東京に大型クルーズ船がやって来たら何が起きるのか

6月11日(火)6時14分 JBpress

手狭な東京港にこれからクルーズ船がどんどん入ってくるようになる(資料写真:筆者撮影、以下同)

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(姫田 小夏:ジャーナリスト)

 新橋とお台場、豊洲を結ぶ東京臨海新交通臨海線(通称「ゆりかもめ」)の「船の科学館」駅の駅名が、いつの間にか「東京国際クルーズターミナル」に変わっていた。今年(2019年)3月に変更されたというが、東京都民でもこの駅名変更を知らない人は多い。駅周辺の行先案内板も旧駅名のままである。

 東京都は臨海副都心の青海地区で、世界最大級の客船に対応可能な「東京国際クルーズターミナル」の整備を2020年7月の開業に向けて進めている。

 近年、クルーズ船はどんどん大型化している。そのため、船によってはレインボーブリッジの下を通過して晴海埠頭に寄港することが困難になってきた。そこで、レインボーブリッジの手前に新ターミナルを建設することになったのだという。

 日本で2018年における訪日クルーズ船の寄港回数トップ3の港は、博多港(279回)、那覇港(243回)、長崎港(220回)である。東京港は、東京国際クルーズターミナルの整備によって、2028年までに年間280回のクルーズ客船利用回数の達成を目指している。

 だが、日本各地のクルーズ船寄港地から聞こえてくるのは、「喜びの声」よりもむしろ「悲鳴」である。果たして東京港にはどんな変化が起こるのだろうか。東京国際クルーズターミナルの開業がもたらす変化と課題をシミュレーションしてみた。


【その1】観光バス用の駐車場は確保できるのか?

 東京国際クルーズターミナルに最初に寄港するクルーズ船は来年7月14日に入港予定の大型クルーズ客船「スペクトラム・オブ・ザ・シーズ」(16万8666トン)だ。乗客4246人と乗務員1551人の約5800人が乗船するという。

 クルーズ船を降りて東京を観光する旅行客は、たいてい観光バスを利用する。もしもスペクトラム・オブ・ザ・シーズの乗客4000人が船を降りて東京観光をするとなると、埠頭周辺には何十台もの大型バスを収容する駐車場を確保しなければならない。

 筆者が2017年に鹿児島のクルーズ船ターミナル「マリンポートかごしま」を訪れた際は、埠頭の広大な敷地に100台近くの観光バスが列をなして乗客の下船を待っていた。ところが、施工中の東京国際クルーズターミナルにはこうした駐車場がない。

 目下、確保できているのはバス8台、タクシー20台、乗用車25台の敷地内駐車場である。東京都は周辺で駐車場の整備を進めるというが、埠頭から駐車場まで距離がある場合、乗客はそこまでゾロゾロと歩くことになるのだろうか。仮にシャトルバスを出したとしても、埠頭と陸を結ぶ連絡通路は片側一車線と狭く、効率よく運行できるとは思えない。


【その2】埠頭周辺で大渋滞が発生する?

 次に予想できるのは、新ターミナルと陸地をつなぐ連絡通路や周辺道路の大渋滞だ。バスにタクシー、さらには貨物運搬トラックが加われば、埠頭周辺は大混乱してしまうのではないか。建設中の現場と完成予想図を見たとき、筆者は「こんなに連絡通路が狭くて大丈夫か?」と心配になってしまった。

「東京港の渋滞問題は昔から。今もどんどんひどくなる一方です」と話すのは、プライム物流(東京都大田区)の中山健さんだ。ラッシュ時の夕方、青海コンテナ埠頭周辺の道路は、貨物を搬出するトレーラー車による車列が渋滞を作り出すという。中山さんは、青海コンテナ埠頭の隣接地に東京国際クルーズターミナルができると「大変なことになるのではないか」と懸念する。

 しかし東京都港湾局港湾経営部の見方は楽観的だ。慢性的な渋滞に、クルーズ客が乗り込んだ観光バスが加わるとどうなるのか? と問いかけると、「混雑はないだろう」との回答だった。「トレーラー車と観光バスの導線は異なるから」だそうだ。

 とはいえ、クルーズ船はたいてい朝に入港し、夕方に出発する。ただでさえ混雑する都心の朝夕の渋滞がさらにひどいものにならなければいいのだが。


【その3】東京港のオペレーションは“アナログ”のまま?

 東京港に寄港するのはもちろん旅客船だけではない。東京港の貿易額は日本の港で最大であり、貿易港としてのインフラ整備・改善が急務となっている。

 前出の中山さんは「東京港のオペレーションはいまだアナログです。世界の主な貿易港ではオートメーション化が進み、24時間貨物の出し入れできるのに、東京港ではそれができません」と指摘する。

 これを反映してか、世界のコンテナ港トップ20の中に東京港の名前はない。東京港のコンテナ取扱量は1990年に世界13位だったが、2010年以降は上位20港から脱落し、2017年は33位と年々順位を下げ続けている。

 オペレーションの効率の悪さは深刻だ。コンテナ埠頭の設備は旧式で、搬出に時間がかかり、トラックは滞留して大渋滞を引き起こす。そのため、従業員の長時間勤務が慢性化している。中山さんは自身のブログでこう綴っている。「乗務員、事務員、ターミナルで作業に当たっている者、すべての関係者がヘトヘト、みんな被害者。お上が動かないとどうしようもない」。

 日本の港の国際的地位が低下し続ければ、国際基幹航路から外されてしまう。ただでさえ近年は韓国・釜山港に貨物が流れている。中国の「一帯一路」という巨大物流網構想も無視できない。積極的な中国の港湾投資で世界の物流が変わろうとしている。そこで東京都・川崎市・横浜市は、「このままでは日本経済に深刻な影響が出る」と京浜三港の港湾連携の強化に乗り出そうとした。しかし、10年が過ぎても大きな成果は見えてこない。「東京都の足並みが揃わない」という嘆きの声も聞こえてくる。

 インバウンドは内需拡大と外貨獲得につながる。そのための埠頭整備が必要だというのは理解できるが、貿易港としての東京港の未来やそこで働く人々の労働環境の方がずっと気がかりだ。


【その4】東京はすでにキャパオーバーなのでは?

 長崎港には毎日のようにクルーズ船が入港しているが、長崎県に住む加藤景子さん(仮名)は決してそれを歓迎していない。九州では、クルーズ客が集まるところに日本人が足を向けなくなっているという。「東京も、クルーズ船が頻繁に来るようになったら、お台場はもとより銀座や浅草、上野、秋葉原なおもますます外国人旅行客だらけになって、日本人が避けるようになるのではないでしょうか」と心配する。

 クルーズ船が頻繁に来るようになったら東京はどうなるのか? 東京都港湾局港湾経営部に尋ねると、次のような回答が返ってきた。

「地方の寄港地で見られるような、店舗が人で埋め尽くされる、あるいは一斉に降りてみんなが同じところに行くといった状況になることは考えにくい。東京は行き先がたくさんありますので、4000人が1カ所にわっと集まるような現象は見られないでしょう」

 だが、こうした見通しにインバウンド事業者の平田英雄さん(仮名)は疑問を唱える。「すでに東京はキャパオーバーだという認識を持つべきです。私は中国の富裕層をアテンドしていますが、都内ではバスがチャーターできないどころか、タクシーを確保しようにも1カ月先まで予約が埋まっています。港に限らず、キャパ不足は東京全体の問題だと言えるでしょう」


東京港がインバウンド拡大より優先すべきこと

 そもそも大型クルーズ船の誘致は都民にどのようなメリットがあるのだろう。東京都港湾局は「多くの観光客が来ることが経済効果をもたらす」と語るが、「もともとは東京港が横浜港から客船を奪うために始めた事業だ」(建設業界関係者)という指摘もある。ちなみに、カジノ誘致に東京都が名乗りを上げれば、クルーズ船はカジノ客の輸送の動力にもなる。

 東京都は、東京国際クルーズターミナルの整備だけで約390億円を予算として見込んでいる。しかし、東京港が抱えている最優先の課題は、インバウンド拡大でも横浜港との競争に勝つことでもなく、「貿易港としての効率を高めること」ではないだろうか。

 5月末、東京都産業労働局は「平成30年 訪都旅行者等の実態調査結果」を公表した。これによれば、2018年の訪都外国人旅行者数は1424万人。全体の訪日客は3119万人だから、その45%が東京を訪れている計算となる。さらに、都内で消費した金額(観光消費額)は1兆1967億円で、全体の4兆5064億円のうち約3割を占めた。今のインバウンドが、いかに東京に偏重したものであるかがわかる。

 地方へのインバウンドの分散が課題とされている昨今、東京港へのクルーズ船寄港問題は、もっと深い議論が行われるべきだったと思えてならない。

筆者:姫田 小夏

JBpress

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