさせる手法だといえる。

 先日、食品ロスを減らす対策として、「グラデーション値下げ」を提案した。

【参考】「さらば食品ロス、古い商品から売れていく劇的解決策」
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/56523

 果たしてこれがうまくいくかどうかは分からない。ただ、NewsPicksの読者にはおおむね好意的な意見が多かった。それは、そうした「構造」が用意されれば、古い商品を優先的に手に取りたくなる人は増えるだろう、と感じられたからだろう。

「群衆の制御」を学問として捉える

 ベストセラーになった『サピエンス全史』では、人間は虚構を共有する生き物だ、としている。赤信号なら止まれ、青信号なら進め、という交通ルールは、逆でも構わない「虚構」だ。私たちが1万円の価値があると思っているお札も、本来は紙切れでしかないものに価値をおく「虚構」だ。

 ただ、「虚構」には違いないが、人間はどうやら「その虚構なら、物事がスムーズに進みそうだね」と意識を共有できると、虚構に従って行動できるという、実に面白い性質があるらしい。

「虚構」でも構わない。その虚構の有効性にみなが共感できるなら、それを共有し、解決に一緒に立ち向かうことができる。それが人類であるらしい。

 筆者は、微生物の群集を、なるべく望ましい方向に活動してもらうように研究する中で、選択陰圧、構造的選択圧という手法を駆使するようになった。そのおかげで、普通は思い通りに動かないとされる微生物群集も、ある程度、こちらの期待通りに動いてもらえるようになった。それは、命じるのではなく、自発的な行動を誘導する「構造(虚)」を作るようにしたからだ。

 人間もおそらく、同じなのではないかと思う。こうすれば物事がうまく運ぶようになるのではないか、という「虚構」をみなに提案して、みんなから「いいね!」をもらえるようなら、その「虚構」を共有し、あとはみんなの自発性に任せる。すると、自然とその「虚」を埋めるように、人間という群集は動くのではないだろうか。水が丸い器の虚を埋めるようにして丸くなるように。

 サッカーは、「手を使わない」という、不便きわまりないスポーツだ。「イヤだ! オレは手を使うぞ!」と反発して人がいなくなってもよさそうなのに、むしろサッカー人口は増えるばかり。これは、「手を使わない」という「器」(虚)を、本来は不器用なはずの足で埋めてみる魅力をみんなが感じるからだ。不便なルールでも、それが面白そうなら人間が集まる。自主的にルールに従う。

 筆者は、人間も、微生物も、水分子も、群集としてとらえた「群集制御学」という学問が成り立つだろう、と考えている。群集はいずれも「虚」を埋めるように行動する。そう考えると、社会学の知見を微生物学や工学に応用したり、その逆も可能だろう。筆者は、幼児を意のままに操る保育士の方からも、微生物の群れを制御するヒントを得ようと観察している。

 こうした考え方を紹介するのは、一抹の不安がある。というのも、権力者が国民を都合よく支配するツールに成り果てる恐れもあるからだ。権力者が自分の都合のよい方法としてこうした手法を駆使されたら、厄介だ。

 だが、こうした考え方は、「帝王学」などと呼ばれて、支配者の間では語り継がれてきたものかもしれない。ならば、いっそ世間に広く紹介し、「陳腐化」させてしまうのも悪くないかもしれない。広くこの手法が知られれば、権力者の思うように動かずに済む「虚」を、自ら創り出すことも可能になるだろう。

 たとえば、地球環境の問題は、かなり喫緊の課題であると思う。これに対処するには、一人ひとりの人間が自発的に行動することが必要だ。そのための「虚(虚構)」は、どんなものがよいだろう。できれば、楽しく自発的に動けるものがよい。みんなで「いいね!」と言いながら、ワイワイガヤガヤ笑いさざめきながら、社会の問題を解決できるようになればと思う。

 みなさんも一緒に、楽しく共有できる「虚」をデザインしてみませんか。

筆者:篠原 信

JBpress

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